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二十二話目:小傘ちんと赤い巨人

 ある晴れた夜の命蓮寺。

 時は戌の刻。

 夕飯を食べ終え、昼行性の響子が自室に布団を引き始める時間帯。

 で、その響子はと言うと


「ぬえさん、私、布団ひいてきたいんですけど」

「ふーん。麦茶」

「はい」


 寝そべって雑誌を読むぬえに麦茶を渡すだけの簡単なお仕事に渋々従事していた。

 ぬえは響子に背を向けるように寝転がっているので、何の雑誌かはよく見えないが、いずれにせよ今の響子にとっては些細なことであった。

 頼まれると嫌とは言えない性格の響子だが、無理やり部屋に連れ込まれ『逆らうと刺す』と三又鉾を突きつけられても嫌とは言えない。

 しかもここはぬえの部屋、困ったことに誰の視線も届かない。したがって誰かに助けを求めるのも難しい。

 加えて相手はぬえ。むやみに逆らおうものなら何が飛んでくるか分からない。

 そんなわけで、響子は今、とても困っていた。


「ぬえさん、ぬえさん、私、布団ひいてきたいんですけど」

「バナナ」

「……はい」


 しぶしぶ響子は、雑誌や漫画や菓子類、麦茶が入った水筒が無造作に放置された机の上からバナナを取り、皮をむいてぬえに渡した。

 南国の果物であるはずのバナナを幻想郷で手に入れるのは難しいような気もするが、正体不明なぬえの私物だけに入手ルートも不明である。

 机の上だけでもため息が出るほど散らかっているというのだから、部屋全体はもっと酷い。

 本の類は言うまでもなく、脱いでそのままの衣類や適当に丸めこんだ布団、果てはトレードマークの三又鉾が畳にざっくり刺してあるのはどうかと思う。

 流石に西瓜の皮と脱皮した蛇の皮が平然と並んで置き捨てられているのは受け入れがたいが、ぬえはどうもその辺の身だしなみには疎いようだ。

 本音は『今すぐ掃除してください』と言いたいところだが、言えば三又鉾の刺さる先が畳から自分に代わっただけで終わることくらいは軽く推測できる。

 

「ぬえさん、ぬえさん」

「うるさい」

「……ゴメンなさい」


 難易度ウルトラCの脱出ゲームに、(何度でも言うが)響子はすっかり困り果てていた。

 するとそんな時、


「──麦茶」


 と、一単語だけで構成された命令文と共に、空になったコップを差し出したぬえ。

 ここまでは今までと同じであったが、響子がそれを受け取ろうとすると、響子がそれを取ろうとすると、半ば引っ手繰るように別な手がそれを持っていってしまった。

 その手の主を見ると、どうやって耳が良い響子に感づかれず部屋に入って来たのかは不明だが、水蜜がそこにいたのだ。

 驚きのあまり声が出そうになった響子だが、水蜜が自分の口の前に人差し指を立てて『静かに』と合図したので、響子はとっさに口を塞いだ。

 それを見ると、水蜜はあろうことかコップに麦茶を四分目まで入れると、自分の底抜け柄杓から海水を注いで麦茶を希釈。

 そしてそれをぬえに渡したのであった。

 だがぬえはこちらに背を向け雑誌に夢中、何が起きたのか完全に気づいていない。

 何の疑いもなくそれを口にし、そして──


「ブッ、しょっぱッ!」


 海水麦茶の霧が宙に舞った。

 目を白黒させながらぬえは身を起こし、水蜜の姿を確認するや否や彼女に怒鳴りつけた。


「村紗、おまえのしわざか!」

「なーにが『おまえのしわざか』よ。また響子苛めして」

「別に私の下僕を私がどう使おうと勝手でしょ!」

「だから、いつから響子はあんたの下僕になったのよ」

「そんなの、最初っからよ」


 ぬえはそう言い捨てながら、卓上のバナナを手に取って皮をむき、口直しにかぶりついたのであった。




  ※  ※  ※  ※  ※




 一方、寺の裏の墓場では。


「兄ちゃん、もう帰ろうよ、怖いよ」

「馬鹿野郎、まだ何も出ちゃいねぇだろうが」


 里の、歳を足しても二十にすら満たぬ幼き兄弟が提灯片手に墓場を探索していた。

 弟はもう逃げ腰だが、兄の方は依然活気で右手に提灯、左手に木刀を構えている具合であった。

 寺子屋の先生から『危ないから夜に里を出てはいけない』と言われているにも関わらず、それを破って来たのだ。


「ねえ、やっぱり帰ろうよ。明日慧音先生に怒られるし、悪い妖怪がいたら食べられるかもしれないんだよ」

「少し黙ってろ、化け物や先生が怖くて妖怪退治ができるかって」


 弟の静止も振り切って、兄は進む。仕方なく弟もついていく。

 夜の墓場は昼に比べていっそう不気味で、空に浮かぶ三日月すらも妖怪の裂けた口に見えるくらいだ。


「俺はやる、最近墓場に現れるっていう怪物をぶっ倒して、大人たちの鼻を明かしてやるんだ」

「兄ちゃん、そんなの無茶だよ。帰った方がいいよ、もう帰ろうよ」


 事の発端は、墓場に現れるようになった芳香のことであった。

 見る者すべてに襲いかかり、墓場から出ていくまで(ゆっくりではあるが)追いかけまわす姿は、いつしか里で話題になっていた。

 その足の遅さ故に今まで目立った被害は出ていないが、『落ち着いて墓参りもできない』という苦情はちらほらあった。

 ところがそんな里側の事情を察したかのように、ある日突然芳香は墓場から姿を消した。

 (これは里の事情を実際に芳香が把握していたからではなく、青娥が芳香に霊廟内部の警備を命じたタイミングが偶然一致していただけのことであった)

