第66話 出来るだけ注目はされたくない
人前で手を繋ぐことに抵抗のあった工藤珠希は恥ずかしい気持ちを押さえつつも工藤太郎の袖を掴んで歩き出した。
人ごみをかき分けて進んで行く事になるのだが、見ている人たちからは小さな拍手と微かに聞こえる程度の応援で見送られるのであった。
あの場から離れることが出来ればそれでいい。そういう思いで進んでいるのだから当然目的地なんてあるはずもないのだ。
何も考えずに歩いているという事もあって、いつもの教室にたどり着くのは自然なことなのだが、その教室には誰もおらず窓から外を見ていると、まだ多くの人達が工藤太郎の乗ってきた宇宙船を見上げていたのだ。
宇宙船に注目している人たちは工藤珠希と工藤太郎が教室にいることなど知りもしないので誰もこちらを見てはいない。その事を確認した工藤珠希は自分の席に座ると、隣の椅子に座るように工藤太郎に命令していた。
「疲れてるだろうから隣に座りなよ。あんなに注目されるなんて太郎は凄いね」
「注目されてるって言っても、俺の事じゃなくて珠希ちゃんに似合うおパンツが原因なんだけどね」
「なんでみんなボクがどんなおパンツを穿いているのか気になるんだろう。そんなの気にしてほしくないのに」
「そうだよね。珠希ちゃんが普段穿いているおパンツはみんなの理想とは違うもんね」
「バカ、本当にバカ。誰もいないからってそんなこと言うなって。そんな言い方してたら、太郎が普段からボクのおパンツを見てるみたいに聞こえるじゃん。デリカシーが無さ過ぎるよ」
「そうは言ってもさ、実際に普段から見慣れてるもんな。小さい時だったらそんなこと気にしたりしなかったけどさ、珠希ちゃんは年頃の女の子なのにさ、なんで下着姿でウロウロすることが出来るの?」
「別に理由なんて無いよ。お風呂上りで暑くてパジャマを着たくないとか、部屋から持ってくるのを忘れたとかそんな理由だし。じろじろ見るのは本当にデリカシー無いと思う」
「ジロジロ見てるつもりなんて無いんだけどな。どっちかって言うと、下着姿でウロウロしている方がデリカシー無いと思うんだけど」
「そんな言い方良くないよ。今は多様性の社会なんだから、ボクの生き方を否定するのは良くないと思う」
「生き方って。珠希ちゃんの場合はそんなたいそうなモノじゃないでしょ。面倒くさいとか忘れたとかそんなのと多様性を一緒にするのは良くないと思うな」
「そういう正論は良くないよ。男子の良くないところが出てるわ」
机の中に入れていた教科書を鞄にしまいながら工藤珠希は様子を窺うように工藤太郎の事をチラチラと見ていた。
今までの空気を変えようと思って質問をしようとしているのだけれど、そのきっかけが一向につかめずにいた。何を言っても先ほどの話に戻されるような気がするのだけれど、勇気を振り絞って聞いてみようと思った。
だが、その一歩を踏み出すには少しだけ勇気が足りていないようであった。
「それで、何か俺に聞きたいことがあるんでしょ?」
「別にそんなことないけど。逆に太郎は何かボクに言いたいこととかないのかな?」
「言いたいことか。特にないと思うんだけど、これは先に謝っておいた方がいいかもしれないな。珠希ちゃんの気分を害しちゃうかもしれないし」
「どういう事なのかな。ボクが何か怒るようなことをしてたって事?」
「場合によってはね。でも、珠希ちゃんはそんな事じゃ怒らないよって言ってくれるとは思うんだよね」
「その言い方なんかすごく嫌だな。保険をかけるなんて太郎っぽくないと思うよ。もっとはっきり言ってくれていいんだからね」
一体工藤太郎が何を隠しているのだろうかと内心不安になっていた工藤珠希ではあるのだけれど、それを悟られないように極めて冷静な感じを装って受け答えをしていた。
ただ、明らかに動揺しているというのは観察眼も鋭い工藤太郎にはバレている事なのだが、優しい工藤太郎はその事には触れずに少しだけ意地悪をしようと考えていた。
けれど、これ以上工藤珠希をいじめるのも良くないと思った工藤太郎はそのまま素直に伝えることにしたのだ。
「ちょっと待ってもらってもいいかな。やっぱりなんか落ち着かないかも。太郎が帰ってきたことで言いたいことも色々あったんだけど、なんか直接会えたら言いたいことがわからなくなっちゃった。だから、太郎がボクに対して何かやましいことがあったんだとしても先にソレを聞くことにするよ。その内容次第では、ボクが言いたいことなんてどうでもいい事になるかもしれないし。太郎が僕に言いたいことがあるなら先にどうぞ」
「本当に気を悪くしてほしくないんだけど、俺は悪気があったわけじゃないし珠希ちゃんのことを忘れていたことも無いんだよ。ただ、あの状況では仕方ないことだと思うんだよ。時間はあったのに自由に出来ることがほとんどなくて、俺にはどうする事も出来ないって感じだったからね。わかって欲しいのは、珠希ちゃんに対して申し訳ないって気持ちはずっと持ってたってことだからね」
「その言い方ってあんまり良くないことをしたって事だよね。ちょっとボクは悲しい気持ちになっちゃってるよ」
お互いに気を使いあってはいるものの、何となく気まずい空気に包まれている二人であった。
外にいる人たちの聞き取れない声が静かな教室にまで届いているのだけれど、何を言っているのかまでは理解出来るはずもなかった。




