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十九話目:一輪さんの接客業務

※前回のあらすじ


ついに自分のお部屋をもらった響子(十六話目)。

友だちである芳香を呼びに墓場に出かけてしまったそうです(十八話目)。

一方その頃の命蓮寺では、というと。

 響子がお墓に出かけてしまった一方、同時刻の命蓮寺ではというと。


「ねえ、一輪。うちの庭ってこんなに広かったっけ」


 庭の掃き掃除を初めてまだ10分、早くも疲れ気味の様子な水蜜は同じく掃除中の一輪に愚痴をぶつけていた。

 今日は響子が墓に出かけてしまったので、久々に2人で庭掃除といったところである。

 しかし一輪とて伊達に千年以上水蜜といるわけではなく、


「何を今更」


 と、振り向く事もなくあっさり流した。


「ねえねえ、ここは一輪に任せて私廊下の水拭きの方やってきていい? あまり砂埃って好きじゃないのよね」

「口を動かす暇があるなら手を動かしなさい」

「えー」

「しのごの抜かすと、夕飯の味噌汁抜きにするわよ」

「なんという職権乱用」


 ご飯を人質にするというのは、炊事番である一輪にとって常套手段である。

 水蜜は兎も角、食欲旺盛なナズーリンにはこれがよく効く。"働かざる者食うべからず"とは巧い言葉を考えた人もいたものだ。


「でもさ、砂埃なんていくら掃いても風が吹けばどうせ元に戻るんだからさ、このくらいでいいんじゃないかな」

「あんたねえ、少しは響子の真面目さを見習いなさい」

「いやね、私だってどちらかと言うと真面目な方なのよ。でも、何事にも相性って物があって──」


 水蜜がそう言いかけた、ちょうどその時。

 ドッと突風が吹き荒れたかと思うと、


「邪魔するぜーッ」


 と、威勢の良い声を引き連れて1人の訪問者が上空から命蓮寺の庭、ちょうど一輪と水蜜の間に割り込むように着地した。

 大きめの黒帽子に黒白の服といった自己主張の強い格好、箒に乗って遊覧飛行と言えば幻想郷で知らぬ者は少ないだろう。

 弾幕業界における屈指の有名人、霧雨 魔理沙。命蓮寺住民も過去に弾幕を交わした相手なので、顔を知らぬ仲ではない。

 むしろ"知り合い"という言葉で片付けて良いのかどうかも怪しい事情があるくらいだ。


「あー、久々に厄介な奴がやってきたわね」

「……風が吹くまでもなかったか」


 その登場に一輪は"面倒な客が来たぞ"とげんなりし、水蜜は今自分が掃除したところに砂埃が舞い込んだのを見てげんなりした。


「なんだよ、2人とも私の顔を見た途端に腐りかけの梅干しみたいな顔しやがって。女の子の顔見てげんなりとか失礼だからやめろよな」

「普段からの行いが悪いからげんなりされるのよ」

「そういうのを偏見って言うんだぜ?」

「いや偏見じゃないし」


 正直なところ、人を小馬鹿にしたような魔理沙のその態度が、一輪は苦手だった。

 水蜜はその辺りについてさほど気にしていない様子だが、それとは反対に一輪がそこまで苦手意識を寄せるにはそれなりの理由があった。

 ぬえやナズーリンも魔理沙と同じくらい癖の強い性分の持ち主だが、2人とも知略と炊事番としての立場を駆使すればある程度の制御はできる。

 だが外部の人間である魔理沙にその手段が簡単に通じるはずもなく、その癖に尊大な態度で無茶な要求を突き付けてくるので、一輪が苦手に思うのも無理はない話であった。

 しかし、魔理沙の本当に厄介な点はそこではない。


「まあ、そんなわけで久しぶりに上がらせてもらうぜ」


 いつものように他人の都合を気にするような素振りも見せず、魔理沙はまるで庭先から寺に向かって歩き出そうとしたが、


「ちょっと待った」


 そんな彼女を水蜜が呼びとめた。


「……なにか?」

「せっかく箒持っているんだから、貴方も掃除していきなさいよ。貴方のせいでまた砂埃が立ったんだし」

「お断りだぜ。おまえがやればいいじゃんか、どうせ暇も職も持て余してるんだろうし」


 無駄な時間を過ごさせられて魔理沙は苛立ち始めたが、水蜜もそれで引き下がるような貧弱度胸の持ち主ではない。


「まあ、暇を持て余してるのは事実だと認めよう。しかし、聖輦船の船長という名誉ある職を任された私を無職扱いとは愚問にも程があるわ」

「嘘つけ。その船が飛ばなくなった今、"船長"っていう肩書も実質無意味なだけだろ? そんな"名ばかり船長"は庭掃除がお似合いだぜ」

「ところがどっこい、今は確かに命蓮寺として構えていようとも、その本質は聖輦船! 飛ぼうと思えばいつでも飛べる以上、私は未だ実質的船長なのよ」


 話題が聖輦船に移り、水蜜のテンションが上がりはじめた。

 白蓮救出後、魔界から帰った直後に"聖輦船"は改築されて"命蓮寺"となった。

 どちらが本質的な姿なのかは定かではないが、いずれにせよ、また寺から船に戻ることは可能なように改築したのは事実。

 まだ1度も実現していないとは言え、いずれは幻想郷遊覧船や魔界定期船などとして再び聖輦船を飛ばす日が来る事を、水蜜は密かに楽しみにしていた。

 ところが、そんな水蜜に


「だからさ、"飛ぼうと思えば飛べる"とか"しようと思えばできる"とか、そういうエア能力は実質ないも同然なんだよ。飛べる飛べると言ったって実際には飛ばないんだから、それって『飛べない』と言いきっても良いと思うぜ」