 よく分からないが怪物がいなくなって一安心した里の住民たちであったが、それに付け込んでこの少年は芳香を打ち倒し名を上げようとしているのだ。

 自分に酔ってずんずん進む兄に、何とか引き留めようとあれこれ語りかける弟。

 そんな様子を、墓石の影から見ていた者がいた。


「へへへ、この小傘さんを倒しに来るなんて健気な子どもじゃないの」


 本人がそう言うように、まさに小傘であった。

 少年(兄の方)が言う『最近墓場に現れるっていう怪物』というのを自分の事だと思い込んでいるのだ。


「どれ、せっかく来てくれたんだし歓迎してあげようかしら」


 夏場の肝試しシーズンに向けて開発した新技披露の時が来た。

 まずはえへんと咳払い。地声では迫力不足なので、低音を響かせられるように、あーあーと発声練習。

 そしていよいよ本番。


「待ちな、小僧ども」


 簡単に姿を現しては面白くないので、墓石の裏に隠れて不気味そうな声を挙げた。


「ひぃっ」

「だ、誰だっ」


 弟は震えあがり、兄は辺りを見回した。

 しかし誰の姿も見当たらない、当たり前だ、小傘は彼らの死角にいるのだから。


「私はこの墓の帝王であるぞ。子どもの肉は柔らかくて美味いと聞く、2人まとめて喰ってやろう」

「うるせぇ、隠れてねぇで出てこい!」


 湧きおこる恐怖を無理やり抑えるように、兄は声を張り上げた。

 だが、その程度の去勢など小傘ですら容易に見破れる。


(しめしめ、怖がっているな?)


