ゴーラ公爵は可憐な少女
「旦那様、あの者をお連れしました」
執務室で書類に目を通していたところに、執事から声がかかる。
少女は書類から目を外すことなく返事をする。
「入れ」
部屋のドアが開かれ、額に2本の小さくて細い角を生やした少年が部屋に入いる。そして、執務机前で立ち止まった。少女はようやく書類から目を離し立ち上がる。
「よく来た。実はお前に、頼みたいことがあって呼んだ。まあ座れ」
彼を促し、執務室に備えられた真っ赤なソファーに移動する。
少女が腰を下ろした後、少年もテーブルを挟んだソファーに腰を下ろした。
少年の名はリン太、最近彼女が見つけた面白い発想をする鬼人のガキだ。
そして彼女は、このゴーラ地方を治める領主、マリー・フォン・ゴーラ公爵、種族は吸血鬼、年齢は1,055歳。見かけは、目の前にいる少年と変わらない。周囲の人間からは14才程度に見える可憐な少女だ。
「先週末、お前達は焼き肉大王と言うレストランで随分楽しんだようだな」
マリーは気に入った者、最近では「推し」と言うらしいが、そういった者を監視対象に指定し、部下に監視させている。まあ今になってはストーカー的な趣味だと言われてもしかたがないが、最初からそのような気持ちがあった訳ではなかった。
リン太を、正確には彼の妹を監視対象に指定した。犯罪組織、大黒屋と関りがあったためだ。直ぐに、彼らの疑いは晴れ、むしろ被害者だと確認できた。そこで監視対象から外しても良かったが、その時の彼の行動に興味を惹かれたのだ。
「はい。先日は仲間達と楽しく食事をしました。焼き肉大王の肉は安物で何の肉か解りませんが、焼き方さえ間違えなければとても美味しいのですよ。領主様も次回ご一緒しませんか」
マリーは本題に入る前の前振りの心算だった。少し誤解されている。焼き肉大王に誘われなかった事への嫌味ではない。それと「楽しく食事だ」?あれは奪い合いだろ。いや楽しそうではあったな。マリーは一人納得している。
「誘ってくれて嬉しいのだが、私が行くと店の者や周りの者に迷惑がかかる。でも折角のお前の誘いを無下にもしたくない」
リン太の顔を見ると困惑していようだ。「どっち何だ?」と言いたいらしい。
自分で焼き肉の話を言い出しておきながら、とは思うが、マリーは無視して話を前に進める。
「お前のとこの頭取から聞いたのだが、お前は、城の近くに一軒の家を買うらしいな。頭取を脅したのだろ。まあそんな事はどうでも良いが、私は城の近くに一軒所有しているのだが、それを売ってやろうか」
リン太は、一瞬考える素振りを見せたが、直ぐに話しだす。
「もしかして、不良物件を私に押し付けようとしていませんか?大方、その物件は何かの罪で一家惨殺、恨み辛み、呪い付の事故物件でしょう」
何とも、ひねた奴だ。しかし正鵠を射ている。
「よく解ったな。恨み辛みは知らないが、呪いは付いていないぞ、私自身が見て確認したから間違いない。それにお前はそんな事気にしないだろし、どうせ金も頭取が出すのだろ」
リン太が務めている狢BANKは、このゴーラ領では第2位の銀行だ。王国内でも大手と言える会社だ。名前から解かると思うが、タヌキの獣人が頭取を務めている。
そしてリン太はまだ入社して半年も経たない行員見習いだ。
だが、この都市の領主で公爵であるマリーがリン太の事を気に入り、公爵城に出向させることにした。彼はその立場を利用して、頭取を脅したのだろう。
「うちの頭取はあれで金融のプロですよ。そのような物件に手を出すことは無いです」
それは解っている。解っていて言っているのだ。何とかしてほしい。それが彼女の本音である。
「そうだな、何か良い知恵はないかな、まあお前は悪い知恵の方か、何でもいいからあれをうまく処分したい。一等地の屋敷なのだが、あれがあるから周りの地価まで下がる」
リン太は面倒くさそうな顔をしながらも話し始める。
「特に悪い知恵は必要ないと思います。個人に売却するのではなく、公共の施設として活用してはどうでしょう。例えば迎賓館、学校、病院、公園等々、いずれも大なり小なり改修が必要ですね。場所が高級住宅街であれば、最初は公園として開放し、時間を掛けながら小さな花屋、カフェ、サロン等を開店させていけばどうでしょう」
リン太の意見は、おおよそ財務の見解と同じだ。この問題を即座に解決する妙案はない。
「なるほど。時間がかかるが既存の建物を利用しつつ土地の再開発をすればいいのだな。よし分かったもう帰っていいぞ」
「・・・・・では失礼します」
リン太は何やら不満気だ。飯が出るとでも思ったのだろう。
