三話目:響子ちゃんいじめられる
※前回までのあらすじ
響子ちゃん、憧れの命蓮寺に入門させてもらえることになったはいいが、(一話目参照)
船長さんに気に入られて色々教えてもらえることに。(二話目参照)
水蜜に手をひかれやってきた応接室。
そこは、新しい畳が敷き詰められた8畳ほどの簡素な和室であった。
何せ中央に机が置かれている以外本当に何もない部屋なのだから簡素というより他はない。
強いて言うなら、応接室を挟んだ廊下の反対側はすぐ縁側であり、庭がよく見えた。
その庭もまた決して派手な様式に飾られる事もなく、若葉を通じて初夏の気配を醸し出していた。
「適当に座ってて。お茶か何か持ってくるから」
「あ、ありがとうございます」
適当に、と言われたが本当に適当に座るわけにもいかない。
響子はきちんと机の前にビシッと正座し、ピーンと背筋を張った。
実のところ、響子はここ何年もまともに正座という物をしたことがない。
する機会がなかったと言ってしまえばそれまでだが、それでもこうも厳格な雰囲気だとつい正座してしまうものである。
もっとも、一輪の方は兎も角、水蜜が"厳格"な人かと言うとそうでもないように思えてきたのだが。
そんな響子の姿を見て、水蜜はついクスッと笑ってしまった。
響子が可笑しいわけではない、ただ昔の自分と重ね合わせると自分が可笑しく思えてしまうのだ。
水蜜が白蓮に救われて寺に来たのはもう千年以上も昔のことになってしまったが、あの日のことはまだしっかりと覚えている。
まだ"人を襲う船幽霊"としての性分が抜け切れていなくて、ビショビショの服で畳を濡らしながらよく白蓮にそっぽを向いて困らせていたものだ。
それに比べ、まだ初々しいというのに真面目な響子を見ると、どうも恥ずかしさがこみ上げる。
無論そんなことを知る由もない響子は、誰もいないのにただまっすぐ前を見つめ、姿勢を硬直させていた。
何度も言うが、彼女はもう自分の事でいっぱいいっぱいなのである。
それから間もなくして、水蜜は麦茶を持ってきた。
春から夏に変わろうとしている今は冷たい物の方がいいだろうと思ったのと、水蜜自身が猫舌なので冷たい方が好きだという個人的な理由と、両方である。
当然、響子はこれにも
「ありがとうございます!」
と、ビシッと綺麗な45度を描く折れ線お辞儀をしたのであった。
水蜜はそれを見ると、響子を挟んで机の反対側に座ると、笑いながら語りかけた。
「別にそんな堅苦しくしなくたっていいわよ。私も昔はかなりやさぐれてて、しょっちゅう聖の手を焼かせたくらいだし」
「ふぇ? そうなんですか?」
これは響子にとっては意外なことであった。
『お寺の人=真面目』、『お寺の偉い人=超真面目』という公式を導入していた響子は、当然水蜜もまた昔から超真面目であっただろうと思っていたのだ。
「確かに一輪とかは昔からあの調子でお堅いけど、あの頃の私はまだ荒れてたからねぇ。でもそんな私ですら今はお寺のお努めもこなせるようになったし、貴方ももうちょっと気楽に構えて大丈夫だよ」
「ほぇぇ、参考になりました」
そう返事はしたものの、気楽になれと言われて気楽になるのはちょっと難しかったので、響子は結局そのままのビシッとした姿勢で話を聞くことにした。
実際、そこから行われた水蜜の話というのはあまり堅苦しい物ではなかった。
むしろ、響子が思っていた以上に粗っぽく雑な物であったと言っても過言ではなかった。
一輪が危惧していたように、水蜜による説明にはあちらこちらに穴があったし、それについて響子が尋ねると「あれ、どうったかな」と不安にならざるを得ない返答。
正直なところ、水蜜自身分かっていないことが多かった。
ただ面白そうな後輩が入ってきたからとっかしてみただけで、正直なところ仏門関係の知識なら一輪の方が圧倒的に多い。
更に言えば、水蜜の見込みの甘さが露見した形でもあった。