 得意になった小傘は、足音を立てぬよう低空飛行で少年2人の背後に回り込んだ。


「どこだ、どこに隠れてやがる!」

「ひっひっひ、この私が逃げも隠れもするはずないだろう? どこに目をつけているんだ、小僧ども。あんたの目は節穴か?」


 その声に気づいたのか、兄弟は揃って小傘の方を振り向いた。

 途端に、


「で、出たぁッ、怪物だぁぁぁッ」


 元から逃げ腰だった弟は勿論、


「うわああぁぁぁぁぁッ」


 あれだけ勇み立っていたはずの兄も揃って逃げ出した。

 小傘にとってこの結果はここしばらくなかった立派な成功であり、至上の満足感に包まれた。


「……やった、やったぞ! ザマぁ見ろっていうんだ、人間めぇ!」


 勝利の雄たけびを上げながら万々歳。

 すると


「やったね、凄いね」


 と生ぬるい称賛の声。

 はて、と思った小傘は周りを見渡した。確か自分以外はいなかったはずなのだが。

 しかし周囲にはやっぱり誰もいない。


「……誰かいる?」

「どこに目をつけているんだ、豆粒。あんたの目は節穴か?」


 聞こえた方向は背後から。恐る恐る小傘は振り返った。

 するとそこには巨大な、それこそ一瞬垂れ幕かと思ってしまうほど大きくて赤いコート。

 見上げればそこには勝ち誇ったような少女の顔。高さにしておよそ10m。

 それも"地に足がついているのに"頭は地上10mにあるのだ、巨人と言うより他は無い。

 夏だというのに全身赤いコートに身を包んだ巨人は、驚き慄く小傘を見くだしてせせら笑った。


「バーカ、さっきのちびっ子どもは私を見て逃げたんだよ。あんたみたいなチビを怖がる奴なんているもんか」

「ひっ」

「分かったら家に帰りな。間違って踏みつぶしちゃっても知らないよ、チビ」

「ひゃぁぁぁぁッ、怪物巨人だぁぁぁぁぁッ」


 そのあり得ない規格外の大きさに小傘は戦慄。一目散に逃げ出した。

 後ろから巨人の笑い声、前にはさっき脅かした兄弟の姿。

 だが今の小傘に迂回ルートを考えるほどの余裕はなく、たった今驚かした(と本人は思っている)子どもの横を通り過ぎて一目散に逃げていった。


「に、兄ちゃん、今変なのが追い抜いてったよ!」

「構うもんか、あの巨人さえ来なければ別にもうなんだっていい!」


 このザマである。




  ※  ※  ※  ※  ※




 命からがら(と本人は思いこんでいる)小傘は命蓮寺に駆けこみ


「ぬーえーちゃーん! たーすーけーてー!」


 と泣き声をあげつつぬえの部屋に飛びこんだ。

 だがその部屋の中ではというと


「大体村紗、あんた最近調子に乗り過ぎなのよ!」

「昔からお調子者のあんただけには言われたくないわ!」


 水蜜とぬえの口喧嘩がデッドヒートしていた。

 なので、思いっきり蚊帳の外に叩きだされた響子は兎も角、口論中の2人が小傘の登場を気にすることはなかった。

 そこで小傘の事など眼中にない2人に代わり、響子が


「どうしたの、小傘。そんなに血相変えて」


 と尋ねると、小傘は響子の肩をつかみ


「お、おお、お化け! いや、怪物巨人! でっかい怪物がお墓に出たの!」

「でっかい怪物?」

「そう! なんとかしてよッ、あんなのがいたんじゃ商売上がったりだよぉッ」


 激しくその肩を揺さぶった。

 だというの、そんなことなどお構いなしと言った具合に


「あーもう! いちいち口答えするなッ、村紗の癖に生意気だ!」

「なーにが『村紗の癖に』よ、この二枚舌の減らず口!」

「"死人に口なし"って言うんだから、少し黙ってろって言ってるのよ!」

「こちとら好きで死んだわけじゃないわッ」


 と、口げんか(+取っ組み合い)を繰り広げる水蜜とぬえ。

 小傘が来たことにすら気づいていないのではとすら思えるくらいの有様である。

 この事態が、『相手にされない事』が何よりも嫌いな小傘には癪だった。


「もう、ぬえちゃんも聞いてよ!」


 小傘は声を挙げてぬえに頼み込んだが


「やかましい、すっこんでろ!」


 戻って来た返事はひどく冷たかった。


「……な、なんてさもしい世の中なんだ。この世には神も仏もいないのか!」


 小傘は膝をつき、その絶望に満ちた心境を吐きだした。

 寺という場に相応しくない台詞であった気もするが、これを咎める者もこの場にはいなかったので今回は置いておく事にしよう。

 そして、その隙に乗じて


「おぉっと肘が滑った!」

「あだっ」


 ぬえが水蜜の顔面に肘打ちをぶちかました。

 もはややりたい放題のラフプレイを受け、水蜜はその場に沈没。


「ま、ざっとこんなもんよ」


 ぬえはしたり顔を浮かべて、卓上のバナナに手を伸ばした。

 結局自分の話は聞いてくれないのかと、小傘が目頭に涙を浮かべはじめたその時、


「と、ところでさ……」


 肘鉄砲を食らった顔を抑えながら、水蜜は小傘に語りかけた。


「何かお困りのようだったけど、ご覧の通り粗暴なぬえを頼りにするのはどうかと思うわよ」

「昔は良い人だったんです。良い人だったはずなんです」


 妙な方向で意気投合する2人を傍目に、ぬえは『なんとでも言いやがれ』と言わんばかりに無視を決め込んだ。

 ところが、とりあえず今はぬえの事など正直どうでも良い響子、肝心の本題が流されていく事態を前に


「……で、お墓に巨人が現れたって言ってたけど、何があったの?」


 なんとか話を本筋に戻した。

 お墓と言う地理上の問題で、『巨人』とあからさまに違うワードが出てきても、ついつい芳香関連を期待してしまうのである。


「はっ、そうだった、忘れるところだった。そうなのよ、巨人だよ、真っ赤な巨人! このお寺の屋根よりずっと高い巨人が私に『墓から出て行け』って追い出したの!」

「真っ赤な巨人、ねぇ。見たことも聞いたこともないわ」


 水蜜は腕を組んでジッと考えてみたが、地底にいた時ですらそんな話は聞いたこともない。

 無駄に体躯が大きいと目立って都合が悪い事の方が多い。なので『大きくなることができる』者なら兎も角、『元から大きい』者は見たことがないのだ。


「響子は聞いたことある?」

「いえ全然」

「そうよねぇ。第一、そんなに大きい奴がいるなら普段から目立って仕方ない気もするんだけど」


 さてさて、すっかり困ってしまった水蜜。


「見間違えとかじゃないの? 実は木が人影に見えたとか」

「そんなわけないよッ、だって目と鼻の先で見たし、それに木だったら喋るわけないよッ」

「うーん……、ますます分からない」


 ムキになって否定する小傘に、とうとう水蜜は頭を抱えた。

 何があってもおかしくないのが幻想郷だが、それにしてもこんなおかしな事が起きるのだろうか。

 それに、ただでさえ頭を動かすより体を動かす方が得意な水蜜に、長丁場の考え事は向いていなかった。

 そして結局、


「よし、こうなったら見に行こう。お墓という共用地を一人占めするのは見過ごせないし、意見してやるわ」


