十話目:響子ちゃんおやすみなさい
※前回のあらすじ
お寺にお泊りすることになった響子ちゃん。(八話目参照)
お風呂にも入ったし、ナズ君をお冠にさせながらも寝巻をゲット(九話目参照)。
あとは寝るだけです。
ナズーリンが未だお冠でいる一方で、とりあえずお風呂は頂いた響子。
さて、問題は寝る所である。
ここは自分の家ではないので、当然自分の寝室などあるはずがない。
どこで寝れば良いのだろうかと廊下の真ん中で困っていると
「おっと、響子? どうしたの、その寝巻」
そこにたまたま通りかかったのは水蜜であった。
響子がバッチリ寝巻を着こんで『今から寝ます』雰囲気を漂わせているのに対し、水蜜はいつものセーラー服で背中には錨。
それどころか手には柄杓に釣り竿に網に提灯に魚籠と、何かいつもより装備が増えている。
先に質問したのは水蜜の方だが、むしろ『どうしたの、その格好』と聞きたいのは響子の方であった。
「ナズ、じゃなかった、星様に貸してもらいました」
「……うん、ナズーリンに貸してもらったのね」
「でもナズーリンは全部星様のおかげだと思えって」
「ナズーリンなら言いかねないわ」
こんなこと水蜜にとっては日常茶飯事である。
ナズーリンはやたらと(時には本人の意向を無視してまで)星を持ちあげたがるのだ。
初対面なら誰でも戸惑うと思うが、慣れてしまえば可愛い光景に過ぎない。
「と言うか、あの、船長さん。その格好はいったい?」
響子は水蜜の持つ釣り竿とか魚籠とかを指差しながら尋ねた。
すると水蜜は誇らしげな笑みを浮かべた。
「決まってるじゃない、夜釣りよ、夜釣り」
「こんな夜中に釣りに行くんですか?」
「釣りの真骨頂は夜釣りにあり、って言ってね。響子も一緒に行かない?」
「いえ、私は眠いのでいいでふ、ふあぁぁぁ」
タイミングを見計らったようにでる欠伸。
響子は本当に眠くて寝たくてどうしようもなかったが、水蜜はと言うとむしろ目は冴えわたっていた。
何せ船幽霊は夜行性妖怪である。むしろ水蜜が眠くなるのは太陽の日差しが降り注ぐ昼間なのだ。
一重に妖怪と言えど、このように生活パターンがバラバラに分かれることは決して珍しいことではない。
「それにしても、お寺の方も釣りに行く事があるんですね。ちょっと驚きました」
響子がそう言うと、水蜜は否定するように指を振ると
「甘いわよ、響子。仏道に仕えるのだけが"あま(尼)"じゃない、海の女と書いても海女って読むんだから!」
ビシッと響子の方に指を向けながら答えた。
もし一輪がこの場にいたら『貴方は何を言っているの?』と一蹴されるところだが、
(な、なんかよく分からないけど格好いい……!)
無知な響子からすれば憧れ補正でこう見えた。
「しかも私はただの海女じゃないわよ。死後は言うまでもなく、生前だって海に潜り続けてきた、この私にロックオンされた魚介類で魚籠に入らなかった奴はいないわ」
村紗水蜜、享年16歳。
生まれも育ちも死に場所すらも海の女である。
実は死後の大半を過ごした地底に海などあるはずもなかったのだが、それはご愛敬ということで。
地底を脱出した今でも山村在住におさまっているが、それもご愛敬ということで。
何はともあれ、この格好つけた船長アピールが響子の目に格好よく映らなかったわけもなく、
「よく分からないけど船長さんって凄いんですね! 釣り、頑張ってください!」
響子は目を輝かせて言った。
実際何がどう凄いのかは響子もよく分かっていなかったが、凄そうに見えれば格好いいのである。
一方、格好いいと言われてやる気が上がってきた水蜜も
「よっし、今日は響子のためにでかい奴とってくるわよ! まあ、枕を高くして待ってなさい」
「はい、おやすみなさい」
「いや私は寝ないんだけど、まあ、おやすみ」
帽子をかぶり直すと、張り切って玄関に向かっていった。
いつかは自分もあんな格好よくなれるのかなぁ、と響子は水蜜が行ってしまうのを見守っていた。
そうして水蜜が去ってからしばらくして、鯛でも釣るのかなぁ、鮃でも釣るのかなぁ、なんてぽわぽわ想像していたところで
「はっ、違う違う、寝るところどうしよう!」
ようやく元の本題に戻った。
だがこればっかりは一人で考えてもどうしようもない。
白蓮や星に聞くにしては不釣り合いな問題であるし、水蜜はたった今釣りに行ってしまった。
今ナズーリンに会ったら何を言われるか分かったものではない。ぬえに至っては論外中の論外である。
とどのつまり、消去法により
「……一輪さんに聞こう」
響子はそう判断せざるをえなかった。
そこから響子が一輪に会うのに、さほど手間はかからなかった。
とりあえず居間にいるかなと思って向かったその途中で、ばったり遭遇したからである。
