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魔法道具は今日も静かに眠る ~壊れた魔導具を直していたら、 なぜか街の人生相談所になっていました~  作者: カナ山


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5/11

懸賞金



荒い息を吐きながら、懸命に足を前へと出す。

肺が張り裂けそうだ。

「捕まえろ!」という声が、すぐ背後で弾けた。

黒いワンピースが足に絡みついては、裾が風に煽られてパタパタとはためく。


「クロエ!私たちなんで追いかけられてるの!?」


「知らないよそんな事!」


背後の足音が、すぐそこまで来ている。

このままじゃ追いつかれるのは時間の問題だ。

ボロボロの革鎧が走るたびにカタカタと音を立てていた。

くたびれた剣が跳ねる。


まともな冒険者のやることじゃない!


「次、そこの路地に入って!」


クロエが叫ぶ。

黒い体が跳ね上がり、壁を伝って裏路地に入る。

咄嗟にクロエの後ろを追った。


廃材を避けながら、先の見えない狭い裏道を駆ける。

何が入っているかもわからない木箱と、窓から窓に干された洗濯物。

窓辺の花が風に揺られている。

クロエの尻尾が目の前で激しく跳ねるのを他人事のように見つめた。


いつまで逃げ続ければいいの…?!


足がもつれて、ランタンが大きな音を立てる。

目の前をひた走る黒猫が金色の瞳をこちらに向けた。


「ティア、ここに隠れよう!急いで!」


そこは崩れかけた家だった。

石壁には細かい草が生えていて、屋根が傾いている。

中も荒れ放題で、壊れた荷車や、元が何だったかもわからない塊が散らばっていた。

荒い息を吐きながら、扉をくぐる。


クロエはどこに行ったのだろう。先に隠れたのかな。

体全体が脈打つような感覚に目眩がする。

黒いワンピースが汗で湿った。

その時、背後から近づいてくる足音に気がついて、急いで奥の物陰に身を隠した。

必死に息を殺す。


「赤褐色の髪の女だ!そいつがランタンを持っている!」


「ランタンだ!ランタンを探せ!」


「ランタンがありゃあ、懸賞金は俺等のもんだ!生きてても死んでてもな!」


――その言葉が、耳に残った。


どういう意味?

