十三話目:ぬえちゃんの超納涼大作戦
※前回のあらすじ
あまりに暑いので聖さんと愉快な仲間たちは打ち水をすることにした。(十二話目参照)
白蓮、水蜜、一輪、響子が内水の準備を始めた頃。
「何やら、外の方が賑わっているようですね」
星は自室にて写経に勤しんでいた。
毘沙門天の弟子たる者ともなれば、休日であっても、どんなに夏の暑さが厳しくても、功徳を積まねばならないのである。
そういうわけで今日も修行に余念のない星であったが、外から聞こえる賑わいが耳にはいって、ふと手を止め、顔をあげた。
「なんでも聞いた話だと、打ち水するらしいですよ」
書き物用の机を挟んで向かい側で、ナズーリンが答えた。
こちらはダウジングロッドのお手入れに余念がないようで、星の呼びかけにも顔をあげずせっせと作業を続けていた。
先述の通り、一応ここは星の自室であるのだが、半ばナズーリンの生活メイン拠点と化している。
ナズーリンに自室が与えられていないわけではない。
だが、その自室は既に彼女がダウジングによって集めたお宝(一輪に言わせれば金銭的価値しかないガラクタ)で足の踏み場も残されていないほど一杯なのだ。
それに加えて、そのナズーリン自身も『万が一ご主人様が何か困難に直面した時のために、常時スタンバイしておくのが従者という物だろう?』と言っているのだから仕方がない。
星も別にこれを不便に思っていないようなので、この不思議な同棲関係は結構長く続いているのである。
「何事かと思ったら打ち水ですか。それは風流なことで、今日みたいな日には実に良い考えですね」
そうにこやかに星は答えた。
いくら毘沙門天の弟子とは言え、夏の猛暑を暑いと感じるのに違いはない。
だがこの返事がナズーリンにとっては大層気にいらなかったらしく、仏頂面で顔をあげた。
「ご主人様。まさかとは思いますが、手伝いに行こうとは思っていませんよね?」
「……駄目ですか?」
「駄目です」
苦笑を浮かべた星に、ナズーリンは厳しい口調で迫った。
「打ち水など小間使いの仕事、毘沙門天様の代理ともあろう貴方にとっては役不足もいいところです。
"功徳も積まず鍛錬も行わず、何をしていたのかと言えば打ち水に精を出していた"だなんて、どの面下げで毘沙門天様にご報告できましょうか。
少しは体面というものにも気を配ってください」
本来ナズーリンの本業はこちら、毘沙門天代理たる星の監視兼補佐である。
監視と言っても、星のスペックが毘沙門天代理を名乗るに相応しいことくらいナズーリンはよく分かっているので、さほど重々しいものではない。
よってこの本業は、このように毘沙門天代理として相応しくない行動をとった(と個人で判断した)時に小言を言う程度にとどまっている。
この監視対象が優秀すぎるが故に全く忙しくない本業に代わって、むしろ副業のダウジングの方に精が入りはじめたのはもう何百年も昔の話。
それでお給金だけはしっかり貰っているのだから、抜け目のないことこの上ない。
「しかし、これだけの賑わいを見せているということは聖をはじめ寺が総出で行っているのでしょう。私だけ行かないというのも……」
「いいんです! 本来、それが上に立つ者として相応しい心構えであって、聖の場合は単なる物好きなだけにすぎません。
兎に角、万が一ご主人様があちらに参加するようなことがあれば、その旨はきっちり報告書に書かせていただきますからね! まったくもう!」
ぷんすかぷんぷんぷんとナズーリンは怒りながら、ダウジングロッド磨きに戻った。
星もナズーリンとは長い付き合い故に、このように叱咤されることにすっかり慣れてしまってはいたものの、
(ナズーリンの言うことも一理あるのですが、それにしても聖達が羨ましいです)
なんて内心呟きつつ、それを表に出すとまたナズーリンがうるさいので、何食わぬ顔で写経の方に戻っていった。
再度、部屋には沈黙が戻った。
※ ※ ※ ※ ※
「さて、と」
手桶に水を汲み、柄杓を携えて、白蓮、水蜜、一輪、響子の4人は庭に集まった。
もっとも、水蜜に限っては自分自身が手桶のようなものなので、持ってきたのはお得意の底抜け柄杓のみであったが。
「4人もいることだし、手分けしてやれば早く終われるわね。それじゃあ、場所の分担をしましょうか」
指揮をとるのは、言うまでもなく白蓮であった。
早く作業に移りたくて仕方がない水蜜と、それが不安に思えてしかたない一輪、そして響子はそんな3人を交互に見渡していた。