 非情にも魔理沙は冷や水を浴びせた(船幽霊に対して"冷や水を浴びせた"というと、どうも言葉の意味が変わってきそうだが)。


「そう、ふーん。あくまで否定するって言うのね。まあ、いずれフライトの日が来れば真っ先に乗せてあげるわよ。ただし──」


 そう言いながら、水蜜は背負っていた錨を魔理沙に向かって突きつけた。


「貴方がその前に三途の小舟に乗らなければ、の話だけどね」


 分かりやすい宣戦布告。

 聖輦船をこよなく愛する水蜜が、それを小馬鹿にされて怒らぬはずがなし。


「ああそうかい」


 そして、そんな宣戦布告にはノリ良く応じてやるのが魔理沙の性分。

 上着のポケットからミニ八卦炉を取り出し、それを水蜜に向かって突きつけながら、


「だが私に言わせれば、むしろおまえの方がさっさと三途の川を渡るべきなんじゃないか?」


 と威勢よく啖呵を切った。

 一触即発の場面に、今回は見物側に回ることとなった一輪は固唾を飲んで場の様子を見ていた。

 そして──


「あら、聞き覚えのある声だと思ったら魔理沙じゃない」


 という声に3人がその声の方を向くと、騒ぎを聞きつけたのか、縁側まで白蓮が出てきたところであった。

 まさかの白蓮登場を受けて場の空気は一変、いつ弾幕勝負が始まってもおかしくない緊迫した雰囲気から、始めるに始められぬ微妙な空気になってしまった。


「お、出たな大将。そうだ、忘れるところだった。今日はおまえに話があって来たんだ、こんなところで油売ってる場合じゃなかったぜ」


 魔理沙はそう言いながら、出したミニ八卦炉をまたポケットに引っ込めてしまった。


「私に話? 何かしら、とりあえずこんな所で話すのもなんだし、あがってちょうだい。すぐお茶とか持っていくわ」

「言われなくても、断られても、抵抗されても、あがるつもりでいたけどな」


 白蓮から直々に許可を出された魔理沙は、まるで自宅に戻って来た時のように寺に入っていった。

 その後ろ姿を見て、一輪はますます強く心労を覚えた。

 魔理沙の最も厄介な点は、その人を小馬鹿にする態度でもなく、無茶な要求をつきつけてくることでもなく、弾幕勝負に滅法強いことでもない。

 そんな絵に描いたような小悪党でありながら、この命蓮寺の首領、白蓮の"お気に入り"である点である。


「ねえ、一輪。私はこの感情をどこにぶつければ良いと思う?」


 錨を構えた姿勢のまま、どう動いて良いかも分からず、水蜜はその場で固まってしまっていたが


「そんなの私の方が聞きたいわよ」


 行き場の無いわだかまりを抱いている点では、それは一輪も同じであった。




  ※  ※  ※  ※  ※




 命蓮寺に来た茶菓子はあまり日持ちしない。

 炊事番である一輪が寝静まった深夜を狙ってぬえが忍び込んでつまみ食いをしたり、『古くなった菓子を客に出すわけにもいかないだろ』とわけの分からない言い訳を唱えながらナズーリンが堂々と食べてしまったりするからだ。

 そんな菓子類に厳しい環境である割に、来客用に羊羹が残っていたのは奇跡と言っても良さそうであった。

 結局、主人を厨房に立たせるのも気が咎めると言う事で、代打で一輪がお茶を淹れる傍ら、その羊羹を切っていた。

 いくら気にいらない相手であろうとも、白蓮が向こうを客として扱っている以上、私事を挟まず淡々と仕事をこなしていく。


(それにしても、姐さんも、何と言うか変わったところがあるわね)


 古くからの付き合いである一輪から見ると、どうも白蓮は小悪党に甘い傾向にあるように思えた。

 魔理沙もそうだが、白蓮復活の際にあたり(事情を知らなかったとは言え)復活を拒み邪魔を働いたぬえのことも『もう過ぎたことだし気にしていないわ』とあっさり許してしまったばかりか、その後も身内として面倒を見続けている辺りを見ても、やっぱり甘い。

 そもそも元人間、それも高僧という素晴らしき身でありながら、本来は人間に悪さを働く存在である妖怪を保護しようという考えを抱いた時点で飛びっきりの変人である。

 そういった"変人"でなければ、一輪をはじめとした妖怪である今の仲間とは縁を築くこともなかっただろうと思えば、一概に好ましくない事とも言えないが。


(ま、それが姐さんの良いところでもあるか)


