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十五話目:響子ちゃんと墓場の番人

※お知らせ


今話から神霊廟の製品版ネタばれ入ります。

「ぜーだいじんしゅー、ぜーだいみょうしゅー」


 今にも雨が降りそうな曇天の下。

 響子は寺の裏の墓地を掃除していた。

 境内の中は連日掃除しているが、特段汚す人もいないので、大方綺麗で掃除する必要がないのだ。

 しかし、改めて思えば、命蓮寺裏の墓地に来たのはこれが初めてであった。

 思ったより広いというのが第一印象。

 幽霊がふよふよ浮いているのが見えるが、ここは墓地だし幽霊くらいは響子も見慣れているのでどうということはない。

 第一、寺には船幽霊という強烈な幽霊の上位互換がいるのだ。幽霊など怖いはずもない。

 そんなわけで、響子はいつものようにお経を空読みしながら墓地の通路を箒で掃き掃除していた。

 だが、


「ぜーむーじょうーしゅー、ぜーむー……」


 唐突に空読みが止まった。箒を握っていた手も止まった。

 ふいに止まってしまった響子の視線の先には、墓石と墓石の間、大地から天を目指すよう垂直に立った2本の腕があった。

 そう、腕だけなのだ。

 腕が地面から生えたまま微動だにしないという奇妙な光景に目を奪われた響子は、おもわず手を止めてしまったのである。


「……腕?」


 腕である。

 どう見てもあきらかに血色の悪い腕である。

 誰かが墓地に死体遺棄していったのだろうか、とも思ったが、その割にその腕は空に向かって曲がることなく伸びている。

 『そういう形の植物なんだよ』と言われた方がまだ説得力があるくらいだ。


(なんで、腕だけ生えてるんだろう)


 そう思った響子は、できるだけ距離を取りながら、箒の先端で突いてみることにした。

 少しずつ後ずさりしながら、逃げ腰で、カタツムリの歩くような速さで、片方の腕の手首付近に箒の先を近づける。

 そして、その先端が触れたかどうかというその瀬戸際で、突如、その腕がぶるっと震えた。


「ひっ」


 それだけで響子は驚き、腰を抜かしてしまったが、事態はそこで終わらなかった。

 その腕の周囲の地面が盛り上がったかと思うと、その土の中からまずは頭が、そして胴が、最後に足が、まるで踵に蝶つがいでもついているのかと思わせるような動きで現れたのであった。

 開き切った瞳孔。

 あからさまに血色が悪い肌の色。

 まっすぐ前に伸ばしたまま曲がらない腕。

 額に貼られた札、『勅命、陏身保命』の文字。


「……お、おおお、おお」


 死体がそう呻いた瞬間、生ぬるい強風が墓場に吹き荒れた。

 風に飛ばされた何体もの幽霊が、死体の大きく開いた口の中に次から次へと吸い込まれていく。

 この異形の光景に、響子は絶句した。幽霊は今までいくつも見てきたが、死体が蘇るなど見たことも聞いたこともない。

 ましてその死体が、次から次へと幽霊を喰っているのだ。これほど奇天烈な光景があるだろうか。

 だが死体はそんな響子のことなどお構いなしに、その前代未聞の食事を続けていた。

 

「おお、おおおぉ……」


 ほんの数十秒ほどであったが、その間に三十ほどの幽霊を食した死体。

 十分食べ終えたのか、そこで口を閉じた。すると、墓に吹き荒れていた風もぴたりと止まった。

 今までどこに目を向けていたのかも分からなかった死体は、そこでようやく、響子の方を見た。


「……お前、誰だ?」


 誰だと聞かれれば寺の山彦だという答えがあるが、今の響子にはとても答えられる勇気はなかった。


「あ、あの──」

「ここは、あー、えーと、おー……、そうだ、ここは崇高なる霊廟へと続く道! おまえのような者が立ちいる場所ではないのだ!」


 響子の話を一方的に遮り、死体は喋り続けた。


「わが名は宮古芳香、この地の番人であるぞ! 私が番人なのだから、えーと、なんだっけ、あー、そうだ、私が番人なのだからおまえは去らねばならん!

