二十三話目:響子ちゃん達 vs ちぐはぐ騒霊楽団
※前回のあらすじ
お寺の墓地に現れた赤い巨人。
その正体はチビでちまくて低身長の小さなリリカであった。
音量全開の弾幕攻撃に一時は苦戦するものの、同じく音のプロであった響子の活躍でちゃっかり撃破。
パッと見て大きく見えた原因である竹馬も脱がせたところで、とうとうやってきたプリズムリバー楽団団長ルナサ。
はたしてお寺組は墓場の静けさを取り戻せるのでしょうか。
(全部二十二話目参照)
「……プリズムリバー楽団?」
そのルナサの唐突な登場に、その場は静まり返った。
「そう、プリズムリバー楽団。私達プリズムリバー家が総出で行っている、言わばちんどん屋です」
そう言いながら、ルナサはたった今地面に置いたトランクを少しだけ開けると、中からちょうど5枚ほど名刺を取り出し、最寄りの位置にいた響子にまとめて渡した。
見ればいかにも几帳面な字面で名前と所属組織と連絡先のようなが書かれているように見える。
何故"ように見える"などと断定しかねるかと言うと、その字面が全て英語、しかも滑らかな筆記体で記されていたので、外国語の文書など見たこともない響子はただただ困ってしまった。
せめて活字体であったなら、少しは読みやすかったかもしれないのだが。
ついでに山彦的美学から言わせてもらえれば、挨拶という物に名刺など必要はない、大きな声で名乗ればそれで済むのである。
なのでこうした"静かな挨拶"はどうしても響子には受け入れがたいものであった。
「……それとも名刺なんかより、お近づきの印としてこういう物の方が良いですか?」
そんな響子の様子を見て、ルナサはまたトランクの中に手をいれ、今度は棒付き飴を5人、ちょうど人数分取り出した。
飴自体はナズーリンが好きそうな、里の駄菓子屋で買える物なので特段珍しくもないが、むしろ『なんでそんな物しまってあるの』と、トランクの方が不思議に思えてしまう。
そんな彼女達の反応を見て、いまいち受けがよろしくなかったと悟ったルナサ、
「いや、貴方達にはこんな西洋風の飴より、東洋風、例えば千歳飴の方が受けが良かったりするんですかね」
今出したばかりの棒付き飴をひっこめると、長い千歳飴を取り出し始めた。
しかもその長さも半端ではなく、あからさまにトランクの中に収容できるはずの長さを越えてもまだまだ出てくる。
日常的に出番が来るはずもない千歳飴まで常備されたという点でも変だが、体積的な問題でも常識を超越したトランクに、一同が唖然としていると
「って、姉さん! 何こんな奴ら相手に、呑気に挨拶してるのよ!」
そんなマジックショーによる隙をつき、リリカは水蜜の腕を振りほどき、ルナサの所へ駆け寄った。
「あいつら、卑劣で非道で残虐で非の打ちどころしかないような奴らなんだから! ねぇ、姉さん、そんな飴なんていいからあいつらやっつけてよ!」
と、リリカは強い口調でルナサをけしかけた。
それを聞いて、ルナサは黙ってリリカと響子達5人を交互に見ると
「……とりあえず貴方は落ち着きなさい。少し騒ぎ過ぎよ」
今度はトランクから素早く魔法のお札を取り出すと、これまた素早くリリカの口に貼りつけた。
「 っ!? 、 、 ッ!」
慌ててリリカは札をはがそうとするが、思うようにはがれない。魔法の効果で声も出ない。
ルナサ特製の、名付けて『発言権一回休み札』、貼りつけられた者は一時的に話せなくなるという簡単マジックアイテムである。
何かと騒がしい楽団をまとめ上げるには、こういった物を作らねばならないのだ。
そんな1人悪戦苦闘するリリカを横目に、ルナサはまるで何事もなかったようにトランクを閉じた。
「えー、どうやら妹がご迷惑かけてしまったようですね、すみません。どうにも常日頃から奔放な子でして」
まるで全てが当たり前のことのように、そう平然と言ってのけるルナサ。
この奇妙奇天烈な人物に、わけが分からなくなってしまったのは、何も響子だけではなかった。
「えーと、色々と聞きたい事があるんだけど、まずそのトランクは一体どうなってるの?」
やっぱりトランクの事が気になって仕方がなかった水蜜が尋ねると、ほぼ同時に一輪が彼女を横から小突いた。
「ちょっと、どうせ聞くならトランクより先に本人が何者なのかから聞きなさいよ」
「いやゴメンゴメン、でもあれの謎を分からないままにしておくと、たぶん私死んでも死にきれないわ」
「既に死にきれてないじゃない」
そんなやりとりを小声でする2人。
「このトランクですか? そんな大した物ではありませんよ、知り合いのメイドさんから空間拡張魔術を施してもらっただけです。
もっとも、扱いが難しい術らしいので、私には到底真似できませんでしたがね。しかし大体の大きさの物は入りますし、結構便利ですよ。
今でこそこの地で暮らしていますが、我らプリズムリバー家は元イギリス貴族。真の英国紳士ならばどんな所へでかけるにしてもトランク1つで事足りるのです。
ご理解いただけたでしょうか」
そう長々と話しながら、ルナサはトランクを取るとそこから小型のイギリス国旗を取り出した。
なんとも無駄だらけのこだわりを見せつけられ、ぬえは確信した。『こいつは正真正銘の馬鹿だ』と。
(ていうか、あんたそれ、確実に意味捉え間違えてるよ)
英国紳士がどんな物なのかは分からないぬえだが、『トランク1つで事足りる』というのは荷物が少ないことを指すのであり、間違ってもトランクの容量自体を大きくする訳ではないことくらいなんとなく想像がついた。
だが、そんな呆れかえるぬえのことなど意にも介さず、ルナサのトランクトークは続く。
「しかしまぁ、自分で言うのも何ですが、トランクを半無限容量にした事で幾つもの恩恵がありました。小さい子はここから飴を取り出してプレゼントするだけでも喜んでくれますし、曲と曲の合間に小ネタもできるようになりました。
しかし、やはり最も良かったのは小道具の運搬が楽になった事でしょうか。
私達プリズムリバー楽団は、幻想郷がグローバル化していくように、常に世界に目を向けた活動を心がけております。和人には三味線、華人には二胡、欧州人にはヴァイオリン、欧米人にはギター、その他色んな楽器をいちいち持ち運んでいます。全ては世界各国からのニーズに応えるために」
ルナサは淡々と語りながら、トランクからずらずらと万国旗を出していった。何せ話が長いので、国旗ももう88ヵ国くらいは出ているのではないだろうか。
このまま話をさせると、それこそこの万国旗のように延々と続きそうなので、
「もうトランクの話はその辺でいいわ」
ベネズエラの国旗が出てきたところで、一輪がばっさり話題を切った。
