公爵様のお仕事
公爵の仕事は日々、忙しく、そして退屈である。
500年?600年だったか、現公爵がその職に就いてからあまり変わっていない。
数十年に一度の割合で、隣のメシヤ国が侵略してくる。これも数百年の歴史から見ると一つのルーティンだ。珍しい物ではない。
しかし、何故、人族は戦争を仕掛けて来るのか。一度も成功したことがないのに、時には何百人の兵士が死に、その上賠償金を払わされているのに、繰り返し戦争を起こす。
最初のころは何故だろうと、このゴーラ地方を治める領主であり公爵でもあるマリーは思い悩んだこともあったが、今はもう何も思っていない。人族とはそういうものだと理解している。
人族の寿命は短い、同じ人間が攻めてくることはないが、少しは学習してから来てほしいとも思っている。
ゴーラ公爵にとって隣国との戦争は3パターンであると理解している。
1 昔々の地図を持ってきて、ここは人族が治めていた土地だから返してもらうと主張するパターンだ。
これについは、その地図は合っている。200年ほど前の地図だ。メシヤ国が攻めてきて、そして公爵軍が勝利し、メシヤ国が賠償金を払えないので国土を割譲したのだから、合意の上での割譲だ。何を今更言っている。当時の条約文も当然ある。
2 工作により内乱を起こし、領内の人族を保護する理由で進軍してくるパターン。
人種による差別の極みだな。我が国は多種族の国家だ。人族の保護を理由にその他の人種を殺しに来るのは、異種族の存在を否定するものだ。まあそれが本音かもしれない。
3 獣人がメシヤ国で犯した犯罪を理由に、その報復として侵略してくるパターン。
これが戦争の理由になるのなら、いつでもどこでも、好きな時に侵略できる。これこそが戦争の本質だ。力さえあれば、理由などいらないのだ。自国民さえ納得させればいい。
今回の戦争も同じ。メシヤ国と国境を接するブレーメン伯爵領が戦争の舞台になる。パターンとしては第2のパターンだ。
1カ月ほど前、国境付近にメシヤ国軍の集積の情報を得ていた。
メシヤ国にその事を問い合わせたら、恒例の訓練だとの回答だった。下手な嘘だ。
また戦争だなと判断したマリーは、ブレーメン伯爵にこの情報を通知し、戦争に備えよと指示を出した。
ブレーメン伯爵はゴーラ公爵と同様に魔王国の貴族だが、ゴーラ公爵はゴーラ地方の自治を魔王様から任されている。
そして、ブレーメン伯爵は、ゴーラ公爵の子飼いの貴族であり、また公爵の血縁者でもある。孫の孫の孫の・・・まあそんなところである。
しかし、吸血鬼としての能力は途絶え、普通のイヌ獣人が当主を務めている。
その日は情報部からの報告で始まった。
「公爵様、いよいよ戦争が始まるようです。ブレーメン伯爵領内で人族による暴動が発生しました。メシヤ国による工作です」
「予定通りだな。ブレーメン伯爵は上手くメシヤ軍を引き込んでから叩くだろう。暗殺もタイミングを合わせてやれよ」
「「承知しました」」
防衛部長と暗部長が会議室から出て行く。
暴動を未然に防ぐ事は可能であったが、この機を利用してしっかりと叩いておかなければ戦争が長引く恐れがある。
人族は戦争が好きだからいいが、我々魔族や獣人にその趣味はない。共存共栄を目的としている我々は人族にも繁栄してほしいと考えているが、これがなかなか難しい。マリーの悩みである。
明くる日、戦局は大きく変化する。暴動の鎮圧にブレーメン伯爵が失敗したのだ。
「報告します。暴動を指導していた者の中に勇者がいるようです」
たまにある。100年に1度くらい人族に、魔力が非常に高い勇者と呼ばれる者が生まれる。今回はそれに当たったようだ。ブレーメン伯爵はその可能性をマリーから告げられていたが対策を怠っていたようだ。
「分った。我が軍を出すぞ!対勇者戦だ」
マリーは少しワクワクしている。