 ただしおまえが我々の、仲間となるのならば、そうだ! 仲間だ! 仲間! 仲間! おまえは我々の仲間となるためにここの来たのだろう! ならばなれ! 我々の仲間と!」

「そ、そんなのお断りよ!」


 窮鼠猫を噛む、という言葉がある。

 普段は臆病な山彦妖怪だって、追いつめられれば牙をむくのだ。

 今回は寺の外、頼るべき人も誰もいない。響子は即座に立ちあがった。


「仲間とならぬと言うのなら、とくと見せてやろう! 蘇りし戦士の力を! そして仲間となれ!」


 先手を打ったのは芳香であった。

 その伸びきった手の先が光ったかと思うと、そこから響子めがけて毒々しい色の弾を打ち出してきた。

 これが速かったら脅威になっていただろうが、幸運にもその弾速は異常なまでに"遅かった"。

 いや、遅すぎた。遅過ぎて、後続の弾がすぐ前の弾に追いついてしまう。そうして生まれる、圧倒的密度。

 正面から避けるには、あまりに絶望的な弾幕。


(──でも、側面にまわれば避けられる!)


 響子は即座に察した。

 放たれた弾は起動修正できない。ならば低速弾の大群は、大きく回りこめば避けるのはたやすい。


「おお、避けたかー!」

「貴方こそ、死体なら死体らしく墓石の下で寝てなさい!」


 響子の反撃が始まった。

 弾の媒質は勿論、山彦ならではの"大声"。

 大きく息を吸い込むと、渾身の怒声をあげると共に、その"声"を弾に変えて射出した。

 幽谷響子、生まれてこの方、寺の掃除とお経の空読みと弾幕練習は手を抜いたことはない。

 そして、ばらまかれた弾のうちのいくつかが芳香に向かって飛んでいく。


「この程度の弾幕、怖くも何ともないぞ!」


 その弾の隙間に芳香が入った瞬間、


(今だ!)


 響子の弾幕の真骨頂がついに姿を現した。

 まっすぐとんでいたはずの弾が突然、何もないところで一斉に反射しはじめたのだ。


「なにをぅ!? まーがーったー!?」


 その軌道変化を読めない芳香。

 当たる。当たる。弾が、弾幕が、次から次へと。


(よし、このままなら勝てるわ!)


 射撃に忙しい響子は、言葉でそれを言うこともできいながらも、内心でそう呟いた。

 当たる。当たる。弾が、弾幕が、次から次へと。

 その破裂音が聞こえる度に、響子は勝利を確信しはじめた。

 当たる。当たる。弾が、弾幕が、次から次へと。

 その破裂音が聞こえるというのに、響子の心に戸惑いの感情が芽生え始めた。

 当たる。当たる。弾が、弾幕が、次から次へと。

 その破裂音が聞こえる度に、だんだん響子の顔色が曇っていく。

 当たる。当たる。弾が、弾幕が、次から次へと。

 その破裂音が聞こえるというのに、響子は少しずつ青ざめていく。

 さっきから何発当たったか、もう数えるのも面倒なほど当たっているはずだ。

 なのに、なぜ芳香は、この目の前の敵は、いっこうに倒れる気配も見せず、それどころか痛そうな顔すらしないのだ。

 まったく体力を削れていない。むしろ自分の方が疲れてきた。

 これ以上、弾を連続では撃てない。響子はやむを得ずショットを中断した。


「……終わりか?」


 芳香がにやりと笑った。

 あれだけ弾を浴びたというのに、その表情には疲れも痛みも見えない。

 それどころか、芳香の右腕に、毒々しい光が集まっていく。


「ならば、これで我々の仲間としてやろう! 毒爪 『ポイズンレイズ』っ!」


 そう叫ぶと、芳香はその右腕を力一杯振り払った。

 どうも関節に不備があるのか、常人に比べればかなり振りまわした範囲は小さかったが、その手の軌道から弾が射出されるには十分であった。

 しかも弾速は速く、疲弊しきった響子にとってこれは驚異的な物であった。

 乱れた呼吸を整える間もなく、飛来した弾を避ける響子。

 しかし体力も残り少ない今、限界がすぐそこまで来ている状況で、あまり集中力が長続きすることはなかった。

 第一波の最後、目前に迫っていた弾を避けた響子、だが避けた先には遅れてやってきた弾が既に目前にあった。


(避け切れない!)