「それより私が気になるのは、貴方達が何をたくらんでいるのかということよ。さっき妹さんが他者を追い出すような真似をしていたようだけど、それも貴方と関係あるのかしら」
不思議なトランクのことより本体のこと、つまり一輪はルナサやリリカが何を目的として墓に集まったのかを聞きたかったのだ。
それを聞くとルナサは、相変わらずの無表情で、今度は万国旗をトランクの中にしまいながら答えた。
「それですか。それは半分はリリカの単独犯、もう半分は私達のスケジュールに沿った行動です」
その言葉に、未だ沈黙状態のリリカは『貴様、家族を売る気か』と、ルナサを睨みつけた。
しかしそれにすら知らん顔のルナサはその調子で更に話を続ける。
「本来、プリズムリバー楽団は本日21時45分よりこの地でゲリラライブを実行する計画を立てていたのです。なので私は準備時間も考慮して20分前、21時25分に集合するようにと前もって言っておいたはずだったんです。
まあ、実際のところ時間通りに来たのは私だけで、時間前に来て抜け駆けを謀った者1名、そして盛大な遅刻を働いた者が1名──」
そこまで言いかけた時、
「おーい、お待たせー!」
と、響子にも劣らぬような大声が墓場全体に響き渡った。
その方を見れば、これまたルナサやリリカと同じようなデザインで、真っ白の服にウェーブがかった明るめの髪と明るい印象の少女が、両手いっぱいに紙袋を携えてこちらに全力疾走で来るではないか。
それも、何かあったのではないかと思うくらい幸せいっぱいの笑顔を浮かべて。
「──えー、あれもまたうちの団員で、妹のメルランです」
ルナサが代わりに紹介しているうちに、メルランは皆が集っている場所に辿りついた。
「ごめんごめん、ショッピングしてたらあっという間に時間が過ぎちゃって。ライブまだ始まってないよね?」
肩で息を切らしながら荷を下ろすメルラン。
そんな彼女を見て、
「あーっ、そうだ思い出した! どうりでどこかで見た事ある服だと思ったわ!」
と声をあげたのは、意外や意外、小傘であった。
小傘は、普段のどことなくどんくさい動きはどこへ行ったのやら、実に俊敏な動きで、メルランの手をがっちりつかみ
「お久しぶりです! 私は今日も元気にやってます!」
と、威勢の良い挨拶をした。
その挨拶をされたメルランは、最初数秒ほど戸惑った様子であったが、
「あー、誰かと思ったら貴方だったのね! そうそう、思い出したわ。あれからどう? 幸せ探し、順調?」
「はい、すこぶる順調です!」
「良かった、そう言ってもらえると私まで幸せになれるわぁ」
局所的な春真っ盛りオーラに包まれる2人だが、何の事情も知らない者達にとっては寒々しい限りである。
どうもそれは寺側(小傘側)の響子達だけではなく、楽団側(メルラン側)のルナサ達も全く同じようであった。
その結果が、外野6名による『何? あんたら知り合いなの?』視線の一斉砲火。
さらには
「おいこらあんた達、2人だけで盛り上がる前にどういう関係なのか言え」
場の意見を代表するかのように、ぬえが小傘の頭を(割と強く)小突いた。
「あいたっ。え、えーとねぇ……」
「最初に会ったのは去年の冬よね。川のほとりの柳の木の下。で、今日が2回目」
「そうだそうだった、思い出したぞ! あれは──」
こうして小傘の昔話が始まった。
※ ※ ※ ※ ※
遡る事半年とちょっと。まだ白蓮が法界にいた頃の話である。
場所は小川のほとり、柳の木の下。
その日、小傘は
「な、なんてさもしい世の中なんだ。おまえらそれでも人の子か!」
すこぶるへこんでいた。
驚かす手段として落とし穴を掘ったまでは良かったが、やんちゃな悪ガキ達を標的にしたのがいけなかったのがまずかった。
小川のほとりに穴を掘り、自分は傍に隠れ、誰かが通りかかったら突き飛ばして穴に落とす作戦、ぬかりはないはずだった。
ところが通りかかったやんちゃボーイを落とそうと飛びだした瞬間、小石に蹴躓き、ずっこけ、転倒し、あろうことか自分が穴に落ちてしまったのだ。
ここからの悪ガキ達の行動は目を見張るほど迅速であった。
まるで最初からそうすると心に決めていたかのように全員で小傘が掘った落とし穴を埋め始めたのである。それも、未だ小傘が中にいる状態(!)で。
『やめて! 埋めないで!』と哀願する小傘のことなど知った事かと土を投げ入れる悪ガキども。
小傘がはい出そうとすれば、近くにあった木の枝で突いて阻止。『痛い痛い!』と泣いても奴らは総じて知らん顔。
妖精にも負けぬくらい悪戯好きな奴らであるが、主にえぐさが違う。
こうして小傘は埋められた。朝方に罠にかけたはずだったのに、なんとか脱出した頃には夜空に星が瞬いていた。
とどのつまり、文字通り"墓穴を掘って"しまったのである。
そんなわけで小傘はへこんでいたのであった。座り込んで、膝を抱えてべそをかいていた。
ちょうどそんな時、
「あらら、アンハッピーガールみっけ。どうかしたの? お財布落としたとか?」
と声をかけられた小傘。見上げた時、そこにいたのがメルランであった。
その日、メルランはたまたまソロ決行ライブの帰り道の途中であった。
「……人間にいじめられた」
「まぁ、どうりでアンハッピーオーラ全開だったのね。そうだ、シュークリーム食べる? お腹すいてると元気でないわよ?」
「放っといてよ」
いつもは愉快な小傘でも、この時ばかりはやさぐれていた。
穴に埋められ、たった今はい出してきたばかりなのである。まだ心に負った傷は大きかった。
それに、小傘は捨てられ傘が化けた身。
こうやって落ち込む時は今まで何度もあったが、誰も手を差し伸べてくれなかった。
だから、今こうして目の前にいる彼女も、いずれ飽きたらどこかに行ってしまうのだろう、そう思って、視線を自分の膝に戻した。
自棄になっていたのかもしれない。
すると、
「御節介かもしれないけどさ、貴方はそれで良いの?」
明るいトランペット音をBGMに、そう語りかけられた。
もう1度顔をあげると、そこには多くの幽霊管楽器に取り囲まれたメルランが、ジッと小傘を見つめていた。
「貴方の足は、立ち止まるためにあるんじゃない。貴方の手は、膝を抱えるためにあるんじゃない。
貴方の口は、嗚咽をもらすためにあるんじゃない。貴方の目は、涙を流すためにあるんじゃない。
貴方は不幸になるために生まれてきたんじゃない。誰も、不幸になるために生まれた人なんて誰もいないもの!」
そう力説、もしかしたら熱唱なのかもしれないが、兎に角小傘に熱く語りかけながら、メルランは彼女にハンカチを差し出した。
「泣きたい時は思い切り泣けばいい。腹の底から、心の底から泣けばいい。でも、もし涙が出なくなったら、アンハッピーデイはもうおしまい。
