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その1



        Leibstandarten DRITTZUG −こんどは 護衛連隊 第3小隊ー



                    HONOUR AND BLOOD


                             ● 


 護衛連隊、


 それは、ゾルクロース国王エーゼル三世の命によって創設された、王室警護を目的とする特殊部隊であり、超一流の

 技術と能力を身に付けたスペシャリスト集団である。


 その発足に際して、エーゼル三世がこの構想を公にした当初、国内の貴族達からは反発の声が大きかった。

 理由の第一は、王室には既にその警護の為の近衛連隊が存在していたからである。


 近衛連隊という立派な軍隊、国内随一と言われる精鋭から成る戦力を保持していながら、更に優秀な人材を掻き集めて

 新しい部隊を創るなど言語道断。

 国王は地方の防衛力を弱体化させてまで、自分の身を守る事だけに執心している、と主張したのだ。

 この声に対してエーゼル三世は、近衛連隊の人員を現在の2,200名から2,000名に削減すると公約、

 護衛連隊の人員は、参謀本部も含めて80名以下に設定している、と説明して貴族達に同意を求めた。


 貴族達の不満は数の話だけではない。

 そもそも、近衛連隊と護衛連隊の役割に何の差があるというのか、何故わざわざ別の部隊を組織する必要があるのか、

 という単純な疑問に端を発している。


 エーゼル三世は、近衛連隊は組織が複雑化され過ぎている、と弁明した。

 近衛連隊には連隊本部の他、警護大隊、儀仗大隊、斥候大隊、補給大隊と予備役等が存在するが、任務が明確に分離

 しているせいか、命令系統が完全に独立しているため横の繋がりがなく、現場で部隊同士が兵士の配置などを巡って

 揉めたり、混乱をきたす事もしばしば起こっていた。

 そうした事態を解消するためだけに連絡中隊を設置して、現場での各部隊間の連絡と調整をしているといった具合に。

 更に、現在近衛連隊は、王都ヴォルストブッフの警察業務の全てを一手に担っている。

 犯罪の捜査から摘発、巡回警邏、市民の苦情処理等々に要する人員は、連隊全体の40%に達するまでに増大して尚、

 市の人口増加には追いつかず、治安の維持には不足している。

 従って、今後はヴォルストブッフの警察業務は独立した組織を設立してそこに移管させる。

 そして近衛連隊を儀仗部門と王宮及び王室関連施設の警備部門に特科させ、国王とその近親者の直接警護を護衛連隊が

 担うよう、体制をシフトさせていく方針である。

 その準備の期間を含め、当面は両者の任務内容に明確な線引きはせず、状況に応じてその都度運用すると釈明したが、

 それ以上の明言は避けた。


 また、近衛連隊は軍務大臣の管理の下、連隊本部に独自に行動計画の立案と実行を指揮する権限が認められているが、

 護衛連隊は純粋に国王の勅命によってのみ行動が許される、完全な王室直属部隊であるという全く別の命令系統を持つ

 事を特徴として挙げている。



 それでもなお、一部の貴族の不審は解消されなかった。

 それは、この発案の裏には枢機卿、グフラスト侯ブラス・クナウザーが深く関与しているという噂が、まことしやかに

 囁かれていた事に起因している。


 ブラス・クナウザー・フォン・グフラスト侯爵は、大貴族であると同時に、政府内に於いて大臣の任命権を持つ枢機卿

 の一人でもあり、その発言は国王に次ぐ影響力を持っている。

 護衛連隊の件がグフラスト卿の差し金であるとすれば、軍務大臣の専権事項である軍事における組織改革に口を出す

 事になり、明らかな越権行為となるのだが、確固たる証拠がなければ、あるいはその圧倒的な政治力を恐れて、誰も

 それを掣肘することが出来ない。

 かの軍務大臣でさえ、異論を唱える事もなく手放しでそれを歓迎したというのも、その軍務大臣自身がグフラスト卿の

 お声掛かりでその役職に預かっているという背景を持っているからであり、貴族達が疑惑の目を向ける原因もそこに

 ある。

 貴族達から見れば、ただでさえ絶大な権力を持ち、王宮内を我が物顔で闊歩するグフラスト卿に、これ以上専横

 されてはかなわない、というのが偽らざる気持ちなのだ。

 とはいえ、余程の犯罪か反逆行為でも明るみにならない限り、国王からの信頼も厚いグフラスト卿を失脚させるのは

 ほぼ不可能である。

 他の貴族ならば命取りになりかねない様な失態やスキャンダル程度では、その絶大な力で簡単に揉み消されてしまう。

 一部では、グフラスト卿は明らかに次期国王の座を狙っているとも言われ、当の侯爵は否定しているが、誰もその言を

 信じてはいない。


 結論として、大半の貴族は護衛連隊の発足を認めざるを得なかった。

 このまま有力な次期国王候補に逆らい心証を悪くすると、将来の自分達の地位までも脅かし兼ねないというジレンマ

 に陥ってしまうからである。


 註:ゾルクロース王国において、国王は世襲ではなく、複数の上級貴族から成る選帝会議によって決定される。



                          


 こうして誕生した護衛連隊。

 その陣容は、連隊長ラダウ・フォン・ラングムートを始めとする参謀本部に約10名。

 全員が近衛連隊と国防軍から引き抜かれた。

 実動部隊は当初60名の採用が予定されていたが、選抜トーナメントの結果、入隊が認められたのは僅か37名に

 過ぎなかった。

 トーナメントは、剣術、格闘、魔術などの部門に分かれ、それぞれに身分、人種、宗教、職業、年齢、性別等の制限

 なく、健康で腕に自信のあるゾルクロース国民であれば、誰でも参加が認められた一大イベントであった。

 近衛連隊が貴族の子弟、もしくは貴族の紹介状を持つ者のみで構成されており、一般人の入隊が叶わない以上、

 これは大きな出世のチャンスでもあったのだ。

 地方での予選も含めて、その参加総数が十数万名に及ぶ事を考えれば、採用されるのがいかに困難か想像出来よう。


 採用された人員は、その殆どが近衛連隊と国防軍の出身者であったが、以下の各小隊に振り分けられた。

 第1小隊10名、

 第2小隊10名、

 第3小隊7名、

 第4小隊6名、

 そして第7小隊4名。

 最終的に、60名採用して第1〜第6の各小隊に10名ずつ配属する予定でいるため、どの小隊からも編入を拒否

 された例の人達は、暫定的に独立部隊として第7小隊に編入された。

 

