声のない恋人
声フェチです。
声がいい人が好き。
「いい」というか、好きな声があって、好きな声の人に惹かれます。
指紋と同じように声紋鑑定などがあるように、声はその人を見分ける重要な手がかりのひとつだと思います。
そんなわたしですが、今までに声を聞かずに好きになった人が1人います。
その名は「けんせい」くん。
難しい漢字で、読めないし書けませんでした。
わたしは14歳、彼は2、3歳くらいでした。
その時わたしは大学病院の小児科に入院していました。
大学病院の小児科なので難しい重い病気の子が多かったのですが、わたしの場合はキツイのは入院して最初の二週間くらいで、後は薬の減るのを待っているだけで、これといった治療もなく体も普通に元気なので、毎日ヒマでした。
なので、看護婦さんのお手伝いで赤ちゃんにミルクをあげたり、他の子の病室を遊び歩いたりしていました。
その中で、けんせいくんの病室によく入り浸っていました。
彼が何の病気だったのか、知りません。
でもお腹に大きな手術のあとがあって、彼は声が出せませんでした。
2、3歳くらいだから、本当はもうしゃべれるはずなのです。
わたしが病室にいると、先生がやってきて
「けんちゃん、お姉ちゃんに声聞かせようや」
と言いながら、発声の練習をさせるのです。
彼も「あ」の口をして一生懸命声を出そうとするのですが、お腹に力を入れるのが怖いのか、声を出すコツがわからないのか、出てくるのは息ばかりでした。
それでもわたしは彼が好きでした。
彼の方もわたしを慕ってくれて、他の子が抱っこしようとすると押しのけてわたしに手を差し出すほどでした。
彼はしゃべれなかったけど、不思議なことに彼の目線を見ていたら、彼のしたいことや欲しがっているものが、わたしにはわかりました。
わたしは全身で彼の声を聞いていたのだと思います。
そんな彼ももう今ごろ20代後半かな。どうしてるかな。
水色のよく似合う、目のくるっとしたかわいい男の子でした。
わたしのことは覚えてないだろうな。
ちょっと悔しいけど、今ごろどこかで、恋人に甘い言葉をささやいていて欲しいなと思います。