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七話目:響子ちゃん夕食に招かれる

※前回のあらすじ


響子ちゃん、仏道入門して一生懸命働きました。(五話目参照)

 時は過ぎ、夕暮れ。

 今日だけで廊下を二周くらい雑巾がけし、ついでにたった今、庭も一通り掃除した響子。

 貸してもらったセーラー服は少しばかり土で汚れてしまったが、それに気づかないくらい掃除に励んでいた。

 額に浮かんだ汗をぬぐって、山に向かって傾く夕焼けを眺めた。


「……今日は色々あったなぁ」


 恐らく今日は、ここ数年で最も充実した日となっただろう。

 (あのいじめっ子を除けば)一輪も水蜜も星も白蓮も、皆良い人たちであった。

 初対面の自分に優しく接してくれたし、相談にも乗ってくれた。

 響子はとても幸せな気持ちであった。

 だが、そろそろ夕暮れ。帰る時間と思ってもいいだろう。

 響子自身は既に独り立ちを果たした身なので、帰らなくても誰が心配するわけでもない。 

 問題なのはいつまでもこの寺に在留する事の方で、流石に夜まで長居するわけにはいかないだろうと考えていた。


「明日も来ても、大丈夫かな」


 勿論、明日も早朝から山を下りて掃除に来るつもりではいる。

 そうしたら明日はもっと別な修行をさせてもらえるだろうか、なんて考えていると


「響子ー?」


 縁側から一輪が響子を呼んだ。


「あ。はーい。何ですか?」

「もし良かったら、夕飯うちで食べていく?」

「わ、良いんですか!?」


 思いがけない事に響子は驚いた。

 ちょっと頭の端で『今夜の夕飯何にしようかな』なんて考えていたくらいであったから、まさか御馳走になれるとは思ってもいなかったのだ。


「良いのよ、今日一日たくさん働いてくれたからね。何かしてあげないとこっちが申し訳ないわ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて!」

「分かったわ、もうちょっと待っててね」


 そう言って一輪は奥に行ってしまった。

 一輪こそ命蓮寺の炊事担当であり、精進料理の作り方なら一通りマスターしている。


(やっぱり、この寺の人たちはみないい人ばかりだなぁ)


 未知の精進料理を想像しながら、響子は感慨にふけていた。

 だがこの時、響子は未だナズーリンとは未対面であった。

 初対面における命蓮寺の鬼門、ナズーリンと。



  ※  ※  ※  ※  ※



「豚汁食べたい」


 炊事場に戻った一輪を待ち受けていたのは、ようやく後片づけを終えたぬえであった。


「ねえ、豚汁食べたい。作ってよ」

「それ、殺生原則禁止の寺で言う台詞?」


 振り向くこともせず、一輪は淡々と米を研ぎ始めた。


「もう何日動物性たんぱく質食べてないか分からないよ。たまには良いじゃん」

「百万歩譲って作ったとしても、貴方はそれを口にできるほど修行を積んでいるとは思えない」

「ちぇっ、けちんぼ」


 頬をふくらませて出ていくぬえ。

 水蜜なら煽てれば作ってくれそうだが、残念ながら炊事場を支配しているのは熱心な仏教徒、一輪である。

 そもそも仏教では肉食は禁止されているし、それは多少戒律が緩められた命蓮寺でも何ら変わらない。

 余談だが、"多少戒律が緩められた命蓮寺"と言ったが具体的には次の三つに収束されている。

 『無駄な殺生は禁止』(妖怪は人間を襲う物、という最低限の定義を考慮したギリギリの譲歩らしい)

 『みんな笑顔で元気に楽しく』(あまりぎちぎちに縛りすぎてもどうかと思った白蓮が考案したもの。いわゆるビギナー向け戒律)

 『自分が行ったことは(できる範囲で)自分で何とかすること』(壁に穴を開けたり廊下に油をまいたりした者は自分で修理すべき)

