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 寿司屋にどうしても就職したかった。うちは5代続いた乾物問屋で一人娘の私も恐らく婿をとって後継を産むのだろうなと漠然と考え、ならどしたっていいやと適当に生きてきた。大学も卒業し、さてこれからどうしようといったところで私は唐突に寿司屋になりたくなる。

 どうして寿司屋なのかは私にもわからなかった。それは心の奥底から猛烈に沸き起こった、嵐のような欲求にも似た何かだった。

 父親にそれを相談すると、少し考えた後に「お前の人生だからな」と付き合いのある割烹や寿司屋に連絡して弟子入りを打診してくれた。

 私は難なく憧れの寿司職人への道をーー歩き出さなかった。

 父から渡された住所を訪ねると、そこはデリバリーヘルス『銀シャリ』だったのだ。

「お前は顔もいいし、良い体もしているから、シャリを握るよりたくさんチンポを握りなさい♡」

 父からのメモにはそう書かれていた。文末にはキスマークまで付いていた。

 銀シャリの店長はよく肥えた40代の男だった。

「いやあ、富士見屋の旦那さんから紹介された時は冗談か何かやと思てたんやけど、ほんまに6代目やないの! うん、美人やし、アッチの具合も良さそうやから、君やったらすぐ一人前になれるわ! うちは寿司屋コンセプトでやらせてもろてるさかい。君、今日からサザエちゃんね」

 店長はにこやかにそう言うと、「じゃあ研修するから服全部脱いで」と言った。

 その日から私はデリバリーヘルス『銀シャリ』所属、サザエちゃんになったのだ。

 私の人気ぶりは上々で、予約が途切れることはなかった。次から次へと出前の予約が入り、私は大忙しになる。

 入谷の一軒家で68歳のチンポをしゃぶった後には飯田橋のタワーマンションで30歳のチンポを素股で擦る。チンポチンポチンポ。目の前に差し出されるチンポと私の指と舌は相性が良くて、たいした苦労も無く私は次々に射精させていく。汗とローションに塗れた多忙な日々はあっという間に過ぎていき、ある日父から手紙が来る。

『精子まみれのくっせえ娘にうちの敷居は跨がせん♡ 勘当する。遺産なんかは一切そちらにはいかないんでシクヨロ。 P.S. 来週180分コースで予約してます♡ 飲尿とセーラー服オプションで。いっぱい気持ちよくしてね♡ママには内緒だよ』

 私はその日で店を辞めた。

「サザエちゃんほんまに辞めんの? せっかくこれからって時やのに…」

 店長は残念そうだったが、もう私にこの店を続ける理由はなかった。私は店を辞めたその足で実家に向かった。途中コンビニでライターオイルと100円のライターを買った。 

 どうしてこうなってしまったんだろう。私は炎上する自分の生まれた家を眺めながらぼんやりと考えている。ただ寿司屋になりたかっただけなのに。

「あー、ちょっと遅かったか。もう少し早かったら誰も死ななかったのに」

 いつから居たんだろう、私の隣に小学生くらいの男の子が立っていた。

「ここにはたいした観測事象はないはずだったけど、ちょっと放って置けなくなってね。君が望むならなんとかしてあげられるかもしれない」

「なんとかって…寿司屋にならせてくれるっての?」

 彼は残念そうに首を振る。

「君が心底から願っているのはそんな表層的な欲望じゃない。それは巧妙にコーティングされた4次空間からの波動なんだ。3次空間に到達した時に微妙に歪みが出てしまったみたいで君や君の家族に間接的干渉をしてしまった。歪みが出ていなかった?」

 そう言われても私には心当たりはない。私は単なるピザ屋の彼女でここには仏壇を貰いに立ち寄っただけだ。父も母も弟も、ハワイ旅行の帰りに飛行機事故に遭い死んでしまった。私のFカップに群がる男は多いが、最近では彼氏のアツユキといい感じで、このままいけば多分結婚するはずだ。そういえば彼の仕事は仕事の都合で海外に行くかもしれないと言っていた。ということはそろそろプロポーズされるんじゃない?

「仕方ないなあ。3次空間の人間ってやつはどうしてこうも脆いんだろう? 7、8位相の微弱波動程度でこうも存在が揺らいでしまって、やれやれ。まずはこの捩れをどうにかしないとお話にならないかもしれないな」

 よくわからないことをぶつぶつと呟くと、少年は私の頬を信じられない力で張り飛ばした。あまりの衝撃に私はしばらくの間何が起きたかわからなかった。打たれた頬と頭の奥がジンジンする。

「目ぇ覚めたかブス。要するに別次元からの影響でお前とお前の家族は頭がイカれてた。この1年お前が感じたものも考えたことも全部嘘ってこと。わかった?」

 少年は淡々とそう言った。

「え? 私なんで…あれ? 家燃えて…ああああああああ」

 この1年の記憶が波のように一気に押し寄せてきた。私は立っていられずその場に膝をついた。涙が止まらなかった。

「さて、それじゃあ行こうか」

「…行くってどこに。っていうかあんた誰なの」

「幻想4次空間から来た主任観測官。この体は観測用に準備された器に過ぎない。この宇宙の観測と報告、管理が主な仕事。時々君らみたいに意思波動の影響を受けておかしな行動に出る位相の修正もやってるんだけど、今回の場合こちらのミスだからその尻拭いとアフターケアに来たわけ。どうする? このまま君としての生を全うする事もできるけれど、恐らく放火と殺人で投獄されて随分惨めな一生を送ることになると思うし、おすすめはしないかな」

「意味わかんない…あんたについていったらどうなるの」

「君はこの事象の中心人物とはいえ、この位相の3次空間的存在だから我々と同じ場所にそのまま行くわけにはいかない。そんな事をしたらあのいけ好かない上級拷問官にこの上ない娯楽を提供することになるからね。とはいえこのままこの3次空間にいては君は犯罪者になってしまう。そこでひとまず処遇が決定するまでの間、比較的振動の少ないーーいわゆる安全な位相に君を保護する事にしようと思う。そこでしばらくの間君は新しい存在として君の生を生きる事になるんだけど、今回のお詫びの意味も兼ねて君の希望通りの位相に飛ばしてあげる」

「ちっともわからない。もっと簡単に言って。あんたの話を聞いてるだけで気が狂いそう」

「要するに、君の望む通りの仕事、家庭環境、つまり君という存在の設定を望むがままに出来るって事」

「新しい世界で、私の望んだ通りの生活ができるってこと? 家がお金持ちだったり、素敵な恋人がいたり、好きな仕事をしてたりって?」

 その通り、と少年は言った。「今回に限り無制限で君の望みを反映させる。当然経験情報や肉体情報も書き換えられるし、位相転移した瞬間に君は新しい君として再誕すると思ってくれていい」。

「父さんや母さんもいる、私の望む世界?」

「そうだ。理解したところでじゃあ、始めようか」

 そう少年が言った途端に世界から音と色が消失した。

 何だか息苦しくなるようなズシっとした重たさが私を包んだ。

「じゃあそのまま、これから色々聞いていくからそれに応えてね」

 私は目を閉じ、ゆっくりと自分の望む世界をイメージし始めた。


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