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死に戻り令嬢の最後は、自分の胸を何度も貫いた男から溺愛される

作者: はぐれ犬
掲載日:2026/09/20


「レイナ・クリフ・ジェードーマン。君は私の婚約者としてーー」

 


まただ。


また、レイナはここに立っていた。

サパス王太子の長い話など、もはやどうでもいい。


なにせ。



(あと1時間しかないわ!)



「ーーよってここに、私は君との婚約破棄を宣言する!」


「わかりました。それでは」


「ま、待て!」



一礼と同時に急いで踵を返すレイナを、サパスは慌てながら引き留めた。

 

「なんだレイナその態度は! 私との婚約を破棄されるということは、君の王太子妃という未来を失うことと同義なのだぞ!」


「ええ。承知しています。それでは」



レイナはドレスの裾をひょいと摘み、駆け出した。


後ろでまだサパスが何か叫んでいるが、今はそれどころではない。



「騎士の間は確か、こっち!」



走りながら、振り返る。


最初は何も知らなかったので、レイナは普通に死んだ。


そこからまずは、王宮から出来るだけ遠くに。を目標に生き延びようとした。


これが一度目のこと。


二度目は、王宮内に身を潜めてみたが、これも失敗に終わる。


サパス殿下の『泣いてしがみつくなら考えてやらんこともないぞ?』という憎たらしい顔を我慢して、その場に留まる選択をしたのは三度目だった。


屋敷に戻るも両親ともども殺されて失敗し、最後の手段として国境を超えようと馬車に乗るも転落した。 


回想を終えたレイナは思わず叫ぶ。



「もお! 死ぬ1時間前に戻されてどうしろっていうのよ!」



できることなら死にたくない。

いくら戻るとはいえ、痛いものは痛いのだ。



「あった! ここだわ!」



レイナは騎士団が晩餐会などで使用する騎士の間に到着した。


残された手はこれしかない。あるかも知れないが、1時間という制限がそれを許さない。


レイナは覚悟を決めて柄を握る。



「対峙するしかありません!」



自分が殺される、その元凶と。


とはいえ、レイナはただの公爵令嬢だ。剣など、振るったどころか持ったことさえなかった。



「これは……重すぎますわね……」



両手をプルプルと振るわせるレイナの目に、もう一方の棚が映った。そこには手頃な片手剣がある。



「これならなんとか……。なるのかしら?」



持てるだけで、使えるとは別の話だったが、それでもやるしかない。次にレイナは裏庭に駆け出した。




今宵は王国誕生を祝う特別な夜会の日だ。

自国の貴族らはもちろん、隣国の王家一族や、諸国からも多数の賓客が招かれている。


それに乗じて、ある一国の王が反乱を企ているのだ。


バラディーデム王国。二年前、先代の国王が逝去し、子息の王太子アスク・バラディーデム殿下が国王に即位した。


彼こそが、今宵この王宮に攻め込み、自分の胸を貫く張本人。



「……のはずなのに、妙だわ……」



彼の目的は王家であり、この国の立憲そのもののはず。婚約破棄されたかどうかは別にして、なぜ自分が殺されなければならないのか。


思い返すと、他にもあった。


出来るだけ遠くに離れたときも、なぜか彼と彼の軍隊がそこにいて殺された。


王宮内に身を潜めたときは見つかって殺され、あの馬鹿王太子の隣に居座ってみたときも、やっぱり死んだ。


屋敷に戻るもサパス殿下の婚約者として殺され、馬車で国境を超えようとしたときは。



「……あら?」



レイナはふと思い出した。


確かに、馬車を飛ばしすぎて脱輪して、谷底に転落した訳だが。どれだけ掘り起こそうとも、彼に殺された記憶はない。


つまり。



「アスク陛下が原因じゃない……?」



「私が原因? なんの話だ」



思わず顔を上げると、そこにはあのアスク陛下が立っていた。


まだ何も事を起こしていない、普通の賓客を演じているバラディーデム国王のアスク陛下が。


けれどレイナは動じない。むしろこちらは待っていたのだ。覚悟も決まっている。望むところだった。



「……」



だからこそ余計、アスクの目にはレイナが異常に映った。


令嬢に似つかわしくない片手剣を膝元に置き、覚悟を滲ませた目でこちらを見上げるレイナが。



「お初にお目にかかります。ジェードーマン公爵令嬢のレイナ・クリフ・ジェードーマンと申します」



ひとまず、精一杯な笑顔を作って凛とした一礼をした。


どこで仕掛けるか。そればかりを考えながら。



「お前、普通の貴族令嬢ではないな。騎士の剣を持ち出し、こんなところで何をしている?」



状況から見てその問いかけは普通だったが、直球すぎてレイナは返答に詰まった。



「まるでこれから攻めてくる誰かを待ち構えているような姿だな」



(……勘づかれた!)