 2人分の冷茶を淹れ、羊羹2皿と一緒に盆に乗せ、それらを持って一輪は応接室へと向かった。

 実際にこの部屋を客間として使うのは、割と久しぶりである。


「お茶淹れてきました」


 応接室に入ると、白蓮と魔理沙が和やかに話をしている最中であったが、2人とも一輪が入って来たのに気づいて、


「あら、ありがとう」


 と白蓮がお茶を受け取り、


「お、ちょうど良かった。来る途中で喉乾いてたんだよな」


 と魔理沙もお茶を受け取った。

 一口に魔法使いと言えど、態度だけでもこの差である。

 命蓮寺以外にも同じような態度で出入りしているのかと思うと、他人事ながら気苦労が絶えない。

 挙句の果てには、茶菓子の羊羹を見るや否や魔理沙が


「あー、羊羹かー。羊羹は昨日、霊夢の所で食べてきたばっかなんだよな。できれば気分的に栗きんとんが食べたかったぜ」


 と呟いたのには、流石に一輪もカチンと来た。


「あんたねぇ……」


 いっそぶん殴ったらどんなに痛快だろうかとも思ったが、そこまで行かずともせめて何か言ってやらねば気が済まない。

 この礼儀知らずの小娘に2時間くらいかけてマナーとは何か説教してやりたいと一輪が思ったその矢先、


「そうなの? じゃあ次から栗きんとんを買っておくことにするわね」


 あっさり白蓮が話の腰をへし折った。


「いや、姐さんもそこまで気を使わなくていいんですよ!? そんなのこいつが自分で買って食べれば良いだけなんですから!」


 とりあえず一輪は、まず魔理沙云々の前に、茶菓子の羊羹より甘すぎる白蓮にそう忠言した。

 本当に、魔理沙に対する白蓮の好待遇ぶりは、『実は弱みでも握られているんじゃないだろうか』と心配になるくらいである。

 もっとも、白蓮が脅迫や圧力に屈するはずがない事を考慮すれば、やっぱりこの好待遇は善意に基づいた物であるということになるだろう。

 もしかしたら『自分の封印を解くにあたり協力してくれた』ことや、『魔法使いとしては後輩である』ことに親しみを抱いているのかもしれない。


「じゃあ次来た時に美味しい栗きんとんが食べられることに期待するとして、そろそろ本題に移りたいんだが」


 結局は羊羹を美味しそうに頬張りながら、魔理沙はとうとう話を切り出した。


「そう言えば私に話があると言っていたわね、何かしら」

「さっき表にいた死に損ないにも言ったんだけどよ、確かおまえを復活させた帰り道、今度魔界に船で連れてってくれるって言ってたじゃないか」

「ああ、そうね。確かに言ったわ」

「その割には、いつまで待ってもフライト決行日の話が私のところに来ないじゃないか。魔理沙さん結構期待してたんだけどなぁ」


 一見おどけて言っているようだが、魔理沙は本心では真剣であった。

 魔理沙は昔から"魔界は魔法使いのメッカ"と思っている節があり、白蓮から声がかかる日を心待ちにしていたのである。

 ところが、いくら待てども船は飛ばない。とうとう魔理沙も業を煮やして、こうして直談判に来たわけだ。


「あらあら、そうだったのね。うーん、嘘ついたつもりじゃなかったんだけど、困ったわねぇ」


 白蓮は腕を組み、思案しはじめてしまった。

 するとそこへ、


「そうです、聖! 船を飛ばしましょう、今すぐ!」


 話を盗み聞きしていたのであろう、水蜜が応接室に飛びこんできた。

 先ほどは魔理沙の挑発を受けて弾幕戦にもつれこもうとしたが、船を飛ばしたいという点では水蜜も魔理沙と考えが一致していたのだ。


「日頃から手入れも訓練も怠ってはいませんからね、聖さえその気であればすぐにでも飛べますよ」

「ほら、忠臣の名ばかり船長もこう言ってるじゃないか。さっさと飛ばそうぜ」



 水蜜が豪語し、魔理沙も便乗したが、それらのせいでかえって白蓮はいっそう困ってしまったようであった。


「えーと、ごめんなさいね。2人には悪いのだけど、ちょっとしばらく都合が悪くて飛ばせそうにないわ」

「都合が悪い? はて、何かありましたっけ?」


 水蜜は首をかしげた。

 流石に彼女も白蓮のスケジュールを1から10まで把握しているわけではないが、近々ビッグイベントがあるとも聞いていない。

 そんなわけで、水蜜はその頭をフル稼働させ、考えられる"聖の都合"とやらを探した。


「ひょっとして、歯科医の予約をしているとか?」

「いや、そういうのではないわ」

「じゃあ、内科とか外科とか、そのあたりですか?」

「どこか悪いとかそういうのじゃないから安心して」

「悪いわけではない、と言うと……、まさか、さんふじ──」


 次の瞬間、言葉を遮って飛んできた一輪の鉄拳制裁。

 ゴッと鈍い音と同時に水蜜の姿は応接室から消え、代わりに床に水蜜のシルエットそっくりの形に穴が開いた。

 背負った錨の形までくっきり見えるあたり、無駄に再現度が高い。


「……失礼、手が滑りました」


 ほぼ反射的にぶん殴ってしまった一輪であったが、白蓮の前だったということを思いだし、一応取り繕った。

 どう見ても"手が滑った"で起こりうる事象ではないが、白蓮もどう反応して良いか困ってしまい、何も言わなかった。

 今日ずっと困りっぱなしである。


「いつ来ても愉快な所だな、ここも」


 魔理沙は床に開いた再現度の高い穴を眺めながら、また羊羹を口にした。


「でも、ま、兎に角。おまえが虫歯になろうと、胃潰瘍になろうと、ぎっくり腰になろうと、さんふじ何ちゃらになろうと、関係ないんだよ。今日が無理だって言うんなら帰るが、せめてその前に言質くらいは取っておきたいもんだぜ。