ズブの素人相手なら簡単な説明だけで十分だろうと思っていた水蜜であったが、何せ響子は門前で密かに般若心経をマスターしたり門下生の話を密かに聞いて仏教知識について少しばかり学んだりしたエリート(?)である。
それに比べて自分はどうかと、入門当初の自分は話にもならず、正直今の自分でも若干怪しいところである。
確かに千年以上”死んでいる”のは事実であるが、そのうちいくらを費やしたかというと話が変わってくる。
白蓮が封印される前は先述の通り修行には殆ど真面目に取り組んでおらず、白蓮封印と共に自身も封印された地底時代は聖輦船の封印を解き、白蓮を救出することを最優先に取り組んできた。
つまり、仏教に専念できるようになってきたのは白蓮復活を果たしたここ最近のことなのである。
少なくとも(水蜜の知る限り)ずっと仏道に取り組んできた一輪とは偉い差があるのだ。
(……見くびった)
気づいた時にはもう遅い。
しかも響子は水蜜の事を純粋に尊敬しているのだからより性質が悪い。
とうとう水蜜も、相手が悪いと諦めざるを得なかった。
力量差はハートと根性で乗り越えるのが村紗流であったが、知識量差がハートで埋められるほど世の中甘くはない。
(だからと言って一輪は何となく呼びづらいし……)
そう、一輪は呼びづらい。
任せておけと言ってしまった手前、やっぱりお願いしますとは言いにくいのだ。
ならば誰だ、誰を呼べばよいのだ、そんなの決まっている。
「ちょっと待って。どうも私じゃ上手く説明できないのが多そうだから──」
水蜜はそう断りながら立ちあがった。
「だから聖を呼んでくるわ」
「えぇぇっ!?」
響子にとってそれはまさに青天の霹靂であった。
正直なところ、響子にとって白蓮は雲の上の存在であった。
言わば、この寺の最深部で日夜修行にはげみ、下っ端修行生には会うことすらほとんどないと勝手に思い込んでいたのだ。
その白蓮がこれからここに来ると言う。
今までも寺の偉い妖怪、一輪と水蜜に会ったが、それはあくまで『たまたま会った』という形であった。
だが今度は違う。更に偉い方が来るというのに、それは『自分に会いに来る』のである。
恐れ多さに逃げ出したくなる気持ちすら湧きかけたが、それはそれで失礼というものだ。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
水蜜が部屋を後にし、部屋には響子ただ1人。
だと言うのに、いつ白蓮が来るかも分からないというこの環境下ではとてもリラックスできたものではない。
ただ背筋をピシッと伸ばし、唇を真一文字に引き締め、額にうっすら汗を浮かべ、ちょっと小刻みに体を震わせながら、響子はガッチガチに固まってしまった。
わずかな時間すらとてつもなく長い時間に思えた。
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
実際にはあまり時間が経っていないのだが、響子の体感時間はすさまじいものであった。
だが、ここで響子の中で緊張とは別の問題が徐々に芽吹き始めていた。
(足、痺れてきた……)
そう、慣れない正座を長らく続けていたことで、足の先から感覚が失せてきたのだ。
だがいつ白蓮が来るかも分からないというのに正座を解いてリラックスできるはずもない。
思わぬ敵の存在の出現で追い詰められた響子であったが、受難はこれのみで終わらなかった。
「おぉ? 見かけない顔ね」
ふいに背後から話しかけられ、ビクッと飛び上がりそうになった響子。
だが振り返ってみると、そこにいたのは直感的に白蓮ではなさそうだということに気づいた。
黒のワンピースに長い二ーソックス、持っている三又の鉾とアンシンメトリーな翼がすぐ目に着いた。
この時、響子はこれが誰だか分からなかったが、この相手こそ寺の居候、封獣 ぬえであった。
「あ、ご無沙汰しています。新入りの響子と言います、よろしくお願いします」
足がしびれているので向きを直すことすらできなかったが、それでも響子はぺこりと頭を下げた。
