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「俺はハズレを引いた」――地味な伯爵令嬢との婚約を嫌がった第三王子殿下ですが、王家の方が我が家を必要としているのですよ?

掲載日:2026/08/17

「俺はハズレを引いた!」


婚約者となった第三王子殿下が、私を見て開口一番そう言った。


「こんな地味な女と婚約させられるなんて!」


私は瞬きをした。


目の前には、絵画から抜け出してきたような美貌の青年がいる。


第三王子殿下。


金色の髪。


青い瞳。


すらりとした体。


顔だけなら、本当に素晴らしい。


顔だけなら。


「そうですか」


私は答えた。


「奇遇ですね。私も同じ気持ちです」


「……何?」


第三王子殿下の顔が引きつった。


私の名は、リレイア。


コバルト王国に領地を持つ伯爵家の娘である。


顔は普通。


身長も普通。


髪も普通。


どこにでもいそうな、地味な伯爵令嬢だ。


このたび。


大変ありがたいことに。


本当に。


心の底からありがたくないことに。


王命によって第三王子殿下との婚約が決まった。


普通の国なら、伯爵家の娘が王族へ嫁ぐことは名誉なのだろう。


だが。


我が家では違った。


父は嫌がった。


母も嫌がった。


兄も嫌がった。


私も嫌がった。


家族全員で嫌がった。


何度も断った。


何度もお願いだから勘弁してほしいと頼んだ。


最後には父が、


「これ以上おっしゃるのであれば、一族ごと国外へ移ることも検討いたします」


とまで言った。


それでも国王陛下と王妃様に拝みに拝まれ。


ついに父が折れた。


なぜ我が家がそこまで嫌がったのか。


理由は簡単だ。


この国では。


王家と縁を結んでも、あまり良いことがない。


むしろ負担が増える。


王家の資金が足りなければ支援。


魔物が出れば兵を出す。


政争が起これば盾になる。


王都で問題が起きれば尻拭い。


しかも。


我が伯爵家は、この国でも有数の魔法騎士団を抱えている。


王家と婚姻すれば、これまで以上に頼られることは目に見えていた。


だから。


できることなら。


婚約したくなかった。


それなのに。


第三王子殿下は胸を張った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


勇者と魔王が激しく争ったという、「勇者の聖戦」から75年後。


中央平原には、コバルト王国という小さな国があった。


この国の王族は、何というか。


悪人ではない。


ただ。


少々、考えるより先に感情で動くところがある。


思いついたら行動する。


欲しいと思ったら欲しがる。


嫌だと思ったら嫌だと言う。


よく言えば天真爛漫。


悪く言えば――。


まあ。


この国が数十年後、家臣たちの反乱によって滅びることになるのは、また別の話である。


これは、そんなコバルト王国の記録に残る。


とある王族の、少々――いや、かなりアホな振る舞いについてのお話だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「俺のような美しい王族と婚約できるだけありがたいと思え!」