 だが、発足して暫くたっても、実際に王室の警護に付いているのは近衛連隊の部隊のままだった。

 国王であるエーゼル三世には、近衛連隊の警護大隊と、護衛連隊の第1、第2小隊が、それぞれ交替で警護に当たって

 いるが、それを目にすることが出来るのは王宮の中だけのことであった。


 ここへ来て、護衛連隊と近衛連隊の違いが次第に明らかになってきた。

 両者の最大の相違点はその秘匿性にある。 

 近衛連隊の活動は、その殆どが国王のスケジュールと宮中行事に合わせて設定されている、つまり公開されているのに

 対して、護衛連隊の活動内容はなぜか全て極秘とされた。

 貴族達から、護衛連隊は国王の私兵だと揶揄されるのはそうした事情からだが、それは両者の制服、装備を比較すれば

 一目瞭然となる。


 近衛連隊の制服は白色を基調とし、赤や金などの色の装飾が施された高級品で、甲冑もプラチナの如き輝きを放つ、

 派手で煌びやかなものである。

 一方、護衛連隊のそれは全身黒色もしくは濃い灰色で統一され、一切の装飾を廃し、甲冑は地味な艶消しの銀色で、

 階級章も基本的には貼付しない等、目立たない事に主眼をおいて考慮されたものとなっている。

 すなわち、近衛連隊はその派手さや豪華さで国王の権威と繁栄を象徴的に呈示する存在であり、護衛連隊はその陰で

 暗躍する隠密行動を目的としている、と解釈することが出来る。


 もっとも、エーゼル三世は、わざわざ一般公募までして組織する隠密部隊など有り得ない、と一笑に付したのだが。



 その護衛連隊に、遂に本格的な任務の命令が下された。




                          ●



 その日、連隊長室に召集されたのは第3小隊の面々。


 隊長、シャモット・フォン・バッツェンヴァーレ少尉、30歳。

 副長、ミーラン・トリヴィアール・フォン・リーゼンロス軍曹、25歳。

 剣士、コール・イグノーラント・クロップツォイク、23歳。

 剣士、クルツェ・クーダー、21歳。

 剣士、ハイケル・グリレンフェンガー、20歳。

 剣士、ネルツ・フレース・イーゼグリム、17歳。

 魔術師、ハイア・リューニング、17歳。

 第3小隊は上記7名で構成されているが、その実力は、フルメンバー10名で構成された第1、第2小隊を遙かに凌ぐ

 と言われ、名実共に連隊内で最強の戦力を誇っている。


 彼等は、連隊発足以来ずっと国内を転々とし、各地の国防軍駐屯地を訪問しては、模擬実戦演習を重ねてその戦闘力と

 チームワークの強化に取り組んできた。

 

