表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/24

五話目:響子ちゃん早くもピンチ

※前回までのあらすじ

なんやかんやあって仏道に飛び込んだ響子ちゃん。(一話目~四話目参照)

そして時に、尼さんは強かった。(四話目参照)


 寺に来るまで響子は知らなかったのことなのだが、命蓮寺では毎日修行を行っているというわけではない。

 これは、白蓮が門下生のことを考慮した措置である。

 毎日修行に励むに越したことはないように思えるが、これだと自身の存在意義を発揮する機会が失われてしまう。

 人間を襲い怖がらせてなんぼの妖怪なのに、人間そっちのけで修行に努めても心は満たされぬ。

 そんなわけで、修行を行う日と行わない日をおおよそ半々くらいの割合で設けているのだ。

 (そもそも寺ができたのが最近であるため、寺とは別に自宅を持つ妖怪も多い)

 そして残念な事に、響子がめでたく門下生入りを果たした今日は、言わば"定休日"であった。

 こういったわけで今日の寺は閑散としていた。

 無論、"定休日"と言えど住職に当たる寺の住人たちは完全オフというわけではない。

 今後の活動について議論することもあれば、外へ遊行に出ることもある。

 寺の掃除や身の回りの整理など雑務もこの日に片づけてしまうことが多い。

 今、水蜜がさっき壁に開けた穴を直していたり、その隣で一輪がさっき壁に開けた大穴を直していたりするのも、今日が定休日ゆえ比較的忙しくないからこそできるのである。

 ちなみに本当は他にも、毘沙門天代行を務める副頭領の星、その一番部下を自称するナズーリンの2名がいるのだが、本日は外へ布教中のため不在。

 つまり賑わう時はとても賑わう命蓮寺も、今は響子を含めて5人しかいないのである。


「あのー、何か私も手伝いますか?」


 壁に向かって金づちを振るう先輩二人の背中に向かって、響子は話しかけた。


「いえ、これは私が壊したところだから、私が直さないといけないのよ」

「そうそう。あ、でもそこの釘をとってくれると助かる」

「はい」


 伸ばされた水蜜の手に釘を渡す響子。

 それからしばし、金づちが木を打つ音だけが聞こえるという無声作業。

 おそらくここに自分がやれることはないと察した響子。

 仕方なく(という言い方も変だが)、先ほど白蓮と話をしたあの縁側に向かった。

 まだ白蓮はそこにいた。


「聖様、私もどこかお掃除したいのですが、手が足りていないところなどありませんか?」

「うーん……特に汚れている所はなかったと思うけれど」

「でも、一輪さんと船長さんが頑張っていると言うのに私だけ何もしないと言うのも……」

「そう、それじゃあねえ……」



  ※  ※  ※  ※  ※



「長っ! それでもって広っ!」


 白蓮に相談した結果、響子に課せられた任務は『廊下の雑巾がけ』となった。

 底の深い取っ手付きの桶に水を汲み、一緒にあった雑巾を手に取り、とりあえず一番近い廊下に出た響子。

 『廊下の雑巾がけ』は掃除の基礎中の基礎なので、響子も全く予想していなかったわけではない。

 しかしここは、外から見ても広い命蓮寺。内側に入るとさらに広く思え、この広さが全く持って予想外であった。

 縁側沿いにずっと走る廊下、その長さは響子が今まで見てきたどの廊下よりも長いものであった。

 無論、白蓮もこの広い寺の雑巾がけを1人にやらせる事が大変であることなど重々承知である。

 それでもなお響子にそれを言ったのは、新入りたる彼女に寺の構造を教えるのにちょうど良い機会だと考えたからだ。


