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十七話目:響子ちゃんと押入れのナズ君

※前回のあらすじ


紆余曲折の末に自分の部屋をゲットした響子ちゃん。

色々あって鉄砲玉として守矢神社に送り込まれた小傘ちん。

一度は部屋を譲ったものの、やっぱり勿体なくて押し入れに住み着いたナズ君。

それぞれの夜が始まる。(全部十六話目参照)



「ああ、やっぱり温かいご飯はうまかとです」


 夜の守矢神社で、小傘はカツ丼を堪能していた。

 その向かいには東風谷早苗。カツ丼を与えた張本人である。


「傘もカツ丼食べるんですね」

「そりゃ、ま、あたぼうよ。お腹すいてりゃなんだって美味しいって言うじゃん」

「ふーん」


 そもそも、このカツ丼自体がわけありの品である。

 本日守矢神社ではいつものように神奈子と諏訪子と早苗の3人で夕食を食べる予定であった。

 ところが、夕方頃になって妖怪の気まぐれにより唐突に宴会が勃発。

 どうせなら神様も来てくれという急なお呼ばれが舞い込んできた。

 ただ酒が飲めるなら、ということで出かけようとした神奈子と諏訪子であったが、もう夕飯の支度をしてしまった早苗は不服であった。

 『あんたら、私が作った飯より酒の方が大事か!』と、口にはせず態度で主張したが、帰ってきたのは『ああそうだよ、文句あっか』という、言葉ではなく行動で示された返事であった。

 つまるところ、神奈子も諏訪子も出かけてしまったのである。

 普通の夫婦なら『もう知らない! もう実家に帰らせていただきます!』と言いたくなるくらい早苗は怒っていたが、残念ながらここが実家であることは言うまでもない。

 ますます面白くない早苗は1人で3人分の夕飯、即ちカツ丼をたいらげようとしたが、いくら成長期の喰い盛りとは言え2人分が限界である。

 どうしようと思考に暮れていた最中、やってきた賽銭泥棒、小傘。

 もう何でもいいや、ということで早苗はその"残りご飯処理係"を小傘に押しつけた、ただそれだけの話にすぎなかった。

 別にぬえに鉄砲玉扱いされたことへの同情心などと言った物は欠片もないし、そもそもそんな裏事情を知るよしもない。


「今度はフグ鍋でも食べに来ます? 死ぬかどうか見てみたいので」

「お腹壊すんならいらないや」


 小傘にとっても、別に神奈子や諏訪子の動向なんて知るよしもない。

 今までの経歴を簡単に辿れば『賽銭盗みに神社に来たら、捕まったけどカツ丼出てきた』くらい単純にしかとらえていない。

 こうしてわけありの食卓は穏やかに進もうとしていた。

 ところが、そこへ


「なんか帰りが遅いと思ったら」


 と飛びこんできたのは鉄砲玉の送り主、ぬえ。

 その登場だけで、小傘の動きがピタッと止まる。


「げっ、ぬえちゃん!?」

「なに人間なんかに飼いならされてんのよ」


 キッとぬえにきつく睨みつけられ、小傘は震えあがった。

 だが皮肉にも小傘の素体は傘、すなわち妖怪化する前から人間に飼いならされる運命だったのである。

 (だが誰にも飼ってもらえず野生化した結果がこの有様とも言えるわけだが)

 しかしその時、ぬえの視線は即座に小傘から、その手に持っているカツ丼へと移った。

 カツ丼、豚肉、動物性たんぱく質、菜食主義者にして命蓮寺の炊事係である一輪に頼っていてはまず口にできない貴重食材、肉、肉、肉!