 この第3小隊は通称、黒小隊と呼ばれ、カラス(der Rabe)の称号を持っている。

 それは、他の小隊と違いこの第3小隊だけが、漆黒の甲冑を身につけている事に由来する。

 隊長シャモット・フォン・バッツェンヴァーレの趣味でそうなってしまっただけのようだが、服装から甲冑まで全身を

 黒一色で統一されたその姿は、まさにカラスと呼ぶに相応しい、異様な雰囲気と威圧感を漂わせている。 

 そして発動された指令は、そのカラスに最も似つかわしいものであった。


 整列した隊員を前にして、連隊長ラダウ・フォン・ラングムートは腕組みをしたまま、いきなり思いがけない言葉を

 口にした。

 「いいか。 分かっているだろうが、今から言うことは決して他言してはならない、また、質問は一切受け付けない」

 「もちろん、分かっております」

 即答したのは隊長シャモット。

 「よろしい・・・」

 ラングムートはここで少し間を置いた。

 この間が、なんとも言えない緊張感を生む。

 ただごとではない、とその場にいる全員に伝えるには十分だった。


 ラングムートは険しい表情のまま静かに、落ち着いた声で言った。

 「お前等の任務は、グライスナー伯爵を消すことだ」


 その瞬間、室内の空気が変わった。

 一気に気温が下がったかのような錯覚を覚え、隊員の中には鳥肌を立てる者、身震いする者もいた。

 「消す・・・とは、つまり殺せと・・・」緊張しながらシャモットが聞き返す。

 「そうだ、作戦の詳細は参謀長の方から説明する」

 その言葉を受けて参謀総長は、手にしていた書類を連隊長の机の上に広げて、隊員達に見せながら説明を始める。

 「ターゲットは、グライスナー伯フレッターのみ、他は一切危害を加えてはならない。

  決行は一週間後。

  伯爵領内の狩場にて行われるウサギ狩りの場を利用する。

  これが伯爵領内の地図、そしてこれが伯爵の肖像画だ、全員この場で頭にたたき込むように」

 「ちょっと待って、なんでまた急に暗殺なんて・・・」 聞いたのは副長ミーラン。

 「質問は受け付けんと言ったはずだぞ」

 それを厳しい表情で返すラングムート。

 参謀総長が話を続ける。

 「作戦はあくまで事故死を装わねばならない。

  諸君等は決して足跡一つ残してはいけないのだ。

  例え殺害に成功しても、それが諸君等の仕業と分かってしまっては、計画の全てが水泡に帰す。

  そうなれば、国を二分して大規模な戦争に発展し、延いては外国からの侵略を許し、我が国は存亡の危機に立たされ

  ることになってしまうだろう。

  それ程までに重要な任務であることを肝に銘じておくように。

  諸君等は何も詮索せず、疑わず、ただ自分の能力と仲間を信じて、与えられた任務を確実に、望み得る最高の形で

  終わらせる事だけを考えて、集中して取り組んでほしい」


 「・・・・・」 隊員達は黙って参謀総長の演説を聞いていた。 

 「了解しました!」

 シャモットは自らに気合いを入れるように、背筋を伸ばして姿勢を正す。

 そして参謀総長は、こう話を締め括った。

 「最後に、作戦には参謀本部から一人、コーディネーターとして同行する。

  紹介しておこう、レンツ・ナハティガルだ」

 参謀総長が手を差し向けた先、連隊長室のドアの前で、静かに控えていた女性が一歩踏み出し、頭を下げてお辞儀を

 した。

 「よろしく、お願いします」


 レンツ・ナハティガルは19歳、参謀本部で最も若く、無論、今回の一件が彼女にとっての初任務となる。 

 レンツは、一番最後にこの部屋に入ってから、ずっと第3小隊のメンバーを観察していた。

 初対面であるのはもちろんのこと、これから一緒に行動することになる噂の黒小隊、カラスがどんな人達なのか、興味

 があったからだ。

 全身を黒一色で統一された衣服を身につけたその集団は、聞きしに勝る不気味な雰囲気と威圧感を漂わせている。

 しかもみんな仏頂面。

 そんな中、へらへらというかニヤけているのが2人、副長のミーランと、剣士の一人コール。

 それが逆に、不気味と言えば不気味にも思える。


 だが、一番レンツの目を引いたのは、長身の男達の中で一際小さく見える女性剣士、ネルツ・フレース・イーゼグリム

 だった。

 髪は前髪を少し左に流した漆黒のショートヘア。

 また、無表情というか、清したというか、どこかムスッとした機嫌の悪そうな顔をしているが、まだあどけなさを

 残したその瞳はルビーか何かの宝石のように赤く輝いて、否が応でも人目を引かずにはいられない。

 彼女が“ブルートシュタイン”(紅玉随)とあだ名される理由がそれだ。

 そして何より目立つのは、レンツと同じくらい、恐らく160Cm前後と思われる身長であるにも拘わらず、その背中

 には身の丈を軽く越える、恐ろしいほど長い長刀を背負っていることだ。

 あまりに長いため、刀の柄は頭一つ上に突き出している。


 <あれが、国防軍で並ぶ者なしと言われた剣の名手ネルツ、でも一体どうやってあの長い刀を鞘から抜くのかしら>、

 などと考えていると、説明を終えた参謀総長から紹介されたので、一歩前に出てお辞儀をして挨拶した。

 頭を上げた時、偶然にもそのネルツと目が合ってしまう。

 <あっ>と思いすぐに視線を逸らせたが、あいにくネルツの気に障ってしまったようだ。

 「なによ、なんか用?」

 ネルツが威圧的に話しかけてきた。

 「い、いえ・・別に・・・(汗)」

 「なんか言いたそうだけど」

 「あ、あの・・・、綺麗な目ですね・・・」

 レンツは、しどろもどろしながら、どうにかその場を切り抜けようと、とりあえず当たり障りのない褒め言葉を、と

 思って答えたのだが、それを聞いたネルツは、何も言わずにプイッと横を向いて部屋を出て行ってしまった。

 どうやら、あの赤い目のことを言われるのは好まないらしい。


 <うわ、怒らせちゃったかな・・・>、と自責の念にかられるレンツに、今度は対照的に明るく、ニコニコしながら

 近寄って話しかけてきたのは副長のミーラン。

 「ねえねえ、レンツちゃんって言うんだって? かわいーねー」

 <な、なんだこの人、なんか慣れ慣れしい・・・>

 ミーランは180Cmを越える長身で、髪は茶色、けっこう二枚目だが、軽薄そうでもある。

 「あんなやつのこと気にしなくっていいよ、いっつもあんな調子なんだから。 可愛げがないんだよ」

 「は、はあ・・・」

 「それよりどうよ、これからどっかのカフェでお茶でもしながら作戦の話でも」

 「はあ?」 <な、何考えてんだこの人・・・、こんな時にナンパ?>

 そこへ、

 「はっはっは・・、やめといた方がいいっスよレンツちゃん、副長は女と見れば見境ないんスから」

 コール・イグノーラント・クロップツォイクが声をかける。

 コールは金髪の髪に青い瞳を持ち、ニコニコ笑う笑顔が印象的な明るいスポーツマンタイプの男だった。

 本来なら何処にでもいそうな好青年だが、この小隊の中では少し浮いている。

 「なんだと、お前は余計なことを言うな」

 「あれ? なんか俺、間違ったこと言ったっスか?」

 「間違ってる! 俺はキレイな女にしか声をかけんぞ」

 「あれ? でもこないだ公園で、雌犬に声をかけてる副長を見たんスけど・・・」

 「バカかおのれは! あれは犬を散歩させてるお姉さんの方に声をかけたんだ! 紛らわしいことを言うんじゃない」

 「そうっスか、でもモテたのは犬の方からだったみたいっスね。

  しつこく足をかじられてたっスよ」

 「うるさい、人をビーフジャーキーみたいに言うんじゃねーよ」

 「ウチの実家の犬は、ビーフジャーキーより鶏のモモの骨が好きっスよ」

 「お前ん家の犬のことなんか聞いてねーよ!」


 <な、なんなんだこれは・・・>

 レンツは2人のやりとりを見て驚いた。

 これまで抱いてきた第3小隊のイメージとはまるで違う、以外と普通(?)の青年ではないか。

 2人はレンツの先入観を根底から覆してしまった。

 これは安心してよいのだろうか。

 これから行動を共にするという意味では喜ぶべきことなのかも知れないが、そんな人達にこの重大な任務を任せて

 いいのだろうか、という不安も出てくる。

 そうこうしているところへ、小隊長シャモットが一言。

 「よーし、お前ら、くだらない漫才はそのくらいにしとけ、レンツさんも笑えないから困っているぞ。

  それより早く帰って出発の準備をしろ、時間がないぞ」

 「だれがこんなアホと漫才なんかするかっ!」

 「それはこっちの台詞っスよ」

 シャモットの一言で、メンバーはぞろぞろと部屋を出ると、各々好き勝手な方向へ散って行ってしまう。

 最後に、レンツが連隊長と参謀総長にお辞儀をして連隊長室を後にした。


 隊員達が去って静まり返った連隊長室で、参謀総長が徐に連隊長に話しかけた。

 「これで、よろしかったのでしょうか、閣下」

 「やってくれるさ、あいつ等なら」

 「そうですね、あたら有能な人材を、みすみす失いたくはないものです。

  しかし、あの連中では犠牲者が一人で済むとは思えないのですが・・・」

 「そうだな・・・、今のうちに手を打っておかねばならんな」

 「お手を煩わせて申し訳ございません」

 「何を言うか、貴君が謝る必要はない。

  隊員の尻拭いがわしの仕事なんだ、わしから仕事を奪わんでくれ」

 そう言ったラングムートも、この護衛連隊発足後最初の本格的な任務に、並々ならぬ覚悟と気合いをもって望もうと

 している様子が、ありありと見て取れた。



                      