いつまでもくよくよしている貴方の顔は見たくない。いつまでもえぐえぐしている貴方の声は聞きたくない。
立って。歩き出して。先に進んで。振り向かないで。そして、笑って! 心の底から、幸せいっぱいの、とびっきりのスマイルで!」
その力説(or熱唱)を、小傘は目元の涙をハンカチでぬぐいながらジッと聞きいっていた。
「幸せを探すために、貴方の足はあるの。幸せをつかみとるために、貴方の手はあるの。
思いっきり笑うために、貴方の口はあるの。その幸せの全てを感じ取るために、貴方の目はあるの。
貴方は幸せになるために生まれてきたのでしょう? だから──」
突如、幽霊管楽器の演奏がぴたりとやんだ。
そして、メルランは優しそうな笑顔で、そっと小傘に手を差し伸べた。
「もう1度出かけよう? 幸せ探しの大冒険」
「……うん」
小傘はゆっくり頷くと、最後の涙をぬぐって、それからメルランの手をつかんで立ち上がった。
そして、
「ありがとう、元気出てきた気がする」
ニッと、笑った。今の彼女ができる、最大限の笑顔で。
「うんうん、その笑顔が見たかった! やっぱり貴方には笑顔が一番似合う気がするわ」
メルランもすっかりご満悦になったちょうどその時。
『ぐぅ』と、小傘のお腹が飢えを知らせる叫びをあげた。
せっかく元気になったばかりの小傘の顔が赤くなる。
「……シュークリーム食べる? お腹すいてると元気でないわよ?」
そして、メルランは今度こそ、手提げの紙袋からシュークリームを差し出した。
本当はライブが終わった後の、自分に対するささやかなご褒美として買った物なのだが、これで誰かが元気になってくれるのならば安い物である。
小傘はそのシュークリームをもらうと、即座にぺろりと平らげた。
"半分は返した方が良かったかな"とも思ったが、既にその時には全部が喉を通ってしまった後だったので仕方ない。
「よし、じゃあ後は貴方なりに頑張ってね。応援してるわよ」
すっかり小傘が元気になったのを見届けて、メルランは再び自宅に向かって歩き出した。
そんな、自分に希望を与えてくれたのに、何も見返りを求めない恩人の後ろ姿を見て、小傘は思わず呼びとめた。
「あの!」
「ん? 何か?」
「……貴方はいったい?」
「私? ……フフッ、そうね、"幸せの伝道師"とでも名乗っておこうかしら」
名前を伏せた理由は、特になかった。
強いて言うなら、『"名乗らず去っていく"ってヒーローっぽくてかっこいいんじゃないかしら』という、単なるメルランの思い付きだった。
しかし、小傘の目にはそれが実際にかっこよく映った。
「"幸せの伝道師"さん、ありがとうございました! 今はこんなですけど、いずれ大妖怪の仲間入りを果たした暁にはきっとお礼に行きます!」
そう声を張り上げて礼を言う小傘に、メルランはクスッと笑いながら
「お礼はいいわ。でももし貴方が将来幸せになり過ぎて、手に余るようになったら、その余った幸せで私にシュークリームをおごってね」
と茶目っ気溢れるウィンク1つ残して去っていったのであった。
ちなみに小傘は知らないが、この話は、メルランが帰宅後にこの即席臨時ソロライブの事を夕食の席で大雑把に話し、
『メルラン姉さんって本当にただ働き好きだよねぇ』
と、ギャラにうるさいリリカに呆れられたまででワンセットである。
※ ※ ※ ※ ※
「とまあ、そんなことがあったのさ!」
と、小傘は胸を張っていった。
このエピソード内容ならば、どう考えても胸を張れるのはメルランであるように思えるのだが、そこは小傘である。
しかもその当本人メルランは『そんなこともしたなぁ、我ながら良い仕事したなぁ』と1人黄昏ているではないか。
(最初は変な人たちだと思ったけど、案外良い人なのかな)
今の話で三姉妹への見方を変えたのは響子くらいのものであり、
(今日は厄日みたいね、なんかまた1人胡散臭い奴が出てきたわ)
一輪は不意に頭痛を覚え
("幸せの伝道師"って……そのセンスも大概だが、それに憧れる小傘もどうよ)
ぬえには呆れ果ててしまった。
しかしメルランも、周りの反応でいちいちめげない点ではルナサと全く同じであった。
「兎にも角にもバレちゃしょうがない! ここで会ったも何かの縁、一期一会の出会いに感謝しながら改めて名乗るわ!
ある時は"幸せの伝道師"、またある時は"通りすがりのラッパ吹き"、しかしその正体はプリズムリバー楽団トップスター!」
そう声高々に名乗りながら、メルランは宙返りしながら最寄りの墓石の上に飛び乗り、
「ぐるぐるとスイーツを何より愛するハッピートランペッター、メルラン・プリズムリバー、ここに見参!」
つま先を軸にくるっとまわって可愛らしくポーズを決めたかと思うと、その袖の袂から1本の細い棒を取り出した。
それはいわゆる指揮棒で、その先端が眩く光る点では普通の物とは違った代物であったが、メルランは
「貴方も一緒に、レッツ・ぐるぐるハッピー!」
と叫びながらそれを天高くかかげた。
するとどうだろう、指揮棒の先から光の粒がワッと空に飛びだしたではないか。
しかもその光の粒は夜空に瞬く数々の明星にも負けぬほどの輝きをほこり、やがて粉雪のように地上に降り注いでは消えていった。
まるで、夏の夜だというのに、この墓地だけ冬が訪れたような、綺麗で不思議な絶景であった。
確かに『プリズムリバー楽団トップスター』を自称するだけの事はあったようである。
それにしても、何かと墓石に乗るのが好きな姉妹だ。
とは言え、このファンタスティックなショーは
(流石は"幸せの伝道師"さんだ。こりゃすごいや)
(凄く綺麗……、聖様たちにも見せてあげたかったなぁ)
(おぉ、次から次へと本当に芸達者だなぁ。ちょっと羨ましいかも)
楽団に好意的な見方をしていた小傘、響子、水蜜は元より
(へぇ、やるじゃない。こういうのは嫌いじゃないわよ)
(ふーん、狂人の集まりかと思ってたけど案外まともなセンス持ってる奴もいるじゃん)
と、かんばしくない評価をくだしていたはずの一輪やぬえすらも感心させるほどの出来であった。
だが、その閃光が全て消え入り、イリュージョンが終わりが迎えたちょうどその時、耳の良い響子に、ある音が聞こえた。
それは誰かのおなかが鳴る音であったが、それが聞こえたと同時に、たった今まで頑張っていたメルランが急にげんなりしはじめた。
「しまった……、おやつの時間から何も甘い物食べてないんだった。姉さん、甘い物ちょうだい」
元気半減メルランは、さっきまでの勢いはどこへ行ったのやら、おねだりの視線をルナサに飛ばした。
「メルラン、貴方ねぇ、その燃費の悪さはなんとかならないの?」
「御託はいいから甘い物くだしゃい」
「大体、貴方さっき両手に紙袋たくさん持ってたじゃない。あれ、全部お菓子なんでしょ? それ食べればいいじゃない」