 最後に食べたのは地底の呑み屋、地上に出てからというもの1度も口にした事はないお肉。

 迷う余地もなく小傘からカツ丼をひったくり、考えるより早く肉を口の中にかきこんだ。


「ああっ、まだ私2口しか食べてないのに!」

「やかましい、こっちは腹減ってんのよ!」


 こうして、ほんの数十秒でぬえはカツ丼を完食した。

 だが、その数十秒で得たものは大きかった。主に満足感。


「エイリアンもカツ丼食べるんですね」

「いや、エイリアンじゃないし」

「まあ食べていってくれるんなら傘だろうがエイリアンだろうが何でも良かったんですけどね」


 その喰いっぷりに、早苗すらも一時は唖然としてしまったが、当のぬえは周囲の目など気にしていない様子であった。


「あー、美味かった。……よし、小傘」

「何?」

「減点要素が何か色々あったけど、今回は私が御馳走にありつけたことに免じて特別に許してやる」

「やった! 許された!」


 思わず万歳して大喜びの小傘。

 ぬえからの無茶ぶりに対して及第点を得たこと自体が久々なので、それはもうめでたいことなのである。


「あら、よかったですねー」


 雰囲気に合わせて、早苗もお祝いの言葉を投げかけた、が、直後に


「まあ私は許すとは一言も言ってないんですけどね、この賽銭泥棒」


 そう言い加えてほほ笑んだ。

 大喜びしていた小傘の顔から一瞬にしてサッと血の気が引いた。

 そして凍りつく場の空気。気まずい沈黙。


「そ、そう。じゃ、後は泥棒と巫女の2人で何とか和解してよ。私は帰るから」


 最初に動いたのはぬえだった。

 厄介事に巻き込まれるくらいなら、と真っ先に離脱を試みたが


「ぬえさん、ぬえさん、貴方もですよ。どうせ貴方も一枚噛んでるんでしょう?」

「そうだよぬえちゃん、温かいご飯を横取りしておきながら私を置いて逃げるなんて卑怯だよ!」


 そうは問屋が卸すはずもなかった。


「……仕方ない、私に喧嘩を売るってことはそれなりの覚悟があるんでしょうね」


 さきほどのそそくさと逃げようとしていた態度とは一転、ぬえは早苗を軽く睨んだ。


「ええ、まあ」


 しかし場馴れした早苗がこれくらいでひるむはずもない。


「じゃあ聞くけど、今日は何枚持ってるのかしら? スペルカード」

「ふたつほど」

「ふん、たった2枚で戦おうなんて、私も安く見られたものね」


 嘲笑を浮かべながら、ぬえはポケットから自身のスペルカードを取り出した。


「言っておくけど、肉喰った後の私は強いわよ」


 枚数にして10枚、それを一気に広げて出したのだから圧倒感がある。


「おぉ、流石ぬえちゃん。今日もたくさん持ってるねぇ」


 思わず小傘は感嘆の声をあげたが、肝心な早苗はと言うと、取りみだす様子もなく


「あらあら、でも数の勝負なら負けませんよ?」


 と、袖からスペルカード24枚を取り出して見せたのであった。

 その24という破格の数に


「ちょ、あんた2枚しか持ってないってさっき言ったじゃないの!」


 ぬえは反射的に抗議の声をあげたが、


「え? スペルカードってダース単位で数えるものじゃないんですか?」


 早苗の返答はぬえの予想から思いっきりずれたものであった。

 今度はぬえの顔からサッと血の気が引いた。




  ※  ※  ※  ※  ※




 一方その頃、命蓮寺の"響子の部屋(新)"では、と言うと。


