「俺はハズレを引いた」――地味な伯爵令嬢との婚約を嫌がった第三王子殿下ですが、王家の方が我が家を必要としているのですよ?
「俺はハズレを引いた!」
婚約者となった第三王子殿下が、私を見て開口一番そう言った。
「こんな地味な女と婚約させられるなんて!」
私は瞬きをした。
目の前には、絵画から抜け出してきたような美貌の青年がいる。
第三王子殿下。
金色の髪。
青い瞳。
すらりとした体。
顔だけなら、本当に素晴らしい。
顔だけなら。
「そうですか」
私は答えた。
「奇遇ですね。私も同じ気持ちです」
「……何?」
第三王子殿下の顔が引きつった。
私の名は、リレイア。
コバルト王国に領地を持つ伯爵家の娘である。
顔は普通。
身長も普通。
髪も普通。
どこにでもいそうな、地味な伯爵令嬢だ。
このたび。
大変ありがたいことに。
本当に。
心の底からありがたくないことに。
王命によって第三王子殿下との婚約が決まった。
普通の国なら、伯爵家の娘が王族へ嫁ぐことは名誉なのだろう。
だが。
我が家では違った。
父は嫌がった。
母も嫌がった。
兄も嫌がった。
私も嫌がった。
家族全員で嫌がった。
何度も断った。
何度もお願いだから勘弁してほしいと頼んだ。
最後には父が、
「これ以上おっしゃるのであれば、一族ごと国外へ移ることも検討いたします」
とまで言った。
それでも国王陛下と王妃様に拝みに拝まれ。
ついに父が折れた。
なぜ我が家がそこまで嫌がったのか。
理由は簡単だ。
この国では。
王家と縁を結んでも、あまり良いことがない。
むしろ負担が増える。
王家の資金が足りなければ支援。
魔物が出れば兵を出す。
政争が起これば盾になる。
王都で問題が起きれば尻拭い。
しかも。
我が伯爵家は、この国でも有数の魔法騎士団を抱えている。
王家と婚姻すれば、これまで以上に頼られることは目に見えていた。
だから。
できることなら。
婚約したくなかった。
それなのに。
第三王子殿下は胸を張った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇者と魔王が激しく争ったという、「勇者の聖戦」から75年後。
中央平原には、コバルト王国という小さな国があった。
この国の王族は、何というか。
悪人ではない。
ただ。
少々、考えるより先に感情で動くところがある。
思いついたら行動する。
欲しいと思ったら欲しがる。
嫌だと思ったら嫌だと言う。
よく言えば天真爛漫。
悪く言えば――。
まあ。
この国が数十年後、家臣たちの反乱によって滅びることになるのは、また別の話である。
これは、そんなコバルト王国の記録に残る。
とある王族の、少々――いや、かなりアホな振る舞いについてのお話だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「俺のような美しい王族と婚約できるだけありがたいと思え!」
私は少し考えた。
「では、婚約を解消いたしましょうか?」
第三王子殿下の顔が輝いた。
「本当か!?」
「はい」
「やった!」
そこまで喜ばれると、逆に清々しい。
私は帰宅し、父へ報告した。
「殿下が婚約解消を望んでいらっしゃいます」
父も笑顔になった。
「そうか!」
母も笑顔になった。
「まあ!」
兄も笑顔になった。
「祝杯だな!」
家族全員で喜んだ。
ところが。
二日後。
第三王子殿下が我が家へやってきた。
顔を腫らして。
国王陛下と第一王子殿下に両腕を抱えられて。
後ろには王妃様までいる。
「……申し訳なかった」
第三王子殿下が頭を下げた。
頬が赤紫色になっている。
私は第一王子殿下を見た。
第一王子殿下は目を逸らした。
国王陛下も目を逸らした。
なるほど。
何があったのかは聞かない方がよさそうだ。
王妃様は、後ろで何度も頭を下げていた。
「本当に申し訳ありません。この子にはよく言い聞かせますので……」
そこまでされてしまえば。
こちらも拒否し続けるのは難しい。
婚約は継続されることになった。