「あれはテイクアウト用なんです、ってことで糖分くだしゃい」
「……断る」
ルナサはきっぱり断った。
断るときはしっかり断らないと、姉としての威厳、団長としての威厳が保てないのだ。
「ちぇっ、じゃあいいわ。自分で調達するから」
無下に断られたメルランは、またもあの魔法の指揮棒を手に握り、先端をぐるぐる回し始めた。
回せば回すほど、その先端が白い輝きを纏っていくようであった。そしてメルランは頃合いを見計らって、
「えいっ」
と指揮棒を、近くの墓石に向かって一振り。
すると再び指揮棒から白い光の粒が飛びだし、緩やかな蛇行を描きながらその墓石の方に飛んでいったかと思ったその瞬間。
光の粒に当たった墓石はポン、とポップな音を立て、どこからともなく発生したコミカルな煙に包まれた。
その煙が鎮まった後に残った光景に、響子たちは目を疑わざるを得なかった。
そこにあったのは確かに墓石同様の直方体であったが、色は大理石特有の鼠色から卵の黄身を思わせる薄い黄色に変色。
表面もツルツルとした光沢のあるはずなのに、その面影も残さずスポンジ状の小さな穴が開いていた。
上面には茶色のスポンジ層があり、いかにも『私はここから焼かれました』と言わんばかりの美味しそうな焼き色をしている。
そう、メルランの魔法を受けた墓石は一瞬にして美味しいカステラに変質してしまったのだ。
あまりの出来事に二の句が継げない響子たちを余所に、メルランはその"墓石カステラ"に手を伸ばすと、小さくちぎって一口ぱくり。
「んー、しあわせ」
1人その甘味を美味しく堪能するのであった。
だが、そんなメルランの実に幸せそうな表情に、
「私も一緒に食べていいですか!?」
小傘が釣られた。
「ええ、どうぞどうぞ。一緒に食べる人が多いほどティータイムは楽しいもの」
「やった!」
こうして小傘はメルランの隣でカステラを頬張り、
「おいひぃ」
「でしょ?」
と舌づつみを打つのであった。
そればかりか、その2人の間に割り込むようにぬえが立ちいると、"墓石カステラ"を少しばかりつまんで試食。
「なによ、てっきり砂利かなんかの味がするかと思ったら案外美味しいじゃない」
「そりゃそうよ、美味しくなかったら幸せになれないもの」
こうしてカステラに2人ほど持って行かれた寺側。
その光景に、一輪は目頭を指で押さえながら頭を痛めていた。
本来、墓石とは死者を供養するために立てるものである。
『ここに眠っている人の名前はこれです』といった看板の類とはわけが違うのだ。
そんな墓石を、あろうことかお菓子に変えて食べてしまうなど、許されざる暴挙に他ならないのである。
何よりその墓石の下に眠る者に失礼だろう。霊の癖に、または普段から寺に出入りしている癖にその辺りの気遣いという物を知らないのだろうかと本気で疑いたくなる。
だが霊と言えば、そうだ、水蜜も立派な霊である。
墓石に対するぞんざいな扱いには自分より敏感なはずだ、と一輪には思えた。
「村紗、死霊代表としてなんとか言ってやって。悪いけど、もう私は怒る気力もないわ」
そう呟いたが、それに対して返事をしたのは水蜜ではなく、
「一輪さん。船長さん、もうむこうです」
響子であったので、それで嫌な予感を覚えながらも一輪が目を開けると、なんと
「最後に洋菓子食べたのいつだったっけ。もう何十年も前のことだからあまり覚えてないけど」
「あらら、何十年もこの味と距離を置くなんて貴方も相当アンハッピーだったのね」
いつの間にか水蜜もカステラサークルの中に加わっているではないか。
ぬえや小傘は兎も角、白蓮の下で由緒正しく仏道に帰依したはずの水蜜までこの体たらく。一輪はますます頭が痛くなった。
実はこの時、この魔性のカステラに惹かれていたのは響子も全く同じで、山では決して口にできない洋菓子という奴がどんな物なのか味わってみたかったのだが
「あいつら、後でまとめて折檻ね」
と、隣で一輪が小声で呟いた独り言が耳に入ってしまい、行くに行けない生殺し。
"雲居式折檻術"の恐ろしさは、先の燐の一件で十二分に学習済みである。
すると、そんなお冠の一輪の隣に、静かにルナサがやってくると、
「何やら失望しているようですが、私は慰めませんよ。根拠の伴わない励ましは、やがて人を絶望の奈落に突き落とすのですから」
と、あからさまに余計なひと言。
服の色も語る話題も暗い印象があるルナサだったが、1人で何もかも持っていってしまったメルランに比べるとさらに暗く見える。
そして、そんな今や場の中心に昇りつめた"トップスター"や、影ながら呟く"団長"の動向の裏で、とうとう
「ぷはっ、あんた達誰か忘れてないか!?」
ようやく沈黙状態を破ったリリカが怒りの声をあげた。
姉2人が思う存分やりたい放題働いておきながら自分1人お預け喰らっている事に我慢がならなかったのである。
そうしたアグレッシブメンタルが、彼女に力を与えた。主に沈黙状態を破るための。
「あら、リリカ、いたの? 全然うるさくなかったから、まだ来てないのかと思ってたわ。黙り込むなんて貴方らしくないわよ」
そんなぷんすかリリカを横目にメルランはカステラを一口。
「好きで黙ってたわけじゃないやい! あとルナサ姉さん、さっき英国紳士がどうとか言ってたけど我らプリズムリバー家はドイツ貴族だから! イギリス寸分も関係ないから!」
リリカはルナサを睨みつけた。するとメルランも驚きながらルナサの方に目をむけた。
「あらま、姉さんまだ自分がイギリス人だと思い込んでるのね。プリズムリバー家は先祖代々フランス貴族なんだからもうそろそろ自覚を持ってほしいわ」
「メルラン姉さんも違うから! ドイツ貴族だって今言ったばかりでしょ! 話聞いてた? 聞いてないよね、姉さんいつも人の話聞かないもんね」
そして今度はリリカ、メルランに詰め寄りながら、ついでに残り少なくなっていたカステラを全部口に詰め込んだ。
人はそれをやけ食いと言う。
「第一、何こんな奴らと仲睦まじげにお菓子食べてるのよ! こいつら、私たちのライブを邪魔するつもりなのよ! 場所取りのために早めに来てた私をけちょんけちょんにいじめたんだから!」
そのリリカの言葉に、つまらなそうだったルナサと楽しそうだったメルランの表情が一変した。
「あらまぁ、良い人たちかと思ったけど、ふーん、そんなアンハッピーなことしちゃうの」
「妹がいじめられたとあれば姉として、ライブの邪魔をするとあれば団長として無視できない問題ね」
唐突に緊迫しはじめた場の空気。
墓場での第二回戦が巻き起ころうとしているのは、誰もが分かることであった。
「やっとやる気になってくれたのね、ありがとう姉さんたち」
