夜明けの瞳
まだ低い位置にある太陽の光が、石畳を薄く照らしている。
「手配書のマークだ!よく探せ!」
前方で誰かが揉めている。
ほつれた革鎧を身にまとった冒険者だ。
彼らは店を一軒ずつ確かめるように騒ぎ立てている。
その視線が、次にこちらへ向く気がして、身体を縮こまらせた。
そんな中、市場全体を叩き起こすような声が響いた。
「ほら、あんたたち! 邪魔になるなら端っこに寄りな!」
その声にハッとして目を向けた。
茶色い髪を後ろでまとめた堂々たる体格のマルタが、客たちを鋭い目でさばき、時折落雷のように笑いながら市場を仕切っている。
「おや、ティアじゃないか!」
私たちが近づくと、マルタさんは大きく手を振った。
「おはようございます、マルタさん。」
軽く頭を下げる。
隣ではクロエが尻尾をゆっくり揺らし、胡乱げにマルタさんを見上げている。
マルタさんは隙あらばクロエを抱きしめようとするので警戒しているのだ。
「今日は何か探し物かい? また変な道具でも直す気なのかね」
「変じゃないですよ。ちゃんとしたお仕事です」
軽く抗議すると、マルタさんはさらに大きな声で笑い、近くにいた商人たちもつられて顔を上げた。
クロエに向かって手を伸ばすマルタさん。
その手を液体のように躱し、私の足元に隠れるクロエ。
茶色い眉毛が下がる。
「最近、物騒な噂が増えたから気をつけるんだよ。今度は焼きたてのスパイラルパイ取っておいてやるからまた寄りなよ」
先程の冒険者の事を言っているのかな。
「はい、必ず来ます!」
不調なときの修理は、うまく行った試しがない。
だから必ずパイを食べに行く。
絶対に。
「図書館は北区のほうだったよね」
「そうそう。エレナが働いているところだよ。今日中に何とかしないと、修理に差し障るよ」
そうぼやきながら見上げた看板の文字が読めず、しゃがみ込む。
昨日から、どうにも目が霞む。
腰のランタンが――青く、強く光る。
それを見ていたクロエが愛おしそうにランタンに頬ずりをした。
扉を閉めた瞬間、紙の匂いと一緒にざわめきが消える。
「目録は禁書……?!」
思わず声が大きくなるが、周りからの鋭い視線にすぐさま声を落とす。
「しーっ。ここ、図書館」
エレナが小声でたしなめる。
周りの様子を確かめた後、私たちは顔を寄せて話し込む。
私の目論見は見事に吹き飛ばされた。
期待していた結果が裏切られ、呆けたままエレナの顔を見つめる。
「現在の目録は貸し出しできないし、どうしよう」
見習い司書として働くエレナは顎に指を当てて考える。
夜明け前の空のような瞳がぼんやりした私の気持ちをそっと照らす。
「でもティアちゃんもなの?普段はほとんど貸し出し希望なんてない本なのに、最近問い合わせが急増してるのよね。どれも年代物の魔法道具ばかり。コンロとかアイロンとか――ランタンとか」
意外な言葉に目を丸くする。
自分以外にも同じ問い合わせをする人がいるとは。
少し考えながら、事情をかいつまんで説明する。
するとエレナは頷いてさらに何事かと考え始めて、やっぱりだめなのか、諦めたその時、エレナが人差し指を天井に向けた。
「それじゃあ、その年代に出た発明作品について調べるのはどう?似たような製品が出ているかもしれないよ」
その言葉に、胸の奥で小さな光がちらつく。
魔女の私が調べ物ができるなんて、なんて有り難いんだろう。
祈りながら目当ての書籍を探してしばらく歩く。
裾の長いローブを身につけた人たちが、一心不乱にページに向かっている。
そんな図書館の中でも隅っこにあるその棚は、光が当たらず本棚自体に薄い影を落としている。
そこだけ紙と埃が混じったような独特の匂いが漂っている気がして思わず顔を背けた。
私は手前でできるだけ大きく息を吸い込み、できるだけ息を止めながらそれらしい書籍を探す。
小難しそうな内容が、読む気を削ぐように並んでいる。
修理屋としては興味はあるけど、いまは目当ての本だけが欲しい。
あ、これなんかいいんじゃないかな。
『解説:魔法道具発明の今昔』
腕が引っこ抜けそうなくらい分厚いその本はふちも削れておらず、赤い背表紙に金色の箔押しがされている。
すこし分厚い紙の手触りが心地良い。
表紙の、鮮やかな赤いマークのスケッチが目に入った。
実家でよく見かけたマークだ。
分類札が古く、差し替えられていないままだ。
ということは、少し前に刊行された本という事。
期待を込めながら1ページ目を開く。
序章ー今日における魔法道具の発展は目覚ましいものがあります。思い起こせば魔法道具の人類に対する貢献は図りしれず、その功罪は歴史を紐解けば枚挙に――いやいやいや、いまはこんなところをゆっくり読んでる場合じゃないの。困ってるのこっちは。
そんなやつあたりをしながら、片っ端からページをめくる。
ランタン、ランタン、ランタン。生活系の魔法道具!