「私は庭の方をやるわ。一輪は物置の近く、村紗は裏口の辺り、響子は参道の方をやってちょうだい」
指揮する立場としては場馴れしている白蓮は、今回もまた手早く指示を出した。
さりげなく指揮者がこの場から自分の担当場所までの移動距離が最も短いのだが、そこは果たして意識されていたのかどうかは定かではない。
「はい、分かりました! さあ、一輪、行くわよ!」
水蜜は待ってましたと言わんばかりに、一輪の手をつかむとぐいぐい引っ張りつつ歩き出した。
「ちょ、ちょっと、そんな引っ張ったら水がこぼれるじゃない。じゃあ姐さん、私達もやってきます」
そう言い残して、一輪は水蜜に連れられて建物の影に消えていった。
「それじゃあ、私も頑張ってきます」
最後に残った響子も、手桶を持つと担当場所の参道まで一直線に駆けていった。
※ ※ ※ ※ ※
さて、そういった経緯で持ち場にむかった一輪と水蜜。
水仕事では力強いとは言え、本人の性格に難がある水蜜に対し、一輪はそれはそれは何度も同じことを言っていた。
水蜜としてもこういう注意は割と慣れっこである。
「村紗、念のため言っておくけど、ほどほどにしないと駄目よ。貴方の場合、すぐ調子に乗るんだから」
「あはは、分かってるよ。一輪は本当に心配性なんだから。大丈夫大丈夫、大船に乗ったつもりで任せなさい」
「船幽霊の貴方がその台詞を言うとまた聞こえ方が違ってくるわね。沈みそう」
「まあ、確かに否定はできないわ」
疑うような目で見た一輪に、水蜜は底抜け柄杓を振りまわしながら笑った。
本当に分かっているのだろうかと不安になる一輪だが、水蜜もそこまで馬鹿ではないということは分かっている。
それに万が一何かをきっかけに暴走の兆候を見せ始めたら、自分が止めれば良い、ただそれだけのことなのだ。
その止めるというのも、別段難しいことではない。『やり過ぎよ、馬鹿』とでも言ってやれば十分である。
むしろ、いざという時に止めることができないと分かっていれば誘っていなかっただろう。
そこら辺は彼女と千年一緒に暮らしていたからこそ生まれる自信である。
「兎に角、しっかりやってよね」
「了解了解」
最後まで終始上機嫌だった水蜜を見ると、まあ何とかなるだろうと一輪は村紗と分かれて自分の持ち場にむかった。
一方、お寺の玄関。
ちょうど響子が水をまいているのが遠くに見える位置ではあるが、小傘とぬえはまだそこにいた。
「ねえ、ぬえちゃん、私達も行こうよ。なんだかあれ楽しそうだよ?」
「楽しそうに見えるのはあんたと村紗くらいよ。何が楽しいんだか、私にはさっぱりだわ」
「えっと、水をまくところ」
「だからそれを楽しいと言えるのはあんたと村紗ぐらいだって」
水仕事というだけで目を輝かせる小傘に対し、ぬえは仏頂面でそれを眺めていた。
傘としての使命を全うしたかったけどできなかった小傘は、こういう時に余していた労働意欲が再燃してくる。
だがぬえとしては、自分に見返りがない無償奉仕活動など馬鹿馬鹿しくて仕方ないのだ。
人間を襲う妖怪としてのスタンスは似ている2人だが、こういう生活場面になると温度差は顕著に現れるのである。
「えー、でもなあ。ぬえちゃんが行かないなら私だけで行ってきちゃうよ?」
「行けばいいじゃない。別に、1人じゃ寂しいって泣くのはあんたの方でしょ?」
「泣かないよ。じゃ、行ってくるから」
そう言って、小傘は下駄をはくと響子の方まで駆けていった。
そして
「ちょっと貸して」
と響子の手から水の入った柄杓をひったくるように奪うと
「うらめしやー!」
と叫びながら水をまいた。
返してよ、と言おうとしていた響子であったが、その反論を封じるように山彦の本能が響子の心中で雄たけびをあげた。
大きく息を吸い込み、小傘の隣で
『うらめしやー!』
と、小傘の叫びをリピートしてしまった。
するとこれに味をしめた小傘、響子の持っている手桶から水を補給すると
「人間のバカヤローッ」
そして響子も続くように
『人間のバカヤローッ』
「あんまり妖怪様を舐めるなよーッ」
『あんまり妖怪様を舐めるなよーッ』
「今晩おまえの枕もとに呪詛となえに行ってやるからなーッ」
『今晩おまえの枕もとに呪詛となえに行ってやるからなーッ』
「明日の朝になって靴の中に画鋲はいってても恨むなよーッ」
『明日の朝になって靴の中に画鋲はいってても恨むなよーッ』