そう思うには十分すぎるほどの不敵な笑みだった。



「しかし妙だ。俺を待ち構えていたかのような顔だが、理由が見当たらん」



ここで下手な嘘は逆効果。そう判断したレイナは、慎重に口を開く。



「おかしな話と嘲られるかもしれませんが、私は何度も死に戻りをしているのです」


「……ぶざけているのか?」


「いいえまったく。何度も、あなたに殺されました」



ここでアスクは目を丸くしたあと、笑った。


合点がいくのだ。むしろそうとでも解釈しなければ、このただの令嬢が剣を持ち、自分を待ち構えていた説明がつかない。



「しかし先ほど、びっくりすることに気付いてしまったのです」


「なんだ」



レイナは説明した。


これまでの死に戻りの経緯を。その死に方を。そして最後、馬車の転落事故のことも。



「俺を待ち構えておきながら、俺が原因ではないかもしれんと?」


「ええ。申し訳ありません。……申し訳ありませんでもないのですが。実際に何度も殺されていますし」


「はは。そういうな。お前の体験はともかく、俺はまだ、何もしていない」



アスクは少し考えたあと、レイナに問いかけた。



「死ぬまでの残り時間は?」



(妙な気分だわ……)



数時間前から、何度も自分の胸を貫いている男からそう尋ねられているのだ。無理もない。


レイナは懐中時計で時刻を確認し、目線だけをアスクに向けて答えた。



「20分後」


「なるほど」



するとアスクは、思いもよらぬ提案を口にする。



「俺が力を貸してやろう」


「え?」


「もし残りの20分、死なずに生き残る道に出られたならーー」



言葉を切った。何か条件を付け加えるためだろう。


けれどレイナは、別にそれでもよかった。


なにせこちらは死に戻りから抜け出せない身。抜け出せたところで、待っている現実は王太子から婚約破棄されたため息のつきたくなる未来だけ。



「ええ。構いません。陛下の仰せのままに」


「俺の国にこい。俺の妻となれ」


「かしこまりました。お好きなように…………妻!?」


「元より王太子の婚約者。未来の妃となるため、ある程度の素養は学んでいるのだろう?」


「ま、まあ……それなりには。というか、お気付きだったのですね」


「当然だろう。俺の身近にも素養を備えた令嬢なら腐るほどいるが、面白さまで兼ね備えた女はそうはおらん」


「面白さ?」


「死に戻り、持ったことのない剣でなんとか活路を見いだそうとし、しまいには何度も自分を殺している男に娶られる。面白いだろう」



驚くレイナだったが、すぐに疑問だけ口にした。



「なぜ、私が剣も持ったことがないと?」


「握りがめちゃくちゃだ。親指を中に入れると指が折れるぞ」


「……」



敵わない。そう察したレイナは、静かに人差し指を立てた。


一つ、条件を出したのだ。



「私はどこへでも参ります。ですから、この国には手を出さないとお約束いただきたいのです」


「……王太子妃として生きる道を強いられたあげ句、その王太子にも婚約破棄された身でありながら、この国を守ると?」


「守るだなどと、そんな大層なものでもありません。ただ、この国は私が生まれ育った母国なので」


「いいだろう。もとい、そもそもこの国に興味などない」

 

