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一話目:響子ちゃん仏道に飛び込む



「ぎゃーてーぎゃーてー」


 ここ最近人里の外れにできた、縁起の良いという噂の妖怪寺、命蓮寺。

 春風のように颯爽と現れた宝船が寺へと姿を変えたその様は、長らく続いた冬の終わりを象徴しているかのようであった。

 ここで言う"冬"とは季節としての冬という意味もあるが、それだけではない。

 何百年も続いた地上と地下の交流断絶にまつわる取り決めが効力を失くし、狭い狭い幻想郷がまた少しだけ広くなった。

 地底の住民は太陽に憧れ地上を訪れ、地上の住民は地獄跡地見たさに地底を訪れたという。

 最初は些細な事からの衝突も何件かあったようだが、誰が考えたかも知らないが『今日の他人 さかずき交わせば 明日の友』という唄が示すとおり、

 (もっとも、最近の幻想郷においてはこれを少し文字って『今日の他人 弾幕かわせば 明日の友』という唄も流行っているらしいが)

 そういったわだかまりはいつの間にか消えて言った。


「はーらーぎゃーてー」


 そして"冬の終わり"という言葉が最もよく似合うのは、他でもなくこの寺の住民達であろう。

 正体を人と偽り裏で妖怪を助けてきたという咎で、法界に封印された伝説の尼僧、白蓮。

 生粋の妖怪でありながら正体を偽らざるを得ない日々を送った毘沙門天の弟子、星、およびその部下、ナズーリン。

 白蓮封印と同時期に、同じく危険視され地底に封印された門下生、水蜜、一輪。

 千年を超える長い月日を越え、再会を果たした主と従者。それは同時に、長きにわたる迫害の歴史の終焉でもあった。

 もう誰からも隠れなくてよい。もう誰からも迫害されることもない。

 そのような日々を、一時は叶わぬ夢とすら思えた幸せな日々を記念するかのようにこの寺は建てられたという。

 そして、"我々を受け入れてくれたこの地に対する精一杯の恩返しとして、我々もまた誰も拒みはしない"、それがこの寺の売り言葉であった。


「はらそーぎゃーてー」


 "拒みはしない"とは言われても、いざ仏門となるとなかなか抵抗もある。

 そう言った妖怪は決して少なくないそうで、寺に憧れて来たは良いが威風堂々と構える寺の門に逆に恐れをなして帰ってしまう者もいると聞く。

 実は先ほどから般若心経を唱えながら門前掃除をしている一人の妖怪がいるのだが、彼女もまたそういった者の1人でもあった。

 春らしく花柄の刺繍を加えた桜色の服に、小さな背丈と新緑のような髪色の対比が目につきやすい。

 その者、妖怪山彦であり、名を幽谷 響子と言ったが、山彦としてもまだまだ半人前にも満たない程であった。

 ただでさえ『山で叫ぶと自分の声が聞こえるのは単なる音の反射』と言われる世知辛い時代、そこへ千年前に封印された妖怪の英雄が颯爽と復活し寺を構えたと聞けば、憧れるのも無理はない事であった。

 ところが、山を下りて寺に来てみたは良いが、どうしても門を叩く勇気がでない。

 寺への憧れからついつい足を運んでしまうのだが、門の前に立つと急に現実に引き戻されたようで、どうしても次の一歩が出ないのである。

 そこで、ただ直立しているのも何だというわけで、自前の竹ぼうきを持参し、自主的な門前掃除に出た。

 そうして、門の向こうから聞こえてくる般若心経を復唱しながら毎日掃除を進めていくうちに、まだ門は叩けないが、とうとう般若心経を暗唱できるようになってしまったのだ。

 

「ぼーじーそわかー」


 ほらこの通り。

 さて、今朝の(勝手な)御勤めも見渡す限り大体終わり。

 秋のように木の葉が舞ったり冬のように雪が積もったりならまだしも、このシーズン、特段掃除が必要なほど路面が汚れるということはまずない。

 よって慣れてくると手早く掃除が終わってしまうのだ。それこそ、今日こそは門を叩こうという気持ちが芽生える前に。


(今日もできなかったな)