                          ●




 その日の夕刻、参謀本部によって用意された長距離用の幌馬車に乗って、第3小隊のメンバーと同行者レンツは、一路

 グライスナー伯爵領に向かって出発した。

 都の城門を出るとすぐに、隊長シャモットが、向かいに座るレンツに話しかけてきた。

 「これでもう邪魔は入らんだろう。

  レンツさん、知っていることを話してもらおうか。

  何故、グライスナー伯爵を暗殺せねばならん。

  任務としての貴族の暗殺など、未だかつて聞いた事がない」

 いきなり核心を突く質問をされたレンツは、どぎまぎしながら答えた。

 「私も初めて聞いた時、自分の耳を疑いました。

  ですが申し訳ありません少尉、実は私も正確なところは聞いていないのです(汗)」

 「なんだそれは」

 驚いたような、それでいて訝しむような顔をするシャモット。

 「す、すいません・・・。

  なにか、もの凄く重大な話ですので、あまり深く追求するのも痴がましいというか・・・(汗)」

 そう言って下を向くレンツを見てシャモットは思った。

 実戦の経験もない19歳のレンツにとって、初任務が貴族の暗殺というとてつもなく重要で、且つ危険なものである

 とくれば、物怖じし畏縮してしまってもそれは致し方ない事なのだろう。

 だがそんな事でコーディネーターなど務まるのだろうか。

 「なるほど・・・、では知っている範囲で構わんから、話してくれるかな」


 シャモットはバッツェンヴァーレ男爵家の四男。

 短い頭髪をツンツンに立てて、貴族らしからぬ無精髭を顎に生やした剛気なタイプの男で、隊長だけあって一番頼りに

 なりそうな貫禄と落ち着いた雰囲気を持っている。

 レンツは、参謀総長から余計なことは言わなくていいと言われていたため少しためらったが、やはりここは話して

 おくべきだと判断した。

 「はい、わかりました。

  少尉はご存知かと思いますが、グライスナー伯爵は護衛連隊の発足に強硬に反対した貴族の一人です。

  伯爵はここ最近、急速に力を付けてきた権勢家でして、公然と陛下を批判したり、あらぬ噂を吹聴したり、政府の

  政策にも度々反対するなどの言動が目立ち、何れは王宮内でもその力を鼓舞し始めるだろう、と言われています。

  現に先日、グライスナー伯爵領の関所で、第7小隊が番兵と小競り合いを起こしたことが報告されていますし、

  グライスナー伯爵の方からも、その件で連隊本部に抗議と謝罪の要求がありました」

 「第7小隊!?」

 第7小隊と聞いて、いち早く反応したのはネルツ・フレース・イーゼグリムだった。


 ネルツは、隊員選抜トーナメントの剣術部門の決勝でニート・エマンツェに敗れて以来、ニートを敵対視していた。

 それはライバルなどという生易しい感情などではなく、機会があればいつでも息の根を止めてやる、という怨念にも

 似たものだった。

 何代にも渡る名門軍人家系に生まれ、剣術の英才教育を受けて育ち、わずか17歳にして国防軍最強とまで言われ、

 護衛連隊の選抜トーナメントでも優勝を確信して疑わなかったネルツが、無名故に全くノーマークだったとはいえ、

 あろうことかニートに敗れてしまった事は、それ程までに彼女のプライドを傷つけたのだ。

 そのニートが籍を置く第7小隊が問題を起こしていたと知って、ネルツは些か昂ぶった。

 「あのバカ、なにやってんだか・・・」


 「たったそれだけ?」

 驚いたようにそう言ったのは、シャモットの横に座る副長ミーラン。

 「それだけの理由で殺せってか、恐ろしいねぇー(笑)」

 「よせ、ミーラン。 まだ続きがあるだろ、レンツさん」

 シャモットがおどけるミーランを制して、レンツに話の続きを促す。

 「伯爵が急激にその力をつけてきたのには理由があります。

  それは、我が国の隣国、ナレンシュトライヒ公国が後ろ盾になっているからです」

 「ナレンシュトライヒ? あの小さい国がっスか?」

 今度はコールが驚きの声を上げる。

 「そうです。

  国は小さいですが、豊富に採れる地下資源、金属や宝石のおかげで、経済的には近隣の大国を凌ぐほど豊かです。

  そのナレンシュトライヒでは、一年程前にナレンシュトライヒ大公が亡くなられて以来、パーヴィアン大公妃が

  暫定的に政治の実権を握っているのですが、そのパーヴィアン大公妃がグライスナー伯爵家の血筋なのです。

  ですから、大公妃が実権を握って以降、グライスナー伯爵は急速に公国との関係を強め、独自に貿易を始めたりして

  経済力を強化すると共に、私兵の戦力も増強しています。

  実際、内部情報によれば、軍事支出の割合は概算で前年比46%増と、突出しています。

  また、社交界でも、かなり目立つような発言や行動が多くなって、他の貴族達にも影響力を及ぼし始めていると

  聞いています」


 「なるほど・・・、つまり、このままグライスナー伯爵を好き勝手にさせておくと、いずれは国王陛下にとっても

  目の上のたんこぶに成りかねない、という訳か」

 シャモットは、貴族ではあるが国防軍の軍人であったため、社交界とは縁遠い生活を送ってきた。

 そもそも、シャモットのような豪快で、型にはまるのを嫌うタイプの人間には、社交界のような畏まった場所は

 息苦しくてそぐわないのであった。

 それでも、風の吹く方になびき易い貴族の体質というものはよく承知している。


 「陛下、っていうよりグフラスト侯爵にとって、じゃねぇのか」

 「グフラスト侯爵っスか?」

 シャモットの言葉を受けてミーランが皮肉っぽく言ったのを、コールが聞き返した。

 ミーランもまた、リーゼンロス子爵家の次男という貴族階級の出身者で国防軍の軍人でもあったわけだが、彼は

 シャモットと違い、時間的に都合がつけば喜んで社交界へ出入りする享楽家である。

 「グライスナー伯爵とグフラスト侯爵は仲が悪いって話だぜ。

  この連隊の発足の時も喧嘩したらしいしな」

 「へー、そうなんスか・・・」

 一方のコールは代々軍人の家系で貴族ではないため、貴族の人間関係は全く知らない。

 レンツがサラッと否定する。

 「あれは、あくまで貴族達が言っている噂に過ぎません。

  護衛連隊の発足に関して、グフラスト卿が陛下に口添えしたという確たる証拠はありません。

  陛下の発案に対して、グフラスト卿が賛成し、グライスナー伯爵が反対したのは事実ですが、反対に回ったのは