「ちょっと、ティア。早くしてよ。いくら猫の体が柔らかくても、ここは狭すぎるよ」
とんがり帽子から声がした。
「喋らないで。図書館は動物禁止なんだからしょうがないでしょ。」小声でとんがり帽子に言い返す。
そう、この図書館に入る前に受付でクロエの立ち入りを禁じられた私たちは、話し合いの末、最悪の妥協案としてクロエをとんがり帽子の中に突っ込んだのだった。
「この辺、人が来ないようなエリアなんでしょ?今だけ外に出してよ。いっしょに探してあげるから」
帽子の中にいるクロエが居心地悪そうに、頭の上で体制を変える感触がする。
あんまり動くから、私の帽子が生き物のように蠢いていて不気味な事この上ない。
「しょうがないな。人が来たらすぐ戻ってよ」
そう返事をすると、黒い影が頭の上からサッと飛び出す。
首のスカーフがその拍子に背中に周って、もとに戻る。
床に着地したクロエの毛並みは、今はあちらこちらにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そうしてぶるりと体を震わせると、なんだか切なそうに目を細めた。
「ひどい目に合った」
「さ、はやく手がかりを見つけよう」
何も聞かなかったことにして、本のページをめくり直す。
中には見知った魔法道具や見たことのない魔法道具もあり、本の匂いも忘れて内容を読み漁る。
人気のない本だったようだ。
忘れ去られてしまわれる場所も選ばれない。
それでも、それらしいページを引き当て、思わず、にんまり笑った。
『望みのランプ』魔法道具:月光のランプの模造品。稀代の詐欺師が発明したこのランプは、魔力を通すことで、所有者の望む光景を映し出した。しかし依存するものが後を立たず、最後には幻覚を見せる機械としてエンリィ国では社会問題にまで発展した。
「あー、これ村の学校でならったな」「へぇ、意外。ちゃんと授業聞いてたんだ」
「ちょっと、これでもテストでは上の方よ」「学校全体でも20人くらいだったじゃない」
『アルバート式魔法回路』アルバート式魔法回路の登場によって、人々はより高い魔力伝達性を手に入れた。キャッチコピーは「より早く、より安全に」
「こんなの作れたらな」「うらやましいよね」
次のページの右端に折り目が付けられているのを見て、エレナが怒るな、なんて思いながらさらに本を読み込んだ。
そうして、文字を追っていた指が止まる。ざらついた紙の上に、表紙で見た鮮やかな赤いマークのスケッチ。毛に覆われたその横顔には妙な愛嬌があった。
『ランドルフ製魔力鉄鍋』
温度の調整が効くこの鍋は、小型ながらも耐久性に優れ、軍や冒険者の間で重宝された。赤い狼の刻印はランドルフ商会の象徴であり、野営地でこの鍋を見ると妙に安心する者も多い。派手さはないが、暮らしの現場では信頼されている。
赤い狼のマーク。
ランタンの赤い塗料と一致する。
――繋がる、気がした。
そして、右上の折り目は私より先に、誰かが辿った跡だった。