私は少し考えた。


「では、婚約を解消いたしましょうか?」


第三王子殿下の顔が輝いた。


「本当か!?」


「はい」


「やった!」


そこまで喜ばれると、逆に清々しい。


私は帰宅し、父へ報告した。


「殿下が婚約解消を望んでいらっしゃいます」


父も笑顔になった。


「そうか!」


母も笑顔になった。


「まあ!」


兄も笑顔になった。


「祝杯だな!」


家族全員で喜んだ。


ところが。


二日後。


第三王子殿下が我が家へやってきた。


顔を腫らして。


国王陛下と第一王子殿下に両腕を抱えられて。


後ろには王妃様までいる。


「……申し訳なかった」


第三王子殿下が頭を下げた。


頬が赤紫色になっている。


私は第一王子殿下を見た。


第一王子殿下は目を逸らした。


国王陛下も目を逸らした。


なるほど。


何があったのかは聞かない方がよさそうだ。


王妃様は、後ろで何度も頭を下げていた。


「本当に申し訳ありません。この子にはよく言い聞かせますので……」


そこまでされてしまえば。


こちらも拒否し続けるのは難しい。


婚約は継続されることになった。


非常に残念である。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから。


第三王子殿下の嫌がらせが始まった。


「地味だな」


「そうですね」


「華がない」


「よく言われます」


「俺にはもっと美しい女が似合う」


「そうでしょうね」


何を言われても、私は流した。


すると。


今度は別の令嬢を連れてくるようになった。


美しい令嬢。


可愛らしい令嬢。


妖艶な令嬢。


毎回違う。


私の目の前で腕を組み。


体を寄せ。


わざわざ私を見ながら笑う。


「昨夜は楽しかったな」


「まあ、殿下ったら」


私はお茶を飲んだ。


どうでもいい。


すると。


第三王子殿下の方が苛立った。


「何だ、その態度は!」


「何がでしょう?」


「嫉妬しないのか!」


「なぜです?」


「俺が他の女と親しくしているんだぞ!」


「そうですね」


「強がるな!」


何を強がっているというのだろう。


そのうち。


連れてこられた令嬢の一人が、私へ勝ち誇ったように言った。


「惨めですわね」


「何がでしょう?」


「婚約者でありながら、殿下に愛されないなんて」


「そうですか」


「殿下は、私を愛しているとおっしゃったわ」


「それは大変ようございました」


令嬢が笑顔になった。


私は続けた。


「では、あなたが婚約者になられてはいかがです?」


「え?」


「私はいつでもお譲りいたします」


令嬢が目を瞬いた。


「つ、強がっているの?」


最近、その言葉が流行っているのだろうか。


「いえ。本気です」


「王族との婚姻よ?どれほど名誉なことか分かっているの?」


「ああ。それでしたら」


私は指を折った。


「まず、王家への定期的な資金援助が必要になります」


「……え?」


「魔物が発生した場合、ご実家から兵を出す必要もあります」


「兵?」


「王都周辺の治安維持にも協力を求められるでしょう。それから、王家主催の式典費用の負担。王家の来賓を領地で迎える際の費用。災害時には物資の供出も必要です」


令嬢の笑顔が消えた。


「まだありますが」


「ま、まだ?」


「今のところ五分の一程度です」


令嬢の顔が青くなった。


「……失礼いたします」


令嬢は足早に去っていった。


翌日。


第三王子殿下が怒鳴り込んできた。


「貴様!」


「はい」


「あることないこと吹き込んで、彼女を遠ざけただろう!」


「すべて本当のことですが」


「嫉妬は見苦しいぞ!」


「……」


「そんなことをしても俺からの愛は得られないぞ!」


もう。


勘弁してほしい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それでも第三王子殿下は懲りなかった。


次々と令嬢へ声をかける。


そして。


そのたびに私へ見せつける。


私は考えた。


もう好きにしよう。


私も。


自分のやるべきことをしよう。


我が家は代々、膨大な魔力を持つ魔法使いを輩出してきた家だ。


騎士団も、一般的な剣士中心ではない。


魔法騎士を主体としている。


そして。


次期当主として最も有力なのは、私だった。


地味な顔でも。


魔力だけなら、兄より私の方がはるかに強い。


少し遠い場所には、友好関係にあるゴールド王国のプラチアーナ公爵が治める領地がある。


魔法研究が盛んで。


ダンジョンも存在し。


魔法使いが腕を磨くには非常に良い環境だと聞いていた。


私は父へ願い出た。


「半年ほど、プラチアーナ公爵領へ修行に行きたいと思います」


