待ち伏せ
私たちは息を殺しながら、その様子を伺っていた。
逃げ切れてなど、いなかった。
風が木々の間を通り抜けるたびに、葉が擦り合わされる。
私たちは体を低くした。
近づいた地面から冷気が登ってくる。
地面についた指の先が冷えていく。
せっかくフィンにお湯を貰ったのに。
「この店の店主で間違いないのか?」
「ああ、調べたところ、この店にランタンが持ち込まれたらしい」
目を見開く。
ランタンの話をしている。またこのランタンだ。
腰に下げたそれが、この闇の中では、やけに存在感を主張している気がした。
「それにしてもこんな街の端に店があるとは知らなかったな」
「半年くらい前に、若い魔女がやってきて店を開いたそうだ。よく魔法道具を爆発させているって話だ」
「おいおい、爆発なんて本当かよ」
押し殺した笑い声があたりに響く。
確かに魔法道具を爆発させてるよ。
でも最後にはちゃんと直してきた。
指に力が入る。
喉元まで上がった言葉を飲み下し、男たちに視線を送った。
クロエが小さく首を振るのが見えた。
「言われてるぜ?」
「黙って」
帽子の下からフィンを睨みつける。
若葉の瞳が慌てて前を向く。
「今日は市場でも騒ぎがあった。また取り逃がしたら怖いボスにドヤされる」
「つくづくあのランタンには苦労させられるな」
「違いない。久々に思いっきり飲みたい気分だ」
「おい、お前達うるさいぞ!」
それから何事か話す人影は、店先から動こうとしない。
男の一人は壁に寄りかかり、剣の先を靴でつつく。
重たい金属音が辺りに鈍い音を響かせた。
別の男は腕を組みながら忙しなく動き回っていた。
二、三歩進んでは立ち止まり、店の扉と通りの奥を行ったり来たりしている。
どうもバラエティ豊かな集団らしい。
月明かりを雲が遮ると辺りは一層闇に包まれる。
息遣いさえ伝わりそうな静けさに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ティア、あいつら店から動かないよ」
「夜通し待つ気なのかもな」
「何ですって?迷惑客だわ」
「客じゃないでしょ」
小さく拳を握りながら、喋り続ける男たちに視線を走らせる。
口では会話を楽しんでいるが、剣の柄から手が離れない。
視線だけが周囲をなぞるように動いていた。
「どうしよう。声かけてみたほうがいいかな」
「冗談でしょ。のこのこ出ていったら何されるか分かったものじゃないよ」
「だけど…」
いくら客の少ない店とはいえ、開けられなければ来る客も来なくなる。
そうなったら、いくら家賃が安いと行っても店は立ち行かない。
そもそも店の扉をきちんと閉めたか不安になってきた。
考え始めると、胸の奥に何かがつっかえたような気持ちになる。
そもそも、何も悪くない私が、どうしてあの人達に遠慮する必要があるの?
「じゃあ、奇襲してみるとか」
「無理だな。人数が多すぎる。今日は店に戻るのは諦めるしかない」
フィンの言葉に唇を噛み締める。
空には半分から少し欠けた月が登っていた。
ここまで歩き通しだったが、店に戻れないと知ってどっと疲れが襲ってきた。
体が自分のものではないような感覚に襲われる。
「おい、大丈夫か?」
フィンが眉を下げながら覗き込む。
「大丈夫だよ」
反射的に言葉が出る。
大丈夫、そう大丈夫よ。私はまだいける。
しゃがみ込んで顔を膝に寄せながら言い聞かせる。
とんがり帽子のつばを両手で握りしめながら、もう一度店先に顔を向けて、「魔法道具修理承ります」の看板をじっくりと眺めた。
「二人ともこの場を離れよう」
黒い影が囁いた。尻尾の先だけが、僅かに揺れている。
いつもなら真っ先に飛び出して達者な口で男たちに文句の一つでも浴びせているだろうに。今はそれを堪えている。動く尻尾の影が伸びては縮む。
我慢しているのは私だけでは無いことに気づき、硬く結んだ唇が緩む。
そうして私たちは身を屈めながら、店を背にした。
扉の向こうにはいつものカウンターがあるが、今夜は見知らぬ店に見えた。
遠くに家々の暖かな光がある。
どこかの宿に泊まるか、あるいは軒先でも借りられればそれで良い。
私たちは街の中心地に向かって歩き出した。
明日になれば、彼らは居なくなってくれる。
今はそう信じるしか無い。
それでも、もう店に戻れない可能性を頭の片隅で考えていた。