 思わず目を瞑ってしまったが、その弾は幸運にも響子の右目のすぐ横を、髪を数本切り裂いて通り過ぎていった。

 だがあくまで今のは偶然。第二波が来たら、おそらく勝機は、ない。


「うぉー! 肩がはーずーれーたー!」


 ところがここで、曲がらない関節を無理に使ったため芳香も右肩から外れるというアクシデントが発生。

 痛覚神経が死んでいる芳香にとっては痛くもかゆくもないが、響子にとっては貴重な隙となった。

 来るべき第二波の到来時間が延びてできた隙に乗じて、芳香に背を向けると一目散に逃げ出した。

 正直、勝ち負けは既にどうでもよくなっていた。

 弾を何発当てても倒れることを知らない化け物とこれ以上戦っても、結局負けは目に見えている。

 いや、『負け』だけでは済まされない、とんでもない事態が待っているのではないかと思うと、生きた心地がしないのだ。


「なおったー! おーっと、逃、げ、た、なー!」


 後ろから芳香が叫ぶ声がしたが、弾を撃ってくるかどうか確かめるために振り向くことはしなかった。

 箒をその場に忘れてきたが、とりにいってる余裕なんて勿論なかった。

 ただ、響子はまっすぐ前に逃げるので精一杯であった。




  ※  ※  ※  ※  ※




「はあっ、はあっ……こ、ここまで来れば……」


 "逃げる時はきちんと寺がある方に逃げる"、響子はまた1つ大切な事を学んだ。

 つまり、今回はまったくもって明後日の方に逃げ込んでしまったので、こうして今困っているのである。

 とりあえず今は乱れた息を整えて、できるならしっかり休んで体力も補給したいところだ。


「……それにしても」


 響子は墓石にもたれかかるように座りこんだ。

 誰の墓石かは知らないが、ここにあってありがとうと言ってあげたい。後で。

 そして、座ると顔じゅうの汗を手でぬぐいながら、芳香の化け物っぷりを回想しつつ呟いた。


「あの化け物はなんだったんだろう、芳香とか言ってたっけ」

「呼んだー?」


 背後からした声に、響子は危うく死にかけた。それだけで心臓が止まるかと思ったくらいだ。

 恐る恐る墓石から身を乗り出して後ろを見てみると、そこには既に芳香が、響子の箒を握りしめて立っていた。


「で、出たぁッ」

「おおっ、おまえの顔は見た事あるぞ、えーと、うーんと……。

 そうだ、思いだしたぞ! おまえは墓場にこれを捨てていった悪い奴だ! 崇高なる霊廟の傍にこのようなゴミを捨てるとは、悪い奴め!」


 そう言って芳香は、その持っていた箒を響子に突き出した。

 逆に対応に困ったのは響子の方である。別にこの箒は捨てたわけではない。

 ただ単に置いてきてしまっただけであり、返してもらえるのであれば、むしろありがたい。

 だが芳香が『捨てた』と怒っているのであれば、今ここで無駄な戦いは回避したい。


「え、あの、捨てたんじゃなくて、忘れてきただけなんだけど……」

「忘れただと! 忘れた、忘れた、そうか、おまえも忘れっぽいのか! 私も忘れっぽいぞ! 同じだな! おお、同じ、同じ! 仲間か! 仲間、仲間! さてはおまえ、我々の仲間だったのだな!? そうか、私も忘れていたぞ!」


 どうも話が勝手に進んでしまう。

 しかし、響子にとってはむしろ都合のよい話である。

 このまま仲間ということで黙って帰してもらえれば、それに越したことはない。


「あ、えっと、うん、仲間、仲間だからいじめないでね?」


 ちょっとぎこちない口調になってしまったが、事態が悪化しないことを祈りながら、恐る恐る響子はそう言ってみた。


「おお、いじめるものか! 仲間は仲間だ! そうだ、仲間だ! 仲間、仲間! 先ほどは乱暴して悪かったな、仲間だとは気づかなかったのだ! 仲間、仲間! もう忘れないぞ、おまえは仲間だ!」


 芳香は嬉しそうに声を張り上げた。

 どうやら、敵意はないということを理解してもらえたということで、響子も一安心である。


「ところで名も知らぬ仲間よ! おまえは何と言う名前なんだ?」

「幽谷 響子」

「響子か! いい名だ! 私はな、私の名前は、あー、えーと、あー、私の名前は、うーん、なんだっけ……」


 芳香はそこでぴたりと止まってしまった。

 どうやら考え中のようであるが、間違っても考えることを要するような問題ではないはずである。

 下手すると妖精より頭が悪いという不思議な種族、死体。

 そもそも芳香の名前は響子も知っている。ついさっき本人から教えてもらったばかりである。


「……宮古 芳香?」


 あまりに困っているようだったので、響子はそっとフルネームを教えてあげた。


「おお、そうだ! 宮古 芳香だ! 名も知らぬ仲間、いやいや、響子よ、何故私の名前を覚えているのだ?」

「だってさっき教えてもらったばかりだよ」

「なんだとぅ!? 」


 芳香は、"さっき会った"という事実にたいそう驚いている様子であった。


「名も知らぬ仲間よ、私はおまえを覚えていなかったというのに、おまえは私の名を覚えてくれていたのかー!