「ほえぇ、今日中にこれ終わるかなぁ」


 その白蓮の意図を理解しているかは別として、響子はさっそく雑巾を濡らして絞りはじめた。

 この季節になってくると、水の冷たさが心地よく覚える。

 できる限り堅く絞った雑巾を広げ、床に押し当てると


「よし、行くわよっ」


 と一直線に走りだした。

 この時、新入り響子、『ああ私、仏教やっているなぁ』と感慨につかっていた。

 勿論言うまでもないが、雑巾がけと仏の教えに何ら因果関係は、ない。



  ※  ※  ※  ※  ※



「おー、やってるやってる」


 雑巾がけに精を出す響子を遠めに、水蜜と一輪は未だ壁の修復を行っていた。

 普段は雑だけど寺(前身は自分の船)のことになると急に几帳面になる水蜜と、普段から几帳面な一輪が作業すれば、それは時間がかかるのも無理はない。


「懐かしいな、私も昔はよく雑巾がけしてたっけ」

「村紗に水仕事をさせると大抵びしゃびしゃになるのよね。廊下も水浸しになったし」

「あの頃はまだ雑巾が上手く絞れなかっただけよ」

「昔から腕力だけは十分あったじゃないの」

「そんな、人を力馬鹿みたいに言わないでよ。がさつな一輪と違って、私だってこれでも列記とした繊細でか弱い女の子なんですからね」


 と言った途端、よそ見していた村紗は釘を持っていた"自分の指"を思いっきり金づちで打ってしまった。


「痛ッ! 痛い! 一輪、絆創膏か包帯か何か持ってない? 絶対折れた、 今絶対私の指折れた!」

「折れてないわよ、それくらいで。よそ見して寝言言いながら作業しているからそんなミスするの」


 一輪は実に澄ました顔でサラッと言いのけたのであった。

 一方、そんな壁の修復に励む2人を物影から眺めている者がいた。

 井戸に放り込まれたまま放置され、つい今しがたようやく出られたばかりのぬえである。

 全身ずぶ濡れになってしまったため、スカートの裾を絞りながら、物影から2人を見ていた。

 2人とも壁の修復に神経質になっているから、何かをしかけるのは少々相手が悪い。

 だがその向こう、雑巾がけに夢中になっている響子を見つけ、即座にぬえの頭脳が悪い方向に回転を始めた。


「そうよ、私がこんなびしょびしょになったのも元をただせば全部あいつのせいだし、一発くらい仕返ししても罰当たらないわよね」


 酷い言いがかりもあったものだ。

 この時、すでにぬえの中では何をしてやるか考えがまとまっていた。

 基本的にぬえの頭には常時悪戯が百八式までそろっているのである。



  ※  ※  ※  ※  ※



「ふぃ、先は長いわ」


 額に浮かんだ汗をぬぐい、響子は息をついた。

 想像していたよりも雑巾がけとはハードな修行なのね、と内心呟きながら雑巾を洗う。

 そこへ


「また会ったわね、新入り」


 同じく桶と雑巾を持って現れたぬえ。

 それを見て、思わず響子はビクッと身構えた。

 まだ数時間前の正座つんつんの惨劇を忘れられるはずもないのだ、無理はない。

 そんな響子を見て、ぬえは


「何脅えてるのよ。さっきのは私が悪かったわ、お詫びに一緒に掃除しましょ」


 と笑って見せた。

 この笑み、当然作り笑いである。

 だが純情な響子はそんなことに気づくはずもなく、


「はい、お願いします!」


 と言ったものだから、ぬえは内心大笑い。

 今、響子は心の中で


(なんだ、話してみればやっぱり良い人なんだなぁ)


 と思っているが、その一方でぬえは


(どいつもこいつもこんな馬鹿ばかりだったら、やりやすいんだけどねぇ)


