連絡先も聞かずに、毒舌だらけの新年会
神社の境内の片隅。プラスチックのベンチに横並びで座った俺たちは、およそ新年には似つかわしくない不謹慎な言葉の礫を投げ合っていた。
「……で、奥様はそのインストラクターと、あなたの愛車でホテルへ? それはまた、クラシックというか、様式美すら感じる裏切りですね」
彼女は、新しく買い足した甘酒を啜りながら、淡々と俺の傷口を検分する。
「様式美なんて高尚なもんじゃないですよ。単に、自分のガソリン代を浮かせたかっただけでしょう。寿退社して家計を握っていたのは彼女ですからね。俺が汗水垂らして稼いだ金で、不倫の足代を賄う。……徹底したコストカットですよ」
「なるほど、やり手ですね。私の元夫も負けてませんよ。出張と言って家を出て、行先は私の実家の近所にある女のマンションでしたから。灯台下暗しというか、もはや挑発に近い」
俺たちは、どちらの「元配偶者」がよりクズであったか、という不毛な選手権を開催していた。 普通、初対面の男女が元旦にする会話ではない。だが、名前も、職業も、どこに住んでいるかも知らない相手だからこそ、胃の底に溜まった澱を吐き出すことができた。
「しかし、五年の月日がマンションに化けたのなら、勝ち組じゃないですか」
「勝ち組? 冗談。あんな呪いのこもった箱、さっさと売り飛ばして、その金で海外にでも高飛びしてやろうかと思っているところ。北の海に行くよりはマシでしょ?」
彼女は鼻先で笑い、空になった紙コップを握りつぶした。その指先には、まだ高価そうな指輪の跡が、うっすらと白く残っている。
「いいですね。高飛び。俺も愛車を売って、その金で自転車でも買おうかな。人力なら、勝手にラブホテルに連れて行かれる心配もない」
「ふふっ、三輪車にしたら? 安定感だけは抜群ですよ。……私たちに一番足りないもの」
気づけば、一時間近くも話し込んでいたらしい。 参拝客の列はさらに伸び、賑やかさを増している。この騒がしい幸運の渦の中に、俺たちの居場所はない。
「さて、そろそろ行きます。甘酒、ごちそうさま。少しだけ、厄が落ちた気がするわ」
彼女はスッと立ち上がり、コートの襟を立てた。 名前を聞くべきか、ほんの一瞬だけ迷いが頭をよぎる。……いや、よそう。 ここで連絡先を交換して
「また会いましょう」なんて約束をするのは、あまりに若すぎるし、何より、せっかく綺麗に落ちかかった厄を、また拾い集めるような気がした。
「ええ。良いお年を、とは言いません。……『ましな一年』にしましょう、お互い」 「そうね。……『ましな一年』。いい響き」
彼女は一度だけ小さく手を振り、人混みの中に消えていった。 連絡先も知らない。次に会う保証もない。 ただ、同じ地獄を見てきた人間が、今、この街のどこかで同じように冷たい空気を吸っている。 それだけで、十分だった。
俺は最後に、おみくじの『中吉』を、神社の結び所に固く結びつけた。
「急ぐな」という神様の忠告。 ああ、わかってる。急ぎもしないし、期待もしない。
駐車場に向かう足取りは、来た時よりもほんの少しだけ軽かった。
愛車のエンジンをかける。 ナビが「あけましておめでとうございます」と、例の女と同じ声で挨拶をしてきたが、今日は不思議と腹も立たなかった。
「……さて、どこへ行こうか」
北の海以外なら、どこだっていい。 俺はアクセルをゆっくりと踏み込み、新しい「独身生活」という名の、あまり期待できない荒野へと車を走らせた。




