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四話目:響子ちゃんと白蓮さん

※前回までのあらすじ

意を決して仏道に飛び込んだ響子ちゃん。(一話目参照)

先輩に気に入ってもらえたり(二話目参照)

居候にいじめられたりしたが(三話目参照)

意外な形で憧れの白蓮さんに会えました。

 響子は未だ、自分の目が信じられなかった。

 初めて命蓮寺を知ったあの日に見た新聞、そこに載っていた写真。

 そこに写っていた、臙脂色のマントに黒と白のコントラストが目立つ袈裟を纏った妖怪の英雄。

 それが、今自分の目前にいる人物と寸分も違わぬことなどすぐに分かった。

 聖 白蓮。

 生まれて初めて生の目で見た彼女は、とても優しい柔和な笑みで自分を見つめていた。

 今日に入って最高レベルの緊張を長時間維持しっぱなしの響子であったが、おそらく今この時ほど何も考えられなくなることは生涯2度とないだろう。

 とたんに体が震える。

 『大丈夫?』と声をかけてはもらったが、その答えとして何と返したら良いものか言葉が全くでてこない。

 鼻のすぐ右横を一筋の汗が流れていくのにも響子は気づけず、ただ何もできずにいた。

 すると響子の心境を察したのか、白蓮は響子のすぐ近くまで歩み寄ると、視線の高さを合わせるようにその場に座り、


「そんなに強張らせなくても大丈夫よ、響子ちゃん」


 そう言いながら、そっと響子の頭をなでた。

 これは響子に、まったくもって不意打ちに近い衝撃を与えた。

 妖怪を救い続けてきた偉大な英雄である白蓮に直に名前を呼ばれたというだけでも言葉で表せぬほど感銘を受けるところであるが、さらに今回の場合まだ響子は名乗ってすらいないのだ。

