公爵様は視察する
領主様から視察の指示があって一月、その日を迎えた。
庁舎前は、一個小隊の儀じょう隊が整列している。そこに4頭立ての馬車が止まる。
従者によりドアが開けられ、馬車から軍服に身を包んだ少女が降りてくる。
「捧げーつつ」
儀じょう隊指揮官の号令により、儀じょう隊兵士は一糸乱れず、着剣の銃を捧げ持つ。
良く訓練された兵士であるのが窺える。
その前を最高指揮官である少女が歩き進む。
視察の出迎えにしては、物々しい儀式に見えるが、魔王国と人族メシヤ国の国境を守るゴーラ公爵領は国防の最先端である。軍の統率は最重要事項であるため、ゴーラ地区において公式の視察には当たり前の礼式である。
軍の礼式を受けたマリーは、杉原長官の案内により、庁舎内に入った。
庁舎の大会議室では、魔塔都市庁の幹部がそろっている。みんな緊張の面持ちで席に着いている。
その中、末席にはリン太の姿も見える。何で俺がここに居なければならないと不満気な顔をしている。そしてリン太の周辺には同じような顔をしている人族の者たちがいる。この都市の主要な商会主たちだ。彼らも何故自分たちがこの場に居なければならないのか理解できないと言った面持ちだ。
その理由は、彼らの商会が建っている魔塔都市の土地は使用権を認めているだけで、所有権はない。特に商用地区は目的あった使用をしているか、契約により検閲、視察を受ける事になっている。
「マリー・フォン・ゴーラ公爵様、入られます」
全員が起立する。
マリーが席に着くと、一斉に席に着く。
「それでは、現状説明を行います」
杉原長官がスクリーンの傍らに立ち、魔塔都市の現状について上司である領主マリーに説明する。
杉原は幾分緊張しているが、説明は的確で理解しやすくまとめられ、スムーズに進められていく。
「以上で現状説明を終わります」
「ふむ」
「それでは、これより主要な施設を視察して頂きます」
「ふむ」
視察用の馬車に乗ったのは、マリー、長官にリン太だ。今だ何で俺がと思うリン太いる。
また、何ぜ鬼人の青年が領主様に同行しているのだ。と言う会議室にいた者たちの目がある。
「リン太、お前を同行させたのは、庁の職員や商会主たちに、お前を私の腹心の様に見せるためだ、この都市でのお前の立場を少し上げといた。ざまあ見ろ」
普通に考えれば、領主の腹心と思われれば周りから一目置かれ、侮られることが無くなる。リン太のような若造には必要な事だが、マリーの最後の言葉「ざまあ見ろ」は悪意を示している。
当のリン太も苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
杉原は不思議に思い、その事をリン太に尋ねる。
「どういう事でしょう?リン太さん仕事がやり易くなったのでは」
「仕事など、今までの状態でも問題ない。それよりその弊害の方が大きい」
「弊害?何ですか、それは妬みですか?」
「妬み、やっかみならまだ良いが、行政に対する不満や攻撃を公爵や長官の代わりに標的にされる事がある。公爵や長官は騎士や兵が守るが、俺は民間人だから、自分で自分を守らなければならない」
「まあ、お前なら大丈夫だろ。それにお前とお前の家族には式神を付けて見張らしているから、危ないときは直ぐに兵が駆けつける」
リン太は、マリーを睨んでいた目を少し和らげ、ため息をつく。
「やはり、俺はエサだな。公に対する悪意を釣り上げるための」
「流石、リン太だ。説明がいらない」
マリーは上機嫌だ。リン太は眉間にしわを寄せ、長官の杉原は唖然としている。
馬車の中での話が一段落ついたころ、最初の視察目標である商会に着いた。ダンジョン正面から延びる大通りに面した。この都市最大の商会である。石材を使用した5階建ての建物である。この通りに面した建築物は全て同様の仕様になっている。
万が一のスタンビードに備え、この場所の使用条件に堅牢な仕様建築が盛り込まれている。これに違反したら土地の使用権を取り上げられる。
馬車から降りたマリーたちは、商会長の案内で商会内を視察する。
「ふむ、建築基準に合った建物だ。問題ない。会長、商売の方は順調か?」