 と、体当たり的解決手段に出たのであった。『百聞は一見にしかず』である。


「やった! 頼りにしてます!」


 パッと明るくなった小傘。

 味方が増えると途端に強くになるあたり、現金な奴である。


「あの、私もついていって良いですか?」


 そうなると響子もついていきたくなる。

 水蜜と言う面倒見が良くて強い味方がいる以上、安心感は大分増す。

 万が一、その巨人とやらが自分の手に負えないような事態を想定しても何とかなりそうな気がするのだ。


「勿論よ。味方は多い方がいいし、3人で行こうか」

「よーし、船長さんと響子が来てくれるんならもう怖くない! 巨人退治だー!」


 と盛り上がって来たところで、


「ちょっと待った」


 今まで無視を決め込んでいたぬえが、口に含んだバナナを呑みこんで、決起したばかりの3人に水をさした。


「黙って聞いてりゃ、3人まとまればなんとかなると思ってるみたいだけどさ、見込みが甘いんじゃないの?」


 喰い残しのバナナをポケットにしまいながらぬえは嫌みそうに語った。

 その言葉に、水蜜も黙ってはいなかった。


「なんとかなるわよ。"3人よれば真珠の知恵"って言うじゃない」


 "文殊の知恵"の誤りである。


「それは一般人の話でしょ。馬鹿が3人集っても3馬鹿だ」


 そう述べながらぬえは響子、小傘、水蜜の順に指さした。


「ま、つまりアレよ。今のあんたらじゃ空中分解して仲間割れに陥るのがオチだから、誰か頭脳担当連れて行きなさいってこと」

「頭脳担当、ねぇ」


 水蜜は腕を組んで天井を眺めながら誰がよいか考えてみたが、結論はやっぱり


「一輪に頼むとするか」


 と、一輪に帰結するのであった。


「いや、一輪はダメよ。あれは昼行性だから夜は使い物にならないから」


 ぬえが強い口調で否定すると、水蜜はさらに考えこんだ。


「じゃあ夜行性というと……ナズーリン?」

「ダメダメ。あいつは自分の事しか考えてないもの」

「え、えーと……、思い切って聖に──」

「聖の手を借りちゃうの? 忙しいだろうに?」

「ううーん」


 さてさて、またも困ってしまった水蜜。

 長時間の考え事により、そろそろ頭がオーバーフローを起こす頃合いであった。


「船長さん、星さんに頼んでみては?」


 響子が横から助言をしてはみたが、


「……いや、それはそれでナズーリンがうるさそうだし、仕方ないけど3人で行こうか」

「そうですね。私も頑張ります」


 結論は変わらなかった。


「だからちょっと待て! 私が行ってやるって言ってるんだよ、少しは気づけ馬鹿ども!」


 とうとうぬえも怒りの声をあげた。

 本当は水蜜あたりから『じゃあ、ぬえも来て』と誘われるのが最善の形だったが、まさか消去法の末に無視されるとは予想外すぎた。

 そもそも小傘が水蜜を頼りはじめたあたりから既に気にいらなかった。

 現時点で自分の命令に進んで従うのが小傘のみであり、その小傘の尊敬ベクトルが自分から水蜜に方向転換することだけは避けたかったのだ。

 端的に言えば「おまえだけに良い格好させるかよ」と言った具合であろうか。

 そういった魂胆で叫んだ言葉に、当の小傘はまたしても顔色を明るくさせた。


「ぬえちゃんもついてきてくれるの? やった!」

「ん、まあ、ね。あんた達だけじゃあ不安だし、可愛い手下が苛められたと聞いちゃ黙ってられないってもんよ」

「流石ぬえちゃん、頼りにしてます!」


 最初にあれだけぞんざいな扱いを受けてなおぬえに期待していた小傘の健気さと、それに便乗するぬえの態度に


(ぬえ……、流石にそれはちょっと、無いわ)

(小傘、貴方絶対なにか騙されてるよ……)


 水蜜と響子は揃って二の句がつげなかった。


(て言うか、ぬえも連れていくとなると3人で行く時より不安材料が増えた気がするわ。やっぱり一輪を連れていくか)




  ※  ※  ※  ※  ※




 そんなわけで早速一輪を呼びに行った水蜜。


「巨人が出た、ですって?」

「そうなんだって。いや、私も自分の目で見たわけじゃないから分かんないけど、小傘がそう言ってた」

「……なんか寄りによって一番頼りない奴が証言者なのね。桜の木と見間違えたとかそんなのじゃないの?」

「私もそう思うんだけど、本人は絶対見間違えなんかじゃないって否定するからさ。じゃあいっそ見に行ってやろうと」

「今から?」

「今から。だから、さっさと準備しちゃって」

「さっさと、って言われたって困るんだけど。大体、今の私の状況を見て、さっさと準備できるように見える?」


 一輪が顔をしかめるのも無理はない。

 そもそもここはどこかと言うと、浴室である。

 なぜ水蜜がここに来たかというと、ここに一輪がいたからであり、なぜここに一輪がいたかというと、普通に入浴中だったからである。


「別に湯からあがって服着れば良いだけじゃない」

「せめて湯上り直後に体を拭くくらいの手順は挟めさせてよ」

「あまりぐずぐずしていると、私が代わりに一輪の服を着こむわよ」

「いや、その理屈はおかしい」

「もしくは、私がここで脱ぐとか」

「その理屈もおかしい」




  ※  ※  ※  ※  ※




 結局、何かと水蜜に急かされた一輪はいつもより大分早めに風呂を上がる羽目にあった。

 風呂から出たら寝間着に着換えて布団をひき就寝する予定だったのだが、それも大幅に狂ってしまった。

 本当は断ってもよかったのだが、巨人に全く興味がない訳でもないし、(同じ昼行性である)響子も行くと聞けば、自分だけ寝るのも後ろめたく思えたのもある。

 加えてぬえまで行くとあらば、それはそれで不安なので、結局行くことにしたのだ。


「お待たせ」


 玄関先で待っていた4人に一輪が合流したところで


「じゃあ全員そろったところで行くわよ、いざ巨人退治!」

「おー!」


 ノリの良い水蜜と小傘を先陣に、一同は裏の墓地を目指して出発した。

 

「で、私はまだ巨人が出たとしか聞いてないんだけど、どんな奴なの?」


 前の2人は浮足立っていて頼りなかったので、一輪は響子に尋ねたが、


「お寺より大きい人だそうです。で、小傘をお墓から追い出したんだとか」

「うちより大きいって言うのならこの時点で頭くらい見えていても良いんじゃないかと思うんだけど……」


 そう呟きながら一輪は墓地の方を眺めた。もちろん、それらしき人影は見えない。


「まさか、ぬえ、あんたの仕業じゃないでしょうね」

「愚問ね。私の仕業だったなら、こうして私が出向くもんか」

「……それもそうか」


 あまりに不可解な相手だけに、一輪はまずぬえを疑ってみたが、どうも違うようだ。

 今まで何度もぬえの悪戯に付き合わされた身だけについ疑念を持ってしまうのだが、よく考えればぬえは基本的に傍観者として振舞いたがるので、こうして参戦している時点で恐らくシロであろう。