  伯爵だけではありませんし、もっと上位の貴族にも反対者はいましたから」


 「要するに、見せしめだな」

 ここで、レンツは初めてクルツェ・クーダーの声を聞いた。

 少ししゃがれた、落ち着きのあるハスキーっぽい声ではあるが、どことなく子供っぽくもあった。

 それもそのはず、クルツェは第3小隊の隊員の中で一番背が低い。

 女性であるネルツやハイアよりも低く、150Cmそこそこしかない。

 いつも無表情で、しかも目つきはあまりよくないが、童顔でかわいらしい顔をしていて、一見するとまるで少年のよう

 にも見える。

 そのせいで誤解されがちだが、常に落ち着いていて思慮深く、優れた洞察力を持っており、剣の腕も確かだ。


 「例え貴族と言えども、国王陛下に楯突いた者はただでは済まされん。

  何らかの制裁を加えられて然るべきだ。

  しかし、その対象がグライスナー伯爵でなければならない理由は何だ」

 「どういう意味っスか?それ」

 コールはきょとんとしてクルツェを見た。

 「そりゃ、一番目立つからだろうよ」

 あっけらかんと答えるミーラン。

 「いや、違う。 それでは理由にならん。

  一番目立つ者を殺すということは、真っ先に謀殺を疑われる危険性が高い。

  暗殺するなら、最も労少なくして効多き者を選ぶべきだ。

  だが、グライスナー伯爵がそれに該当する要素は見当たらない」

 クルツェの言葉にシャモットが頷く。

 「確かに、今一番登り調子なグライスナー伯爵が死ねば、誰でも暗殺を疑ってしまうかも知れんな。

  しかし、反対派の貴族達の心胆を寒からしめるには十分な効果があるだろう」

 「疑われてはいかんのだ。

  誰も、暗殺の疑念すら抱かれないような人物をターゲットにするのが妥当だと言っている」

 「そりゃ始めっから無理なんじゃねーの?

  貴族なんて、みんないつ暗殺されてもおかしくねーようなヤツらばっかりだぜ」(ミーラン)

 「ってことは副長もその中に入るってことっスよね」(コール)

 「縁起でもねーこと言うんじゃねーよ! 何で俺が暗殺されなきゃなんねーんだ!」

 「分かんないっスよ、副長は女グセ悪いっスから(笑)」


 「痴情の縺れ・・・」

 いきなり、一番端に座ってそれまで全くしゃべらなかったハイア・リューニングが、小さく一言ボソッと言った。

 ハイアは小柄な少女で、魔術師らしく黒いマントを羽織って杖を持ち、前髪を目の上で切り揃えた肩丈の髪を覆い隠す

 ように、黒い大きな鍔の三角帽を被っている。

 幼さの残る可愛らしい顔立ちをしているが、いつも眠そうに目を半開きにしていて、その上無表情で滅多に笑わない。

 しかも発言の殆どは一言か二言、ボソッと言うだけ。

 それもけっこう毒のある辛辣なものだったりするのだが、本人はジョークのつもりらしい。 

 「ハ、ハイア・・・、おめーまで言うか」(ミーラン)

 「情欲の炎・・・」

 「な、なに?」

 「情念の炎、どっちがいい?」

 「ハイア、それ一部の人にしか通じないっスから・・・」(コール)

 「なんだギャグか、意味分かんねーけど」


 「話を逸らすな、俺はグライスナー伯爵暗殺の真意を聞いている」

 クルツェが怖い顔でくだらないやりとりを止めた後、レンツの方を見た。

 「見せしめにするなら、他に適当な者がいるかも知れん。

  それが何故、グライスナー伯爵でなければならん、しかも暗殺という最も過激な方法で」

 レンツは、クルツェの目を見てある種の異様な感覚を覚えた。

 少年のような顔立ちの中にある、まるで猛禽類のような鋭い威圧的な目つきに射貫かれでもするかのような。

 なんでも見透かされているようで、下手に情報を隠しても全く無駄なような気がしてきて怖くなった。



 そしてここから、遂にレンツの話は核心に入って行く。

 「先程、グライスナー伯爵はナレンシュトライヒ公国と独自に貿易していると言いましたが、公になっているのはその

  一部の物品だけで、武器や武具、及びそれらに転用可能な金属資源等の約90%は密輸によるものです」

 「な、なに!?」(シャモット)

 「密輸だって!?」(ミーラン)

 「そして、ナレンシュトライヒのパーヴィアン大公妃の人脈を利用して、武器製造に熟達した職人や刀鍛冶等を外国

  から呼び寄せている事を知る人はごく僅かです。

  それらの人達は観光や修行名目で入国しているのが確認されていますから」

 「お、おいちょっと待て! それってかなりヤバいんじゃねーの?」(ミーラン)

 「超機密事項っスよ! 武器の密輸は国家反逆罪っスよ」(コール)

 「一体、何処でそんな情報を手に入れたんだ? うちの参謀本部にそんな能力があるとは到底思えんが・・・」

 シャモットが首をかしげるのも当然、護衛連隊の参謀本部に情報収集能力はない。

 ましてや貴族の私意的な密輸という極めて秘匿性の高い情報の入手など、どう考えても不可能だ。


 レンツは静かに話を続ける。

 「・・・皆さんは、護衛連隊が発足する際に削減された近衛連隊の隊員が、その後どうなったかご存じでしょうか」

 「なに?」

 この突然の発言にシャモットも、そしてクルツェも驚いた。

 同時に、これからレンツが話す内容がかなり危険な情報を含んでいることを容易に連想させた。

 「それってあれだろ、反対する貴族がいたから近衛を200人削減して、相対的に数は減ってるってことにして納得

  させちゃったってやつ」(ミーラン)

 「そうです」(レンツ) 

 「でもいいんスかね、200人も削減したら近衛はもの凄い戦力ダウンっスよね」(コール)

 「あれは数字のカラクリだ」(クルツェ)

 「カラクリ?」(コール)

 「近衛が担っていた警察業務は、近いうちに新しく発足する組織に移行される事が決定している。

  恐らく、その新組織はヴォルストブッフの市内各地域にある、一般民の自警団を取り込んで編成されるだろう。

  更には、国防軍の王都守備隊も編入されるという可能性もある。

  だが近衛は、仕事は移すが人は移さない。

  つまり、最も負担の大きかった業務を切り離すことで、逆にその分の人員が増え強化される寸法だ。

  今までその業務に携わって忙殺されていた人員を、自由に動かす事が可能になるのだからな。

  弱体化どころか、200人を削減してもお釣りがくる」(クルツェ)

