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おめでとう。

 18年前に死んだはずの金魚のことを想っている。しかし俺に18年前は存在しない。どうやら俺は小学3年生だった事もある飼育係だからだ。勉強はできないが逆上がりはできる。キュウリとトマトが食べられないが鳩なんかは割とよく食べる方だった。一度なんかは刺し網を使った鳩の大量猟法で懲役を喰らっている。

 今日飼育小屋で飼っていた十姉妹が同じクラスのT君に全部食べられてしまったため、うちのクラスでは別の生き物を飼うことになり、その会議中だ。

 T君が悪いんだからT君を飼うべきだ、とクラス委員の女が言った(名前は忘れた)。取り巻き達が数人それに賛同し、意見のない数人がそれに続く。担任のM先生は「Tよりも先生を飼ってみないか?」と言ったが相手にされなかった。

 T君は青い顔をしていた。ご飯の食べ過ぎじゃないか? 俺はT君の食欲をかねてから心配していた。何しろT君ときたら給食の時間ともなると人が変わった様になるのだ。今日だって給食の砂肝ペーストを3杯もおかわりした上に焼きたてのフニンを8個も平らげた。その後で十姉妹を5羽も食べたのだ。

「とにかく、こうなったらもう先生を飼うか、それともTを飼うかしかないな。多数決で決めるのはフェアじゃないだろう? 先生を飼わないか? 大人だから楽だぞ?」 

 M先生はもう飼って欲しくて仕方がないんだろう。俺はM先生のことがあまり好きではないから飼いたくなかった。中年太りで腹はでっぷり出ているし、髪もなんだか薄い。よく教壇の上からおしっこをかけるし、これみよがしに首輪をつけてきたり、コンパスで自分の腕を何度も刺したりするのも気持ちが悪くて嫌だったのだ。

「ほおおおおおおお!」

 突然頓狂な声を上げて立ち上がったのはT君だった。T君は自分のランドセルからおもむろにエクストラヴァージンオリーブオイルを取り出すと、それを大胆に机の上に注いだ。ゆっくりと机上に広がっていくオイルを、T君は指と舌を使って艶かしく伸ばしていく。「いやあ」どこからか女子の悲鳴が上がるがT君はお構いなしだ。

 俺はすぐに第3位相からの超越波形を観測していた。この宇宙はすでに崩壊を始めている。T君は恐らく収束を始めた宇宙の根だ。こうしている間にも侵食は始まっているらしい。俺もそうのんびりはしていられない。うかうかしているとこの次元に閉じ込められ、一生を全うすることになってしまう。それはうまくない。

「「「五十歩百歩! 五十歩百歩!」」」

 クラスメイトの幾人かが何事かを叫びながらその場で飛び跳ね始めた。M先生はにこにこしながらその場で放尿している。

「バカなことしてないで、早くホームルームを終わりましょう? 早く。早く。私今日はピアノ教室だから早く帰りたいんです」 

 よく見るとクラス委員長の女はエスカリーナ上院議員の娘じゃないか? だとすれば俺なんかがおいそれと手を出せるような女じゃない。机に濃厚な愛撫を続けているT君の首を縄跳びでギリギリと締め上げている以外は完璧な女性だ。俺はポケットからハイライトの袋を探り当てると一本取り出し口にくわえて火をつける。

 大きく煙を吸い込んだ途端、横っ面を激しくぶっ叩かれた。どうやらこの世界にも鳩人間がいるらしい。これはこれまで同胞を貪り食ってきた俺に対する報復の一撃ってワケだ。

 耳が痛くなるほどの絶叫を上げながらM先生が教壇に何度も何度も頭を叩きつけている。何人かのクラスメイトがそれをスケッチブックに写生している。

 もうここはダメだろう。つい今しがた教室の後ろに乞食の男が座り込むのが見えた。ここでカレーでも作るんだろう。そういえば今日はまだ何も食っていなかった。電話がしたい。どうしても電話がしたかった。

 りんりんりんりんりんりんりんりん。

 オヤ? 机の下に俺の電話があることに気づく。この位相では振動が違うかったはずだが…しかし今はそんなことは言っていられない。M先生の尿まみれになった受話器をつかみ、ダイヤルを回し始める。

「ここから先へ行きたいの?」

 受話器から声が聞こえる。

「あなたはもうどこへもいけない。特にフェーズジャンプは決してできない」

 どういうことだ? 事象観測の事を知っているのか? 今回のプロジェクトは極秘だ。俺以外で知っているのは局長と、あとは恐らく隣に住んでる爺さんくらいだろう。

「おい、誰だあんた?」

 またひどく頬を張られる。鳩人間だろう。俺はカバンからパンを取り出すと細かく千切り、ばら撒いた。これでその場しのぎにはなるだろう。

「感じなさい」

 何度目かの射精。俺の半ズボンはもうグズグズになっている。ずっと首を絞められていたT君が絶命するのが見えた。窒息の苦しみの中でたまらず失禁したのだろう。大便の臭いがここまで漂ってきている。

 今度は俺の番だ。

 M先生が一際大きく教壇に頭を叩きつけた音を合図に、俺は教室を飛び出した。

「この泡はもうダメだ。第3位相からの直接干渉があったらしく崩壊、侵食が激しい。俺も影響を受けている。波動を」

 耳鳴りに似た感覚。性的な絶頂に近い圧倒的な白。俺はゆっくりと目覚めていった。

おめでとう。

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