杉原課長の優つとお忍びの公爵
杉原課長に対する呼び出しがあってから3日後、ギルド内が騒がしくなる。合同で探検に出た10組のパーティが予定を過ぎても戻ってこないためだ。前回の大惨事からまだ、半月も経っていない。
冒険者ギルドは、また捜索隊を出すことにした。
「このダンジョンどうなってやがる。またいっぺんに大勢が死んだのか」
「多分そうだろう。帰ってこないイコール死だ。捜索隊を出しても無駄だろ」
ギルド内では冒険者たちが噂話をしている。捜索隊に否定的な意見が多い。
「それでは行ってきます」
そんな雰囲気の中、前回と同じ2チームの捜索隊が編成され、ダンジョンに入って行った。
聞き取り調査から、第4階層で対象パーティたちの目撃情報がある。事故があったとすれば4階以上だ。捜索隊は4階から捜索していった。4階、5階、6階と捜索していったが何も見つからない。
7階層に入ると少しカーブした長い通路があった。罠を仕掛けていますと言っているような場所だ。通路入り口から丁寧に調べて行く。罠を発動するスイッチ的なものは発見できなかった。その代わりと言っていいのか分からないが、通路の中ほどに隠し部屋を発見した。
中に入ると5人の冒険者が力尽きたように座り込んでいた。部屋の奥には蓋を開けられた棺がある。他には何もなかった。
「大丈夫か。俺たちは捜索隊だ」
5人の冒険者たちは、怪我をしていないようだが、とても怯えていた。
「俺たちは助かったのか」
「何があったか話してくれ」
「この魔剣を見てくれ、これはあの棺の中にあった物だ。これを取り出した瞬間、外の通路の床が消えて、通路にいた者は全て下に落ちた。落ちた底は暗くて全く見えなかった。半日ほどうめき声が聞こえていたが、それも聞こえなくなった。恐ろしくて出て行けず、この場で誰かが来るのを待っていた」
この男が魔剣を棺から取り出したせいで、多くの冒険者が死んだ。勿論、男には殺意も悪意も無かっただろう。そもそもダンジョン内での事故は自己責任だ。男を罪に問う事はないだろう。死んでいった冒険者の遺族には恨まれるが、男の行為による結果だとしても賠償責任はない。
捜索隊は捜索を打ち切り、5人の冒険者を連れ帰った。
今回は生存者があり、無事救助できた。原因も判明し、ギルドはこれを公表した。
救助された男を非難する声もあったが、それよりも男が持ち帰った魔剣に人々は興味を持った。男は魔剣を競売にかけた。そして受け取った額は一生遊んで暮らせるものだった。
その後、男がどうなったかは解らないが、ダンジョン入る冒険者は格段に増えた。
いつしか、このダンジョンのことを「大食らいの魔塔」と呼ばれるようになった。
「報告します」
杉原は、庁舎内にある一室でカラスに向かって話している。カラスの隣にはモニターがあり、画面には領主様と各部長が映りだされている。そこはここから500km程離れたゴーラ城内の会議室だ。
「それでは、現在の状況から報告します。大食いの魔塔周辺は急速に発展し、人口1万人を超え、まだまだ増加しています。50%が人族それもメシヤ国からの移住です。大半が冒険者とその家族、冒険者に関わる鍛冶、薬師、医師などです。残りの半分はゴーラ市を含め周辺の都市からの移住です。今は公爵軍が、この町の行政を担っていますが、そろそろ限界です。庁を置くべきです」
「分っている。今こちらで準備中だ。その長官は杉原、お前にやらせるからそのつもりでいてくれ」
「えっ」
「聞こえなかったか」
「いえ、聞こえています。ですが、私には荷が重いかと思います。経験もありません」
「また心配か。今お前以上にそのダンジョンについて詳しい者はいない。行政の仕事については、こちらから各業務のプロを送るつもりだから、心配はない」
「・・・承知しました」
3年ほどの任期だと思っていたが、5年以上はこの場から離れられないかもしれない。単身赴任が長くなりそうだ。
「おめでとうございます。杉原長官」
「止めてくれ、リン太さん」
この通信室には杉原の他にリン太も同席していた。月に一度の定例会議には、ゴーラ&リン(株)のリン太社長も必ず参加する。
ダンジョンの西側は、主に官公庁関係の建物があり、東側は商業地区に区分けされている。
リン太の会社もその地区に支店を設置している。運送、建築、ホテル等々手広く商売している。株式会社とはいえ、出資者はゴーラ公爵様だから官と変わらない。
杉原は、問題が起きたらこの社長に頼れと、公爵様から直接言われている。今のところ何ら問題はない。ダンジョン取扱い説明書、マニュアルに書いてある事を実行するだけで解決できる事項だ。
しかし、大喰の魔塔都市を運営していくとなると、話は違ってくるだろう。幾つもの事業を手掛けている彼の助言は必要になる。
「私に都市運営は難しい。これからは何度も助けてもらう事になるだろう。よろしく頼む」
「大丈夫です。領主様も仰っていたでしょう。行政のプロを送ると。長官の仕事は、この都市の状況を見て、ダンジョンマニュアルに書いてある事をするだけだと思います」