「ナズーリンは寝ないの?」

「君と違って私は夜行性なんだよ」


 布団を引き終わった響子が、もぐりながらナズーリンに尋ねた。

 そのナズーリンはと言うと、やっぱり押し入れの中でロッドを磨いていた。

 響子がしっかりナズーリンの方を向いているというのに、ナズーリンはロッドを磨く手を見つめて一向に響子と視線を合わせようとしない。


「ねえ、ナズーリン、そこ狭くない?」

「狭い方が落ち着くんだよ」

「ふーん、変なの」

「変な君には言われたくない」


 相変わらずナズーリンの言葉は一言一句棘があるが、響子ももう慣れてきた。

 "そんなものなんだ"と思ってしまえば割と簡単に受け流せるものだと、響子もだんだん分かってきたのだ。

 『いつも無愛想と分かってしまえば何ら怖くない』、ちょうど『普段の姿から優しいと思っていたら、怒るととても怖かった』の間逆である。

 ナズーリンが前者であることは前からうっすら分かっていたが、星が後者だったとは今日知ったばかりの衝撃の事実。

 それは兎も角、響子には、ナズーリンの喋り方について口調とは別に不服に思う所があった。

 今もそうだが、話がまったく続かないのである。

 何かを聞いてもナズーリンは端的でぞんざいな言葉ですぐに答えてしまう。

 それでいて、彼女自身は響子に何も聞いてこないのだ。話が続くはずがない。

 日頃から無愛想で会話を交わす機会すらあまりないナズーリンだが、こうしていざ話してみるとかえって無愛想さが際立ってしまう。


「ねえねえ、ナズーリンはいつからそんな話し方なの?」

「言葉を習得した時からだよ」

「じゃあ、その時からずっと、そんなに素っ気ない話し方なの?」

「悪いかい?」

「いや、悪いわけじゃないけどさ……」


 ナズーリンは実に素っ気ない態度で実に素っ気ない返事をすると、研磨布から手を離した。

 そして何をするのかと思いきや、飴(それも棒付きぐるぐるキャンディである)をくわえ、また研磨の作業に戻っていった。

 勿論この数アクションの間、1度も響子の方を見ていない。


「それ、美味しい?」

「まあね」


 ナズーリンが喋るのに合わせて、飴の棒が上下に動く。

 ましてくわえている本人がほとんど動かないので、どうしてもそちらの方に目が行ってしまう。


「今それ食べて、明日の朝ごはん食べられるの?」

「愚問だね。明日の朝食まで待てないから今食べてるんじゃないか」

「そんなにお腹減るの?」

「当たり前の質問をしないでくれ」


 そうして、再び訪れる静寂。

 結局そうだ、この2人だと響子が何か聞かない限り音は何も流れない。

 言わば壁とキャッチボールしているようなものだ。自分がボールを投げれば帰ってくるが、投げなければ何も起こらない。

 そんなナズーリンの態度に、とうとう響子もどうにかしたいという思いが積もってきた。


「……ナズーリンも何か私に聞いてよ」

「何も聞くことなんてないさ、君にはたいして興味もないし」


 だが帰ってきたのは、この上なく直球で無愛想な返事。

 壁に投げて帰ってきたボールが顔面に当たったような精神的ダメージ。


「ねえナズーリン、貴方はどうしてそんなに、ちょっと言葉は悪いけど、ひねくれてるの?」

「私は普通だよ。君がひねくれているから相対的にそう見えるだけだ」

「いや、それは絶対ない」


 そんなことがあってたまるか、と響子は思った。