 そう内心呟きながら、門を見上げて最後の一節を唱えるべく口を開いた。


「はんにゃーしん──」

「もしもし?」

「ぎょえぇぇッ!?」


 よもや最後の1フレーズで背後から話しかけられるとは思ってもおらず、反射的に響子は飛び上がった。

 昔から響子は、不意打ちという物にめっぽう弱かった。

 そもそも山彦稼業というのんびりした物はアクシデントとは無縁の仲であり、そういった所以で、はっきり言ってしまえば響子はとても"鈍かった"。

 さて、喉から肝っ玉と尻子玉がいっぺんに飛び出そうになるほど驚いたのはいいとして、振り返ってみると少女が1人立ちすくんでいた。

 紺の頭巾に白の服という寺らしいと言えば寺らしい格好、なおかつ入道を従えているという彼女が、この寺の住人の1人、雲居 一輪であることに響子はすぐに気づいた。


「お取り込み中のところ悪いけど──」

「ぎょえぇぇッ、で、出たぁッ」


 本日2度目のびっくり。

 響子が驚くのも無理はない。一輪と言えば、白蓮復活に関わった古株中の古株である。

 "雲の中に居る"と書いて略せば雲居になるが、まだ若い響子にとって一輪は文字通り空の上の存在とでもいうべく存在だったのである。

 その一輪が目前にいるともなれば、緊張にとらわれまともな判断ができなくなるのも、まあ頷ける話だろう。

 だが当の一輪としてもたまったものではない。

 前々から門の前で般若心経を唱えている者がいることは聞いていた、だからこそこうして誰かつきとめるべく影からこっそり見ていたのである。

 ところが声をかけてみれば『ぎょえぇぇッ』である。人間なら間違いなく鼓膜が破れているであろう大音量での『ぎょえぇぇッ』である。それも2連発である。

 流石に耳が痛い。まだ耳の中でわんわん言っているような心地がする。


「……元気があってよろしい。ところで見た所、ここ最近ずっとうちの前を掃除してくれてたのは貴方ね?」

「ふぇ? あ、いや、その、私はただ通りすがっただけで……」


 とっさに響子は持っていた箒を背後に隠し、まだ上手く回らない舌で答弁をした。

 だが今となっては全部ばればれであることにはまだ気づいていないようであった。

 本当は素直に頷けば良い場面なのだが、極度の緊張で頭が上手く回っていないのである。


「でも1時間前からずっとここにいるのを雲山が見ていたと言っているけど」

「い、1時間ぶっ続けで通りすがってただけです! 」

「じゃあ、その箒は?」

「ほ、箒じゃありません! ね、ネギです! ちょっと箒に似てるだけで」


 もう本人も何を言っているのか分かっていないに違いない。


「……別に怒ってるわけじゃないんだから、隠さなくても良いのに」

「え、あ、その、あぅ、ぃゃ、ぇぅ……ごめんなさい……」


 苦笑した一輪にそう言われ、ここに来てようやく響子の空回りが止まった。

 見る人が見たら恥ずかしさやら何やらで響子の頭からぽっぽぽっぽと湯気が立つのが見えるかもしれない。


「それで、貴方は何かうちに用があって来たんじゃないの?」

「はっ、え、えっと、その、ええっと、その、こ、ここ、こ──」


 まだ頭から湯気ぽっぽ状態から抜け出せていない響子は、ここに来て再び言葉に詰まった。

 だが、何とかしてここでどうにかしなければならないという気持ちは少なからずあった。

 目の前に大先輩が現れ話しかけてくれるなど、もうこれを逃したら2度とない機会かもしれない。

 そう思うと何とかしたいと思うが同時に緊張で声がでなくなってしまう。

 いや、ここでチャンスをふいにするわけにはいかない。

 その一心が響子に最後の一線を越えさせた。



「ここに入門させてくださいッ!」



 その一声を、長らく誰かに向かって言いたかった一声を、腹の底から全力で叫んだ。

 追い詰められた末の火事場の馬鹿力という奴で、響子自身今まで出した事の無いほどの大声を張り上げた。

 だが普段から声の大きな妖怪山彦。それが馬鹿力を出された物では聞く側がひとたまりもない。

 まず雲山は木っ端みじんに吹きとび、一輪は数メートル後ろまでノックバックを受け、灯篭も同心円状にばたばたと倒され、あたかもダウンバーストが舞い降りたかのような様となってしまった。


「……あれ?」


 だが響子には何が起きたのかいまいち分かっていなかった。

 "何か頑張ったら周りの景色が変わってしまった"程度の認識のようである。


「え、ええ、どうぞ。ただ、次からは普通の声で話してくれないかしら。要は聞こえればいいんだから」


 もろに大音量を受けた一輪は半ば周りの音が聞こえないほどまで酷かったが、無邪気な新入りを叱るわけにもいかず、軽く諭す程度にしておいた。

 しかしダメージの方が割と深刻で、耳鳴りを通り越して目まいがする。目まいはするが、そこでスマイルを忘れないのが一輪スキルである。


「じゃ、じゃあ行きましょうか。私はちょっとやることがあるから、別な人が案内してくれると思うわ」

「は、はいっ」


 響子は一輪に手を引かれ、興奮に耳をぱたぱたさせながら寺の中に足を踏み入れた。

 これが、幽谷響子の記念すべき入門記念日の幕開けであった。


※余談だが、この後一輪の耳鳴りが回復するのに丸一日はかかったという。




改めてどうも。作者の兎です。

最近、個人的に熱い命蓮寺でSSを書いてみることにしました。

さてさて、この個性的な面子の集うお寺で如何なる珍騒動が起きるのか。

それは次回以降のんびり書いていきたいと思います。

たぶん。

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