ようやく戦闘モードに入った姉たちを見て顔色をよくするリリカであったが、そんな彼女を見てルナサとメルランは顔を見合わせた。
「そりゃ、ねぇ。我がプリズムリバー三姉妹の末っ子、リリカが苛められたと聞いたらね」
「そうそう、プリズムリバー三姉妹で一番弱くて小さなリリカが苛められたと聞いちゃ、ね」
「だらしない、はっきりしない、情けない、不甲斐ない、心もとない、頼りない、そんな何もかも足りてないリリカが」
「度胸もない、意気地もない、背丈もない、胸囲もない、威厳もない、愛敬もない、友だち少ない、そんなない物だらけのリリカが」
「苛められたと聞いたら、黙っていられないわね」
「苛められたと聞いたら、黙っていられないわよ」
「ねぇ、さっきの『ありがとう』返してよ。どぶに捨ててくるからさっきの『ありがとう』返して」
姦しい三姉妹、戦う前から内輪もめ。
「……で、結局どうするの? もめているくらいなら、壊した墓石直して帰ってほしいんだけど」
業を煮やした一輪が、腕組みしながら苛立ちをあらわにする。
「ああ、すみません。長らく待たせてしまいましたが、ライブは今から始めたいと思います」
「帰ってほしいんだけど」
「いやいや、帰ってほしいと言われましてもね」
ルナサも全く譲る気はなかった。
「実は私たちプリズムリバー楽団、見て分かるとおり墓地でのライブを基本スタイルとしているのです。それこそ貴方たちがここに寺を建てる前からずっとホームグラウンドにしていました
」
「その割にはあんた達を初めて見たけど」
一輪の言う通り、実際にここでプリズムリバー楽団が活動している所を見た事がある者は、少なくとも今この場にいる寺側5人の中には誰もいなかった。
するとルナサも困ったようにエア頬杖をつきながら
「ええ、それはですね。最近は貴方たちの他に食欲旺盛なゾンビまで現れるようになってしまい、ライブしようとすれば追いかけまわされるようになってしまって」
「そうそう、そうなのよ。逃げ遅れたリリカが腐っちゃった時はほんとどうしようかと思ったわ」
「腐ってないよ! さらっと嘘言わないで!」
結局は姦しい三姉妹。
ついでに、言うまでもないが、この"ゾンビ"というのも芳香のことである。
「それは兎も角、メルラン、リリカ、お客さんを長らく焦らすのは良くないわ。そろそろ演奏始めましょう。まずは手ごろな第16楽章あたりから」
「もう、姉さんったら本当に第16楽章が好きなのね。まあ、私はどっちでもいいけど、リリカは?」
「えー、また第16楽章? ……でもまあ、こいつら相手なら悪くないか」
一時は口をとがらせたリリカだが、響子たち5人を見て表情を不敵な笑みに変えた。
どうやら、その"第16楽章"とやらに相当な自信があるらしい。
「まだ戦う気なの? 無駄よ、無駄。こっちには対騒音最終兵器がいることを忘れたの?」
そう言いながらぬえは響子の肩を引っ張り寄せた。
ここで巻き込まれるのか、と一瞬思ってしまった響子だが、よくよく考えてみればその通りだ。
先ほどリリカに圧勝した反射壁があるではないか、それを用いれば1人が3人に増えた所で何ら恐れる物はない。
「そうよ、墓荒らしは許さないわ! 掃除するの私なんだからね!」
と、珍しく強気に出るほどであった。
「ふん、さっきのは油断しただけよ。もう少し長期戦に持ち込めていれば、姉さんたちが来て結局この形になっていたんだから」
リリカがそう言う通り、実際先ほどの戦闘は『姉2人が来るまでの時間稼ぎ』のつもりであった。
後先考えずに全力で弾幕を展開したのも、1人対多数という不利な戦闘を受けたのも、援軍が来ることが分かりきっていたからである。
その援軍到達前に負けてしまったのは計算違いであったが。
「それに、さっきまでと同じと思わないことね。あんなドッキリが2度も通じると思われちゃ心外だわ」
リリカがそう言った次の瞬間、
「ついでに言わせてもらうと、人員が3人になったから弾幕も3倍になるだけだと思ったら大間違いよ。プリズムリバー楽団は個性派揃いなんだから」
彼女の肩の上にメルランが飛び乗り、肩車の姿勢をとったかと思うと
「じゃあそろそろ始めましょうか。5vs3、なかなか面白そうなライブになりそうね」
さらにはルナサがメルランの肩の上に飛び乗り、二重肩車が完成した。
そして、どこからともなく届いたスポットライトの明かりがこの塔を明るく照らし、いよいよ本番を迎えようとしていた。
「ポジション、キーボーディスト兼マスコット、夢は大きくビッグに行くわよ、リリカッ」
「ポジション、トランペッター兼トップスター、幸せを呼ぶハッピーゴースト、メルラン!」
「ポジション、ヴァイオリニスト兼団長兼後片づけ担当、紳士的な"演騒"を貴方に、ルナサ」
「痺れるようなサウンドとッ」
「燃え上がる熱いメロディを!」
「ほどよく冷えたリズムでお送りします」
「さてさてお集まりの聴衆ども、ここからが本当の勝負よッ」
「貴方はいったい第何楽章まで耐えられるかしら、楽しみね!」
「そんなわけで始めましょうか、一曲目、プリズムリバー幻想曲第16楽章、『トレモロ・タワー』」
頂上のルナサがスペルカードを掲げた途端、リリカは遥か上空に飛びあがった。
そして、あっと言う間にリリカの赤いブーツの靴底から、それぞれ1本ずつ赤い棒が飛びだし、地と衝突した。
そう、再び竹馬の登場だ。
しかも竹馬の上に肩車三姉妹であり、そびえ立つ姿は確かに『タワー』を自称するだけはある。
「へぇ、その竹馬そういう仕組みだったのね。確かにしまうのが面倒そうだと思ってたけど」
小傘は少しばかり感心した。正直なところ、何でも飛びだすトランクや墓石をカステラに変える指揮棒が出た後なので、この程度ではもう驚けない。
「そうよ、ルナサ姉さんがマジックトランクを、メルラン姉さんがマジックタクトを持っているように、私だって何かしら隠し持っていると思わなかったの?」
「隠すも何も、最初から披露してたじゃない」
「馬鹿ね、このマジックシューズの本領はこんなものじゃないわ!」
リリカはそう自慢しながら、しかし結局は先ほどと同じように使い魔たる幽霊キーボードを召喚した。
それは上2人も同じで、メルランは幽霊トランペット、ルナサは幽霊ヴァイオリンをそれぞれ手に取った。
そして
「さあ、公演タイムです」
ルナサの相図と共に、縦一直線に折り重なった3人は、それぞれの楽器から一斉に色とりどりの弾幕を繰り広げはじめた。
それはあっという間に夜空を弾幕色に埋め尽くし、そして響子たち"聴衆"に牙を剥けて襲いかかるように降り注ぎ始めた。
だが、その点では先ほどのリリカの『ベーゼンドルファー神奏』と本質的な違いは無い。密度が濃くなったくらいの違いだろうか。
(行ける、たぶん行ける!)