父は即答した。


「行ってこい」


「婚約者との交流は?」


「忘れろ」


「はい」


さすが父である。


私はそのまま。


半年間、第三王子殿下と一度も会わなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


半年後。


修行から戻った翌日。


第三王子殿下が我が家へ怒鳴り込んできた。


王妃様を連れて。


「貴様!」


「お久しぶりです」


「何がお久しぶりだ!」


第三王子殿下は顔を真っ赤にしている。


「婚約者を放っておいて、半年も交流しないとは何事だ!」


「ああ」


そういえば婚約者だった。


忘れていた。


「よって!」


第三王子殿下は指を突きつけた。


「そちらには婚約を維持する意思なしと判断する!」


「はい」


「そちらの責任で婚約破棄だ!」


「承知いたしました」


「……」


第三王子殿下が固まった。


なぜだろう。


もっと泣き崩れるとでも思っていたのか。


「強がるな!」


やっぱり言った。


王妃様が疲れ切った顔で前へ出た。


「リレイア嬢。本当に申し訳ありません」


「いえ」


「ただ、今回はこちらから婚約の解消を申し出たとはいえ、リレイア嬢が半年間、婚約者としての交流をなさらなかったことも事実です」


王妃様は一枚の書面を取り出した。


「その点につきましては、婚約者としての責務を放棄したものとして、相応の慰謝料を――」


王妃様が書面を差し出そうとした。


だが。


父が手を上げた。


「王妃殿下」


「はい?」


父はため息をついた。


「第三王子殿下はともかく」


ちらりと第三王子殿下を見る。


「あなたまで、お忘れになっておられるとは思いませんでした」


王妃様が固まった。


「……何をでしょう?」


「我が家が、何をもってこの国へ貢献してきた家なのかを」


王妃様の顔から血の気が引いた。


「あ……」


第三王子殿下だけが首をかしげている。


父は静かに続けた。


「我が家は代々、魔法使いとしてコバルト王国へ仕えてまいりました」


「……」


「領内で魔物が発生すれば、我々領地貴族は兵を率いて討伐へ向かいます」


「……」


「特に我が家は、魔法騎士団を抱えております」


王妃様の顔色が、どんどん悪くなる。


「当然、次代の当主にも高い魔力と魔法制御の腕前が求められる」


父は私を見る。


「そして現在、我が家でもっとも次期当主にふさわしいのは、娘です」


「え?」


第三王子殿下が私を見た。


「だから娘はプラチアーナ公爵領へ修行に向かったのです」


父は静かに告げる。


「婚約者を放置して遊びに行ったのではありません」


「……」


「我が家を継ぎ、この国を守る力を身につけるためです」


王妃様は額を押さえた。


「そうだったわ……」


大きくため息をつく。


「この子が次から次へと問題を起こすものだから、そのことばかり考えていて……すっかり失念していたわ」


「母上!?」


「あなたは黙っていなさい」


「なぜですか!」


「今は本当に黙っていなさい」


だが。


第三王子殿下は鼻で笑った。


「何だ。そんなことか」


王妃様が振り返った。


「あなた……」


「俺はそんな野蛮な家の女と結婚するつもりなどないぞ!」


私は微笑んだ。


「それでは、婚約は解消ということで」


「強がるな!」


王妃様が頭を抱えた。


第三王子殿下は胸を張る。


「王家との縁を結べなかった貴様など、何の価値もない!」


王妃様の顔が真っ白になった。


「やめなさい!」


もう遅い。


父の表情から笑みが消えていた。


私は静かに言った。


「お引き取りください」


王妃様が何か言おうとする。


「リレイア嬢、これは――」


「王妃様」


私は遮った。


「これまでは、殿下がお若いからと我慢してまいりました」


「……」


「ですが」


第三王子殿下を見る。


「ここまで我が家を侮辱されてまで、王家へ尽くし続ける義理はございません」


王妃様は何も言えなかった。


先ほどまで手にしていた慰謝料の書面を。


静かに折りたたんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その後。


私は別の男性を婿として迎えた。


魔法騎士団に所属する、誠実な男性だった。


顔は普通。


私も普通。


お似合いだと思う。


問題は。


第三王子殿下である。


婚約解消からほどなくして。


王都近郊に、大量の魔物が発生した。


王家はすぐさま各領地貴族へ討伐命令を出した。


もちろん。


我が家にも。


父は命令書を読み。


机へ置いた。


「急ぐか?」


そう聞かれた私は答えた。


「通常の手順で参りましょう」