「それは、どう言う意味ですか」
「このダンジョンの目的は、秘密裏にメシヤ国の好戦的な気持ちと戦力を削る事です。それは通常の都市運営以上に過酷な決断を必要とします。例えばスタンビードの発生とその後の復興などです」
「なるほど、それでダンジョン課の課長がこの都市の長官になる訳か。でもこの事を何故リン太社長が知っている。国家機密だろ」
「この計画の発案は私だからです」
このような少年が、この計画の発案者だと。いや見かけは少年だが、実年齢は違うのかもしれない。迂闊な考えは良くない。杉原は驚くと同時に少し的外れな事を考えた。リン太は臆病で言い訳の得意な小狡い少年である。
領主様からの内示があってから、1月後、命令書が届いた。杉原は大喰い魔塔庁長官に任ぜられた。
空き部屋だらけの合同庁舎は人で埋まって行った。官舎も同様、官吏とその家族たちで活気を帯びてきた。町はそれ以上の勢いで発展する。学校、病院、教会等が整備されていく。
杉原は、長官官邸に引っ越した。まさか自分が官邸に住むことになるとは夢にも思わなかった。迎賓館としても使用する邸内はメイド、執事、警備が常駐している。庶民の杉原は落ち着かない。杉原にとっては前の官舎の方が快適だった。妻と子供たちを呼ぼうかとしたが、嫌がって来ない。杉原は3カ月に一度、領主様への報告を兼ねて帰郷することにした。
業務については、最初に領主様から言われた通り何ら問題はなかった。優秀な官吏たちが全てを行った。杉原は報告書を読み、決済する。杉原も元はゴーラ公爵領の国務部の官吏だ。行政文書には慣れている。
やはり、心配事はスタンビードだ。自然界のダンジョンだと魔格が魔力を貯めすぎて暴走する。このダンジョンは人工的なものだ。スタンビードも任意に発動できる。これがこのダンジョンの最大の特徴といえる。
マニュアルにはこう書かれている。
1 20年に1度、不定期に発動させる。
2 ダンジョン付近で内乱、暴動が起きた時に発動させる。
3 ゴーラ公爵の命令で発動させる。
上の1、2は時間的余裕があるため、杉原の任期中は起こらないだろう。となると、残るは3項目だ。公爵がどのような理由で発動させるかだ。毎月の魔塔都市の現状報告を公爵はどのように受け取られているのか。
発動させればどうなるか、シュミレーションと言うか予定と言うか、具体的に解っている。ダンジョン入口から湧き出た魔物は、メインストリートの両脇に立ち並ぶ商会の建物を削りながら、真っ直ぐに国境へと走り出す。火砕流の様に。
都市内に駐留している一個大隊の兵は商会の建物を盾にし、都市内に魔物を侵入させない戦いをする。全ての魔物をメシヤ国へ誘導するのが目的だ。国境を越えた魔物たちの対処は、メシヤ国の軍隊がどうにかするだろう。ゴーラ公爵の軍を越境させるわけにはいかない。
であるならば、被害の大半をメシヤ国が被る事になる。それが目的なので今更考えてもしかたがない。
色々と考えても仕方がない事ばかりが頭に浮かぶ。官邸内の執務室に一人籠っているからだ。杉原は気分を変えるため、外に飯でも食いに行くことにした。
官邸の裏口からこっそりと出してもらい。東地区にある居酒屋を目指す。
杉原は、のれんをくぐり、店に入る。店内は結構賑わっていた。カウンターに一つ空きがあったのでそこに腰掛ける。おしぼりを受け取り取り、敢えずビールを注文すると、隣の客から声を掛けられた。
「あれ、杉原さんもこの店によく来るのですか」
見るとリン太社長だった。その隣は領主様?
その少女は人差し指を唇に当てている。お忍びらしい。
「リン太さん奇遇ですね。私は最近通うようになりました。そちらの方は?」
お忍びでも何とお呼びしたらいいか解らないので、紹介してもらう事にした。
「マリーさんだよ」
マリーさんと紹介された少女は、リン太を睨みつけている。お気に召さなかったようだ。お忍びとは言え、ゴーラ地方の盟主であり公爵閣下だ。せめてマリー様とお呼びするべきだろう。
「リン太、私の事はお姉さんと呼べと言っているだろ。歳も近いのだから」
あれ、そっちなのか。それと歳も近いとは、リン太さんも見かけの年齢ではないと言う事だ。杉原は以前の勘違いを確信に変えた。
「それでは私はマリーさんとお呼びしてもよろしいのでしょうか」
「ああいいぞ、杉原はそれでいい」
「ありがとうございます。それでマリーさんは観光ですか」
「そのとおり、ダンジョンの観光に来た。リン太に案内してもらうつもりだ。杉原も一緒にどうだ」
「えっ、私がですか」
領主様の観光案内など気疲れするだけだ。杉原は隣のリン太に助けを求めるような目を向ける。
しかし、リン太は一つため息をついて首を左右にふる。諦めよと言いたいらしい。
その仕草を見て杉原は直ぐに諦めた。そもそも、領主様の誘いを断るなどありえないのだ。
「承知しました。お供します」
「ふむ。それでは明日からダンジョン探索だ」
「「えー」」
杉原とリン太は同時に声を上げた。