 墓場という地理上を考えると、この前成敗したばかりの燐が思い出されるが、それにしては"巨人"という証言が理解できない。

 すると、やはり不可解な相手である。


「とりあえず行ってみないと分からないわね」


 こうした話をしているうちに、目的地の墓地に着いてしまった。

 ここは命蓮寺とは目と鼻の先にあるので、行こうと思えば本当に短時間で移動出来てしまうのである。


「……で、来てみたわけだけど」

「特に巨人らしき奴は見当たらないわね……」


 5人とも墓地の奥の方まで眺めてみたが、とても巨人と思える影は見当たらない。

 夜で暗い事など妖怪には何のハンデにもならないし、視界を遮る物が少ない墓地なら馬鹿みたいに大きな物があれば分かるはずなのだが。


「やっぱり小傘の見間違えなんじゃないの?」


 ぬえがため息をつきながら言うと


「違うもん! 本当にいたんだって! 本当に大きかったんだって!」


 小傘は一生懸命になって答えたが、やっぱりぬえは"どうだかね"と肩をすくめた。

 すると、その瞬間


「私をお探しかい?」


 5人の背後、つまり墓地の入口の方、しかも高所から聞こえてきた声。

 反射的に皆が振り返ると、小傘が見たあの赤いコートの巨人が5人を見降ろしていた。

 地につくほど長いロングコートをこうして至近距離から見ると、まるで赤い塔のようにも見える。

 自分が今まで会ったことのない大きさに、響子は思わず戦々恐々としてしまい、


「で、出たぁッ」


 小傘はぬえの背後に隠れた。


「ふん、チビがチビを連れて参上ってわけ? 無駄無駄、そんなんじゃ5人肩車したって私には勝てないわよ」


 調子に乗って冷笑を浮かべる巨人。

 だが、その姿を見ても別に一輪もぬえも動じることもなく、むしろ"自分はこんな奴のために呼ばれたのか"と呆れ果てた。

 水蜜はその巨人の容姿を眺め、


(うん? 巨人って聞いてはいたけれど、どことなく想像していたのと大分違うぞ)


 と首をかしげた。

 なんだかもやもやとした違和感に、水蜜はその正体はなんだろうと推察してみたが、


(……ああ、そうか。こいつ、背丈しか大きくないんだ)