 あくまでこれらはビギナー向けであり、白蓮や星や一輪など熟練者はもっと厳しい物を順守している。


「まったく、ぬえもこの寺にいるなら少しは勉強するべきよ」


 そんな愚痴をこぼしながら米を研ぐ一輪であった。

 だがその炊事場と壁一枚挟んだ外では、一輪は全く気づいていなかったが、壁によりかかって座りこんだナズーリンが干し肉をこっそり食べていた。

 ばれると煩いので隠れて肉を食べるのはナズーリンのいつもの手口だ。

 戒律違反だということはナズーリン自身も重々承知しているのだが、毘沙門天に直々に仕えている身にもなればこの程度の特権は許されると思っている節があるのである。


(君こそ、この寺にいるなら少しは目を光らせるべきだと思うけどね)


 そんなことを内心で呟きながら、今日のぬえ捜索に協力した子鼠たちに干し肉を小さくちぎっては渡していく。

 子鼠を幻想郷中に拡散させて情報を共有しながら捜索活動を行うと、効率は非常に良いのだが、こうした管理コストに多少の難があるのだ。

 人海戦術とダウジングは時と場合に応じて使い分ける必要がある。



  ※  ※  ※  ※  ※



 夕日も落ち、宵闇の訪れ。

 大きめの円卓に運ばれてくる料理を前に、響子はこれが精進料理か、と頷いていた。

 その料理を挟んで向かいに白蓮、その隣に星が座っているのを見ると、二大偉人の前に円卓が国境のように思えてしまう。

 ちなみに、一輪が作った料理を運ぶのは水蜜の仕事であり、本人に言わせれば『運搬業って船長がやった方が格好つくじゃない?』らしい。

 たまにずっこけて転んで一品くらい台無しになってしまうのはご愛敬。


「今日はどうもありがとう。おかげで綺麗になったわ」


 響子の向かいに座っていた白蓮にそう言われて、響子は当然嬉しくなった。

 

「こちらこそ、何から何までありがとうございました!」


 そう言って礼を返す。

 さてさて、そんな美味しそうな料理の匂いをかげばご飯の時間と察するのは誰だって同じ。

 特に鼠は鼻が利くから、すぐさま探り当ててしまうだろう。

 そんなわけで、誰に言われたわけでもなくとも夕飯の時間だと察したナズーリンが居間にやってきた。

 この時、響子と目が合ったのが、2人のファーストコンタクトとなったわけだが


(あ、鼠さんだ。お寺には鼠さんもいるんだ)


 特にナズーリンのことは知らなかった響子はそんなことを思った。

 前もって彼女の存在を知らなかったというのも大きいが、見た感じ自分より身長も同じか小さそうだということもあり、響子はナズーリンのことを(少なくとも他の住人に比べ)重く見ることはなかった。

 一方ナズーリンはナズーリンで、


(新入りか? いや、それよりなんで船長の服を着ているんだ。それとも、"そっち側の新入り"なのか?)