 「はあ〜、そうだったんスか・・・」


 「整理対象にされた約200人の中には、定年退職者や希望除隊者も含まれていますし、国防軍の参謀本部付き、或い

  は地方の師団本部に転属された方もいます。

  また、新設されるヴォルストブッフ警察局の準備室に配置された人も数十人程いると聞きます。

  もちろん、現在護衛連隊にいる近衛出身者は全てこの中に含まれています。

  しかし残りの大多数はその後どうなったか、その氏名も含めて一切公にされていません」

 「まあ別に、そいつらがどうなろうと俺達の知ったこっちゃねーけどな」(ミーラン)

 「そうっスね、個人の事っスからね。 あ、もしかして、全員抹殺されたとか・・・」(コール)

 「殺された? なんでだよ」

 「いや・・・、機密保持とかなんとか・・・(汗)」


 一同は固唾を呑んでレンツの話に耳を傾けた。

 「プライベートなことでもありますので、公にする必要もないのですが、それらの人達はいずれも相当な特殊技能に

  長けた手練ればかりだと聞いています。

  何故そんな優秀な人材を整理対象にしたのでしょうか。

  彼等は一度近衛連隊を解雇され、その直後に再雇用されたのです。

  政府直属の特務機関、イルティスの一員として」

 「特務機関だと!?」(シャモット)

 「イルティスって何だ?」(ミーラン)

 「イルティスって、いたちのことっスよね?」(コール)

 「ご存知ないのも致し方ありません。

  なにしろイルティスの存在は王宮内でも一部の、ごく限られた政府関係者だけにしか知らされていませんから。

  恐らく隊員の家族でさえも、未だに近衛連隊に所属していて配置転換されただけだ、と連絡されているはずです。

  それに、国王陛下が当初発表した近衛連隊2,200名というのは、警護大隊や儀仗大隊等の実動部隊の数であり、

  その上層に位置する連隊本部の人員は含まれておりません。

  参謀総長閣下の予想では、恐らくイルティスの多くは、近衛連隊の連隊本部、編制局情報部から異動されたものでは

  ないかと。

  だとすると、先程のクルツェさんの話と相俟って、近衛の人員削減は無いに等しいことになります」


 これには一同驚かずにはいられなかった。

 クルツェが確かめるように聞く。

 「つまり、完全に極秘の組織が王宮内に存在していると」

 「はい。

  イルティスは、その存在自体が機密扱いになっています。

  ですから、その所属も、構成員の数も名前も、私達でさえ分かりません。

  第一、そのイルティスという組織の名前自体が俗称というか通称で、正式名称すら分からないのです」

 「そのイルティスが情報源か・・・」

 「はい、今回のグライスナー伯爵に関する情報の一切は、イルティスからもたらされたものだそうです」


 ミーランがふざけたように言う。

 「そう言や昔、誰かに聞いたっけな、王宮は魔物の巣窟だってな。 何が出るか分かりゃしねー(笑)」

 「言い得て妙だな・・・」(クルツェ)

 「その情報を元に陛下が暗殺を指示した・・・、と言うことは、グライスナー伯爵は相当危険な人物だと判断された

  わけだな・・・」(シャモット)

 「国王陛下の指示とも限らんけどな、グフラスト侯爵かも知れねーぜ」(ミーラン) 

 「まさかクーデターでも企んでたんスかね、レンツちゃん」(コール)

 「私達の知りうる情報だけでは、そう軽々しく結論出来ません。

  そこまでの証拠はありませんから。

  それに、イルティスが掴んでいる情報の全てが、我々に伝えられたとは限りません。

  もっと重大で、深刻な情報を持っているのではないでしょうか。

  ですから、ここでどんなに詮索したところで、この計画に至った経緯を知るのは不可能です」


 「クーデターはないだろう」

 クルツェが落ち着いてキッパリと言い切った。

 「どうしてっスか?、クルツェ」(コール)

 「伯爵が謀叛を企んでいるかも知れないと知ったら陛下はどうする?