なんとも物騒な打ち水である。
そんなこんなですっかり楽しそうな小傘を遠目に、ぬえは舌打ちした。
「ちぇっ、馬鹿みたい。あー面白くない、村紗でもからかってこようかしら」
ぬえにとって、自分以外の奴らがわいわいがやがや楽しそうに何かをすること程面白くないことはない。
まして妹分である小傘が、その一員として実に楽しそうであるの腹立たしさに拍車をかけているのだ。
だが、腹いせに村紗をいじろうとしても、その村紗もやっぱり打ち水メンバーである。
面白くない、とぬえは仏頂面で仰向けに寝転がったが
「ん? 待てよ、そうか、村紗か……」
天井を見上げた時、ぬえの悪知恵脳が本格的に回りだした。
不機嫌だった彼女の顔に笑みが戻るが、その笑みは今の小傘のように清々しいものではなかったのは言うまでもない。
「良い事ひらめいちゃった、今に見てろ」
上体を起こすと、ぬえは靴を履いて表に向かった。
新たな悪行が幕開けを迎えようとしていたが、この初動に誰も
「一昨日きやがれってんだこんちくしょーッ」
『一昨日きやがれってんだこんちくしょーッ』
そう、誰も気づかなかったのが運のつきであった。
※ ※ ※ ※ ※
さて、その頃一輪はと言うと、時々水蜜の様子をこっそり確認しつつ自分の仕事に従事していた。
幸い水蜜は張り切っていた割には無茶な行動に出ることもなく、打ち水という言葉にちょうど良い量の水をまいていた。
加減さえしっかりできれば水を扱う作業において水蜜ほど頼りになる存在はないということを一輪は再認識していた。
(私の取り越し苦労だったかしらね)
いつまでも問題児扱いする自分が間違いだった、と内心で呟く一輪。
昔から水蜜はどこか短絡的で血の気が多い性格であったが、それでも長い目で見ると大分丸くなってきたように思える。
そろそろ見方を変えても良い頃合いかもしれないと思いながら一輪は作業を続けたが、その手元が留守になっていた隙に
「ちょっとそれ貸してよ」
前触れもなくそう声がしたかと思うと、ふいを突くように現れたぬえが一輪の手から手桶をひったくっていった。
「あ、こら! ぬえ!」
「ひひ、返してほしけりゃ追いついてごらーん」
ぬえはそう言いながら、奪った手桶を携えて近くの物置の中に逃げ込んだ。
自分から袋小路に逃げ込むほど馬鹿なぬえではない、おそらく物置の中に何らかの逃走ルートを隠しているのだと一輪は読んだ。
その手段は想像の及ぶ範囲ではないが、そもそもぬえは"正体不明"という言わば『想定外の事象の専門家』であるため、何ができてもおかしくないのだ。
よって一輪は、何の迷いもなく物置に入った。だが、そこにはぬえの姿はなく、手桶だけが取り残されていた。
これが何を意味するか一輪はすぐさま理解したが、寸分の差で入口の戸がぴしゃりとしまった。
閉めたのは勿論ぬえである。
普通、建物の中に入った者はまず正面を見る。即ち、その真上は視認対象外、つまり死角となるのである。
ぬえはこれを利用し、物置に入るや否や手桶を手放して天井に張りついて一輪を待っていたのだ。
そして一輪が入ったと同時に、その注目が手桶にあるうちに入口から脱出。間髪いれず戸を閉めたのであった。
勿論、この戸に仕掛けを施すのも忘れてはいない。戸の側面にたっぷり塗っておいたとりもちが、戸が閉まったことで今は戸と壁の間で粘っている。
すなわち、この物置のたった1つの出入り口であるこの戸も、もう簡単には開かなくなってしまったのだ。
その中に一輪を残して。
「くっ、ぬえ、開けなさい! ぬえ!」
物置とて寺の大切な備品であり、そう簡単に壊すのは一輪としても回避したい。
だが、そう呼びかけたところでもう物置の前には誰もいない。
ぬえはもう、一輪を閉じ込めたことに満足し、水蜜の所へ向かっていた。
「これで邪魔者は封じたわ」
水蜜をけしかけるにあたり、一輪ほど邪魔な存在はない。長い長い地底生活で、悪知恵に長けるぬえはこの点をよく理解していた。
裏口の方に出たぬえは、そこで水蜜を見つけた。
高潮も鉄砲水も自由自在の水蜜とは思えぬほどちまちまとした作業を見て、ぬえは声をかけた。
「ちょっと村紗」
「あ、ぬえ、よかったらあんたも手伝って行きなさいよ。涼しいわよ?」
「ふん、さっきから一向に涼しくならないから文句言いにきたのよ。あんた船幽霊でしょ? かつて西国一帯を恐怖に陥れた船幽霊ムラサ当本人なんでしょ?