非常に残念である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから。
第三王子殿下の嫌がらせが始まった。
「地味だな」
「そうですね」
「華がない」
「よく言われます」
「俺にはもっと美しい女が似合う」
「そうでしょうね」
何を言われても、私は流した。
すると。
今度は別の令嬢を連れてくるようになった。
美しい令嬢。
可愛らしい令嬢。
妖艶な令嬢。
毎回違う。
私の目の前で腕を組み。
体を寄せ。
わざわざ私を見ながら笑う。
「昨夜は楽しかったな」
「まあ、殿下ったら」
私はお茶を飲んだ。
どうでもいい。
すると。
第三王子殿下の方が苛立った。
「何だ、その態度は!」
「何がでしょう?」
「嫉妬しないのか!」
「なぜです?」
「俺が他の女と親しくしているんだぞ!」
「そうですね」
「強がるな!」
何を強がっているというのだろう。
そのうち。
連れてこられた令嬢の一人が、私へ勝ち誇ったように言った。
「惨めですわね」
「何がでしょう?」
「婚約者でありながら、殿下に愛されないなんて」
「そうですか」
「殿下は、私を愛しているとおっしゃったわ」
「それは大変ようございました」
令嬢が笑顔になった。
私は続けた。
「では、あなたが婚約者になられてはいかがです?」
「え?」
「私はいつでもお譲りいたします」
令嬢が目を瞬いた。
「つ、強がっているの?」
最近、その言葉が流行っているのだろうか。
「いえ。本気です」
「王族との婚姻よ?どれほど名誉なことか分かっているの?」
「ああ。それでしたら」
私は指を折った。
「まず、王家への定期的な資金援助が必要になります」
「……え?」
「魔物が発生した場合、ご実家から兵を出す必要もあります」
「兵?」
「王都周辺の治安維持にも協力を求められるでしょう。それから、王家主催の式典費用の負担。王家の来賓を領地で迎える際の費用。災害時には物資の供出も必要です」
令嬢の笑顔が消えた。
「まだありますが」
「ま、まだ?」
「今のところ五分の一程度です」
令嬢の顔が青くなった。
「……失礼いたします」
令嬢は足早に去っていった。
翌日。
第三王子殿下が怒鳴り込んできた。
「貴様!」
「はい」
「あることないこと吹き込んで、彼女を遠ざけただろう!」
「すべて本当のことですが」
「嫉妬は見苦しいぞ!」
「……」
「そんなことをしても俺からの愛は得られないぞ!」
もう。
勘弁してほしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それでも第三王子殿下は懲りなかった。
次々と令嬢へ声をかける。
そして。
そのたびに私へ見せつける。
私は考えた。
もう好きにしよう。
私も。
自分のやるべきことをしよう。
我が家は代々、膨大な魔力を持つ魔法使いを輩出してきた家だ。
騎士団も、一般的な剣士中心ではない。
魔法騎士を主体としている。
そして。
次期当主として最も有力なのは、私だった。
地味な顔でも。
魔力だけなら、兄より私の方がはるかに強い。
少し遠い場所には、友好関係にあるゴールド王国のプラチアーナ公爵が治める領地がある。
魔法研究が盛んで。
ダンジョンも存在し。
魔法使いが腕を磨くには非常に良い環境だと聞いていた。
私は父へ願い出た。
「半年ほど、プラチアーナ公爵領へ修行に行きたいと思います」
父は即答した。
「行ってこい」
「婚約者との交流は?」
「忘れろ」
「はい」
さすが父である。
私はそのまま。
半年間、第三王子殿下と一度も会わなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
半年後。
修行から戻った翌日。
第三王子殿下が我が家へ怒鳴り込んできた。
王妃様を連れて。
「貴様!」
「お久しぶりです」
「何がお久しぶりだ!」
第三王子殿下は顔を真っ赤にしている。
「婚約者を放っておいて、半年も交流しないとは何事だ!」
「ああ」
そういえば婚約者だった。
忘れていた。
「よって!」