腰に下げたランタンが、やけに重い。

ただの修理中の魔法道具のはずなのに。

知らない。

私は、このランタンのことを何も知らない。

それでも、この街の誰かが、私より先に“答え”を知っている。

それだけは、はっきりしていた。


アルフレッドさんの姿が脳裏を掠めた。

汗が眉間から滑り落ちる。

背後の石壁にさらに背中を押し付けて自分を縮こまらせた。

ここから自分の店まではまだ遠い。


幾人かの足音と怒声が聞こえる。

息を止めると、頭が殴られたように痛い。

だが、押し寄せる足音を考えれば、荒い呼吸を鎮めるしかなかった。


どのくらいの時間が過ぎただろうか。

いくらか心臓が落ち着いた頃、男たちの足音はすでに遠く過ぎ去っていた。

私は口元から両手を離し、物陰から辺りを伺う。


廃屋の中には誰も居ない。

髪はボサボサで、中は蒸し暑かった。

私は足音を殺して移動し、入口からそっと顔を出す。

外にも男たちの姿は見当たらない。


小さく息をつき廃屋に視線を走らせた。

クロエを探さなくては。


「クロエー」


小さく呼びかけてみる。

男たちが去ったとはいえ、大声を出す勇気はない。

もう一度、声をかけようと、息を吸ったときだった。


背後から肩を掴まれた。

飛び出しそうになる悲鳴ごと口を塞がれて、落ち着いたはずの心臓が飛び跳ねた。

——ここで捕まったら、もう店には戻れない。


「声を出すな」


口を覆った手から土と薬草をすりつぶした様な匂いがする。

背後にいる男は、自分より頭二つ分は高そうだった。

少し浮いた足元が、小さく揺れている。

あれだけ確認したのに、どうして気づかれたのか。

目に涙が滲むと同時に、お腹の辺りが熱くなる。


せめて、せめてクロエだけは守らなくちゃ。

両手で男の手を剥がそうと藻掻きながら、体を捩った。

薄暗い納屋に目線を走らせて、金色の瞳を探す。


視界の端に、黒い影がよぎった。

いつのまにか足元にクロエがいる。

優雅な黒い毛が逆立て、金色の瞳孔が十字に裂けた。


「その子を、離しなぁ!」


そう言ったが早いか、黒い影が跳ねる。

腹の底に響く唸り声と、硬いものがぶつかる音がする。

乾いた衝撃音が納屋に響き、男の体はよろめいた。

地面に放り出された私は、息を詰めたまま振り返る。


二つの影は土煙の中で絡まり合う。

その中を、小さな影が地面すれすれに走り抜けたかと思うとヘビのように駆け上がっていく。


男の体が仰け反る。

だが、振り上げられた右手が小さな影を掴もうとした。


――殺される、と思った。


そう思い、手近にあった木片を大きく振りかぶろうした瞬間、土煙が晴れて男の顔が飛び込んで来る。

煤けた金髪を短く刈り上げ、頭を振る。


意思の強そうな若葉の瞳と目があった。


「フィン…?」


その名前を呼びながら、胸の奥がざわついた。

どうして、この場にいるのか。


ぽかんと開けた口から間抜けな声がした。

振り上げられた右手が行き場をなくして彷徨っている。

その男は、使い古されたナイフを腰に刺して、分厚い上着を身にまとっていた。


フィンだ。この街に住む冒険者。


「ひどいぜ。いきなり」


尻もちをついた体勢のままぼやくような声が上がった。

煤けた金髪が風に吹かれている。

思わぬ人物の登場に、体が前のめりになる。


「いきなりはそっちだよ。てっきりあいつらの仲間かと思った。…仲間じゃないだろうね?」


その言葉を聞き、身を固くしながら一歩後ろに下がる。

クロエはいまだ興奮が抜けないのか毛が逆立ったままだ。


「おいおい、あいつらと一緒にしないでくれよ。知り合いが妙な連中に追われていたから、手を貸そうとしたんじゃないか。それにギルド周りで、最近……いや、今はいいか」


フィンがしかめっ面をこちらに向け、への字に結ばれた口元がさらに歪む。

頭を擦っていた手を腰のナイフに添え、指先が柄を確かめた。

右手と若葉の瞳を交互に見ながら、さらに半歩後ろに下がる。


脈を打つ心臓を抑えながら、クロエを手元に呼び寄せた。


「本当?」

「本当だ!」


フィンの声が少し大きくなる。


「知ってるだろ?俺がソロの探索者だって!いや、別に好きで一人でなわけじゃないけどよ」


その言葉を聞いてようやくはーっと息を漏らす。

フィンには申し訳ないが本気でやつらの仲間かと思った。

疑いたくはないが、冒険者というのは依頼があればどんな仕事も請け負う一面を持つ。


それでも、フィンはダンジョン探索を主に行う冒険者で、この街の出身だ。

治安を悪くする仕事を、好んで請ける男ではない。


「聞きたいんだけどよ。なんで奴らに追い回されてたんだ?奴らの魔法道具を爆発でもさせたのか?」フィンが左腕を支えにしながら、体勢を崩す。


「させてないよ!」


まったく。

私がいつも何かを爆発させてるみたいじゃない。

今度はこっちが疑われる番みたい。

朝のことを頭の片隅に追いやりながら都合のいいことを考える。

どうして追われていたかと言われれば、このランタンが狙いなんだろう。

でもなぜかと言われてもまったく心当たりがない。


「それが…よくわからない。図書館から出てしばらくしたら、急に追いかけ回されたんだ。どうもランタンを狙っているらしいんだけど」


クロエが毛づくろいをしながら続ける。

こんなときでも身だしなみを整える冷静さが羨ましい。

私も服についた埃を払っておこう。

ブーツの先で地面をノックしながら、とんがり帽子のつばを叩く。


「ま、ダンジョンが見つかってこの方、良くない連中も増えたからな」


クロエの尻尾が、ぴくりと動いた。


「とりあえず、どこか落ち着けるところに避難したらどうだ?」


フィンが遠い目をした。

街が発展してもいいことばかりではない。

爆発的な人口の増加、その割りを食うのはフィンのような地元住民なんだろう。

ため息をつき、どかりと胡座をかきながら頬杖をつく姿には、日頃の疲れが滲んでいた。

煤けた金髪からパラパラと土塊が落ちた。


「そうだね。…そうなんだけど、私の店ってまだ遠いの。そこまでに見つからずいられるかどうか」


ここまでがむしゃらに逃げてきた。

靄がかかった頭で考える。

走っているときには気にならなかった汗が、自分のこめかみに溜まっているのが分かった。

遠くで男の叫び声がする。


「なんだ、そんなこと」


フィンは得意げに言う。


「おれはこの辺りの出身だぜ。自分の家みたいなもんさ」


庭じゃなくて、家ときましたか。

それは心強い。


「とはいえ、走り回って疲れているだろう?まずはどこかでほとぼりが冷めるのを待とう」


フィンはそう言ってから、人差し指で頬をかく。


「まぁ、どこかっていうか、俺の家なんだけど。」


私たちが限界だったなんてお見通しだったらしい。

クロエの満月のような瞳と目が合う。

お互い息も絶え絶えだった。

思っていることは同じみたいだね。


足音がこちら向かってきていた。

私は若葉の瞳に視線を向け、それからゆっくり頷いた。



とりあえず私たちは裏道へ逃げ込んだ。

追っ手の気配が遠のくたび、また別の足音が近づく。

右に曲がり左に曲がり、とにかくあちこちをグルグルと歩いた。

そうしてついて回っているうちに、建物と建物に押しつぶされるようにして立っている小さな家に着いたのだ。


家はところどころにヒビが入っていてどうして倒れないのか不思議なくらい。

フィンは慣れた手つきでドアを開け、家の暗闇に足を向ける。

その背中を追いかけようとして、足が止まった。


このまま入っていて大丈夫だろうか。

けれど、声をかけることも、引き返すこともできなかった。


「…入れよ」


意を決してフィンの背中を追う。


遠くで騒ぎがまだ続いてる気配がして、慌てて扉をくぐった。


――ランタンがありゃあ、懸賞金は俺等のもんだ。


いつも通りの仕事のはずだった。

それが、魔法道具一つで、命を危険に晒すことになるなんて。


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