一輪は、響子の格好を見るや否や、すぐに
「あー、ナズーリンがご立腹だったのはこういうわけね」
と、すぐさま事の経緯を見抜いた。
「え?」
「その寝巻、ナズーリンのでしょ? 大きさを見れば分かるわよ。で、さしずめ星さんに上手く丸めこまれて、不本意ながら貴方に貸してあげたのね」
「おお、凄い、大体あってます」
「ぬえと違って三手先まで読みやすいのよね、ナズーリンって」
実を言うと、ナズーリンを飼いならしているのは星だけではない。
一輪もまた、時には食べ物を餌に、時には星からの指令という形式をとるなど、機転と知略を用いてナズーリンをよくこき使う。
このような理由で、一輪もナズーリンの行動パターンは(星ほどではないにしろ)ある程度はつかんでいる。
それにしても雲山、水蜜、ナズーリンなど多くの者をほぼ自在に使役する一輪のその様は、まさに中間管理職の鑑とも言えよう。
この使役者リストに響子が加わる日もきっと遠くない(響子のことだから喜んで加わりそうだが)。
「兎に角、貴方に寝巻を渡すのを忘れたからどうしたかと思って様子を見に行こうとしていたんだけど、取り越し苦労だったみたいね。ならいいわ」
「あ、そうだ。一輪さん、私、どこで寝れば良いんでしょう」
「うーん……とりあえず応接室の机をどけて布団をしけば使えそうよね」
応接室と言えば、今朝ほど響子が初めて通された部屋である。
確かに机以外何もない殺風景な部屋ではあった記憶がある。
「じゃあ、とりあえずそこで待っててちょうだい。お風呂はいったら布団しきに行くから」
「大丈夫です、私の寝床ですから私がやります」
「あら、じゃあ頼むわよ。布団とかは全部、隣の部屋の押し入れの中に入っているから」
「分かりました、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
そう言うと一輪は行ってしまった。
応接室の場所は既に分かっているので問題ない。
響子も、眠い目をこすりながらとぼとぼと廊下を歩きはじめた。
だがこの時、この2人のやりとりを影でのぞき見していた者がいたことに、とうとう響子も一輪も気づけなかった。
「……よし、応接室ね」
"彼女"はにやりと笑うと、響子とは別ルートで応接室に向かって飛び立った。
響子の歩く速さからすれば、飛んでいる"彼女"の方が早く着くことは自明であった。
※ ※ ※ ※ ※
「応接室、応接室っと……ふあぁ」
そう呟きながら応接室を目指す響子の口から、かみ殺す間もなく欠伸が漏れた。
何度も言うようだが、響子は早寝早起きがモットーであるが故に、今とても眠いのである。
「ううん、ねみゅい……ん?」
廊下の突き当たりを曲がって縁側に出た響子は、そこでふと立ち止まった。
その先、大体応接室の辺りの縁側に、誰かが座っているのを見つけたのである。
それもちょうど、響子が昼間に白蓮と話をしたあの場所。
そして、今座っているのも
「聖様?」
「あら、響子」
やはり白蓮であった。
その場所に白蓮が座っているのを見ただけで、別に呼ばれたわけでもないのに、響子は無意識的に隣に座ろうとしてしまった。
そしてハッと居直り
「隣、座ってもいいですか?」
と、わざわざ几帳面に聞きなおしたのであった。
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
お礼まで律儀にこなしてから、響子は白蓮の隣に腰かけた。
昼も思ったことだが、不思議と彼女の隣にいるというのはとても落ち着けるように響子には思えた。
「聖様、ここで何をなさっていたんですか?」
「ちょっと遅めの夕涼みってところかしらね。実はここに座ってみる景色が一番好きなのよ」
「ふーん……ふあぁ」
ちょうどここからは、寺の庭がよく見えた。
若葉の芽を吹いた桜の木や既に青々とした紅葉の木が並び、端には昼間響子が落とされそうになった池も見えた。
なのに、ちょうど昼間にぬえや水蜜や一輪がどんちゃか騒ぎを繰り広げた場所とは思えないほど静かで、明暗の違いも相まって全く別の場所と思えるから不思議である。
ちなみに、響子としては正面の参道の方が好きだった。
自分が通い慣れた道というのもあったし、やっぱりそちらの方が『いかにもお寺』という感じがしたので、偉く気にいっていた。
だが白蓮にそう言われると、なるほどこちらも良いものかもしれないと、早くも感化されはじめていた。
「あら、眠かったの? ごめんなさいね、呼びとめちゃって」
「いいんです、私が自分で止まったんですから」
そう言いながら、響子は目をこすった。
確かに白蓮の隣というのは居心地の良い場所であったが、言いかえれば眠い時に座ると更に眠くなる場所でもあった。
「今日一日お疲れさま。初めてのお務め、どうだった?」