 おまえ、いい奴だな! 気にいった、今日からおまえは朋友だ! 朋友、朋友! おお、これはいいぞ、朋友!」


 勝手に朋友へと格上げされてしまった響子。

 本当は芳香の頭が絶望的に悪いだけなのだ。

 真実を話すと、先ほどの弾幕戦で芳香が放ったポイズンレイズ、あれを撃つ際に芳香の肩が外れるというトラブルが起きた。

 その時だ。その肩が外れた衝撃で、芳香の記憶情報の3割前後が吹っ飛んでしまったのだ。芳香の頭は下手なハードディスクより衝撃に弱い。

 だが、一方的とは言え朋友と呼ばれて、響子は悪い気分ではなかった。


「もう忘れないぞ! 朋友、響子だな! 響子、響子! 朋友、響子! いい名だ! もう忘れない! 覚えた、覚えた!」


 だが、それでも芳香は何度も響子の名を口にした。

 まるで山彦がオウム返しをするかのごとく、何度も、何度も。

 それを見て、響子は無性に嬉しくなった。

 芳香の頭が悪いのはここまでのやりとりで十分分かっていたが、それでもこうして覚えようとしてくれていることが嬉しかった。

 それと同時に、最初に芳香が言っていた『仲間になれ』の意味がようやく分かったような気がした。


(もしかしてこの人、ずっと友だちが欲しかったんじゃないかな)


 仲間とは、キョンシー化のことではなく、友だちのことだったのではないか、響子にはそう思えた。

 確かに、墓場を見ても他にキョンシーはいない。それどころか、死人に口なし、誰も話し相手となりえる人もいなそうである。

 もしかしたらずっと1人で寂しかったのかもしれない。


「今日はいい日だ、朋友ができた! そうだ、朋友が──おおっ!?」


 突然、芳香は言葉を遮って明後日の方を見上げた。


「……主が帰ってこいと言っている。朋友、響子よ。今日はこれまでだ」

「主?」


 響子が尋ねると、芳香はその明後日の方向を向いたまま答えた。


「そう、主だ。我々にも主がいる、主が誰なのかは今は思いだせないが、それでも主がいるのだ。その主が帰ってこいと言っている。我々は帰らねばならん、だから今日はこれで分かれねばならんのだ!

 だがおまえは朋友だ、何か困ったことがあったらいつでも来ると良い! 朋友は大歓迎だ! 私は大抵ここにいるぞ! だから何かあったらここに来ると良い!

 私もそれまで、おまえの名を忘れず覚えておこう! 朋友、響子! 幽谷 響子! 覚えておく、必ずだ! また会おう、朋友!」


 そう言い残し、芳香は飛びあがった。

 颯爽と消えれば格好よかったかもしれないが、頭の回転が遅い芳香は、飛行速度まで遅かった。


「……朋友、か」


 あまりに唐突な出来事すぎて、ほとんど芳香に喋らせてしまったが、朋友と呼ばれるのも悪くはない。

 仲間と認識される前は怖かったが、(勘違いとは言え)仲間となってしまえばノリの良い子である。


「また今度、話したいな」


 次に墓場を掃除に来る時があれば、必ず話しに行こう。

 響子はそう決めて、箒を持って寺に戻っていった。




   ※   ※   ※   ※   ※




「お墓に歩く死体?」

「そうなんです。とてもテンションの高い死体がいて、紆余曲折の末に友だちになりました」


 寺に帰った響子は、このことを白蓮に言った。

 もしかしたら寺のスタッフの一員ではないかと思ったのだ。


「聖様は会ったことはないのですか?」

「いえ、知らないわ。裏の墓地にいるのは幽霊くらいだと思っていたけど、歩く死体も住んでいるのね。初耳だわ」

「とても気の良い死体でしたよ。ちょっと怖かったけど」

「それにしても、歩く死体か……」


 白蓮は少し難しそうな顔をして考え込んだのを見て、響子は声をかけた。


「聖様?」

「ん? ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまってね」


 すぐさま白蓮はいつものにこやかな表情に戻った。


「それじゃあ、そろそろおやつの時間にでもしましょうか」

「やった! はい!」


 おやつとあって、響子は大喜びで居間に向かった。

 そうして響子が部屋から出ていくのを見届けた後、白蓮は畳を見降ろして、腕を組んだ。


(……まさか、ね)


