第63話 工藤珠希と大人たち
零楼館高校には生徒と教職員以外にも多くの人間や宇宙人が存在している。
レジスタンス以外の者のほとんどがサキュバスやそれに近い存在だという事は周知の事実なのだが、今はほぼ全ての者が工藤太郎に注目している。
「珠希ちゃんが一人だけだって気付いたらどうなってしまうんだろうね?」
その言葉の意味を考えてみてもわからない工藤珠希はどういう意味なのか尋ねていた。
「私はここで長いこと働かせてもらってるんだけどね、サキュバス達の事はよくわかってないんだよ。ここに来るまでに思っていたサキュバスと実際に接した時の印象はまるで違うモノで、私はサキュバスというのはむやみやたらと男性を襲うモノだと思っていたんだよ。でも、ここにいるサキュバス達が男性を襲っているところを見たことはないのさ。ほぼ女子高で男性教員も職員もほとんどいないというのもあるのだろうけれど、男性と触れ合っているところも見たことないからね」
「確かにそうですよね。ここにいるサキュバス達は男に興味が無いって言ってますもんね。どうしてそうなっちゃったんでしょうか?」
「人間と一緒でサキュバスにも同性愛者がいたってだけの話だよ。そんなモノたちがこの場所に集まって、いつの間にか学校が出来たって事なのさ」
戦争によって過去の記録は消失してしまったが、人々の記憶の中には教育施設として零楼館の名前が古くから残されていた。
どれくらい前からあったのかは定かではないのだが、代々語り継がれていたという事は事実なのであった。
「知りたいことがあるって顔をしているけれど、私にわかることなんてほとんどないんだよ。私はここに雇われている普通の人だからね。詳しいことを知りたいって言うんだったら、わかる人に聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「わかる人って、野城君の事ですか?」
「彼も何でも知っている人の一人ではあるけれど、もう一人何でも知っている人がいるからね。そっちの彼は君の質問には答えてくれないとは思うけど、そこは気にしなくてもいいと思うよ」
「それって誰なんですか?」
「私の口からは教えられないかな。その時が来たら彼の口から教えて貰えると思うよ。さあ、そろそろここを閉めて太郎ちゃんの所に行くことにしよう。これ以上ここにいると珠希ちゃんだけじゃなく私も危ないからね」
工藤珠希は半ば強引に資料整理を終わらせられると、そのまま工藤太郎のもとへと向かわされた。
今は何となくまだ工藤太郎に会いに行けないと思っていた工藤珠希ではあったが、なぜか自分の意志とは反対に体が動いてしまっていた。何かに操られているのではないかと思ってしまっていたのだが、自分の意志ではなく本能が工藤太郎に会いたいと思っている事には気付いていないだけだったのだ。
人ごみをかき分ける事も出来ず遠くから見守ることしか出来ない。
それほど多くの人が集まっている状況であったため、工藤珠希は声もかけることが出来ず帰ろうとしていた。
工藤太郎が元気そうにしているという事が確認出来ただけでも良かったと思い自分たちの教室に戻って待っていようと考えていたところ、誰かに腕を掴まれて驚いてしまった。
「もう帰っちゃうのかい。せっかくここまで来たんだから声の一つでもかけてあげなよ」
「でも、こんなにたくさんの人がいるからボクが声をかけなくても大丈夫じゃないですか」
「そんな事無いって、珠希ちゃんが呼べば太郎ちゃんも気付くよ。ずっと一緒に暮らしているんだし、最近だって通話したりしてたんだろ?」
「最近って言っても、一週間くらい前ですよ。今週は声も聞いてなかったし」
「私の中だと一か月以内は最近なんだけどね。若い人とは感覚が違うのかもしれないね」
「ポンピーノ先生も若いと思うんですけど、仲の良い人とかいないんですか?」
何気ない軽い気持ちで聞いたことではあったが、プライベートに踏み込んだ事を聞いてしまって工藤珠希は少し後悔してしまった。
ドクターポンピーノはいつ休んでいるのだろうと思うくらい処置室にいるのだ。学校が休みの日はわからないけれど、二十四時間いつでも処置室で修復作業をしているような気がしている。
「君は意外と酷いことを言うんだね。私にも仲の良い人はそれなりにいたんだけれど、もう何年も会ってないんだよ。ここに来てからは連絡も取れなくなっちゃったしね。その辺は太郎ちゃんの力でどうにかしてもらえるんじゃないかとは思っているんだけれど、今はそんな事を言っている時でもないって事なんだよ」
「そうでしたよね。ポンピーノ先生っていつも処置室にいますもんね。修復作業は朝までかかったりするだろうし、家に帰ったりしてる時間ないですよね」
「そんな事はないんだけどね。意外と修復作業はそこまで時間がかからないんだよ。最近は死ぬ人も減っているし、自由になる時間も結構持てたりしているんだよ。太郎ちゃんが来てからサキュバスとレジスタンスのいさかいも減ってきているし、このまま平和に過ごせるのが一番なんだよね」
レジスタンスだけではなくサキュバスからも帰還を祝福されている工藤太郎を見ていると、少しだけ胸が苦しくなった工藤珠希であった。
なぜ胸が苦しくなったのか、それは上手く説明することは出来なかった。