 と、その答えを見つけたのであった。

 そう、水蜜は巨人と聞いて背も大きく体の横幅も奥行きも広いクリーチャーを想像していたのである。

 だが目の前にいるこの赤コートは、"ただ背が高いだけで、体の横幅も奥行きも自分たちと何ら変わらなかった"のだ。

 正直なところ、巨人と言っていいのかどうかも怪しい。


「どうしたの? 恐ろしくて声もでないか」


 そんなことはお構いなしにせせら笑う"なんちゃって巨人"。

 すると、ぬえはその"なんちゃって巨人"に、逆に冷笑し返した。


「……呆れて声もでないわ」

「何ですって?」

「小傘が『巨人が出た』って言うから来てやったというのに、蓋を開けてみれば──」


 そう言いながら、巨人の赤ロングコートのすそをつかみ


「まさかこんな"張りぼて巨人"だったなんて、そりゃ呆れるわ!」


 大振りな動作でコートを破り、はぎ取った。


「なっ、何するのよいきなり!」


 "なんちゃって巨人"が声を荒らげても時すでに遅し。

 バサッと宙を舞ったコートが地に落ち、その内側が明らかになると、小傘と響子はその目を疑った。

 そこにあったのは人の足ではなく、2本の赤い木の棒。それも鉛直方向にひたすら長い棒。

 そしてその棒の上に"なんちゃって巨人"が立っていた。棒の分を差し引けば、おそらく彼女の身長そのものは十分"普通の人型の範囲内"に収まりそうな程であった。

 しかもご丁寧に、コートの内側にもきちんと別な(体型に合う大きさの)服を着こんでいるときたものだ。

 やっぱり赤くて派手な装束に竹馬の根元が隠れるかどうかくらいのロングスカートを履いた"元・なんちゃって巨人"を見て、


「竹馬!? おのれ騙したな!」


 小傘は怒りを露わにした。

 『巨人だと思って怖がっていたのに、その正体は竹馬に乗った常人であったなんて、そんな話があるか』と憤怒した。

 ちなみにこの時、ぬえは『騙されるお前もお前だよ』と内心つっこみを入れたが、口に出すのも億劫なので黙っておいた。


「何よ、急に強気になっちゃって。それとも何? 私に勝てるつもりなの?」

「この恨み、晴らさでおくべきか! けちょんけちょんのパーにしてやる!」

「ふん、チビの癖に大口叩くとは良い度胸じゃない。ちょうど良い、暇つぶしに5人まとめて捻り潰してやるわ」


 その"5人まとめて"という言葉に、今までほとんど蚊帳の外状態だった小傘を除く4人は気持ちを入れ替えた。

 他人事のまま終わるかと思いきや、とばっちりで参戦させられることになってしまったようだ。


「なんか妙な流れになってきたわね。手短に終わると思ってたんだけど」


 一輪は法具を構え、


「足は長い癖に気は短いのね、あの竹馬巨人」


 水蜜は錨を担ぎ、


「まあむしゃくしゃしていたのはこっちも同じだ。腹いせに、蜂の巣にしてやるわ」


 ぬえは三又鉾の先を敵に向けた。

 そんな戦闘用構えにうつった者どもを見た"なんちゃって竹馬巨人"は、両腕を前下に伸ばした。


「ふん、どいつもこいつもやる気なのね。べそかいても知らないわよ」


 そう言うや否や、赤い光が彼女の手元に集まり、やがてその光は1つの形をなし始めた。

 黒と白の鍵盤が並んだキーボード、その横から生える白い翼。そして彼女は、静かにその鍵盤の上に指を置いた。


「さあ、このリリカさんに勝てると思ってる命知らずはかかってきな! 『ベーゼンドルファー神奏』ッ」


 竹馬少女、名乗ってくれたので本名を用いれば、リリカは声高々にそう叫びながら鍵盤を叩いた。

 途端にそのキーボードから音を媒体とした弾丸が飛びだし、途中で軌道を変えながら墓地一面を色とりどりの弾幕に染めていく。

 よくよく考えれば、約10mの高さの竹馬に乗りながらバランスをとりつつ弾幕を展開しているのだ、無駄な才能と言っても良いかもしれない。

 序盤だというのに全力で弾を飛ばしてくるリリカに、


「最初から、やたら飛ばしてくるわね。後でじり貧にならないのかな」

「後のことを心配するより、今は弾を避けるのに専念した方がよさそうよ、これは」


 水蜜、一輪はほぼ回避に専念することにした。

 それを見て、一応対抗ショットを撃っていたぬえも様子見を兼ねて回避に集中しはじめた。

 こんな高火力射撃を序盤から行えば、後半でリリカがガス欠に陥る可能性が高いからである。

 それに、まずはこの『ベーゼンドルファー神奏』の癖を見出す、言わば様子見をしたかったというのもあった。

 このスペル、リリカは常に弾を出しているわけではない。どちらかと言えば『一斉に撃って休み、一斉に撃って休み』という珍しくないタイプだ。

 つまりその休みの間に体勢をいかに整えられるか、さらには攻勢に出られるかが勝負のカギなのである。


「さあ、どうだどうだどうだー!」


 だが、依然攻勢を強めるリリカ。

 その一向にへばりそうもない様子を見て、ぬえは大変苛立っていた。


(あんちくしょう、調子に乗りやがって……。じり貧になるのを待とうかと思ったけど、速攻で倒した方が良さそうだわ!)


 正直なところ、防戦一方というのはぬえが最も嫌いなスタイルである。

 確かに機会が来るまで凌ぐという態度が全く無駄と思っているわけではないが、そこまで待つのが大嫌いなのだ。

 先述の『弾幕が撃たれる時間的隙間』を迎えたちょうどその時、ぬえは手に持った三又鉾を振りかざし、


「図に乗るなッ」


 そこからレーザー弾をリリカめがけて撃ち放った。

 一見がむしゃらに撃ったようにも見えるが、敵に一息つかせるタイミングを崩し、自分に有利なペースに持っていこうという算段であった。

 しかし、


「そんなちまちました攻撃、喰らうもんか!」


 と、リリカは余裕を見せつけつつこの攻撃を横っ跳びでかわし、なおかつ墓石の真上に片足で着地した。

 何度も言うが、"10m程の竹馬に乗った状態で"の話である。

 それでも確かに、この回避行動でリリカの攻撃リズムは歪み、多少の隙が生じた。

 その貴重な攻撃チャンスを生かすのに都合が良い位置、つまり最もリリカの付近にいたのは、小傘であった。

 降ってわいたチャンスを、流石の小傘も逃さなかった。


「今だ、喰らえぇッ」


 その傘(本体)を振りかざし、弾幕で対抗しようとしたその刹那に


「だから作戦がちまいって言ってるんだよ、チビどもッ」

「あだっ」


 リリカに蹴られた。竹馬で。

 下方から近づいたのがいけなかったのかもしれない、そこはまるで"蹴ってください"と言ってるかのように丁度良い空間であった。

 しかも蹴りの威力、つまり棒が当たる速さは当然足からの距離に比例して増して行く。普通に蹴られるより痛いのは当たり前だった。

 竹馬の馬鹿野郎、である。


「あの馬鹿、何やってるのよ」


 早くも一発くらった小傘を見てぬえが呆れる一方で、


「よしよし、勢いもついてきたところで最大テンポ行くわよ! 吹き飛べ、チビどもめッ」


 小傘を撃退したことで調子がついたリリカは、さらに力を込めて鍵盤を叩いた。

 すると、さらに濃度が濃くなった弾幕がキーボードの内臓アンプから飛びだし、複雑な軌道を描きながら墓場全域に広がった。


「嘘っ、これは流石に──」


 流石にまずい、そう言おうとしたぬえだが、途中で言葉を止めた。

 それほど集中したかったのだ、それほど集中しなければ必ず当たる、そう判断したのだ。

 そして音弾のうち弾速の速い数発が彼女達の横を通りすぎ、いよいよ最も濃度の高い部分が通過しようとしたその時だった。


「私に任せてください!」


 威勢の良い声と共に、響子が前に駆けていく。

 あまりに無謀とも思えたその行為、水蜜も一輪もぬえも、そしてリリカも予想などできなかっただろう。

 自分から濃度が高いところに突っ込んでいく響子、そして──


「『パワーレゾナンス』ッ」


 スペル宣言したと同時に、反射壁を展開しながら自分も弾幕を撃ちだした。

 だが、ただの対抗弾幕にしては様子がおかしいと、まずは避ける側であった一輪達が気づいた。

 あれだけ濃度が濃かったはずのリリカの弾幕が、一気に薄くなったのだ。


「……まさか」


 最初に事の次第に気づいたのは一輪だった。

 『パワーレゾナンス』、響子の出した弾幕を反射壁の中で増幅し、敵に撃ちだすスペルである。

 だが響子の弾幕の媒質は音。その自慢の喉から飛びだす轟音。

 リリカの弾幕の媒質もまた音。そのキーボードに内蔵したアンプから飛びだす騒音。

 あろうことか、本来響子の弾しか反射できない性能だったはずの反射壁が、性質の似ていたリリカの音弾を反射したのだ。


(今だッ)