 なんて考えているんだから可哀想な物である。

 そうしてぬえは、含み笑いを浮かべながら、雑巾を桶の中に浸した。

 しかしこの桶の中身、水ではない。それどころか、透明な油である。

 当然、手を入れた瞬間にぬるっとした感覚が指と指の間を這うが、今更そんな事を気にするぬえではない。

 こうして油まみれになった雑巾を、あまり絞ることもなく取り出した。


「私はこっちをやるから、あんたは別なところをやって」

「分かりました」


 そう言って響子は自分の桶を持って別な所に行ってしまった。

 こうして1人になったぬえは、油まみれの雑巾を床にびたっと置くと、廊下に油を塗りはじめた。

 響子のように直線状に雑巾がけすると自分でまいた油を自分で踏むことになるため、ワイパー状に床を拭きながら後退する方式を採用。

 しかもこの方法の利点は、桶の中身を知らぬ者には本当に雑巾がけしているように見えてしまうところである。

 油が塗られた床は、水で拭いた床より綺麗に光沢が見える。だがそれは油の光沢、偽りの美に他ならない。

 だが逆に言えば、油が塗られた床も遠目にはよく掃除された床と見えてしまうのだ。

 ぬえの考えた罠の中でも特にお気に入りの物で、設置・回収する手間さえ除けば文句なしの傑作であった。



  ※  ※  ※  ※  ※



 一時間もすると、響子も大体手慣れてきた。

 まだ廊下がどのように配置されているかを理解していないとは言え、おおよその掃除は終えたように思えた。

 それに、ぬえが手伝ってくれている(と思い込んでいる)から、だいぶ楽になったように思っていた。


「ここの雑巾をかければ大体終わりかしらね」


 と雑巾を広げた先の廊下は、不思議と雑巾がけする前から光沢があるように思えた。

 もしかしたらぬえが先にやってくれたのかもしれないと思ったが、別に2回雑巾がけしても問題はないだろう、そう響子は思い足を進めた。

 その途端、床を蹴った足がずるっと滑った。


「ふぎゃっ」


 顔をはじめとし、全身をしたたかに打ちつけられた響子だが、どうしたわけか止まらない。

 床を蹴っているわけでもないのに、まるで床の上を滑るように体が進み続けるのだ。

 そう、ここは既にぬえによって油を塗られた魔のスリップオイルロード。摩擦は限りなくゼロに等しいのだ、止まれるはずがない。

 すぐさまこのことに気づいた響子は顔を上げた。廊下の突き当たりにあったのは、先ほど自分が桶や雑巾を借りた掃除用具置き場。


「うわぁぁぁ、止まって止まって止まってぇッ」


 そうは叫ぶが止まるはずもなく、結局は掃除用具置き場に激突。

 箒が倒れ、桶が落ち、雑巾が舞う惨劇。だがさらに事態を悪化、その落ちた桶の1つがたまたま響子の頭にすっぽり入ってしまったのだ。


「あうっ、と、とれない!」


 決して響子の頭が大きいわけではなく、桶が小さいのだが、いずれにせよつっかえてしまった事に変わりはない。

 ちょうど桶の鉄の輪の部分に響子の鼻が引っかかってしまい、無理に引っ張ると鼻が痛くてたまらないのだ。


「だ、誰か取ってぇ!」


 叫んでは見た物の、その声は大半が桶の中で反射してしまい、外部に漏れた音は常人の普通の話声程度。

 その上前は見えず、全身油まみれで床も油まみれ。

 これでは誰も気づけないし、響子自身も思うように動けない。

 しかもそこへ


「大丈夫?」


 声をかけたのは、誰でもなく真犯人のぬえ。

 油を踏まぬよう浮遊しながら、後ろから響子に話しかけた。


「あ、お願いします、取ってくださいぃ、取れないんですぅ」


 べそをかきながら懇願する響子。

 見えない事をいいことに、ぬえは腕を組んでニヤッと笑いながら


「はいはい」


 と、響子のかがんだ背中に足を当て、


「そぅら、飛んでいけぇッ!」


 思いっきり足で押し出した。

 無論その先もオイルロードである。


「みゃぁぁぁぁぁぁぁッ、やだやだやだやだ止めてぇぇぇッ」


 再び油の上を滑って行く響子。その叫びは誰にも届かない。

 しかもこの時、もっと大きな問題があることに、視界を閉ざされた響子は気づかなかった。

 この廊下の突き当たりは庭に面する縁側、しかもその庭には正面に池がある、と来た。

 このまま勢いを殺せずに直進した場合速度を考慮して、池に落ちるか、ワンバウンドして池に落ちるか、どちらかであった。

 ぬえとしてはどちらでも良く、ただ響子を面白おかしく池につき落としたいだけであった。