 で、今日が都合が悪いと言うのなら、いつなら開いているんだ? できれば人間スケールの数字を言ってもらいたいところだが」


 気の長い妖怪達は平気で10年後や50年後の約束をするから、相対的に老い先短い人間にはつきあっていられない話も多い。

 ましてここは恩人を千年かけて救出した、とてつもなく気の長い連中の巣窟である。

 笑顔で『じゃあ三百年後にでも』と言われても困るのだ。それこそ幽霊の類になって乗るしかない。


「そうねぇ」


 白蓮は腕を組んでしばらく考えこんでしまった。


「都合が悪いというか、飛ばしにくい事情があるのよね。まだ先が見えないけど、出来る限り早く手を打つことにするから、フライトはその後ね」

「なんだよ、飛ばしにくい事情って」

「……どうしても話さないと駄目?」

「聞かないうちはこの畳の上から動かないぜ」


 魔理沙は構えるようにして座り直すと、自分が座っている畳をバンバンと叩いた。

 すると、白蓮もすっかりまいってしまったようで、腕を組んだまま途方に暮れてしまっていた。

 一輪もその事情とやらが何なのか聞いてはいなかったものの、そんな困り果てた主の姿を見るのはあまりに忍びなく、魔理沙の態度の大きさも相まって、とうとう我慢の限界が来た。