「貴方たちの弾幕なんて怖くないわ! もう一回『パワーレゾナンス』!」
素早く反射壁を展開した響子。その壁に入りこんだ音弾は、響子の考え通り内部で反射、回折し、外には出てこなかった。
だが、今度は流石に音弾が多すぎる。すぐに壁が破れそうになるのを感じた。
(まずい、破れたら自滅しちゃうのに!)
そう、ここで壁が破れればこの圧縮された弾が一斉に自分めがけて飛んでくるのだ。
破るときは方向性を考え、相手の方に飛んで行くように解除せねばならない。コツのいる技で、開発初期はよく自滅したものだ。
そして、戦闘開始早々だというのに、既に響子は全力を出していた。もう出さねばならない状況に追い詰められていた。
壁の維持に失敗した瞬間に、自分ばかりか寺側が壊滅的な被害を被る事になるのだから。
だというのに、敵の演奏は続く。『ベーゼンドルファー神奏』とは異なり、休みなしに弾が飛んでくるのだ。
いや、実際には3人は休み休み撃っている。ただ、その休符をとるタイミングが少しずつずれていて、結局常時『誰かしらは演奏している状態』を維持し続けている。
『さっきまでと同じと思わないことね』というリリカの言葉と、あのせせら笑いが脳裏をよぎった。
(も、もう限界……! そろそろ反撃しないと、こっちがもたないわ!)
もう壁が破れる寸前だった。本当は敵が弾を撃っていない時に攻撃したかったのだが、仕方ない。
反射壁を維持し続けた後なので、どうしても一息入れたいのが心境。休息の間もなく敵に攻撃されるのは敵わない。
だが、そもそも『パワーレゾナンス』そのものは自弾を反射増強し撃つはずのスペルであり、こういった運用ができたのはこれが初めてであった。
初めてであったが故の過信、向いていない運用方法に対するひずみが現れた形だ。
だが、仕方ない。仕方ないと割り切って撃つしかないのだ。あとは精一杯弾を避けながら、少しずつ息を整えるより他はないだろう。
「今だ、いっけぇぇぇぇッ」
反射壁を解除、一斉に飛びだした音弾。
それは、今まで溜めに溜めていた響子すらも驚くほど高濃度で、改めて敵の弾幕の濃度を知らしめる結果となった。
だが、それを避けるのはこちらではなく、あくまで敵自身である。慌てるのは自分でなく楽団側である、そうなる、はずだった。
ところが
「ふん、仕掛けが分かりゃ怖くないわ。メルラン姉さん、アレやっちゃって」
「あれま、あんなことができるなんて、もしかしたらあの子山彦かしら。この目で見たのは初めてだわ」
「感心するのは後でいいから! ああいうのはメルラン姉さんの特技でしょ!」
「はいはい、じゃあ行くわよ」
メルランがトランペットを構えたと同時に、ルナサもリリカも演奏を止めた。実質、初めて三姉妹が演奏を一斉に止めた。
だが、次の瞬間もっと恐ろしいことが起きた。
響子が増強反射して送りだした音弾は、確かに三姉妹に向かって飛んでいった。
しかし、彼女達に近づいた弾は、むしろ吸い込まれるようにメルランのトランペットに吸い込まれていくではないか。
そのメルランも、実に平気な顔をしている。そう、トランペットから音を吸収しているのだ。山彦が音のプロフェッショナルだと言うのなら、ポルターガイストは音そのものである。
山彦ですらできなかった音の運用法を、時に何食わぬ顔でしでかすのだ。
「そんな……」
結局、響子が撃ちだした『パワーレゾナンス』の大部分はメルランが吸収してしまった。
その影響か、上のルナサや下のリリカに比べて心ばかりかメルランの体が発光しているようにすら見える。
ところが、その吸収したまま終わってくれたらどれほど幸いだっただろうか。
「驚くのは早いわよ、エコーガール。ここからが本当のメルランハッピークオリティなんだからね!」
どうやって喋っているのかは不明だが、トランペットから口を離さず喋ったメルラン。
そして、次の瞬間。響子が増強し、メルランがさらに増強した音弾は、互いに混ざり合い1発の巨大なレーザーとなってトランペットから飛びだした。
しかも全力を出した直後で動きが鈍っている響子めがけて。
(まずい、当たる……!)
いくら音媒質の弾幕とは言え、あれは反射出来る物ではないことくらい分かった。
いや、今のコンディションでは通常弾だって厳しいかもしれない。ましてや、あのような豪速レーザーなど、避けられるはずがなかった。
もうダメだと目を瞑った瞬間、
「響子、危ない!」
と、声がしたかと思うと、響子の体は誰かに抱えられ、強く引っ張られた。
そうして危ういところで響子は大型レーザー弾を回避できたのであった。左の耳を弾がかすり、少しばかり熱く感じた。
危機を脱した響子が目を開けると、自分を助けてくれたのは水蜜だと分かった。
「大丈夫? 怪我ない?」
「あ……は、はい、おかげで大丈夫です、ありがとうございました」
「よかった。でも、あまり無理しないでよ。私たちもついてるんだから」
「はい、すみません、次から気をつけます」
「まあ、それにしても──」
そう言いながら水蜜は視線の先を響子から、レーザー着弾地点に目を移した。
響子も釣られてそちらを見たが、あまりの光景に思わず絶句してしまった。
まず目に着いたのが、レーザー弾が着弾したと思われる部分に生じた巨大なクレーター。
強く熱されたのか、そのクレーター内部の土は真っ赤な光を放っていた。
そして、そのクレーターを中心に、墓石は倒れ、木々はなぎ倒され、黒く焦げた卒塔婆が辺りに吹き飛ばされている。
もし自分があれに当たっていたらどうなっていたのかと思うと、今更ながら響子は寒気がした。
「──あれにだけは当たりたくないわね」
局所的とは言え、たった1発の弾で墓地を焦土と変えてしまったメルランのスペックを目の当たりにして、響子は確信した。
今回の戦いは、結構ヤバいと。
その一方、こういった危機的状況をむしろ利用しようと、
(馬鹿が、3人そろって背中がガラ空きなんだよ!)