 そのためだけに寺中を油まみれにするとは、なんとまあ壮大な御苦労をこなしたものである。


「ふぉあぁぁぁぁぁぁッ」


 そんな大ピンチとも知らずに床を滑る響子。

 着々と迫りくる廊下の先端。

 その悪夢の終着点に近づくたびに高まるぬえの興奮。

 そして、ほとんど速度を落とせぬまま、とうとうその最果てが訪れた。

 廊下の最果て、縁側から響子は投げ出された。


「ふあっ!?」


 何が起きたかも理解できない響子に飛べるはずもない。

 すべてが自分の描いた筋書き通りに終わる、そんな勝利をぬえが確信した瞬間──


「危ないッ」


 池に落ちる寸前であった響子を誰かが抱きかかえた。

 こうしてようやく響子は止まったのであった。


「どちら様か存じませんが、怪我はありませんか?」

「あ、ありがとうございました! お寺の新入りの、響子と言います!」


 その"誰か"に下ろされ、ようやく二本脚で久々に地に立った響子は、桶をかぶったままぺこりと頭を下げた。


「新入りですか……、こちらこそよろしくお願いします。ところで失礼かもしれませんが、その"桶を被る"というのは酷く不便に思えるのですが、キャラ付けか何かですか?」

「はっ、ち、違うんです。中で引っかかっちゃって取れないんです」

「なるほど、困っているわけですね。分かりました、少々乱暴になるかもしれませんが」


 そう言うと、その"誰か"に桶を引っ張られた。当然鼻が引っかかる。


「痛い痛い、痛いです!」

「おっと、失礼しました。痛いというのに無理に引きぬくわけにはいきませんね。では仕方がない、少しばかり動かず直立していてくれますか」

「は、はい」


 そう言われ、響子は気をつけの姿勢で直立した。

 するとその途端、『響子の頭には傷1つつけないまま』被っていた桶が縦に一刀両断され、ゴロンと転がり落ちた。

 木の部分は兎も角、鉄の輪の部分すら包丁で豆腐を切ったときの如く縦一直線に切断されている。

 それでいて特に痛みを感じることもなく怪我をすることもなく、外側の桶だけが切り捨てられた様は、本当に見事としか言いようがなかった。

 しかし響子が驚いたのは、その桶が綺麗に外されたというより、その外してくれた"誰か"の姿を見たことからだった。


「ようやく御顔を拝見できましたね」


 神々しい猩々緋の服に風になびく純白の袖、金と黒の入り混じった髪。

 そびえ立つかのように立派な槍と、青白く輝く宝塔を持った彼女、


「寅丸 星と言います。以後よろしくお願いしますね、新入りさん」


 そう言った彼女のことを、響子が知らないはずもなかった。

 副頭領の星、妖怪でありながら毘沙門天代理を務めるという白蓮にも劣らぬ偉業の持ち主である。


「こ、こちらこそよろしくお願いします!」


 反射的に響子は深々と頭を下げた。

 そうすると、星は


「それはそうと、見たところ貴方、服の方も大変なことになっているようですね。ナズーリン、何か着る物を持ってきてあげなさい」


 と振り返ったが、


「……ナズーリン?」


 響子から見れば当たり前かもしれないが、星からすれば多少戸惑うの無理はなく、

 星の背後をついてくるように一緒に帰ってきたはずの一番部下ナズーリンがいつの間にかいなくなっていたのである。


 そして、いつの間にか首謀者ぬえもまんまと寺から逃走していたのであった。


※桶「解せぬ」


はい、どうも。作者の兎です。

ぬえの悪行もエスカレートする中、いよいよ寺の副頭領、星様登場です。

前回で白蓮について「敷居の差を感じさせないカリスマ」と言いましたが、星は「神々しさを見せつけるタイプのカリスマ」を目指して書きました。

つまり神奈子やレミリアと同タイプのカリスマです。

初期の頃からドジっ子設定がついて回るようになった星ですが、個人的にあまり好みではないので、この方針で行くと思います。


そういえば前回書き忘れたこと。

前回あたりまで、白蓮のことを「妖怪の英雄」と称したことが数回ありましたが、これは、紫を「妖怪の賢者」と称する事に対する対のような関係を意識して使いました。

他にももう1人くらい、誰かを「妖怪の○○」と呼ばせてみたいな、なんて。

肩書きって素晴らしいですね。

まあ、それだけです。


さて、次回はもしかしたら響子がメインではないかもしれません。

名前だけ出てきたナズーリン、逃げ出したぬえ、その辺りの話を書いてみたいと思います。

たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