 百歩譲って自分がひねくれているとしても、客観的に見てナズーリンはひねくれている。

 ここだけは響子も譲るつもりはなかった。


「だってナズーリンはどう見ても無愛想だよ。絶対がさつで無愛想に見える」

「悪かったね、素っ気ない上にがさつで無愛想な奴で」

「……そこで開き直られるとこっちが困るんだけど」

「君の我儘に付き合う気はないよ」


 しかし、どうあがいても口はナズーリンの方が一枚も二枚も上手であった。

 響子が何を言おうとも、必ずナズーリンは即答してくる。それも返事に困るくらい無味乾燥な答えだ。


「ナズーリンは誰に対してもこんなに素っ気ないの?」

「見てれば分かるだろう? ご主人様にそんな対応するわけにはいかないさ」

「いや、そりゃ見てれば分かるけどさ。むしろ星様相手の時だけコロッと態度変えるのやめようよ」

「君とご主人様を同格に扱え、と? そんな馬鹿な要求が通ると思っているのかい?」

「そこまで言わないけどさ、いくらなんでも裏表が激しすぎるわよ。そんなだと、この先苦労するよ?」

「この先って?」

「そりゃ、あれよ。人生は長いって言うじゃない」


 響子がそう言った瞬間、ナズーリンの手がピタッと止まった。

 そして、やっと本日初めてナズーリンが顔を上げ、響子の方を見た。


「君に説教される気はないよ。それとも、君にとって私は何歳くらいに見えているんだ?」


 それは、やっぱり本日初めてであるが、ナズーリンが自分から響子に聞いてきた問いであった。

 どこで何のスイッチが入ったのか分からなかったが、響子はとりあえず率直に、日々思っていた事でもある、


「え? だってナズーリンって私よりは年下でしょ、絶対」


 と言ってしまった。

 今まで口にこそしなかったが、ずっと響子はそう思ってきた。

 見かけが子供っぽいのは響子自身もそうだから仕方がないが、ナズーリンの場合、中身もどこか大人げない。

 言っていることだけは立派に見えるが、それがかえって子供が背伸びしているようにも見えてしまうのである。

 ナズーリンもナズーリンで自分のことについてあまり語りたがらない。そもそも会話したがらない。

 諸々の要素に加えてナズーリンから放たれる卑近オーラが、響子にそういった見方を植えつけてしまったのである。

 ナズーリンはしばらく響子の方をジッと見ていたが、それから


「想像に任せるよ。君もそろそろ寝る時間だろう、邪魔は消えるとするよ」


 と言って、ロッドと研磨布を抱えて部屋から出ていってしまった。


「……ひょっとして図星だった?」


 後に残された響子はそう呟いたが、この間違いを指摘する人は誰もいない。

 幼き山彦、幽谷 響子、61歳。まだまだ若い。




  ※  ※  ※  ※  ※




「どうしました? まだ1.5も残ってますよ。もちろんダース単位で、の話ですが」

「ええい、いちいちダース単位にするな、面倒だ! 算数苦手なんだよ! 九九覚えてる最中なんだから!」


 守矢神社前の参道。

 左の二ーソックスと右肩部分の服が吹っ飛んで、自身も体力がすり減って、色んな観点から見てもかなり満身創痍なぬえ。

 スペルカードは10枚中9枚使った。残り1枚だが、早苗は彼女が言っていた通り1.5ダース(勿論18枚)もある。

 小傘はというと、地面に上半身が刺さったまま動かない。挙句の果てには


「もう駄目だぁ、私はここで死んじゃうんだぁ」


 などと弱音を吐き始めた。