第三王子殿下は指を突きつけた。
「そちらには婚約を維持する意思なしと判断する!」
「はい」
「そちらの責任で婚約破棄だ!」
「承知いたしました」
「……」
第三王子殿下が固まった。
なぜだろう。
もっと泣き崩れるとでも思っていたのか。
「強がるな!」
やっぱり言った。
王妃様が疲れ切った顔で前へ出た。
「リレイア嬢。本当に申し訳ありません」
「いえ」
「ただ、今回はこちらから婚約の解消を申し出たとはいえ、リレイア嬢が半年間、婚約者としての交流をなさらなかったことも事実です」
王妃様は一枚の書面を取り出した。
「その点につきましては、婚約者としての責務を放棄したものとして、相応の慰謝料を――」
王妃様が書面を差し出そうとした。
だが。
父が手を上げた。
「王妃殿下」
「はい?」
父はため息をついた。
「第三王子殿下はともかく」
ちらりと第三王子殿下を見る。
「あなたまで、お忘れになっておられるとは思いませんでした」
王妃様が固まった。
「……何をでしょう?」
「我が家が、何をもってこの国へ貢献してきた家なのかを」
王妃様の顔から血の気が引いた。
「あ……」
第三王子殿下だけが首をかしげている。
父は静かに続けた。
「我が家は代々、魔法使いとしてコバルト王国へ仕えてまいりました」
「……」
「領内で魔物が発生すれば、我々領地貴族は兵を率いて討伐へ向かいます」
「……」
「特に我が家は、魔法騎士団を抱えております」
王妃様の顔色が、どんどん悪くなる。
「当然、次代の当主にも高い魔力と魔法制御の腕前が求められる」
父は私を見る。
「そして現在、我が家でもっとも次期当主にふさわしいのは、娘です」
「え?」
第三王子殿下が私を見た。
「だから娘はプラチアーナ公爵領へ修行に向かったのです」
父は静かに告げる。
「婚約者を放置して遊びに行ったのではありません」
「……」
「我が家を継ぎ、この国を守る力を身につけるためです」
王妃様は額を押さえた。
「そうだったわ……」
大きくため息をつく。
「この子が次から次へと問題を起こすものだから、そのことばかり考えていて……すっかり失念していたわ」
「母上!?」
「あなたは黙っていなさい」
「なぜですか!」
「今は本当に黙っていなさい」
だが。
第三王子殿下は鼻で笑った。
「何だ。そんなことか」
王妃様が振り返った。
「あなた……」
「俺はそんな野蛮な家の女と結婚するつもりなどないぞ!」
私は微笑んだ。
「それでは、婚約は解消ということで」
「強がるな!」
王妃様が頭を抱えた。
第三王子殿下は胸を張る。
「王家との縁を結べなかった貴様など、何の価値もない!」
王妃様の顔が真っ白になった。
「やめなさい!」
もう遅い。
父の表情から笑みが消えていた。
私は静かに言った。
「お引き取りください」
王妃様が何か言おうとする。
「リレイア嬢、これは――」
「王妃様」
私は遮った。
「これまでは、殿下がお若いからと我慢してまいりました」
「……」
「ですが」
第三王子殿下を見る。
「ここまで我が家を侮辱されてまで、王家へ尽くし続ける義理はございません」
王妃様は何も言えなかった。
先ほどまで手にしていた慰謝料の書面を。
静かに折りたたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後。
私は別の男性を婿として迎えた。
魔法騎士団に所属する、誠実な男性だった。
顔は普通。
私も普通。
お似合いだと思う。
問題は。
第三王子殿下である。
婚約解消からほどなくして。
王都近郊に、大量の魔物が発生した。
王家はすぐさま各領地貴族へ討伐命令を出した。
もちろん。
我が家にも。
父は命令書を読み。
机へ置いた。
「急ぐか?」
そう聞かれた私は答えた。
「通常の手順で参りましょう」
通常の手順。
兵を集め。
装備を確認し。
補給を整え。
十分な準備をしてから出陣する。
以前なら。
王城に危険が迫っていると聞けば。
多少の無理をしてでも急いだだろう。
だが。
もうその必要はない。