「とても楽しかったです。ちょっと怖かった時もあったけど」
「怖かった時?」
「……ぬえさんとかナズーリンとか」
響子がそう答えると、白蓮はクスッと笑った。
「分からないでもないわ、それ。でも、2人とも悪い人じゃないのよ。やんちゃだったり口達者だったりするのも可愛げのうち。きっと貴方もすぐ慣れるわ」
「そうだといいんですけど、でもやっぱりまだ苦手です」
そう言って響子は苦い顔をした。
ナズーリンからは寝巻を貸してもらっているので悪く言うのは気がひけるが、ぬえから受けた悪行の数々はまだ忘れられそうもない。
「大丈夫、もし何かあったら誰かに言うといいわ」
「はい、分かりました」
そう答えた響子であったが、ついに溜まりに溜まっていた睡魔の堰が崩れた。
くっつきそうになる瞼を頑張って開けながらも、ぽてっと、響子は白蓮にもたれかかった。
そんな響子に対し、白蓮は響子の頭を優しく撫でながら、そっと囁いた。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい。明日も頑張りましゅ……」
ほとんど無意識で呟いたその台詞を最後に、響子は深いまどろみの中に落ちていった。
くぅくぅと、その大きな声からは想像もできないような静かな寝息を立てる響子の頭を、白蓮はただしばらく、優しく撫で続けた。
※ ※ ※ ※ ※
「自分でやるって言ってたけど、ちゃんどできたのかしら」
お風呂からあがった一輪は、きちんと身支度を整えると真っ先に応接室に向かった。
響子自身の生活能力を疑問視しているわけではなく、むしろぬえや小傘など響子に悪戯をしかけてくる者が現れるのではないかと、そちらを危惧していた。
そして応接室前の廊下の突き当たりを曲がると、すぐに白蓮の姿が目に入った。
「あ、姐さん」
「しっ、しずかに」
白蓮は小声でそう言いながら、人差し指を立てて見せた。
それから、その指で静かに響子の方を指差した。
響子は白蓮の膝を枕に、すやすやと眠っていた。
「……こんな具合で、動くに動けなくなっちゃったのよね。風邪ひかせると悪いから、ちょっとそこから毛布か何か持ってきてちょうだい」
「分かりました」
困ったように微笑んだ白蓮の頼みを、一輪は和やかに笑いながら二つ返事で了承した。
実に可愛らしい寝顔を見て微笑ましかったのと、自分の心配が取り越し苦労であったのと、混ざった笑みであった。
それから、一輪は持ってきた薄い布団を響子にかけてあげた。
「姐さんはどうされます?」
「頃合を見てなんとかするわ。後はもう大丈夫よ」
白蓮がそう言うと同時に、響子がぴくりと身を縮こまらせた。
起きてしまうのではないかと2人は冷水を浴びせられたような思いをしたが、幸い、響子が起きる気配はない。
「……これじゃあ、朝まで動けないかもしれないわね」
そう言いながらも、白蓮の表情は優しいものであった。
「むにゃんにゃ……はらそーぎゃーてー……」
寝言でまで般若心経を唱えた響子を見て、2人は顔を見合わせるとクスッと笑った。
「この熱心さは、私達も見習うべきかしらね」
「村紗やぬえに、響子の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですよ」
そんな風に静かに盛り上がる一輪と白蓮であった。
だがその様子を、先ほど風呂前で一輪と響子の話を立ち聞きしていた"彼女"は死角から眺めていた。
「ちっ、好き勝手言いやがって」
その正体は、紛れもなく、ぬえであった。
どうしようもない腹立たしさでその手に握られた油性ペンを強く握った。
1人で寝静まった響子の顔に落書きしてやる計画が、白蓮によってふいになってしまったのがどうしようもなく悔しいのであった。
「ちぇっ、また小傘いじめてくるか、それとも村紗の邪魔してやろうか」
そう呟いて、宛てもなく夜空に飛び立ったのであった。
※翌朝
※響子「おはようございます。大きい魚、釣れました?」
※村紗「……通り魔に突き落とされた」
はい、どうも。神霊廟をやってしまった、作者の兎です。
今後当分、少なくとも委託まではネタばれ内容は含みませんのでご安心を。
そんなわけでようやくプロローグもおしまいです。
やっぱり題名が題名ですもの、はらそーぎゃーてーで締めたかったのですよ。
そしてやっぱり最後は白蓮さんでしめたかったのですよ。
こういったわけで、こんなラストになりました。
膝枕は背中合わせと共に2大ロマンとして挙げられる素晴らしい物だと思います。
良いよね! 膝枕良いよね! ふぅ。
プロローグも終わり。
次からは命蓮寺の住民以外も出てくるようになると思います。
さて誰からだそう(実は決めている
兎に角、できる限りがんばります。
たぶん。