  全力を挙げて徹底的にその計画を潰しにかからねばならん。

  しかもその情報を開示するだけで、伯爵を合法的に処断出来るのだ。

  証拠は必要ない。

  証拠など後でどうにでもなる。

  暗殺などというまどろっこしい手段を用いる必要はないはずだ。

  国家反逆罪には国防軍の出動が許可される、それで伯爵領を制圧して終わりだ。

  だが、そうしない理由は何だ」

 「なんでっスか?」

 「国内の騒乱に国防軍を動員すれば、伯爵家はただでは済まされない。

  少なくとも爵位剥奪、領地没収、お家断絶等の改易は免れないだろう。

  つまり、伯爵家の地位と名誉に傷が付いては困る、傷を付けずにこの懸案を解決する必要があるということだ。

  ナレンシュトライヒとの関係悪化を避けたいというのも理由の一つだろうが・・・、果たしてそれだけかな」

 そう言ってクルツェはレンツの顔をチラッと見た。

 レンツはその視線に背筋が凍る思いがして、思わず目を逸らせた(汗)。

 これだけの情報で一体どこまで洞察しているのか全く見当がつかないが、その口ぶりからみて、クルツェがレンツの

 言葉を一から十まで信用しているとは思えない。

 或いは、レンツが未だ重要な情報を隠しているとでも推測しているのかも知れない。


 どう対処したらよいものか・・・、レンツが戸惑っているその時。


 「どうだっていいのよ、そんなこと!」


 沈黙を破ってネルツが不機嫌そうな顔で吐き捨てた。

 「命令は命令よ。

  伯爵だろうが誰だろうが、殺せと言われたからには殺す。 それだけよ」


 明快にして単純、ネルツの一言がその場の雰囲気を一変させた。

 命令は絶対。

 その履行にあたっては、背景にある政治的意図や策謀、駆け引きや交渉等に干渉する余地は全然ない。

 彼等にとって国王の命令には絶対服従、それが正義なのだ。

 さすがは騎士の称号を持つ名門軍人イーゼグリム家の娘、度胸が据わっているというか、怖い物知らずというか。

 長々と続くやり取りが余程気に入らなかったと見える。

 これにはクルツェも口を噤まざるを得なかった。

 年下であり生意気でもあるが、ネルツの言葉は任務とは何かをものの見事に表現していた。

 クルツェは目を閉じ腕組みをすると、憮然とした表情のまま黙ってしまった。

 ネルツの言葉に続いてシャモットが話す。

 「そうだな、正確な情報は多いに越したことはないが、下手な憶測は逆に間違った判断の元になる。   

  レンツさんが知らない事を、今ここで我々があれこれと詮索したところで意味がない。

  命令が下された以上は遂行せねばならんのだからな。

  ではレンツさん、具体的なその方法について説明して貰おうか」


 レンツは心の中でホッと胸を撫で下ろしていた。

 あのままクルツェと問答を繰り返していたところで、彼を得心させる事など到底不可能だと考えていたからだった。

 下手をすると直接任務とは関係ない、本来彼等が知る必要のない極秘情報まで吐露してしまわないかという恐怖に

 晒されていた事を考えると、シャモットが話を先に進めてくれたのは本当に助かった、救われた思いがした。

 「はい、分かりました。

  イルティスからの情報では、一週間後に伯爵領中部にあるフェーヴォルフェンの森でウサギ狩りが催される事に

  なっています。

  主催者は勿論伯爵ご自身ですが、参加者は近親者及び血縁のある子爵、男爵等、伯爵領内に邸宅を構える貴族達で、

  言わば身内だけの比較的小規模なものになるようです」

 「ウサギ狩りってことは、弓を使って暗殺する訳っスね」(コール)

 「そうです、狩りに参加している誰かが、伯爵を誤射したように見せなければなりません。

  ただ・・・、これには相当の技術が要求されると思うのですが・・・」

 「なら実行役は俺ってことだ」

 間髪入れずに答えたのはミーラン。

 しかも顎を少し上げ鼻高々と、満面に得意げな表情を浮かべている。

 あたかも自分が主役だと言わんばかりに。


 確かにミーランは、剣術こそトーナメント成績29位とそこそこの腕前でしかないが、弓における彼のトーナメントの

 成績は8位であり、それがこの小隊の隊員の中での最高位である事をレンツは承知していた。

 しかし、それ程自信があるとは少し意外だった。

 一発勝負の暗殺には余程の卓越した技術が必要だということを、きちんと理解しているのだろうか。

 レンツは驚きの表情を隠そうともしなかった。

 その顔を見てミーランが言う。

 「おや、俺じゃ不満かな?」

 「あ、いいえ、決してそういう理由ではないのですが・・・(汗)」

 「そうっスよ、副長はこう見えても通称ゾルクロースのウィリアム・テロって呼ばれてるんスから(笑)」(コール)

 「テロって言うな! 人をテロリストみたいに言うんじゃねー!」

 「じゃあ、エロリストっスね(笑)」

 「エロじゃね〜・・・(疲)」

 レンツは少し不安げな顔でシャモットの方を見た。

 「し、少尉はそれでよろしいのですか?(汗)」

 「構わないよ」

 シャモットは平然と即答した。

 「と言うより、俺は初めにこの作戦を聞いた時からミーランに任せると決めていたよ」

 

 シャモットの言葉を聞いても、他の誰一人としてそれに異論を唱える者はいなかった。

 つまりは、この小隊のメンバーは皆、ミーランの腕に絶対の信頼を置いているという事なのだろう。

 だがレンツは些か複雑だった。

 彼女の目には、ミーランはただの陽気で呑気な楽天家の貴族のお坊ちゃま、としか映っていなかった。

 そんな男に、この極めて重大な使命を与えていいのだろうか・・・。

 

 俯き加減で思案するレンツの表情を見て、その心の内を察したシャモットが付け加えた。

 それはレンツの耳を疑った。 

 「レンツさんは選抜トーナメントの結果しかデータがないから不安なんだろうが、俺はあの日ミーランがベロベロの

  二日酔いで試合に出ていたことを知っている」

 「あぁ、あの日か・・・、あの日はひどかったな〜、頭ガンガンでさぁ〜・・・。 おまけに指まで震えて来ちゃって

  やんの(笑)」

 ミーランがヘラヘラ笑いながら脳天気に頭をかく。

 「まじっスか!?」

 「バッカじゃないの?」

 驚くコールと、呆れるネルツ。

 「知らなかったっス、酔ってても的に当たるもんなんスね」

 「普通は当たらない・・・。 こいつの場合は酔ってる時の方が戦力になる」(クルツェ)

 「確かに、普段はただのエロリストっスからね(笑)」

 「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ、てめぇら(怒)」(ミーラン)

 「エロリスト・・・、エゴイスト・・・・・、淫獣」(ハイア)

 「なんだそれは! どー言う発想だよ!(怒)」 


 ふ、二日酔い?

 レンツは目を丸くした。

 まさか酒に酔っていながら選抜トーナメントに出場し、8位の成績を収める人がいようとは夢にも思っていなかった。

 とてもにわかには信じられない。

 全国から腕利きの猛者達が集まった、しかも自分の人生を左右するかも知れない重大な試合を、そんな不謹慎な態度で

 参加した事自体、生真面目なレンツには到底考えられない事であった。

 一体どれほどの腕前なのか、国防軍の参謀本部付第一統括気象部の末席に在籍していた彼女には想像すら出来ない。

 果たして、シラフで参加していたら、優勝出来ていたとでも言うのだろうか。

 酔狂にも程がある。

 ましてや、ミーランはリーゼンロス子爵家の者、歴とした貴族である。

 礼節を重んじる貴族にあるまじき行為だとは思わないのだろうか。

 レンツは益々、このミーランという男が信用出来なくなって行った。

 だからと言って、彼女がいくら不服を申し立てたとしても、作戦の実行に当たっては、現場の指揮官であるシャモット

 の決断に全て委ねられている。

 そのシャモットがミーランに任せると言っている以上、コーディネーター、実戦には参加しない、言うなればただの

 付き添いに過ぎない彼女が、それをとやかく言う権限はないのだ。

 どんなに納得出来ない事であっても、それは甘受しなければならない。


 ちなみに気象部とは、天気予報を出す部署ではない。

 戦場となる地域の気候、地理、地形、地質等を調査して、作戦立案を補佐するためのデータを提供する部署である。

 したがって、そこに在籍する職員には測量技術や分析の能力等が必要とされ、武芸の技能が問われることはない。



 冗談を言い合う隊員達に向かってシャモットが続けた。

 「だがなお前等、俺達にはその前に突破しなければならない関門が幾つかあるんだぞ」

 「なんだそれは?」(ミーラン)