 と、目の前の新入りを眺めていた。

 "そっち側の新入り"とは、何か。

 寺に来るのは檀家や門下生ばかりではない、死体もまた墓に入れられるために来ることになる。

 『セーラー服 = 水死体』が成立しているナズーリンにとって、"そっち側の新入り"とは、つまりそういうことである。

 きちんと供養しなかった死体が妖怪化する例は決して珍しくなく、そもそも水蜜もその一例である。


「あの、今日から新入りになりました、山彦の響子と言います。よろしくお願いします」


 響子が頭を下げると、ナズーリンは


「ふーん、山彦か。確か、山奥に篭り人を驚かす妖怪で、山を降りること自体ほとんど好まないと聞いていたんだが、君は廃業でもしたのかい?」


 といつもの癖で初対面の相手に堂々と冷やかしを浴びせたが、これがいけなかった。

 響子も流石にこれにはカチンと頭に来た。

 確かに山を降りたのは事実だが、言うまでもなく廃業というつもりは毛頭ない。


「違うわよ! 確かに今は下火だけど、でもきっといつか人間に山彦の恐ろしさを知らしめてあげるんだから!」


 頭に来ていた事もあって、敬語がどこかへ吹っ飛んでしまったが、特段響子は気にしていなかった。

 いくら先輩とは言え、嫌なことを言われるのは嫌なのである。

 しかしナズーリンにとって、この響子の反撃は想定の範囲内の事であった。

 そもそも、この一言を引きだしたかったが故に冷やかしを浴びせたのだ。

 ナズーリンの嫌いな物を端的にまとめると"猫"と"猫かぶり"である。

 前者は種族の都合上、生理的に受けつけないのでどうしようもない。

 問題は後者、"猫かぶり"。

 自ら寺に来るほど真面目な妖怪であれば、社会的挨拶を一通り覚えている程度の教養を持ち合せている事が多い。

 だから、この寺で初めて会う者は大体毎回決まり切った挨拶をしてくる。だがそれでは個性が見えてこない。

 そこでちょいと毒のある言葉を投げかけてやり、社会的通例という表皮を引っ剥がして相手の中を見てやろうという魂胆なのだ。 

 そうした観察業(程度によっては監視とも言う)こそナズーリンの本職であり、探し物はあくまで副業にすぎない。

 まあ、毒舌云々に関しては彼女の素の性格が混じっていると言っても過言ではないのだが。


「ナズーリン、言葉が過ぎますよ」


 星がそう言って顔をしかめると、それまで得意げだったナズーリンの表情が一変して澄まし顔になった。


「おっと、これはこれはご主人様。お見苦しいところを見せてしまい大変失礼いたしました」


 そのオンオフの切り替えの速さに、響子は唖然としてしまった。

 ナズーリンとしては敬意を払うべき相手には礼儀を尽くし、それ以外の相手には皮肉めいた口調で話すという切り替えをつけているだけだが、周りから見れば猫かぶりと思われても仕方がない。

 本来、猫かぶりはナズーリンの嫌いな物なのだが、その本人が猫かぶりと思われるのは実に皮肉めいた物である。


「何?またナズーリン何か言ったの?」


 お盆に乗せて味噌汁を運びに現れた水蜜がそう言うと、ナズーリンは相変わらず澄まし顔で


「別に、いつものことさ。特段変わった事は言ってないよ」

「貴方の場合、その"いつも"が既に喧嘩腰でしょ? 少しは何とかしなさいよ、その性格」

「これでも善処はしている方なんだけどね」


 さらりと言ってのけるナズーリンを見て、水蜜はあることに気づいた。


(響子とナズーリン、ひょっとすると相性最悪じゃないかな)


 片や熱心で生真面目な性格の持ち主、片や捻くれた性格と毒舌の持ち主。

 これはとんでもない爆弾を抱えてしまったかもしれないぞ、水蜜はそう思いながら味噌汁を置いて厨房に戻ると、ご飯をよそっている一輪に小声で言った。


「あのさ、ナズーリンと響子のことなんだけどさ──」

「私も絶対あの2人は相性悪いと思う」

「あ、やっぱり? で、あそこで拗ねてるぬえは何?」

「私が豚汁作るまで動かないそうよ」

「何この爆弾三角形」


 厨房の奥にたたずみ無言の抗議を続けるぬえをよそに、一輪は淡々とご飯を盛り、水蜜は淡々とそれをお盆の上に乗せていった。



  ※  ※  ※  ※  ※



 今日の献立。

 ご飯、味噌汁、ホウレンソウのお浸し、若竹煮 、蕗の漬物、豆腐と野菜炒め、エア豚汁(ぬえの空想の産物)。

 肉魚類ゼロの食卓とは言え、貧乏な物ではない感じを思わせると共に季節感も出す料理法は一輪ならではである。

 なんだかんだ言って食欲に屈してしまったぬえも現れ、新入り響子を迎えたためいつもより1人多い食卓。


「それでは、いただきます」


 白蓮が箸をとったのを合図に、


「いただきます」


 皆が箸をとる。

 響子にとって初めての精進料理。

 胸を高鳴らせながら、蕗の漬物をつまんで口に入れた。

 そして、驚いた。

 その美味しいことと言ったら、ここ最近自分が作ってきた食事に比べたらとても形容しがたいものであった。


「どう? うちの料理」


 一輪にそう尋ねられると、響子は目を輝かせて


「美味しいです! 今度作り方教えてもらっていいですか?」

「あら、いいわよ。私としてもお手伝いが増えると助かるしね」


 実際、炊事番は殆ど一輪1人で行っている。

 本当は猫の手も借りたくなる時もあるが、白蓮や星に頼むのは恐れ多い。

 ぬえに頼めば何をしでかすか分からないのは自明であるし、ナズーリンのつまみ食い頻度は異常である。

 強いて頼めるとしたら村紗だが、どんぶり勘定で行われる彼女の料理はやたら塩辛いと不評である。

 よって消去法で一輪ソロで料理を作っているのだが、


(まあ、響子なら大丈夫でしょう)