「聖様ー!」


 おやつが待ち遠しくて仕方の無い響子の、浮足立った声が白蓮を呼んだ。


「ああ、はいはい、今行くわ」


 白蓮は考え事をやめて立ち上がると、居間の方に向かった。




   ※   ※   ※   ※   ※




 ところ変わって、とある大霊廟の中。


「もうちょっと頭を良くしてほしい、ですって?」


 芳香は帰るや否や、いきなり主に対して『もっと頭を良くしてくれ』と願い出たのである。


「そーだ! この悪い頭は不便すぎる! 青娥娘々、私はもっと物覚えがよくなりたいぞ!」

「貴方がそんなこと言うなんて珍しいわね、芳香」


 この唐突な申し出に、主たる青娥も戸惑っていた。

 本来呼びだした理由はただの定期メンテナンスであり、それほど高度な術を行う予定はなかったのである。


「実は、今日、墓場で朋友ができた!」

「朋友?」

「そーだ、朋友! 幽谷 響子! いい奴だった! 私があいつを忘れても、あいつは私を忘れていなかった! いい奴だ! 私もあいつを忘れたくない、忘れないと約束した! だから、もっともっともの覚えが良くなりたいのだ!」

「……なるほどね、よく分かったわ。それで、その響子というのはどんな子なの?」

「チビで弱くて逃げ足ばかり速いけど、でも何故か知らんが仲間でな! しかもいい奴だった! いい奴、いい奴! そうだ、朋友だ!」

「あらあら、芳香が食べ物以外をそこまで気にいるなんて珍しいわね」


 青娥は微笑みながら、芳香の額の札に掌を当てた。

 道教の術の1つであり、自分の意思をキョンシーに伝えるもっとも手っ取り早い術の1つである。


「……青娥娘々? 頭よくしてくれるのか?」

「そうね、芳香」


 そして、青娥はにっこり笑いながら、言った。


「その響子という子のこと、忘れてしまいなさい」


 その瞬間、札を通じて芳香に電流の如く衝撃が走った。

 先述の通り、衝撃には弱い頭である。意図的な記憶の破壊も容易いことなのだ。


「おおぉッ!? おお、おおおッ……」

「貴方は崇高なる霊廟を守るために蘇った戦士、戦士に朋友など必要ないの。貴方は主のことと、己の使命を頭に刻んでいればいいの。

 それに、貴方は私の忠実な下僕なのだから、私にとってどうでもいい者は、貴方にとってどうでもいい者でなければならないの。分かるわね?」

「お、おおぅ、おッ、おおぉお……」

「だから、その響子という子については忘れてしまいなさい。名も、顔も、声も、思い出も、何もかも。いいわね?」

「……お、おお、うおぉぉぉぉ……」


 術式を組み込み終わり、青娥は札から掌を外した。

 芳香はしばらく濁った眼で限りなく遠方に目を向けたまま停止していたが、それも数分立つと、急に


「おお、うおぉぉぉぉぉおおッ!」


 と、声をあげた。


「あら、芳香、おはよう」

「おおッ、青娥娘々! おはようございます!」

「さあ、仕事の時間よ。貴方の使命、分かるわね?」

「我々は霊廟を守るために蘇ったのだ!」

「そう、その使命を己の胸に刻んで、お仕事頑張ってきてね」

「任されおう!」


 何事もなかったかのように、芳香は霊廟の外に向かって飛び立ち始めた。


「あ、芳香」


 その時、青娥が芳香を呼びとめた。


「呼んだ?」

「ええ、呼びました。貴方、幽谷 響子って知ってます?」

「かそだに? きょーこ? 何それ、栄養あるの?」


 芳香はいつもの調子で、何のためらいもなくそう答えたのであった。

※外付けハードディスク1TB(キョンシー未対応)



はい、どうも。もの覚えが悪い事に定評のある作者の兎です。

いよいよ神霊廟にはいりました。(響子は入っていなかったのか?!)

かなりすっきりしない終わり方になりましたが、まあ、その。


個人的に神霊廟で最も好きなキャラである芳香。

今回初挑戦してみましたが、ここまで難しいとは思いませんでした。

まずあのポンコツ前頭葉からはじき出される言葉をどう書くかで偉く迷いました。

続いて、久々にやってみた弾幕描写。やっぱり修行が必要ですね。

極めつけはこの締め方(ニャンニャン

芳香と青娥、幻想郷の従者コンビの中でもかなり異色だと思います。

ボクはゾンビを飼ったことがないので分かりませんが、ゾンビってどうなのでしょうね。

餌代はかかりそうですよね。


今後の響子と芳香に目が離せ……ないのかな?

とにかく、事態は少しずつ加速しはじめました。

恐らくもう止まることはないでしょう(たぶんね

さてさて、次はどうしましょうかね(もう決めてある

まあ、なんとかします。たぶん。




   かゆい うま

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