 自分が決して有名な妖怪ではないというのは響子自身が一番よく分かっている。

 妖怪山彦は本来、山の奥の奥にひっそりと住む隠遁なる妖怪。

 その種族存在が外部に知れることはあれど、個人が集落外の者に名を知られるなどまずありえぬ話なのである。


「あ、あの、どうして……」


 驚きを隠せぬ響子に、白蓮は微笑みかけながら言った。


「貴方の元気な挨拶が私の部屋にまで届いたから、かしらね」


 そう、何のことはない。種族が山彦云々など全く関係なかったのだ。

 ただ単に、本当に単純に、つい先刻に水蜜と会合した時に発した挨拶が建物中に反響し、その一部が白蓮の耳に届いただけだったのである。

 ぬえに目をつけられる切欠となった挨拶が白蓮に名前を読んでもらう切欠ともなったとは、人間万事塞翁が馬とはまさにことのことである。

 響子もついつい赤面してしまった。


「さて、少しばかり貴方と話をしたいところだけど」


 白蓮はそう言いながら立ち上がり、


「せっかく天気も良いことだし、どうせならあちらで話しましょう」


 廊下を挟んだ所にある縁側の方を指差した。


「は、はい!」


 響子は威勢の良い返事と共に立ち上がった。

 まだ足のしびれは残っていると言えば残っているが、火事場の馬鹿力という言葉があるように肉体のダメージなど気の持ちようで案外何とかなることもある。

 増して妖怪などは、そのような精神優位性が人間に比べ著しく強いことが多い。

 そうして2人は縁側に向かった。

 最初に前を歩いていた白蓮が縁側に腰掛け、響子は隣に座って良いものかと躊躇したが、


「お隣、どうぞ」


 と白蓮が言うものだから、結局少しもじもじしながらも彼女の隣にちょこんと腰かけた。


「あの、さっきの挨拶、うるさくなかったですか?」


 恐る恐る響子は白蓮に尋ねてみた。

 本当はこんな自分のアイデンティティを自ら傷つけるようなことは考えたことすらないのだが、先ほどぬえにこき下ろされたのがまだ効いているのである。

 それに対し、白蓮は微笑みかけながら答えた。


「とんでもない。とても元気な、良い挨拶だったわよ。私はあういう挨拶は素敵だと思うわ。元気だってことはとても大切な事だから」


 それを聞くと、響子の顔色がぱぁっと明るくなった。

 安心したのと同時に自分の特技を白蓮に褒めてもらえたので、それはそれは幸せな気分であった。

 すると、ちょうどその時、


「こらぁ、ぬえッ」

「あっはは、遅いおそぉい、日が暮れちゃうわよー」


 ちょうど白蓮と響子の目前を横切るようにして庭を逃げるぬえ、そしてそれを追う水蜜。


「ま、このぬえ様がちょいとその気になれば、あんたなんて屁でもないってことよ」

「ええい、この減らず口め!」


 水蜜は立ち止まると(意図せずもちょうど白蓮と響子の真っ正面であった)、背負った錨から伸びた鎖の先端を投げ縄状に組み合わせ、ぬえめがけて投げつけた。

 もうこの時、水蜜とぬえの間にはかなりの距離があったが、鎖の輪は誤らずぬえの逃げ道を先読みするように飛んでいき、


「ぐえっ」


 ぬえの胴体をとらえた。

 逃げようにも、水蜜が鎖を全力で手繰り寄せるものだから、じたばたもがきながら結局は地面を引きずられていくしかない。

 結局、あっと言う間にぬえは水蜜の手により捕獲されたのであった。


「は、離しなさいよ馬鹿っ」

「さあ、捕まえたわよ。どうしてやろうかしらねぇ」


 力の限りぬえは暴れたが、素のスピードは兎も角腕力なら水蜜の方が上なので逃げることはできない。

 そのまま水蜜はぬえを引きずり、元来た道を帰るようにして建物の影に消えようとしていたが、


「あの、村紗」


 白蓮に声をかけられ、水蜜は立ち止まった。


「あまり乱暴なことはしてはいけないわ」

「しかし聖、こういう奴は甘やかすと付け上がるだけですから、いっぺんガツンと言ってやらなきゃ駄目なんです!」


 そう水蜜は拳を握って熱く語った。


「……ほどほどにしないと駄目よ」

「ええ、分かっていますとも。何、乱暴なことはいたしません、ちょっとしたコミュニケーションって奴ですよ。ね? ね?」 


 そう笑いながら、水蜜はぬえの方を向いた。

 その水蜜にしっかり口を塞がれたぬえは全力で首を横に振ったが、今更それで何が変わるわけでもない。

 結局、ぬえと水蜜の姿が完全に建物の影になり見えなくなったかと思うと、一発、轟音と同時にまるで地震のように地面が揺れた。

 いくら先刻自分がいじめられたとはいえ、響子には少々ぬえが気の毒に思えた。


「……元気すぎるのも考えものかしら」


 白蓮はその隣で、額に指をあて顔を俯けていた。


「聖様?」

「ごめんなさい、世の中って難しいものね」


 白蓮は苦笑しながらも響子の方に向き直った。


「さて、話を戻しましょうか。最近、毎朝お寺の前を掃除してくれていたようだけど、何かあったのかしら? 山彦が山を下りてくるなんて並の事ではないと思うのだけれど」

「あ、あの、実は最近、山彦としての存在意義が少しずつ分からなくなってきているんです。ただの迷信だとか言われたり、そもそも山で叫ぶ人間がいなくなってきたりして、『ああ、山彦やってるなぁ』って日が無くなってきて──」