リン太兄妹をこの屋敷に初めて招いたときにご馳走でもてなした。想像を絶する食べっぷりだった。傾城の美女と言う言葉がる。彼らは、傾城の食べっぷりだ。そう何度もご馳走は出せない。この城が危ない。
あの調子では焼き肉大王とやらも近いうち出入り禁止になる事だろう。
リン太が帰った後、マリーは財務の次長であるランスを呼んだ。
「元ブレーメン伯爵屋敷の再利用については、財務で検討した方針で進める。細部を更に検討して企画案として提出せよ」
「承知しました」
ランスは真面目な良い男だ。10人の女性がいたら、10人とも振り向くだろう。
彼は公爵の一族であり、吸血鬼だ。見かけは20台後半に見えるが、本当の年齢は100歳を超えているはずだ。なので、異性に対する心は残念ならが枯れている。
最近では、仕事のやり過ぎで、身も心も枯れているような気もする。彼の上司に彼を少し労わるように言っておくとしよう。
マリーは部下の健康状態を気に掛ける良い領主なのだ。
ランスが下がり、マリーが引き続き書類に目を通していると、執事が足早に部屋に入ってきた。
「旦那様、情報部の者から至急の報告があるそうです。モニター室へご足労頂きたいとの事です」
「分った直ぐに行く」
情報部のモニター室では、カラスの式神から送られて来る映像を魔道具のモニターで監視している。室内では常時30人程の職員が、100台のモニターを見ている。
「こちらです」
情報部員の一人に案内されて、一つのモニターを見ると、つい1・2時間前に別れたリン太が映っていた。3人の衛兵に取り囲まれ槍を突き付けられている。
「どうゆう状況だ?」
しかし、リン太が危険な状況ではない。どちらかと言えば衛兵の方が危ない。マリーは素早く判断した。
「直ぐに、兵を1分隊向かわせて、その衛兵たちを逮捕しろ。衛兵が正当防衛で殺されるぞ」
「はっ!」
「あそこは、元ブレーメン伯爵屋敷だな。あいつ興味なさそうにしていたが、やはり下見に来ていたか」
彼女はモニターに映るリン太を見て嬉しそうに呟く。
暫く、モニターを覗いていたら、10人程の兵がなだれ込み、衛兵3人を逮捕捕縛した。連絡を受けてから15分ほどで事件は終了した。
事の顛末は、仕事をさぼっていた衛兵がリン太を不審者と間違えて逮捕監禁しようとした。誤解は直ぐに解けたが、リン太が衛兵の職務怠慢を指摘すると一人の衛兵が口封じにリン太を殺そうとした。
「つまらない話だ。衛兵に罰を与えなければならない」
彼女の仕事が増えたようだ、
彼女は執務室に戻り、領主の通常事務を再開する。
「旦那様、リン太様が来ております」
「通せ」
リン太が部屋に入って直ぐに、彼女は声を掛ける。
リン太の様子を見ると特に怒っているようではなかった。だが謝罪と説明は必要だ。
「面倒を掛けてすまないな。彼らは規則に基づいて罰を与える。私が指揮する衛兵の中にも、ああいう連中は必ず発生する。まともな者を揃えても時間がたてば何割かはああなる。殺してもまた何割かは出てくるのだ。」
「それは私にもゴブリン村で経験があります。あそこは逆でしたけど。働き者が村から出ていくと不思議とそれまでサボっていた奴が何割か働き出す。不思議ですが社会的な生活をする生き物の習性でしょう」
リン太はここゴーラから遠く離れたドラゴンが住むような所の出身だ。そこにゴブリン村がある。そのような村にも人間社会がある。人間の社会は大きくても小さくても同じような構成を作る。怠け者とそうでない者。
「人間の習性ならば改善は無理だな。せめて全体の士気を下げないよう工夫するとしよう」
「私の経験ですが、そのためにはサボる奴を固定させないよう配置の移動が必要でしょう。それで逮捕された3人はどうなるのですか」
「気になるのか。3人とも命令違反、職務怠慢、お前に対する殺人未遂が罪状だ。先の2つは棒叩き10回、殺人未遂は両腕を切り落として追放が相場だな。事実上死刑と変わらない」
「殺人未遂の件ですが3人の内2人は共謀も殺意もなかったから該当しないと思います。残り一人は明確な殺意を持っていたから相場どうりで仕方ないですね」
「被害者から減刑の嘆願が有れば罰を軽くすることもできるぞ」
リン太は少しだけ考えていたが直ぐに断る。面倒な話になりそうだと思ったのだ。
「その3人の罰については、私からの意見はありません。共存共栄できる将来を想像することができないので」
「そうか?だがリン太さえ良ければその3人を部下にやろうかと思っていたが、いらないのか」
リン太は嫌な顔をする。予想した通り面倒な事になったからだ。
「不良物件だけでなく、不良人材まで押し付けるつもりですか」
「そうだなお前なら不良物件同様、不良人材もどうにかしてくれそうだからな」
「・・・私は全く自信がありません。でも実験で良ければやってみたいと思います」