 頃合いを見計らい、響子は反射壁を切った。

 それを皮切りに、リリカの音弾と響子の音弾が入り混じった特上弾幕が、一斉にリリカを襲った。


「嘘でしょぉッ!?」


 リリカの絶叫も、また轟音弾幕の中に消えていく。

 勢いに任せて弾幕濃度を急激に上げたのが、そのままそっくり自分に帰って来たのだ。ひとたまりもない。

 おまけに、今のリリカの靴には竹馬というやたら重い物がくっつている。思うように動けるはずもない。

 そんないくつものマイナス要因が重なって、リリカは


「いだっ、いだだだだだっ」


 多段クリティカルヒットを受けた末、


「う、うわ、あわわ、あわわわわぁぁぁっ」


 バランスを崩して竹馬ごと転倒し、墓石の角に後頭部を撃ちつけて気絶した。




  ※  ※  ※  ※  ※




「なんというか、相性って分からないものね。よもや響子が倒しちゃうとは思わなかったわ」

「音量の大きさなら負けませんよ。山彦の意地です」


 一輪は素直に感心を見せ、響子は胸を張った。普段は逆の関係だけに、珍しい光景である。

 その一方で、相手のガス欠を狙った作戦のはずだったが、まさかのカウンタースキルであっさり勝利を持って行かれたぬえは、どこか面白くない様子であった。

 で、肝心な敗者たるリリカはというと、5人の足元でまだ目を回していた。

 竹馬に乗っていて分からなかったが、案外長身なようで、頭から靴まででも十分、命蓮寺で最も背の高い星に匹敵するくらいの背丈であった。


「しかし、こんなに無駄に図体でかくて、なお背伸びしたがる気持ちが私には分からないわ」


 ぬえがそう言いながらリリカの頭を軽く蹴ったが、一向に起きる気配はない。


「で、どうするの、こいつ」

「とりあえずどうするにも竹馬が邪魔だし、これだけ外しちゃいましょう」

「よしきた」


 そういうことで水蜜が左足、一輪が右足から竹馬を外そうとしたが


「ねえ、一輪。この竹馬、靴と完全にくっついてるよ。どうする?」

「こうでもしないと両腕で鍵盤を演奏しながら歩いたり蹴ったりなんてできないわよ。まあ、靴を脱がせちゃえば十分よね」

「確かにそりゃそうだ」


 ということで、竹馬外し作業から靴脱がし作業に移行した。

 ところが靴紐を解き、引っ張ってみても靴が足から離れない。


「あ、あれ? おかしいな、脱げないわよ、この靴」

「脱げないっていうか、なんか変よね。不自然っていうかなんていうか」


 悪戦苦闘する2人を見ていたぬえであったが、ふとあることに気づいたように


「ねぇ、ただでさえ服を重ね着したり竹馬に乗って身長誤魔化したりした奴だよ。その靴が偽物だって可能性もあるんじゃない?」


 と言ったので、一輪と水蜜は顔を見合わせた。


「……それ、あるかも」

「なんかそんな気がしてきたわ」


 と、今度はスカートを膝までめくってみて、……絶句した。

 竹馬が装着されていた靴はブーツだったようなのだが、このブーツ、丈が異常に長いのだ。


「まさかこの靴、中まで作り物なんじゃ……」

「嫌なオチが見えてきたわ」


 とりあえず丈の長いブーツの上部にあるベルトをはずし、下方に引っ張ってみた。

 ブーツはあっさり脱げたが、現れたリリカの足は想像以上に短かった。

 そしてそのブーツも、上の方の数cmに本来の足が入る部分があり、その下は全部固い物が先まで詰まっていた。

 なんということだろう、これではまるで竹馬の上に竹馬を履いていたような物である。


「こいつ、本当は相当小さいんじゃ……」


 水蜜がそう言うと同時に


「う、うーん……」


 ようやくリリカが意識を取り戻した。

 だが時すでに遅し、靴はどちらも奪取済みである。


「……はっ、ちょ、何してるのよあんた達! って、それ、私の靴じゃ──」

「ずいぶん大きな靴を履いてるのね。縦方向に」

「返せッ、返してよ馬鹿ッ、……お願いします返してください」


 リリカは懇願した。あの靴だけは取られたくなかった。

 だが現実は非情であり、


「え、いやだ」


 "落ち目の奴は苛めたくなる"性分のぬえが、ねっとりとした邪悪な笑みを浮かべながらきっぱり断った。

 リリカの顔色が絶望に染まった瞬間であった。


「村紗、そいつ立たせて」

「え?」

「いいから立たせて。良い事思いついた」


 ぬえの言葉に、水蜜はとりあえずリリカの両脇から腕を通し、その華奢な体を持ち上げた。


「わ、ちょちょ、ちょっと! 分かった分かった、私が悪かった! 悪かったからこの辺でもう勘弁してよ! いやほんと勘弁してくださいお願いしますからぁッ」


 じたばたと悪あがきをするリリカだが、妖獣たる燐が抜けられなかったこの確保技が、彼女に抜けられるはずもなかった。

 抵抗むなしくリリカは膝を伸ばし座っていた姿勢から、直立姿勢へと転換を余儀なくされたのであった。

 さらには、ぬえはリリカの足元でかがむと、その足が宙に浮かないようにしっかり地面に押さえつけた。

 ぶかぶかのロングスカートの丈が、その余りを地に這わせていたのが寂しい。


「よし、小傘。ちょっとこいつの横に並べ。背比べしてやるわ」

「はいはーい」


 そして小傘がリリカの横にならんで立つ。