ぬえはとっさにそう判断した。
もう響子にレーザー弾が発射される時点から、少し大きく回り込んで三姉妹の背後に回り込んだ。
どうせ響子は放っておいたところで一輪か水蜜あたりが何とかするだろうし、ダメならそれまでだったということで割り切るつもりだった。
むしろ1人を犠牲にして得られたチャンス、絶対に逃したくなかったのである。
しかし、確かに"3人が肩車で連結している"という都合上、上の2人は土台役のリリカとほぼ同じ向きを向かざるを得ないというのは事実であった。
メルランがレーザー弾を撃っている間、そう簡単には動けるはずがない。これほど分かりやすいチャンスがあるだろうか。
狙いをさだめた相手はルナサ。なぜなら唯一厄介そうなスキルを何も持っていないように見えたからだ。
駆動部のリリカは狙っても避けられるし、主砲部のメルランの高火力弾幕は出来れば最後に回したい。
唯一、"トランクから物を出す程度のお遊び"くらいしかなさそうなルナサが、絶好の獲物のように思えたのだ。
(あっけなく散りな、団長!)
ぬえはその三又鉾を構えながら、ルナサの背後を強襲した。
するとその瞬間、
「リリカ、540度ターン」
「はいよっと」
気配を察したのか、ルナサはリリカに指示を出し、リリカもその場で半回転した。
しかし気づかれるのはぬえも計算済み。気づかれる可能性があったからこそ確実に仕留めるため弾幕ではなく自身が物理的アタックに出たのだ。
振り向いてから何かしようとしたのでは間に合わない、増して移動を下に任せていれば尚のこと。
ここまではぬえの思惑通りに事が運んでいた。だが、
「──甘いですよ」
振り向きざまに、ルナサは持っていたヴァイオリンの弓を振りかざし、ぬえの三又鉾による一撃をはじき返した。
「なっ」
「残念ながら──」
それで終わりではない。540度ターンとは、つまり180度ターン+360度ターンだ。
さらにリリカは回り続け、再び楽団タワーが素早くぬえに背を向ける。しかし今体勢を崩されたぬえがその好機を活かすのは不可能であった。
そうして回転の勢いを殺さぬまま、再度ルナサとぬえが正面から向き合うことになる。
この短い旋回時間の間に、もうルナサの手には先ほど振りかざしたはずの弓が、直前の状態に戻っていた。
そして、
「──これくらいできないと、楽団をまとめあげることはできないのです」
再度振りかざされる弓。今度はぬえを守る物は何もない。
「うぐぁっ」
直撃。
強襲に対するまさかのカウンター。
幸いダメージはそれほど大きくなかったが、それでも"先を読まれた"という点でぬえが受けた精神的ショックは大きかった。
「解説を加えますと、"トレモロ"とは弓を急速に反復させる弦楽器の演奏法。それを冠にとったこの第16楽章『トレモロ・タワー』もまた、機動力を重視して設計された物なのです。お分かりいただけたでしょうか」
「……ふん、生憎物分かりは悪いほうなんでね、勝負はまだこれからよ!」
今の一撃でぬえは頭に血がのぼっていた。
すぐにでもリターンマッチを仕掛けたいところであったが
「ぬえ、ちょっと待って」
一輪がぬえの肩を叩き、静止した。
「何よ、邪魔しないでくれる!?」
「あんたのことだから、どうせ頭に血がのぼってるんでしょうけど、とりあえず耳貸しなさい」
そう言われ、ぬえはどうしようか迷ったが、とりあえず聞くだけなら、と渋々耳を貸した。
「今あの上の"団長"が言った通り、あの動きの速さは厄介よ」
「言わなくても分かってるわ」
「だから、何より優先して一番下をどうにかするわよ。村紗と私とあんたでね」
そう言われ、ぬえは水蜜はどこかと探して見ると、既に楽団タワーを挟んで向こう側で待機しているようであった。
(なるほど、まずは足をぶっ壊すってわけか。それも悪くないな)
「よし、やってやろうじゃないの。それにしても、あんたと共闘するなんて想像もつかなかったわね」
「私だって、まさかぬえと共同戦線を築く日が来るとは思っていなかったわ」
一致団結したところで、ぬえと一輪はリリカの方を見た。
響子にはひとまず休息を入れるよう言っておいたし、小傘には響子の傍にいるよう言っておいた。
あまり数が多すぎて同士撃ちになるのも困るというのもあったし、へばった響子を1人にするのも不安であった。
「村紗、一輪!そういうことなら、先やってるわよ、 『軌道不明の鬼火』!」
今最も攻撃的な気分にあるぬえが、スペルカード宣言した。
途端、その三又鉾から鬼火弾が飛びだし、先読みしがたい軌道を描きながら楽団側に襲いかかる。
狙う相手は作戦通り、リリカだ。
ぬえが撃ちだしたのを見て、一輪は法具で、水蜜は底抜き柄杓で、ぬえのサポートとして撃ち方を始めた。
だが、リリカは全く慌てる様子を見せず、それどころか自信溢れる笑みを浮かべた。
「ばーか、ひそひそ話ってのはもっと小声でやる物だ! 全部丸聞こえッ、 全部筒抜けなのよ!」
竹馬を器用に操り、地獄耳リリカは挟撃をするりと抜けていく。
この3人タワースタイルの良いところは、一番下が回避に専念できる点だ。
「じゃあリリカ、私と姉さんは普通に弾幕してるから。回避の方よろしくね」
「任せておきなさいって。姉さんたちも、早めにあいつらやっつけてよね」
ルナサやメルランに撃たれた弾をリリカが避けるのは難しいが、何度も練習したスペルである以上動き方はマスターしている。
三人重なってしまうためどうしても機動力は落ちるが、そこをカバーするのが歩幅の大きく伸縮自在なリリカのマジックシューズ(竹馬)である。
ついでに見た目のインパクトもあるので、なんだかんだ言って周りに対する受けが良かったりする。
そして今回、狙われているのはリリカ自身。自分に飛んでくる弾を良ければよいのだから、難易度は最も楽である。
(ヤケクソになったか、脳足らずのチビどもめ。確かに私を止めればこのスペルは止まるけど、そもそも私が一番倒しにくいのよ!)