「行くわよ、雲山!」


 言うが早いか、まず一輪は雲山を魔理沙の周りに取り巻かせ、彼女の視界を奪った。


「なっ」


 魔理沙はすぐに気づいたが、何せどっしりと構えるように座ってしまっていたため、速やかに立ち上がることができなかった。

 そのわずかな隙をつき、一輪は死角をついて魔理沙を抑えつけた。


「何するんだよ、いきなり!」

「黙らっしゃい、もう容赦しないわよ! 村紗、縄かその代わりになりそうな物持ってきて!」


 一輪が叫ぶと、例の"再現度の高い穴"から水蜜がひょっこり顔を出した。


「鎖で良ければ持ってるけど」

「上等!」


 鎖は船と錨をつなぐ大切なパーツ。常に錨を持ち運ぶ水蜜が常備していないわけがない。

 しかも地底の鬼も愛用する程度の強度を誇る頑丈な鎖である。

 そんな鎖を携えて、水蜜は穴から這いあがると雲山煙幕の中に飛びこんだ。


「あの……、一輪? 村紗? 」


 雲山煙幕の中で何が起きているのか分からない白蓮は、その様子を遠巻きに見つめながら2人の名を呼んだが、


「大丈夫です姐さん、すぐ終わらせます。村紗、そっち抑えてて」

「よしきた」

「おい、おまえ達! 2人がかりとは卑怯だぜ! 離せってば!」


 中で巻き起こる戦いが終わる気配はなし。

 そんな戦いが数分間続き、ようやく


「ま、こんなところね」


 と一輪が雲山を回収すると、そこにはうつ伏せに寝かされたまま畳に鎖で縛りつけた魔理沙の姿があった。


「いきなりどういうつもりだよ!」


 ちょっと眼がしらに涙を浮かべながら、魔理沙は一輪と水蜜を睨みつけた。


「あんた、さっき『聞かないうちはこの畳の上から動かないぜ』って言ったじゃない? 動くつもりがないなら畳ごと帰ってもらうまでよ」

「なんだよそれ!? ただの屁理屈じゃないか!」

「むやみに姐さんを困らせたんだからつまみ出されてもおかしくないところを、せめて筋を通してやったんだから感謝して欲しいくらいだわ」


 一輪が返事をすると同時に、水蜜は魔理沙と畳を縛りつける鎖の端を握ると、


「それじゃ、聖輦船に比べれば粗末な船だけど、ちょっくら久々に船長業務してくるわ」


 と言いながら、畳を引きずるように玄関に向かって歩き出した。


「ちょ、おい、下せよ! おい、白蓮! おまえの部下こんなことしてるけどいいのか、これ!」


 魔理沙は最後の手段として白蓮に助けを求めたが、


「あら、もう帰るの? 次来る時は、言ってくれれば栗きんとん買っておくわね」


 帰ってきたのはどこかずれた返事だけであった。


「いや、栗きんとんなんか今はどうだっていいんだよ! 分かった、帰る! 帰るから! 今日はおとなしく退散するから! だから普通に帰らせてくれよ!? 頼むから!」

「はいはい、お客さーん。もうすぐ出港しますからお静かにお願いしまーす」


 魔理沙の叫びもむなしく、結局水蜜に連れられて魔理沙は玄関から出て、またしても庭先まで来た。

 そして、


「じゃ、出発地命蓮寺、行き先不明、乗客1名様で貸し切り、不定期便たたみ号、これより出港しまーす!」