通常の手順。


兵を集め。


装備を確認し。


補給を整え。


十分な準備をしてから出陣する。


以前なら。


王城に危険が迫っていると聞けば。


多少の無理をしてでも急いだだろう。


だが。


もうその必要はない。


我が家は王家のためだけに存在しているわけではない。


自領の民と兵士を危険にさらしてまで。


第三王子殿下を守る理由などない。


そして。


我が家の軍が王都へ到着したころ。


王城は半壊していた。


「……派手にやられましたね」


私は崩れた城壁を見上げた。


ちょうど。


第三王子殿下の居室があった辺りも、大きく崩れている。


「殿下は?」


「瓦礫の下です!」


兵士が叫んだ。


「まだ生きておられます!」


私は息を吐いた。


「救出します」


瓦礫へ向けて手をかざす。


第三王子殿下がどこにいるのか。


魔力を広げ。


瓦礫の隙間を探る。


見つけた。


その身体を傷つけないよう。


周囲の瓦礫だけへ魔力を集中させる。


一気に壊せば。


下敷きになっている殿下まで巻き込む可能性がある。


だから。


砕く場所。


砕く大きさ。


放つ魔力。


そのすべてを細かく調整する。


一つ。


また一つ。


第三王子殿下の身体を避けるように。


巨大な瓦礫だけを細かく砕いていく。


半年前の私なら。


ここまで精密な魔力制御はできなかっただろう。


プラチアーナ公爵領での修行が。


こんなところで役に立つとは思わなかった。


やがて。


瓦礫の隙間から。


土埃まみれの第三王子殿下が引きずり出された。


「た、助かった……」


第三王子殿下が咳き込む。


そして。


私を見るなり怒鳴った。


「遅いぞ!」


「はい?」


「なぜもっと早く来なかった!」


私は少し考えた。


「準備が必要でしたので」


「俺が危険だったんだぞ!」


「そうですね」


「元婚約者だろう!」


「元、ですね」


第三王子殿下が固まった。


「婚約を解消した家に、殿下個人を最優先で守る義務がございましたか?」


「なっ……」


「もちろん、王国の臣下として魔物は討伐いたします」


私は微笑んだ。


「ですが、殿下のお部屋が壊れる前に駆けつける義務まではございません」


第三王子殿下は何も言えなかった。


そして私は思う。


半年間。


婚約者としての交流を怠った。


そう責められた。


けれど。


その半年間で身につけた力がなければ。


今頃、この人は瓦礫の下で死んでいたかもしれない。


人生とは。


何が役に立つか分からないものだ。


しかし。


命を助けてもらっておいて、感謝の一言もないとは。


本当に、この人はどうしようもない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その日の戦いで。


私は魔物の群れをほぼ単独で押し返した。


半年間。


プラチアーナ公爵領で磨いた魔法は、想像以上に成果を上げていた。


いつしか。


私はコバルト王国随一の魔法使いと呼ばれるようになった。


我が家の魔法騎士団も。


王国軍の象徴として扱われるようになった。


もっとも。


私のような若い娘が国一番と呼ばれてしまう程度には。


この国は人材不足だったのだけれど。


第三王子殿下は。


最後まで理解していなかった。


なぜ王家が、あれほど我が家との婚姻を望んでいたのか。


なぜ国王陛下が。


なぜ王妃様が。


なぜ第一王子殿下まで。


あれほど頭を下げたのか。


王家だから。


何でも命令できるわけではない。


王家だから。


すべての貴族が無条件で従うわけでもない。


王家には権威がある。


けれど。


国を実際に支えているのは。


兵を持ち。


金を出し。


領地を治め。


魔物と戦う。


多くの貴族たちでもある。


だから王家は。


彼らをつなぎ止めなければならない。


婚姻も。


そのための方法の一つだった。


第三王子殿下は、自分が我が家へ与えられる褒美だと思っていた。


実際には。


王家が我が家をつなぎ止めるために差し出したものだったのに。


まあ。


それを本人に言うのは少々かわいそうなので。


黙っておくことにした。


数十年後。


コバルト王国は、有力貴族たちの反乱によって滅びることになる。


貴族は王家に無条件に従うもの。


当時の王族たちは。


最後までそう思っていたらしい。


けれど。


本当は違った。


貴族たちは。


王家を支えていたのだ。


そう、神輿のように。


そして。


支える価値がないと思われたとき。


貴族は別の神輿を担ぐのである。




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