どうせ断れないと判断したリン太は、条件付きで引き受ける事にした。
「いいぞ。では執事に彼らの履歴書を用意させるから待ってろ」
「では彼らへの罰は私に任せてください」
「いいだろう。好きにしな。結果死んでもいいぞ。棒叩き10回の刑は死亡率50%だからな。いや奴らは人族だから90%ぐらいか」
「できるだけ死なないように使います」
「ところでどの様な実験なのだ」
「飴と鞭で、人は何所まで走れるかの実験です」
「やはり、ろくでもない実験だな」
使い潰す気だな。鬼だな。彼女は確信した。もっとも彼は種族的にも鬼で間違いない。
リン太は執事から彼らの履歴書を持って退室したが、暫くすると戻ってきた。
「申し訳ございません。早くも、一人殺してしまいました」
「早!私が許可した事だが、お前、容赦がないな。見せしめに使ったのだろう」
「いえ、そんなつもりは」
「それはいい。で何の用だ。その報告だけでないだろう」
「はい。私に部下を付けて下さったと言う事は、私に何かをさせるおつもりですね。何を期待しているのか教えてください」
「今のところ、決まった事はない。だがお前が以前提案した薬専門店、認定生産工場、闇工場、例の屋敷の再開発等々新規事業を立ち上げ運営していく者がいない。それをお前に丸投げしたいと考えている」
何が今のところ決まっていないだ。領主様の頭の中では全て丸投げと決まっているではないか。
リン太は、脳内で断る理由を探すが出てこない。
「そんな大事業を餓鬼の私と不良人材ができる訳ないじゃないですか。それに一人死んでしまって私含め3人ですよ」
「・・・」
お前が殺したんだろうと、マリーは言いたそうだ。
「それならお前が連れてきた少女、あれも付けよう。彼女は例の屋敷のメイド長の娘だ。母が帰宅しないので心配して探していたらしい。母親がどうしているかは解らない。調査させるつもりではいる」
リン太は、微妙な顔をしている。「領主なんかと関わりになるとロクなことはない」とでも思っているのだろう。顔に出ている。
「解りました。でも女の子一人増えたところで何も変わりません。内部に事業をできる者がいないのでしたら外部に組織を作りましょう。ゴーラ様はお金を出してください。そのお金でゴーラ何とか(株)を作ります。その会社の利益の一部は配当という形で出資者のゴーラ様にお渡しします。残りの利益はこの会社の発展に使います。如何でしょう」
14才程度のガキのくせに会社経営するだと、世の中をなめているのか。絶対になめているよな。でもまっ、良いか。見ていて面白そうだ。マリーは珍しい玩具を見つけた子供のように微笑む。
「引き受けてくれるのか。よし金ならだす。でも大丈夫か小鬼のガキが会社設立なんて、だれも信用しれくれないだろう」
「ご心配ごもっともです。ですから出資者のゴーラ様側から執行役員をだれか派遣してください。ゴーラ様の右腕とされているような方が適当だと思います。その者が対外的な顔役をすればいいと思います」
「それなら財務の次長、ランスにやらせよう。セバス、ランスを呼んで来い」
執事は一礼したのち退室した。
「ゴーラ様、ランスと言う方はどのような人ですか」
「ランスは私と同じで吸血鬼だ。生真面目で魔力も強い。いい男だからリン太の彼女、ミサコ取られちゃうかも。でも、ランスにはそっちの欲望は全くないから恨むなよ。ミサコがお前からランスに乗り換えるだけだから」
リン太が少し焦った表情をした。リン太には最近できた彼女がいる。ミサコと言うネコ族の少女だ。
ドアをノックする音があり、セバスの声がする。
「ランス様をお連れしました」
「入れ」
リン太はランスを見て焦りを増したようだ。どうだ、いい男だろう。マリーはリン太の表情を見て楽しんでいる。
「失礼します。領主様に呼ばれて参りました」
ランスはリン太を横目で、少しだけ見たが、直ぐにマリーへ目を戻す。
「ランスお前に命令する。このリン太が作る会社の執行役員として働け」
「承知しました。今の仕事は誰に引き継げばよろしいですか」
「お前が兼務しろ」
「・・・・承知しました」
リン太は微妙な顔をしている。
それに気が付いたマリーは、ランスの顔を見ながら思う。なんだろう?ランスの顔をみると憔悴しているような。あっ、すっかり忘れていた。少し前に疲れ切ったランスを労ってやるような事を考えていたのだった。
今更命令を変更したくないし、代わりの者など思いつかない。次から考慮することにする。
「下がって良い」
彼女は、何事もなかったかの様に、仕事を再開した。
マリー・フォン・ゴーラ公爵様は部下の健康状態を気に掛けるが、直ぐに忘れる、少し残念な領主様です。