「おい、小傘! あんたもう少し頑張りなさいよ! スペルカードもう1枚くらい持ってるんでしょ!」

「スペルカードはあるけどガッツがありまへん……」

「また抱え落ちか! くそっ」


 地団太を踏んでも事態が好転するはずもない。

 それはぬえもよく分かっていた。分かってはいたが、この状況のせいでどうしても苛立ちを抑えられずにいた。


「あらあら、仲間割れはいけませんよ」


 早苗にからかわれ、


「死ぬ前に1度でいいから、大通りのショーウィンドウに飾られたかった……」


 小傘はわけの分からないことばかり呟き、ぬえのむしゃくしゃとした感情は高まるばかり。


「あーもう、吹っ切れた! かくなる上は──」


 そう言うと暗雲を辺りにばら撒いた。当たり判定の無い、所謂目くらましである。

 だが、相手が悪い。


「今更そんなもの効きませんよ!」


 そこは風祝の早苗、いともたやすく風を吹かして暗雲を吹き飛ばした。

 しかし、もうそこにぬえはいなかった。

 どこに行ったかと思いきや、その一瞬のすきに乗じたぬえは、地面に刺さった小傘を引き抜き抱えて、そのまま一直線に山を降りはじめた。

 とどのつまり、敗走である。


「ぬえさーん、まだ18枚も残ってますよー」


 早苗が呼び掛けると、


「うっそ、1.5ダースって16枚じゃなかったの!?」

「18枚ですよー」

「ツケといて、じゃなかった、覚えてろ、こん畜生!」


 負け犬の遠吠えを残し、ぬえは闇夜に消えていった。




  ※  ※  ※  ※  ※




 さて、舞台を戻して命蓮寺。今度は星の部屋。


「ご主人様」


 ナズーリンは偉く不機嫌そうに、写経に勤しむ星の向かいに座った。


「なんですか、ナズーリン。よほど嫌な事があったと見えますが」

「ご主人様、私はそんなに貫禄がありませんか?」

「……はい? いや、まず何があったのか、そこから教えてくれませんか?」


 唐突な問いに、星とは言えど流石に経緯を推察できるはずもなく、聞き返した。


「いやそれが、響子の奴がですね」

「ああ、姿が見えないと思ったらそちらの部屋にいたのですね」

「そこはどうでもいいんです。それで、響子が色々面倒なことを聞いてくるから、適当に返事をしていたんですよ」

「ナズーリン、貴方は少し人当たりがきつすぎます。話すならしっかり相手をしなさい。そもそも貴方の振る舞いは時として──」

「ご主人様、説法は後で聞きます。ですからまず私の話を聞いていただきたい」


 ここで止めないと昼間の二の舞である。

 星も、今回はナズーリンの言うことに理があると見て、話すのを止めた。


「で、ですよ。そのうちだんだん態度がでかくなって行くから、聞いてやったんです。私が何歳に見えるのか、と」

「それで大分下に見られた、とそういうわけですね」

「下も下、よりによってあいつより年下に見られたんですよ! あんなひよっ子の年下に!」


 正直、響子の前では隠していたが、ナズーリンにとって『年下でしょ?』は結構なショックだった。

 うわべは冷静に取り繕ったが、誰かに話さないと収まらないこの気持ちを、結局は最も話せる相手である星にぶつけに来たのである。


「大体あんな百も生きてない小娘に、なんで年下扱いされなくちゃいけないんですか。

 確かに体格は小さいかもしれませんけどね、こう見えても響子と比べて私は年上、それも20倍は生きてるんですよ! 聖より年上なんですよ!