確かに『軌道不明』を謳うだけはあり、読みにくい弾道ではあるが避けられないということはない。
あとはルナサやメルランが外的を排除してくれるまでの耐久戦である。
「ちっくしょ、あのチビちょこまかと動きやがって」
めげずに弾幕を展開し続けるぬえ。
攻勢に出たとは言え、メルランやルナサの援護射撃をかわさないといけない点は変わらない。
だが、この状況に何かがおかしいと思い始めていた者もいた。
(……おかしいわね。いくらなんでも、そろそろ『リリカに攻撃してもこの技は破れない』と悟ってもいいんじゃないかしら)
それは、単調な援護射撃に飽きてきたルナサであった。
まさか向こうも揃って馬鹿ということもあるまいとは思うのだが、だからと言って他に不審な点も見られない。
一輪、水蜜、ぬえ。この3人は戦闘中。響子、小傘。この2人は後退中。足して5人、抜け駆け不意打ちをできる余りはいない。
(まさか、私たちが思いもよらない手を考えているんじゃ──)
そう疑心を抱いたちょうどその時、一方で一輪
(……頃合いか)
とほくそ笑んだ。
ぬえにも水蜜にも単なる『リリカ集中攻撃』としか話していないが、小声で話しても傍受されるかもしれないと思って敢えて話さなかったのだ。
唯一この事を伝えているのは、音にしなくても全ての指示を出す事ができる存在、つまり雲山。
あとは向こうがパターン化、つまり『リリカが避けまくり、メルランとルナサが撃ちまくるだけの単調な合戦』というスタイルに陥るのを待てばよかった。
そしてそのチャンスは、来た。
「今よっ、『地団駄スクラップ』!」
スペルカード宣言と共に、三姉妹の頭上に"待機させておいた"雲山が巨大な足の形を形成していく。
だが避け役のリリカは気づけない。このタワーにおけるリリカの死角、それはちょうど頭上。2人の姉がいる分、上を向きにくいのだ。
頂上のルナサは気づきやすいだろうが、
「しまった! リリカ、上よっ」
「えぇ!?」
さほど問題ではない。
三人が縦に重なっているということは、鉛直攻撃ほど避けにくい物はないのだ。
しかも断面積の大きな雲山、気づいた時には既に手遅れ。いくら機動力が高くても、気づくまでに時間がかかっては無意味である。
「姉さっ、あれは無理──」
リリカの言葉も、降ってきた巨大な足のせいで途切れてしまった。
三姉妹タワーは、皮肉にもその"塔"が本来指すべき意味通りの崩落を迎えたのであった。
「……一輪、何よあれ。聞いてないんだけど」
一瞬何が起こったのか分からなかったぬえだが、ようやく事の黒幕を知り、一輪に詰めよった。
「向こうに傍受されると思ったから言わなかっただけ」
「ってことは何? 私は単なる囮だったわけ?」
「最初からそう言ったら、あんた絶対協力してくれなかったでしょ?」
「くそっ、これだから一輪と共闘なんて嫌だったんだ」
澄まして言う一輪に、掴みかかろうとするぬえ、それを止める水蜜。
「まあまあ、あの難攻不落の塔を落としただけでもいいじゃない」
「あんなの私1人でも落とせたわ! あー、損した」
ぬえはまるで子どもみたいに拗ねてしまった。
そういった幼稚な部分も、地底にいる頃からずっと変わらないので、2人にとっては『またか』程度のことである。
そこへ
「一輪さーん、船長さーん」
「ぬえちゃん、さっきの足っぽいの何ー?」
と、ひと段落した事を知った響子と小傘が遅れてやってきた。
さらには
「……流石に驚かされましたよ。まさかあんな隠し玉を持っていたなんてね」
間一髪で危機を逃れたルナサが(その割には結構余裕を持って)姿を現し、ついで
「あー、危なかった! あと少し遅かったら踏みつぶされるところだったじゃないの!」
リリカも登場したが、こちらは本当に危うかったようで、服が砂埃で汚れている。
だが、真ん中のメルランが現れない。
すると、
「げっ、あ、あれ……」
小傘が指さしたのは"足雲山"の、ちょうど土ふまずの辺りだろうか。
「あ……、アウトだったか」
雲山の巨大な足の下から、メルランと思われる腕が伸びていた。
なぜか真ん中だけが逃げ遅れ、スクラップとされてしまったようである。
過去の恩人が踏みつぶされているというのは小傘にとってショックが大きかったようであるが
「でも墓荒らしの末路としては十分妥当よ」
一輪はこの惨状を別段気にしていないようであった。
何せ墓地のど真ん中に大きなクレーターを作ってくれたのだ。このくらいせねば気が済まない。
「……まあ、いいや。こいつは割とどうでも良かったし」
ぬえはその腕から視線を残ったルナサとリリカの方に向けた。
「で、どうする? 2vs5、いや、2vs6かもしれないけど、まだやる?」
流石に1人欠けて分が悪いと思ったのか、ルナサとリリカが顔を見合わせたその時
「……ふふ、2vs5? 2vs6? 誰か忘れてないかしら?」
そう声がしたかと思うと、雲山の下に伸びたメルランの腕が、立ち上がろうとするように動き始めた。
「まだ、まだよ。こんなアンハッピーエンドで満足するほど私はやわじゃないわ!」
その途端、雲山を振り払い、メルランは勢いよく立ちあがった。
「ふふふ、さっきのは効いたわよ、テリブルアンハッピーガール! こうなったら私も全力全開よ、跡形も残さず幸せにしてあげるわ!」
そう声高々に叫んだメルランの目は、どこか落ち着きが無く、心なしか血走っているように見えた。
(あーあ、メルラン姉さんが躁になりすぎて吹っ切れちゃった。私、しーらないっと)
1人リリカが状況悪化を嘆く中、プリズムリバー幻想曲、二曲目の幕開けはすぐそこまで迫っていた。
※青娥「地上の方がやかましくて眠れません」
はい、どうも。作者の、楽器なんて鍵盤ハーモニカしかやったことのない兎です。
いよいよ満を持して登場したプリズムリバー楽団。この第二部のボス的存在です。
次で決着をつけたいところですが、はたして。まさか40kbいっちゃうとか。
今回は楽団の団長ルナサ、花形メルランの登場でした。
やっぱり色々と愉快な玩具を持たせてみましたが、やっぱりメインは楽器です。
(この玩具なマジックアイテム、全部オリジナルです。きちんと書いておくべきでしたね、すみません)
それにしても、いつもに増して偉くはっちゃけた気が。
あのリリカが突っ込みサイドに回らざるを得ないだなんて(
たぶんこの話で、特にメルランの評価はやたら上下したのではないでしょうか。
ボクは言いたいです、『前半のおまえはどこへ消えたんだ』と。
『本当に怖い人は大抵パッと見て良い人に見える』なんて言葉を聞いたことがあるのですが、はたして。
(ただでさえ彼女達は不安定なイメージがありますしね)
試験的に入れてみたオリジナルスペカ。
『雲山は足にはならないのか』とか『三姉妹は肩車したらいいのに』とか理想と願望を詰め込んだ形となりました。
たぶん次も出てくると思います。
さあ、なぜか危ない方向に走り始めちゃったトップスター。
いっこうに目立てない団長。背が伸びる気配のないチビ。
このいつ空中分解してもおかしくない楽団の明日は、そして墓地の運命はどっちだ?
……ということで次回をお楽しみに。
たぶん。