我が家は王家のためだけに存在しているわけではない。
自領の民と兵士を危険にさらしてまで。
第三王子殿下を守る理由などない。
そして。
我が家の軍が王都へ到着したころ。
王城は半壊していた。
「……派手にやられましたね」
私は崩れた城壁を見上げた。
ちょうど。
第三王子殿下の居室があった辺りも、大きく崩れている。
「殿下は?」
「瓦礫の下です!」
兵士が叫んだ。
「まだ生きておられます!」
私は息を吐いた。
「救出します」
瓦礫へ向けて手をかざす。
第三王子殿下がどこにいるのか。
魔力を広げ。
瓦礫の隙間を探る。
見つけた。
その身体を傷つけないよう。
周囲の瓦礫だけへ魔力を集中させる。
一気に壊せば。
下敷きになっている殿下まで巻き込む可能性がある。
だから。
砕く場所。
砕く大きさ。
放つ魔力。
そのすべてを細かく調整する。
一つ。
また一つ。
第三王子殿下の身体を避けるように。
巨大な瓦礫だけを細かく砕いていく。
半年前の私なら。
ここまで精密な魔力制御はできなかっただろう。
プラチアーナ公爵領での修行が。
こんなところで役に立つとは思わなかった。
やがて。
瓦礫の隙間から。
土埃まみれの第三王子殿下が引きずり出された。
「た、助かった……」
第三王子殿下が咳き込む。
そして。
私を見るなり怒鳴った。
「遅いぞ!」
「はい?」
「なぜもっと早く来なかった!」
私は少し考えた。
「準備が必要でしたので」
「俺が危険だったんだぞ!」
「そうですね」
「元婚約者だろう!」
「元、ですね」
第三王子殿下が固まった。
「婚約を解消した家に、殿下個人を最優先で守る義務がございましたか?」
「なっ……」
「もちろん、王国の臣下として魔物は討伐いたします」
私は微笑んだ。
「ですが、殿下のお部屋が壊れる前に駆けつける義務まではございません」
第三王子殿下は何も言えなかった。
そして私は思う。
半年間。
婚約者としての交流を怠った。
そう責められた。
けれど。
その半年間で身につけた力がなければ。
今頃、この人は瓦礫の下で死んでいたかもしれない。
人生とは。
何が役に立つか分からないものだ。
しかし。
命を助けてもらっておいて、感謝の一言もないとは。
本当に、この人はどうしようもない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の戦いで。
私は魔物の群れをほぼ単独で押し返した。
半年間。
プラチアーナ公爵領で磨いた魔法は、想像以上に成果を上げていた。
いつしか。
私はコバルト王国随一の魔法使いと呼ばれるようになった。
我が家の魔法騎士団も。
王国軍の象徴として扱われるようになった。
もっとも。
私のような若い娘が国一番と呼ばれてしまう程度には。
この国は人材不足だったのだけれど。
第三王子殿下は。
最後まで理解していなかった。
なぜ王家が、あれほど我が家との婚姻を望んでいたのか。
なぜ国王陛下が。
なぜ王妃様が。
なぜ第一王子殿下まで。
あれほど頭を下げたのか。
王家だから。
何でも命令できるわけではない。
王家だから。
すべての貴族が無条件で従うわけでもない。
王家には権威がある。
けれど。
国を実際に支えているのは。
兵を持ち。
金を出し。
領地を治め。
魔物と戦う。
多くの貴族たちでもある。
だから王家は。
彼らをつなぎ止めなければならない。
婚姻も。
そのための方法の一つだった。
第三王子殿下は、自分が我が家へ与えられる褒美だと思っていた。
実際には。
王家が我が家をつなぎ止めるために差し出したものだったのに。
まあ。
それを本人に言うのは少々かわいそうなので。
黙っておくことにした。
数十年後。
コバルト王国は、有力貴族たちの反乱によって滅びることになる。
貴族は王家に無条件に従うもの。
当時の王族たちは。
最後までそう思っていたらしい。
けれど。
本当は違った。
貴族たちは。
王家を支えていたのだ。
そう、神輿のように。
そして。
支える価値がないと思われたとき。
貴族は別の神輿を担ぐのである。