 なのにさ、小傘の時もそうですけど、なんで私ばっかり下に下に見られるんですかね。ご主人様は威光の塊のように見られるのに」

「まずその、刺々しい話し方から何とかすれば良いと思いますけどね。

 しかし、貴方は私を"威光の塊"と例えましたが、私は貴方のように誰からもすぐ親しげに話しかけてもらえる方がよほど良いと思えるのです。

 どうせ妖怪に歳などあまり関係はありますまい。今この幻想郷が、年上が偉いと言った古い風習がまかり通る世でもありますまい。

 ならば貴方のようにすぐ溶け込める、そういった親しみやすさの方がよほど重宝すると思いますよ」


 そう星に諭されても、ナズーリンはすぐ気持ちの整理がつかなかった。

 今までの寺の住人は(通りすがりの小傘を除き)大体は千年クラスの妖怪だったから、年齢をあまり気にすることはなかった。

 しかし今度飛びこんできた響子は百にも満たない幼年クラス。流石に歳の差は無視できないほど深い。

 なのに、こうしていつの間にか年下扱いされベタベタ接されることに、どうしてもナズーリンは抵抗があった。


「ご主人様は下に見られた事がないからそんなことが言えるんですよ」


 それを聞くと、星は苦笑しながら


「ナズーリン、貴方はそう言いますけどね」


 そう言いながら筆を置いた。


「避けられるというのも、結構堪えますよ」


 話は昼間に遡るが、星が部屋探しをするため響子を呼びに行った時。

 その時、響子の傍には小傘がいた。そして自分が響子の名を呼んだ、その瞬間。そこからの小傘の動きは速かった。

 目をそらしつつ、そーっと後ずさりをしながら、明らかに自分と距離を取ろうとする小傘の動きを見て、星は思った。

 『ああ、自分、避けられてるんだな』と。

 あれは来た。あれは効いた。あれは堪えた。

 別段小傘に対してきつく当たったことはない、それどころかまともに話したことすらない。なのにこの仕打ち(!)である。

 ナズーリンは威厳が大事だと事あるごとに主張するが、あまりありすぎるのも考えものなのだ。


「だから、難しいところですが、貴方はその現状を維持しても良いと思います。言うまでもなく、その人当たりのきつさをもう少し穏やかにするに越したことはないはずなんですけどね」

「そんなものですかね」

「……立場が逆ならちょうど良かったのですけどね、私とナズーリンが」

「私にご主人様ほどの器量はありませんよ」

「ほら、またそうやって私を持ちあげる」

「事実ですから」


 ナズーリンは顔を伏せると、響子の部屋にいた時と同じようにロッド磨きに戻った。

 それを見て星も再び写経の方に戻っていった。

 ナズーリンが話をしたがらないのは、この場のような沈黙空間が好きだから、というのも1割くらいはあるかもしれない。




  ※  ※  ※  ※  ※




 さて、その響子はというと。

 ナズーリンの悩みなど知るはずもなく


「それにしても、この部屋、何に使おう」


 などという事を考えていた。

 大した私物を持っているわけでもない響子にとって、現状を説明するのに『宝の持ち腐れ』ほど似合う言葉はない。


「ふぁああ、明日考えればいいかな……」


 いい加減眠くなってきた。

 瞼が自然と閉じ、ゆっくりと意識がフェードアウトしていくの最中、ふと響子はあることを思いついた。


「そうだ、芳香を呼んであげよう」


 寺の裏にある墓場の住人、キョンシーの芳香。

 思い出して見れば、たぶん自分が寺の住人であることは言っていなかったはずだ。

 こんな立派な寺の、その一室に案内してあげればきっと芳香も驚くに違いない。


(よし、明日はお墓を掃除に行こう、そして芳香を連れてこの部屋に戻ってくる事にしようっと)


 そんな明日の計画を立てながら、響子は眠りについた。

※でもその芳香は、もう……



はい、どうも。作者の、後輩によく舐められた兎です。

今となっては懐かしい過去ですがね。はい。(どうでもいいや


今回は十六話目の後日談的意味合いを兼ねて、響子とナズーリンの歳の差について結構触れました。

少しずつボクの中で皆さん何歳になってるのかぼんやり明らかになりつつありますね。

ずっと前に船長さんについても触れた気がするし。

個人的な考えですが、やっぱり妖怪は百年物からが本番だと思います。

付喪神ですら「九十九神」との別称があるように、百にも満たないうちは

ぺーぺー扱いされても仕方ないんじゃないかと。

まあ、これは作中で星様に「古い考え」とバッサリ切り捨ててもらいましたけどね。

『お婆ちゃんじゃなくてお姉さんよ』というシーンはよく見かけるので、あえてその逆である『こう見えても君よりは年上なんだよ』がやりたかった、というのもありますが。

要約すると「背伸びしたがるナズーリンは可愛い」でしょうか。


ぬえ&小傘は当初全く続きを書く予定はなかったのですが、いい続きが思いついたので急遽書きました。

なんだかんだ言って最後は小傘を連れていってくれる辺りがぬえちゃんだと思います(ただし算数には弱い。


それらも含めて、今回は

「響子⇔ナズ、ナズ⇔星、小傘⇔ぬえ」

の間柄を結構書けた気がするので、今回も充実したかな、うんうん。


さて、待っててくれた人にとってはお待ちかね、

次はいよいよ神霊廟ストーリーに触れていきたいと思います。

ストーリー的にも重要な回になるかもしれませんね(少なくともこの話よりは。

そういう意味で、次の話はいっそう気合を入れて書きたいと思います。

たぶん。

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