勇者の魔力は魔王様並みだ。しかし、いかんせん人族は短命だ。経験が少ない。生まれて20年ほどの経験しか持っていない。勇者は戦闘能力が高いため力で押すより、罠にはめるのが一番手っ取り早い。
今回の勇者は炎の魔法が得意のようだ。それは、風、水、土の魔法があまり得意ではないと推測できる。そうとなれば罠は、落とし穴でいいだろう。
勇者が進む先に落とし穴を掘り、落ちたところを泥水で埋めてしまう。
結果から言うと、簡単に処理することができた。
今回の勇者はバカだった。全く面白くなかった。それが答えだ。
マリーは勝利にも拘わらず不満であった。
人間は歴史から学ばない。いや学べないと言った方がいい。自分だけは大丈夫。そう思うのが人だ。そうでなければ冒険などできない。未知への挑戦なんてできない。それが人間であり、顕著に表れているのが人族だ。
それでも少しずつ成長している。1,000年時を見てきたマリーは、人族の成長は好ましく思う。とても面白いからだ。発明発見も、エンターテインメントも人族が生み出す。
でも今回はつまらない。100年に一度の勇者なのに残念だ。
マリーの愉しみは100年先に遠のいた。
結局、当初の計画通りなった。
内乱の鎮圧にブレーメン伯爵軍は一度失敗したが、公爵軍により国境線まで敵軍を押し戻し、その際に多くの兵と敵指揮官を捕虜にした。またこのタイミグでメシヤ国の国王と王太子が急死した。
更に、たまたま捕虜にした指揮官が王位継承第2位の王弟だった。
そのような訳で、この戦争は終了、メシヤ国は多大な賠償金を支払う事になった。
ご想像の通り、国王と王太子の急死は、公爵領に所属する暗部によるものであり、敵指揮官が王位継承第2位の王弟である事も最初から分かっていて捕虜にした。
戦争を早く終わらせ、お互いの犠牲者を少なくするためだ。これでメシヤ国の国庫は空になり、また数十年は、戦争は起こらないだろう。
でも、いつもの事ながら、戦後処理は忙しいだけで、面白くない。またマリーのストレスが一つ増えた。
毎日、毎日、各種の報告書、企画書に目を通し決済していく。その上戦後処理、まったく面白くない。今日は休みにして、推しの行動を堪能しよう。
マリーは領主様だから予定の変更は自由にやっていいのだ。本当はいけない。領主様だからこそいけない。でも、さぼる。領主も人間だ、休養は必要だ。と領主であり公爵であるマリーは考えた。
「セバスはいるか」
「はっ、ここに」
「この後の予定はどうなっている」
「何もご予定はありません」
「何だ、何もないのか」
良心の呵責に耐えて、さぼる決心をした私の気持ちを返せと言いたいが、誰に返してもらえばいいのか分からない。
本来なら、予定の変更により迷惑を掛ける人たちがいない事を喜ぶべきだが、見かけだけは少女であるマリーは見かけ並みの我儘な不満を持つ。
「これから私は、瞑想に入る。私が自ら部屋を出るまで、だれも通すな」
「承りました」
瞑想などするつもりはない。リン太の行動を見るための方便だ。
別に推しの行動を見るのを、隠す必要はない。
しかし、領主が趣味で人の行動を盗み見ているのは、部下たちの士気が下がる恐れがある。更にストーカーなどと言う言葉が流行り始めている。
ここは隠しておくのが良策だろう。決して後ろめたい訳ではない。
常識ある公爵は人並みの世間体を気にしている。
マリーは執務机に置いてあるモニターのスイッチを入れる。チャンネルはカラスの式神数だけある。100チャンネルだ。
そして、推しに付けている式神のチャンネルに合わせる。モニターにリン太とその仲間たちの姿が映し出される。
「ここは、焼き肉屋だな。随分楽しそうだ・・・面白くない」
マリーのお気に召さない映像だった。
彼女は、モニターのスイッチを切り、瞑想することにした。
1時間ほど瞑想した後、部屋を出た。廊下には書類を携えた職員たちが列を作っていた。
・・・・・。
「君たち待たせたな。順次入ってくれ」
特に予定がなくても、公爵様のルーティンの仕事は永遠に続くのだ。