それはおかしい。そうであるならば、



「なぜ、反乱を……!」


「反乱? いつ、誰が。反乱を起こすと言った?」



確かに、アスクは一言もいっていない。


あくまで死に戻りを繰り返す中で、アスクの目的がそれだったというだけの話だ。



「探しにきたのだ」


「……何を?」


「花嫁を」



訳がわからないレイナだった。


しかし否定できる要素もない。死に戻っているからといって、全く同じ未来を辿るとは限らないからだ。


何か一つのきっかけで反乱が止まり、何か一つのきっかけで自分は死なずに助かるかも知れない。


しかし一つ解せないのは、反乱が止まる可能性はあるものの、反乱自体、そもそも起こすつもりはなかったとは一体どういうことなのか。


自分は、何度もこのアスク・バラディーデムに殺されたというのに。



「こい」


「どちらに?」


「残り時間、ひとまず馬車の中で匿う」


「駄目です、死にます!」



馬車だけは御免被りたかった。レイナからすればつい先ほど、馬車で転落して死んだばかりだ。



「では、このまま一度お前の屋敷まで送ろう。例の時間まで誰も屋敷に近付かせないようにすればいい」


「駄目です!」


「……何がだ?」


「そんな優しくしておいて、油断した私を背後から貫かれるおつもりですね!?」



レイナは用心深かった。冗談ではなく、本気でそうなることを懸念しているのだ。



「まあ、幾度も死んでいればそうなるか」


「そんな他人事のように仰らないでください。馬車以外はすべて、あなたか、あなたの部下に殺されているのですから」



アスクからすれば身に覚えもなかったが、レイナの主張はもっともだった。



「ではこうしよう」



アスクは従者を呼びつける。


耳許で話すアスクに頷いたあと、従者は自分以外すべての部下を国境付近まで下がるよう指示を出した。



「お前も、この令嬢が死ぬ時間までは王都の外に出ていろ」



そういって、アスクは最後に従者を下げさせる。



「それはいけません!」



だって、これでは親切の度を通り越してただの無用心だ。


異国の地で、王国陛下が部下の一人連れずに佇むなど。剣は携えているとはいえ、もはや丸腰に等しい。



「くく、おかしなやつだ。こちらの提案には死ぬだの貫かれるだのと拒否する割に、私の丸腰を心配するのか」


「な、なんですか」


「やはり面白い」



小馬鹿にされたようで頬を膨らませるレイナだったが、アスクは冷静だった。



「残り2分。これまでに経験は?」


「前回、馬車に乗っていたときに残り1分までは確認しておりました。国境は目の前でしたから、もうこれで大丈夫と思った矢先に……」


「そうか。つまりお前は、すべて1時間以内に死んでいるからそう思っているだけで、実際には1時間という時間自体になんの根拠もないわけだ」


「そ、それは……そうかもしれませんけど……」



ここで更なる絶望には落としてほしくないものだった。



「あと1分。いいか、ここでお前が死ぬとしたら、俺に殺される以外にない」


「……わかりません。馬車の一件がありましたので、もはやなんでも起こり得る状況かと」


「では、目を瞑れ」


「え?」


「次、お前が目を開けるときは、死に戻ったあとか、俺がお前の名を呼んだときだ」



なぜだか、アスクの言葉がすっと腑に落ちた。


委ねてもいい。どこから死がやってくるかなんて、そんなもの誰も見たくはない。ならばいっそ、このまま言われたとおり目を瞑って、そして運命に身を委ねればいいのだ。



「っ!!」



レイナが目を閉じた瞬間、アスクはマントごと彼女をその身に包み、ぎゅっと片腕で抱き締めた。


彼の温もりを感じる間もなく、続け様に、剣が鞘から引き抜かれるような鈍い音がした。


目を瞑っているからこそ、よくわかった。



(やっぱり……)



レイナは覚悟した。


いや、覚悟はしていたのだ。


それなのに、眉が眉間に寄り、顔がこれからやってくるであろう苦痛に歪む。



(やっぱり私は……)



この囚われの運命から逃れることはできない、と。



そのときだった。


引き抜かれた剣が、足元に転がった。

地面に、カランッ!という乾いた音を響かせて。



「……」



アスクは、何も言わない。

ただ強くレイナを抱き締めた。最初は片腕だった抱擁に今度は両手を添えて。


やがてレイナにとって、アスクにとって、抱き締め合ったままの長い1分間が経過した。



「レイナ」



アスクの呼び掛けに、レイナは閉じていた目をそっと開く。



気分は、わからない。

なぜ死ななかったのかも、まったく。



しかし自分の名前を呼んで以降、こちらを見るばかりでそれ以上何も言わないアスクを見て、なぜだか涙が滲んだ。



生きている。


そして死ななかった。



死に戻りからやっと解放され、レイナは立ち尽くす。



「アスク、陛下……」



なぜ解放されたかなんて、どうでもいい。


私は、生きている。


自分の胸を何度も貫いた、恐怖と憎しみにまみれたはずの男の胸に抱かれて。



「アスク殿下!」



気が付けば、レイナは自ら再びアスクの胸元に体を寄せて、顔を埋めた。







あれから一年が経ち、レイナはバラディーデム国王の王妃となった。



(あの日……)



紅茶を片手に、レイナは思いにふけた。


彼が救ってくれたのか、彼が原因だったのか。それは今でもわからない、と。


なぜ死に戻りが発生し、なぜ解放されたのかも。


一つ、わかっていることがあるとすれば、あのとき、すべてを丸腰にして自分を包み込んでくれたアスクの優しさだけ。


何度も貫かれたその手で、最後に自分を抱き締めた彼の。



「アスク殿下!」



自分の運命がこの人と交わることで切り開けたというなら、それも納得できる。


レイナには、それほど大きな包容力に感じた。



「レイナ。本日の公務だが、一緒にきてもらいたい」


「もちろん、お供いたします」



(これからは、この人の隣で彼を優しく包めるのが自分でありますように)



そう願う、レイナだった。

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