「はい。お陰様で商いも順調です」
「ふむ、ご苦労、これからも励め。よし次行くぞ」
先導者の後ろにマリー、その後ろにリン太、長官の順に一列で進む。
視察に居合わせた人たちはみな片膝をついて、マリーたちが通過するまで動かない。
大通りにある、武器屋、防具屋、銀行、建築屋、呉服店、食料店等、大手の商会を回り終えると次に大通りから一本内側に入り、その場所に建てられてある各種ギルドを回る。
「冒険者ギルドマスター、久しいな。変わりはないか」
「はい、お陰様で、息子ともども元気にやっています」
マリーが立ち止まり、ギルドマスターと話している。
それを遠目で見ていた冒険者から噂をする声が聞こえる。
「あれは、随分前に来た。凄腕のパーティじゃないか?ほらダンジョンでギルドマスターの息子を救出した」
「アホか、あれはご領主様の視察だ。そんな訳ないだろう」
「いや間違いない。あの時のパーティだ。大きな鬼人、あの時のポーターだ。覚えているだろう。あれはご領主様のお忍びだったのだ」
「「なるほど、スゲー」」
何がスゲーなのか解らないが、マリーたちから離れた所で冒険者たちが盛り上がっている。
「ちっ」
その冒険者たちを目の端で見ていたリン太の口から舌打ちが漏れる。
リン太は、ここでも面倒な事になると感じたのだろう。
視察は問題なく予定どおりに終わった。
マリーたちを乗せた馬車は視察を終え。長官官邸に着く。
官邸は迎賓館としても兼ねている。今夜は主要人物を招いてマリー主催の晩餐会の予定である。
馬車を降りたマリーたちが官邸入り口から入ると、中には杉原長官の奥さんとその子供たち、更にリン太の妻たちが待っていた。
「おう」「げっ」
杉原とリン太の口から同じものを見て別の声が出た。
長官に駆け寄る妻と子供たち。一歩後退りするリン太。その光景は対照的だった。
家庭にはそれぞれの在り方があるのだ。
一歩のみの後退りで耐えたリン太は、一生懸命に笑顔を作って、妻たちに近づく。
「やあ、久しぶり・・・」
「ほんと、久しぶり。3か月も連絡せずに遊び呆けていたな。この道楽亭主」
4人の妻たちを代表してカナコが目を三角にして吠えている。その後ろにはミサコ、ニナ、里美たちの目も三角になって、腕を組んでいる。相当怒っている。
「いや、遊び呆けていたわけではないよ。領主様の依頼で仕事をしていた」
リン太は、後退りしながらも言い訳をする。
「ネタは上がっているんだ。マリー様とダンジョン観光したり、居酒屋で飲んだくれているとヒロミから聞いている」
「あのアマ、ある事ない事チクリやがったな。いや、本当の事だから、ある事ある事か」
リン太はブツブツ呟きながらも考えを巡らせる。なぜここに妻たちがいる?マリー様について来た?いやマリー様に連れて来られたのだろう。その証拠に、杉原さんの家族も来ている。
その考えに至ったリン太は、マリーの姿を探す。
リン太の斜め後方にその姿があった。こちらを見ながらニタニタ笑っている。
ああ、理解した。今回の視察の本当の目的は、この事だったのだ。リン太は、マリーの顔を見て確信した。マリーはリン太が慌てふためく、姿を見るためにこの視察を行ったのだ。
しかし、これ以上マリーを喜ばしてなるものかと、リン太は心の中で決意する。
「ゴーラ公爵様、私どもの家族をお招き下さり感謝します。仕事とはいえ、愛する家族と長く離れているのはとても辛い事でした。この様なご配慮いたく感謝申し上げます」
リン太は、妻たちに恥ずかしくて直接言えなかった言い訳をマリーに言う事で間接的に伝えた。これで少しは機嫌を直してくれるはずだ。
効果はあったようだ。カナコは三角の目を丸くし、後ろの妻たちは頬を赤らめている。
マリーは自分が利用された事を直ぐに気が付き、舌打ちしそうになるが、それを堪える。
リン太が片膝をつき、マリーに感謝を申し上げるとまた、杉原夫妻も同様に頭を垂れ感謝を申し上げたからだ。
「家臣や、我が社の従業員の働きには我も感謝している。今回はその慰安である。短い期間ではあるが、家族と一緒に楽しむがいい」
「ありがたき幸せ」「ありがとうございます」
「ふむ」
マリーは微妙な表情で頷く。




