宝くじに当たったおじさん
大学で混声合唱団に入っていた私は、その日、合唱コンクール九州大会のあった宮崎から福岡に帰って来たところでした。
大学1年の9月。初めて出場したコンクールは惜しくも九州大会で金賞を逃し、全国大会へは進めませんでしたが、楽しい思い出と心地よい疲労感を持ち帰り、一人暮らしのアパートの近くのバス停に降り立ちました。私の後ろからもう一人、小柄なおじさんがバスを降りて来ました。
もうすぐ始まる、大学に入って初めての前期試験のことを考えながら歩き出すと、「あのぅ、すみません」と後ろからそのおじさんに声をかけられました。
道でも聞かれるのかなあ、私、4月にここに来たばかりで、あんまり知らないけどなあと思いながら、「はい?」と振り返ると、おじさんは「ああ、やっぱりそっくりだ」とおおげさに驚きました。
は?と私も驚いた顔をしていると、おじさんは話し始めました。
なんでも私がおじさんの死んだ姪にそっくりで、バスに乗っている時からずっと見ていたというのです。おじさんは50代くらいでしょうか。小さな目で、とても人の良さそうな人でした。
それから私の進む方向へトコトコと並んで歩く格好になりました。歩きながら、仕事で高知から福岡に来ていて、明日の飛行機で高知に帰るというおじさんに私があいづちを打つと、「ああ、声までそっくりだ」と感激気味のおじさん。
どうしよう。いい人そうだけど、このまま一人暮らしのアパートの場所を知られても困るなあと思い、「買い物があるので」と近くのスーパーに行くことにしました。
まだおじさんはついて来ます。どこまでついて来るんだろう。
そう思った時、スーパーの駐車場でおじさんはこんなことを言い始めました。
「実は私、宝くじの1等に当たったんです」
ええっ?!
私も高校時代から宝くじはよく買う方でしたが、当たったことはなく、身近にそんな高額が当たったという人も聞いたことはなかったので、思わずテンションが上がりました。
「いくらですか?」と聞くと、おじさんはその1等の宝くじと、新聞の当選番号の切り抜きを私に見せてくれました。
1等、3000万円。ほんとだー。数字がぴったり合ってる。
すごいですねー!と驚く私に、さらにおじさんはこんなことを言い始めました。
私がおじさんの姪にあまりにも似ているから、他人とは思えない。だから、姪の代わりにあなたに100万円あげたいので、今から一緒に食事に行きませんか、と。
え?食事?100万円??
いやいやいやいや、そんなのもらえませんっ。手を振って断る私にさらに、この宝くじに当たったことは身内の誰にも言ってないけれど、とてもかわいがっていた姪に似たあなたにあげたい、と言うおじさん。
しばらくそんな会話が続きましたが、私が「今日は宮崎から帰って来てとても疲れているし(これはほんと)、明日も1限目から授業なので(これもほんと。前期試験前で抜けられない授業でした)」と断ると、おじさんは明日の○時の飛行機で高知に帰るから、と言い残してようやく去って行きました。
次の日、合唱団の友達にその話をしました。
おもしろいことに、男友達と女友達とでは、まったく反応が違いました。
男友達はみんな口をそろえて、「なんでもらわなかったんだ」と言い、女友達はみんな「だめよ、そんな人について行ったら。危なーい」と言います。
あのおじさんの言ったことは本当だったのか?あの宝くじも本物だったのか?
これは今でもよくわからない、私の人生で1、2を争う不思議な出来事でした。
「でもさ、もしかしてあのおじさんの言ったことが全部本当で、私が今から空港に『おじさーん!』って行ったら、ちょっとドラマみたいで感動的じゃない?」とさらに女友達に言うと、「やめなさいっ!」と怒られてしまいました。うう。