 そう声高々に叫んだかと思うと、ちょうどハンマー投げの要領で畳船をぐるぐる回した末に、空高く放り投げた。

 いつも錨という巨大な鉄の塊を担いでいる水蜜にとって、人間1人をぶん投げるなど造作もないことであった。


「ちくしょう、おぼえてろよぉ!」


 そんな悲鳴にも似た絶叫を残し、魔理沙は青空のむこうに消えていった。

 まったく方角も見ずに投げたので、どこに行こうとしているのかは定かではない。


「……ふぅ、うっかりしてて乗船券チェック忘れたわ」




  ※  ※  ※  ※  ※




 そして昼過ぎ。


「よし、床板はこんなところかしらね」

「そうね、あとは畳を買ってくればおしまいかしら」


 一輪と水蜜は、先ほど壊してしまった"再現度の高い穴"を埋める作業中であった。

 畳は新しく買ってこないとどうにもならないが、下の床板は修復が終わったので、とりあえずひと段落。

 水蜜はのこぎりや金づちなど、使った工具を箱に戻しはじめたが、ふと手を止めた。


「ねえ、一輪」

「何?」

「なんかあいつのために飛ばせてやると考えるとちょっと悔しい気がするけどさ、それにしても聖が言ってた『飛ばしにくい事情』って何か分かる?」

「あ、確かにそれは私も気になったわ。でも、どうも姐さんも言いにくい事情があるみたいだし、無理に聞かない方がいいかもしれないわね。姐さんの性格からして、おそらく個人的な事情レベルではないくらいの理由がありそうな気がするけれど」

「まあ、深い理由がありそうよね。たぶん私には想像もできないような事情なんだろうけどさ、でもいつかもう1度この船を飛ばしたいわ」


 そう語り合う2人。

 2人とも、この寺の真下にある巨大建築物『大霊廟』の存在は、未だ知らなかった。

 そして当然、この寺そのものがその大霊廟の主の復活を妨げる"鍵"であることも。

※「珍事件、畳に乗った魔理沙が博麗神社の屋根を破壊」という記事が花果子念報に載ったのは翌日のことであった。



 はい、どうも。作者の兎です。

 今回は久々に新登場人物が出てきました。

 今時の尊大系魔法少女、魔理沙さんです。

 この作品で(前々回に出た早苗が終始守矢神社にいたことを考慮すれば)身内以外で命蓮寺に来たのは彼女が初めてですね。

 役者が増えて、話がスムーズに動くか、逆に混戦となるか、それはこれからです。

 少なくとも身内以外に誰かが来るというだけでも収穫収穫。


 そして何より、久々に一輪さんと船長さんを書きました。

 やっぱりこの2人は書いていて楽しいです。本当に。


 少しずつ明らかになる神霊廟ストーリーのバックグラウンド。

 実は寺側ですらその全てを全員が把握しているわけでもない、そんな感じで書かせてもらいました。

 一枚岩もいいけれど、少しずつずれのある構造の方がボク好みなので(なんだそりゃ


 久しぶりに、このスペースに何書くか困りました。

 とりあえず次回も頑張ります。

 たぶん。



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