なのに、何よその低出力。夕立の方がまだ怖いわ。そんなちびちびやってないで、もっとバーっと撒きなさいよ、バーっと。」
「あのねぇ、いつの話してるのよ。もう"怖がられる妖怪"は辞めたの。それに、仮にも打ち水なんだから程度って物があるでしょうに。
それでも暑いって言うんなら、あんたも柄杓と桶もってきて一緒に水をまきなさい」
そっけなく水蜜にあしらわれてしまったぬえだが、これくらいで諦めるようなぬえではない。
作戦その1「けしかける」が駄目なら、作戦その2「煽る」の発動である。
「ふーん。できないんだ」
ぬえは挑発の笑みを浮かべつつ、水蜜に背を向けた。
「ま、海から離れてもう千年だもんね。水関係なら村紗にできないことはないと思ってたけど、ご隠居を酷使するわけにもいかないか。
どれ、河童の連中から水撒き機でも脅し取ってこようかしら。機械は文句いわないし、案外あっちの方がへなちょこ村紗より性能良かったりして」
そう言い残して飛び立とうとしたぬえであったが、その服を水蜜はがっちりつかんでいだ。
「随分好き勝手言ってくれるじゃないの、ぬえちゃん。もう1度言ってごらん? 誰がへなちょこだって?」
目の色を変えてぬえを掴んだ水蜜は、顔こそ笑顔であったが、うっすら青筋が浮かんでいた。
だがこれにひるむぬえではない、むしろこれは彼女が望んだ結果であり、こう喰いついてこなければ面白くない。
「んー? 誰だろうねー。命蓮寺在住の船長気どりの名前名字共にMさんのことじゃないのー?」
あえて視線を合わせず、ぬえはそう平然と答えた。
この挑発に、とうとう水蜜の怒りに火がついた。
「よーしよしよし、そうかそうかそうですか。なら、特別に見せてあげようじゃないの、そのかわり風邪ひいても知らないわよ!」
そう声高々に宣言すると、屋根の上に飛びあがった。
そして
「下は打ち水から上は洪水起こしまで、私の手にあまる放水任務はないわ!」
と叫びながら、その底抜け柄杓を振りかざした。
途端に、底抜け柄杓から怒涛の如く水があふれ出し、それが勢いをつけて空に昇る。
しかしそれらは所詮ただの水、いくら上に飛ばされたとしても重力から逃れることはできず、結局は大地に降り注ぐ。
即ちそれらは、端から見れば雨、それも滝のような夕立となって空の下にいる者すべてに牙をむくのであった。
「これで面白くなってきたぞ」
ぬえはほくそ笑んだが、そんな彼女のたくらみを見破れなかった水蜜は、ぬえの思い通りに水を周囲にぶちまけていた。
続く。
※少女監禁、ダメ絶対
はい、どうも。こんなはずじゃなかった、作者の兎です。
本当は前編後編の予定にするつもりが、書いてみたらやたら長くなってしまったので前中後に分けることに。
一応後編まではできていますので、これ以上分割することはなさそうです。
なんか偉い事になってきました。
ぬえちゃん書いてるの楽しいです、いや書いてて楽しくない人なんていないんですけど。
それにしても策士は書いていてとても楽しいのです。
そういった楽しさはナズ描写にも共通しているのかな。
こんな嗜好を持つ者ですから、必然的に狡猾キャラがSSに溢れていくかもしれません。
案外、幻想郷住民は狡猾系女子が少なくないですからね。
作戦には作戦で勝負です。
次回はあの子が無駄に魅せます。
たぶん。