 それから響子は、今まで内心にため込んでいた物を思い切って話してみた。

 徐々に存在そのものを忘れられつつあるという不安、存在意義を失いつつあるという不安、そうした不安な心境を全て赤裸々に語ったのだ。

 熟練の山彦なら兎も角、彼女はまだ幼い半人前、よって抱えていた不安も人一倍大きかったのだ。

 白蓮はそれを適度に相槌を入れつつ頷きながら聞いてくれたが、響子の話が終わると


「なるほど、貴方も苦労してきたのね」


 そう微笑みかけてくれたが、急に真面目な表情になり


「でも、せっかく話してくれたのに申し訳ないけれど、私はどんなに考えても貴方のその問いに答えを用意してあげることはおそらくできないと思う」


 その言葉と雰囲気の変化に、響子の表情が若干曇りを見せた。


「聖様でも分からないことがあるんですか?」

「そう。周りから何でも知っているように思われることもあるけど、実は私は自分のことすらよく分かっていない。だから、世の中のことも分からないことだらけ。

 もし私が全ての答えを知っているのなら、おそらく寺にこもらず自由気ままに暮らしているでしょう。けれど、まだ見つけられない答えなんて山ほどあるわ。

 だからこそ私はここで修行をしている。きっとこの寺にいる人は皆それぞれ違う問いを抱えているし、その答えを探しているのだと思うの」


 難しい話ではあったが、響子には何となく白蓮が何を言いたいかは分かった。

 あくまで"何となく"であり上手く説明することはできそうもないが、でも白蓮の意図については半分くらいは理解しているつもりだった。


「だから、さっきも言ったけれど、私はどんなに考えても貴方のその問いに答えを用意してあげることはおそらくできないと思う。

 それは、その問いは私ではなく貴方が抱えている問いだから。つまり、その問いの答えを見つけられるのは貴方以外誰もいないの。

 でも、私は貴方に答えを用意することはできなくても、一緒に答えを探してあげることはできる」


 そう言うと白蓮の表情にあの笑みが戻ってきた。


「どうかしら。もし良かったら私達と一緒に『答え探し』、やってみない?」


 そう聞かれた響子であったが、答えを出すのに迷いなどなかった。


「はい、お願いします!」


 そうビシッと45度お辞儀を決め込んだ。

 今の話だけでも、ここに入門するだけの勇気を響子の心に満たすには十分すぎるものであった。


「ありがとう、これからもよろしくね」

「はい!」


 また1人新しい門下生が命蓮寺に加わった瞬間であった。

 この時、響子はすっかり今後の新生活のことで頭がほとんど一杯であった。

 ここに来る前に既に仏教生活という物に憧れを抱いていたので、それが実現した今、頭がほくほくするのも無理はない。


「何か分からないことがあったら、私でもいいし、誰かに聞いてみるといいわ。みんな優しい人ばかりだから」


 白蓮がそう言った、その時。


「こらぁ、村紗ッ」

「ち、違うの! これには深い訳があって!」


 ちょうど白蓮と響子の目前を横切るようにして庭を逃げる水蜜、そしてそれを追う一輪。


「新入りの説明は任せろと言っておきながら、その新入りを放って遊び呆けていて、まだ何か申すと言うか!」

「あれはぬえが──」

「問答無用! 莫迦にかける言葉はなし!」


 一輪は立ち止まると(意図せずもちょうど白蓮と響子の真っ正面であった)、


「雲山、つかまえて!」


 拳状にかたどった雲山に、水蜜を捕まえるよう指示を出した。

 もうこの時、一輪と水蜜の間にはかなりの距離があったが、雲山のスピードと一輪のコントロールの前になすすべはなく、


「ふぎゃっ」


 水蜜をとらえた。

 逃げようとしたが、次々と雲山の拳パーツが飛んでくるものだから、結局四肢を別々の手に押さえられてしまった。

 結局、あっと言う間に水蜜は一輪の手により捕獲されたのであった。


「さあ捕まえたわよ。ちょっと向こうでお話しましょうか、拳で」

「で、できれば言葉でお願いします!」


 この時水蜜は逃げようと思えば逃げられたかもしれないが、一輪が放つ怒りのオーラをもろに受けて逃走しようという心すら折られていた。

 一輪を怒らせたままにしておくと、どんどん後になって蓄積された一撃が飛ぶというのは水蜜も良く知るところである。


「あの、一輪」


 白蓮に声をかけられ、水蜜は立ち止まった。


「後生だからあまり乱暴をしないでね」

「しかし姐さん、こういう奴は甘やかすと付け上がるだけですから、いっぺんガツンと言ってやらなきゃ駄目なんです!」


 そう一輪は拳を握って熱く語った。


「……ほどほどにしないと駄目よ」

「ええ、分かっていますとも。何、乱暴なことはいたしません、ちょっとしたコミュニケーションって奴ですよ。ね? ね?」 


 そう笑いながら、一輪は水蜜の方を向いた。


「はい、大丈夫です。私達仲良しですから」


 水蜜もそう言いながら笑ったが、目が笑っていなかった。むしろ涙目であった。

 そんなわけで一輪に連れられて水蜜は建物の影に消えていったが、それから間もなく


「歯をくいしばれ!」


 という怒号と共に柱か壁か堅そうな物が砕け崩壊する音が聞こえた。


「……本当は皆、優しいのよ。ちょっと血の気が多いだけで。だからあまり怖がらないで」


 白蓮は額に指をあて顔を俯きながら、響子にそう言うので精一杯であった。




※水蜜「せ、殺生はいけないと思います!」

※一輪「大丈夫、貴方はもう、死んでいる」



はい、どうも。作者の兎です。

今回は重かったりはっちゃけたり、不思議な回となりました。

一度面倒をみると言ったからには何があっても途中で投げ出してはいけません。

後輩を持つにもペットを飼うにも、こればかりは鉄則です。


今回初挑戦の白蓮さん。命蓮寺頭領の白蓮さん。

敷居の高さを感じさせないカリスマ、を目標に書いてみたのですが如何だったでしょうか。

(レミリアや神奈子のような格の差を見せつけるカリスマとはベクトルが違うのです。90度ほど)

実は今回、この話を書くためだけに昔使った倫理の教科書を押し入れから引っ張り出してきました。

相変わらず宗教の世界は難しいものです。

おそらく白蓮も周りの妖怪に仏の教えを受け入れてもらえるよう、色々工夫しているのでしょうね。

戒律で酒が呑めぬと定められた仏教が、酒浸りの幻想郷民に受け入れてもらえるかと考えると、何というお先真っ暗。

そんなこんなで真面目な話になってしまったように見えるかもしれませんが、血の気の多いギャラリーが大騒ぎしているのでそうでもないかもしれません。

みんないい子なんです、本当は。


言われてみれば今回は新キャラが出ませんでしたが、まあ前回ぽそっとしか出番がなかった白蓮さんなどカウントして良いかも分からんので、今回は白蓮さんの回ということで。

星蓮船メンバーも未登場は残り3人。

次回はもう少しゆるく行くと思います。

たぶん。


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