 「その第一が、文字通り関所を通過する事だ」

 「あぁ、さっきレンツちゃんが言ってた、第7小隊が揉め事を起こしたっていう関所の事っスね」(コール)

 「レンツさん、第7小隊の事件のあらましを説明してやってくれないかな?」

 「はい、その件につきましては報告書を読んでいます。

  第7小隊の任務内容については申し上げられませんが、関所での事件の概要を掻い摘んで申し上げますと、小隊と

  関所の番兵の間で通す通さないで口論になった挙げ句、小隊の一人が剣を抜いたと・・」

 「誰!? 剣を抜いたのは! あのバカ女ね?」

 目をつり上げたネルツが、早口で声を上げながら敵意剥き出しでレンツを睨んだ。

 「い、いいえ、ヴィリー・アイゲンだと報告書には・・・(汗)」

 「あ〜あ、バカだな〜、抜いちまったら収まりがつかねーだろうに・・・」(ミーラン)

 「その場は隊長のラングヴァイラー軍曹が収めたそうですが、結局伯爵領には入らず迂回したそうです」

 「なんだ、伯爵領には入らなかったのか。 一体何の任務だったんだ、ヤツ等は」(ミーラン)

 「そこでだ、俺達は同じ轍を踏まんために別の方法をとる。

  あいつ等は御印鑑札を使って全員で通ろうとした、だから失敗した。

  俺達は任務の性格上御印鑑札を使う訳にはいかないし、持って来ていない。

  だから俺達は関所の少し手前で一旦別れて、別々に関所を通る。

  そのために、人数分の通行証を用意してもらった。

  レンツさん、みんなに配ってくれないか」

 「はい、分かりました」

 レンツは手元に置いてあった自分のバッグを取り上げると、中から通行証を取りだした。

 「これは、一般旅行者向けに発行される物と同じ通行証です」

 「つまり、旅人を装えという事だな」(クルツェ)

 「そうだ、これなら余程の事がない限り、無理なく関所を越えられる。

  ただ、全員バラバラでは不便だろうから、何かあった時の対処のためにグループ分けをする。

  ミーランとコール、クルツェとハイア、ハイケルとネルツ、そしてレンツさんは俺と共に行動してもらう、いいな。

  関所を通過したらそのまま目標の森へ向かえ、5日後に再集合する。

  集合場所は・・・、何処か適当な場所はあるかな、レンツさん」

 「はい、そうですね・・・、フェーヴォルフェンの森の北側に伯爵の甥筋に当たるレーク男爵の別荘があります。

  伯爵達はそこに宿泊してウサギ狩りを行うと思われますので、その別荘の付近がよいのではないかと思います」

 「よし、そこにしよう」

 レンツは銘々に通行証を手渡しながら注意事項を述べた。

 「一旦門をくぐったら、もうその先には我々以外味方は一人もおりません。

  ですから、一般人を含め全ての人が敵だと思わなければななりません。

  どこから情報が漏れるか分かりませんので、その事だけはくれぐれも御承知おき下さい」


 最後に、御者席で手綱を取るハイケルの分だけが手元に残った。

 だがレンツは直ぐにはそれを渡せずに躊躇してしまった。

 レンツの座っている位置から御者席まで、手を伸ばしただけでは届かない距離にいたせいもあるのだが、この男、

 どうにも話しかけずらい。

 ハイケル・グリレンフェンガーは、都を出発して以来ずっと御者席に座ったまま、一度も振り返ることもなく、会話

 に加わることもなく、こちらに背中を向けた姿勢のまま、煙草を銜えて黙り続けている。

 しかもこれが、ただの寡黙な人だけでは済まされない、不思議な空気を漂わせている。

 細身の長身で目鼻立ちは整っているが、いつも無表情で、黒髪に隠れてしまいそうなその灰色の瞳は、まるで何処か

 遠くを眺めているかのように虚ろで、一体何を考えているのかまるで分からない。

 存在感というものがなく、こっちが注意していないとそこに居ることさえ分からない。

 まだ出会って間もないからなのか、レンツは一度も彼と視線を合わせたことがないし、彼が他の人と会話をしている

 光景も目にしたことがない。

 常に無言で、常に一人でいる印象が強く、どこか人を寄せ付けない雰囲気を持っているのだ。

 それでいて、ただの人見知りで根暗な小心者とは違う違和感がある。

 未だかつて、レンツはこんな奇妙なタイプの人と会ったことがなかった。

 一言で言って怪しい人。

 それがレンツの印象だった。

 彼について知っていることと言えば、アプファライマー伯爵領のハービヒトという町の出身という事、隊員選抜

 トーナメントの剣術部門成績が16位で、護衛連隊に入る前は無職だったという事だけだった。

 

 すると、ネルツがいきなりレンツの手元から、そのハイケルに渡す分の通行証をスッと取り上げた。

 あっ、と驚くレンツを横目で見ながら言う。

 「そこからじゃ届かないでしょ、あたしが渡しとくわ」

 そう言うと今度はシャモットの方を見る。

 「バラバラになるんなら、この馬車はどうすんの?」

 「馬車はこのままハイケルに預けておく。 お前等2人で使え」

 それを聞いたミーラン。

 「ちぇっ、俺達は歩きかよ、だり〜な〜」

 「バカを言うな、歩きでは期日に間に合わなくなってしまう。

  関所に着くまでにそれぞれ旅行客を乗せる定期便等に乗れ。

  そのための金は渡しておくから、間違っても酒代に使うなよ」

 「へいへい、分かりましたよ」

 「じゃあ、集合場所で会った時のために合い言葉を決めておくぞ。

  いいか、合い言葉は「リンゴ」と言ったら「はちみつ」だ」

 「なんだそれ? どーいう関係があるんだ?」

 「いや、俺の好きなカレーの隠し味なんだが・・・」

 「あんた甘党なの? そんなごっつい顔して!」(ネルツ)

 「顔と嗜好は関係ない。

  覚えたか? ハイア、言ってみろ、リンゴと言ったら?」

 「・・・ゴリラ」

 「しりとりをするんじゃない!」

 「・・・マッキントッシュ」

 「連想ゲームするな!」

 「・・・追分」

 「唄うな! お前俺をからかってんだろ!」

 「・・・うん」

 「ハッハッハー! 面白ぇ〜! もっと言ってやれハイア(笑)」(ミーラン)


 かくして数日後、一行はそれぞれ関所を通過し、無事にグライスナー伯爵領に潜入するに至った。



                                         つづく・・・

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