 おそらく一からイロハを教えれば良い働きをしてくれるだろうと一輪は思った。


「わ、本当ですか!? ありがとうございます、もう皆良い人すぎて感動してます!」


 響子が興奮を抑えきれない様子でそう言うと、その隣でナズーリンが口にご飯を運びながら


「君の感動はずいぶん安いんだね。持って行っても質屋の主人が苦い顔をするな」


 そうボソッとつぶやいたのであった。


「ナズーリン、口の中に物を入れたまま喋ってはいけません。それと貴方は食べるのが少々速すぎる、食べ物は30回噛んでから喉を通すものです」


 星がそう苦言を呈すると、とりあえずナズーリンは口の中にあったご飯を呑みこむと


「確かに少々不注意がすぎましたね。しかしながらご主人様、1つだけ言わせてもらえれば、私達のような鼠社会では30回も噛んでいては生き残れないんですよ。その間に皆、食糧を喰い尽くしてしまいますからね」

「しかし今の貴方は自分の食事が確保されているでしょう。誰も横から取りませんから、落ち着いて食べなさい。急に食べると内臓に悪いですよ」

「善処はしてるんですけどね、これでも」


 そう言ったナズーリン。

 筑前煮を口に運ぶと普通なら3回の所を5回噛んで呑みこんだ。

 彼女なりの"善処"らしい。 


「うっ、こ、小骨が喉に刺さった」


 唐突に水蜜が喉を押さえる。

 それに驚いた響子であったが、何か言う前に


「小骨が入ってる料理なんてないわよ。魚使ってないんだから」


 一輪が即座に制した。

 全部分かっているのだ、これが村紗の遠回しな『食事に魚を使え』アピールだと。

 "船長ジョーク"はとても分かりにくい物がたまに混ざっていて、たまに白蓮すら理解できないこともある。

 全パターン理解しているのは一輪くらいである。


「と、豆腐の小骨が……」

「ないから」


 ここまでがお約束。


「村紗、小骨が刺さった時はご飯を食べると良いわよ。よく取れるから」


 今日もまた"船長ジョーク"をいまいち理解できなかった白蓮がそう言うと、水蜜はご飯を口の中にかきこんで呑みこむと


「いやあ、ありがとうございます。おかげで小骨とれました」


 と、刺さってもいないエア小骨の礼をさらりと言ってのけた。

 これで終わるかと思いきや、


「船長。私が30回以上噛むようにご主人様から直々に注意を受けたのを見ていながらご飯を丸のみするとは、君もなかなか太い奴だね」


 さらにナズーリンが横槍を入れたり、挙句の果てには今まで黙っていたご飯を食べていたぬえが


「ねえ、私も小骨が刺さると嫌だからさ、豚汁作ってよ」


 と、一輪に支離滅裂な要求を出したり。

 寺での食事と言えばもっと厳格で静粛な物だと思っていただけに、響子は目前で行われる止まらない口戦を、箸を止めてただ茫然と見守るのであった。





※ぬえの食卓

※エア"豚汁"

※エア"鶏肉の唐揚げ"

※エア"ジンギスカン"

※エア"なんでも言うこと聞いてくれる一輪"

※エア"ナズーリンの土下座"


※現実は非情である



はい、どうも。エア作者の兎です。

一通り命蓮寺の住人が描けて満足です。

星以外の言うことなど聞きそうにもないけど食い意地は有り余るナズーリンとか、

精進料理に飽きてお肉を食べたくてしょうがないぬえとか、

ちょっと作法にはうるさい星とか、

食事に関しては全部一手に引き受けている一輪とか、

よく分からない"船長ジョーク"とか、

よく分からない"船長ジョーク"に真摯に対応する白蓮さんとか。

今回は割と大暴れしました。はい。


次回はたぶんこれの延長線上な話を書きたいです。

たぶん。


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