だが、それを見てぬえはにやりと笑い、
「ああ、あんたが"響子"って奴ね。聞こえたわよ、さっきどこかの誰かさんが廊下で大声で自己紹介してたの」
「えっ、あっ、あの、ごめんなさい……」
謝る響子であったが、こういう相手には引っ込むどころが攻勢を強めるのがぬえの性分である。
持っていた鉾の反対側、とがってない方の先端でおもむろに響子の足を突っつき始めたのだ。
正座して足がしびれているということはぬえも分かっている。だからこそ突っついているのだ。とんでもない所業である。
「やっ、あ、足痺れてるんです、やめてください」
「い、や、だ。せっかく昼寝してたのに、その誰かさんのせいで起きちゃったのよねぇ。誰のせいでしょうねぇ」
口ではそう言うものの、ぬえの表情は怒りというよりは喜びに近かった。面白い玩具を買ってもらった子どもの喜びに良く似たあの感情である。
「やぅ、ごめんなさい、悪気はなかったんです、あうっ」
「えー、なーに、きこえなーい」
さらに調子に乗ったぬえは、今度は鉾攻撃をやめ、直接響子の頬を両手でつまむと左右に引っ張って伸ばした。
「ふにぃ、や、やへへふははいぃ」
「おぉ伸びる伸びる。こりゃ面白い、気にいったわ。あんた、今日から私の子分になりなさい」
「ふぇぇ!?」
「何よ、弱小妖怪の分際でこの私に意見しようっていうの?」
そう言っては更に頬を強く引っ張る。
「あいはははははは、いはい、いはいへふ! いひへはいへぇッ」
すっかり響子はされるがまま状態のであった。
だが、その目がしらに浮かべた涙を見て調子に乗るぬえ。
早くも四面楚歌、この状況にどうしようもない響子。
だが、そこへ
「ぬえッ!」
怒号と共にとんできた錨。
それは、背の小さな響子の頭上をかすめるようにして通り過ぎ、少し大きいぬえの頭部めがけて飛んできた。
「おっと」
とっさに頭を下げてかわすぬえ。
錨はそのまま飛んでいき、奥のふすまを無残に突き破って隣の部屋に消えていった。
ひしゃげたふすまの枠の形状が、その威力を物語っていた。
そしてそこへ間髪いれず、今度は水蜜が戻ってきた。
「またあんたはそうやって悪戯ばかりして!」
「おお恐ろしや、船長さんのお怒りだ。ま、ちっとも怖くないんだけどね」
そう言い残し、ぬえは応接室から逃げ出した。
「あ、こら! 待ちなさい!」
水蜜も急いで後を追う。
「待てと言い待つ馬鹿なんてあんたぐらいよ、のろのろ船長」
「言ったわね!? 覚えてなさいよ!」
「あっはは、つかまえてごらん?」
そのまま2人は縁側から庭に飛び出し、建物の影に消えていった。
ただ1人残された響子は、何が起きたのか理解が追い付かず茫然と庭を眺めていた。
そこへ
「大丈夫?」
誰かが後ろから声を掛けてくれた。
「あ、はい、たいしたことありま──」
途中まで言いかけて言葉が止まる。
振り向いてみれば、そこにいたのは、自分に今声をかけてくれたのは、誰あろう聖白蓮その人だったのである。
※あたしゃぬえちゃん ガキ大将 天下無敵の少女だぜ
はい、どうも。作者の兎です。
今回は水蜜とぬえにフォーカスを当てて書いてみました。
唐突ですが、水蜜はたぶん頭を使うより体を動かして覚えるタイプだと思います。
なんでそんなことを思ったかと言うと、そうすると頭がキレる一輪とちょうど良いペアになるんじゃないかな、と思ったからです。
たぶん一輪だけだったら、水蜜だけだったら、地底から脱出して白蓮を救出することなんてできなかったと思います。
2人が互いの長所を活かし、短所を補ったからこそ、偉業を成し遂げられた。
そんな相互関係を築けていると良いと思います。
ぬえは割とやりたい放題で書かせてもらいました。
実際にボクのイメージではここまで粗暴になっています、ぬえちゃん。
もうちょっと撫子させても良かったかな。
さていよいよ聖さん登場しました。
プロローグも大詰めですね。