 もう、比べるまでもなかった。比べるまでもなく、小さかったのはリリカの方であった。

 どちらが身長が高いかをはかる時は、片方の頭上に手を乗せ、それをもう片方の頭まで水平移動するのが一般的なやり方だろう。

 だがそれをする必要性もなく、その身長差は目視で十分把握できるほどであった。

 それほどリリカは、小さかった。


「なーんだ、私達のことチビだチビだって言ってた癖に、私より小さいじゃん」

「うるさい! チビって言うな! チビって言うなぁぁッ!」


 リリカは両手で耳を塞ぎながら、目を固く瞑って首を横に振った。俗に言う『現実逃避』のポーズである。

 一方、その身長差を目の当たりにしたぬえ。


(なんかこいつ、予想外に小さいわ。いや、待てよ? これはひょっとして、ひょっとすると──)

「響子。小傘と場所チェンジ」

「え?」

「だから、あんたとこいつの身長を比べてやるって言ってるのよ。さ、並んだ並んだ」

「……はい」


 リリカがちょっぴり可哀想に思えてきた響子だが、それでも『自分と彼女、どちらが背が高いのか』という好奇心には勝てず、横に並んでみた。

 小傘よりもさらに小柄な響子、今度はリリカと大体体格が同じように見える。

 そこで、今度は一輪がリリカの頭に手を置き、そしてその手を響子の頭の方へ水平に移動していく。 

 その場の全員、特にリリカが、その一輪の手の行方を固唾を飲んで見守った。

 そして、その手は──響子の頭頂部付近でその頭皮とぶつかったのであった。


「あ、響子の方が大きいわ」


 この5人の中で誰よりも小柄な響子に身長で負けたということは、言うまでもなく全敗である。

 その言葉にリリカは暴れる気力もなくし、死んだように動かなくなった。

 それは、あまりに決定的な"竹馬巨人"の敗北シーンであった。

 実体が無いに等しい幽霊族には、肉体へのダメージより精神へのダメージの方が致命傷を与えやすいという好例かもしれない。


「……な……のよ……」


 やがて嗚咽交じりの震えるような声で、リリカは喋り出した。


「……なんなのよ、全員そろって! どいつもこいつもチビって言いやがってぇッ」


 そう泣き叫ぶリリカ。

 先ほどまで5vs1の善戦を繰り広げていた面影など微塵もない。

 それは、響子や水蜜にとっては正直もう同情してあげたくなるような光景であったが


「言葉を返すようで悪いけど、今日、その"チビ"ってワードを口にした回数が一番多いのは貴方よね」


 一輪は呆れながら結構きついことを言った。


「うるさいうるさい! あんた達覚えてなさいよ! 明日からあんた達の枕もとに呪詛唱えに通ってやる! 毎日毎晩『背ぇ縮め、背ぇ縮め』って呪いに行ってやるわ!」

「いや、だからさ。貴方が身長に固執しなければ、誰も貴方の身長には触れなかったと思うのよ。違う?」


 その一輪の言葉に、リリカは唇を噛みしめながら、涙目で彼女を睨みつけた。

 確かに論理的に筋の通っている答えだと思えてしまう以上、良い反撃手が思いつかなかったのだ。

 するとその時──


「諦めも肝心よ、リリカ。今回は貴方の負けだわ」


 その場にいた6人以外の声が不意に届いた。

 その声の方、ちょうど側面方向を見る一同。そこには、リリカとほぼ同じデザインの黒い服を着こんだ少女が、右手でトランクを持ち、左手に持った懐中時計を眺めていた。


「21時25分、集合時間ね」


 そう呟きながらその古びた懐中時計をポケットにしまった彼女を見て、リリカは


「ね、姉さん!」


 と声をあげたものだから、響子達寺側チームは驚いて彼女を見た。

 その視線が意味する事に気づいたのか、今来た黒服の少女は、手に持っていたトランクを地に置くと


「えー、ただいまご紹介にあずかりました、そこにいるリリカの姉にして、プリズムリバー楽団団長を務める、ルナサ・プリズムリバーと申します。どうぞお見知りおきを」


 と、帽子を取りながら丁寧に西洋風のお辞儀したのであった。


※『ロリとチビの境界』



 はい、どうも。竹馬なんて乗れなかった、作者の兎です。

 本格的な戦闘シーンめざして頑張ってみましたが難しいものですね、いやはや。

 本当はもっと長い話になる予定だったのですが、あまりに長くなってしまったので、とりあえずこの辺りで区切ってみました。

 それでも最長エピソードとなってしまったとは。30kB超えとはこれいかに。


 そんなわけで騒霊キーボーディスト、リリカ登場です。

 まあ言わなくても分かるとは思いますが、原作では竹馬なんて装備していません。

 まあ、アレです。どうしても竹馬を履かせてみたかったんです。

 神霊廟における芳香と小傘のエピソードも匂わせてみたかったというのもありましたし。


 さて、いまいち一貫性のなかった第二部も最後まで後すこし。

 三女リリカが出て、長女ルナサが出たとあらば、次回誰が出るかは分かりそうな気もしますが、

 弾幕パート、もう少しだけ続きます。

 こんな大人数を一度に描写できるかどうか、若干不安なんですけどね。

 まあ、全力を尽くして頑張ります。たぶん。

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