第61話 何でも知っている男
イザーはすぐ隣にいるクリーキーにお礼を言ったのだけれど、クリーキーはイザーの事を不思議そうな顔で見ていた。
「色々と誤解はあったけれど、今回は君のおかげで本当に助かったよ。何かお礼をしたいと思うんだけど、君は何か望みはあるのかな?」
「お礼をされるようなことは何もしてないし、そんなことしなくても大丈夫」
「でも、実際に君が太郎ちゃんを助けてくれたじゃないか。君がいなければこの世界はどうなっていたのかわからないし、お礼をしなければ私の気もすまないんだよ」
少し考えた後にクリーキーはうつむき加減でイザーのチラッと見ていた。
表情は読み取りにくいのだが、あまり明るい感じでないことだけは確かだった。
「本当にお礼なんてしてくれなくていいんだけど、君の気がそれで晴れるというのであれば受け入れるよ。君達の目にどう映っているのか俺にはわからないけれど、何もしてないってのは事実なんだよ」
「何もせずに治したって事なのか?」
「うん、本当に俺は何もしていないんだ」
みんなの見ている前でクリーキーが工藤太郎を治したのは事実だ。
クリーキーが近付いて何かしようとしたと同時に工藤太郎は元のように健康な体を取り戻していたのだ。
吐血もおさまり体のバランスが崩壊するほどの骨折も一瞬で治っていた。
みんなの見ている前でクリーキーが何かをしようとした。
何かをしようとしただけで、工藤太郎は全ての怪我を治していた。
「一つ質問なんだけど、君は太郎ちゃんに対して医術を使ったんだよね?」
「いや」
「医術ではなく治癒魔法って事かな?」
「いや」
「そうじゃないんだとしたら、近付くだけで治せる結界を張っていたとか?」
「いや」
「君についている精霊が太郎ちゃんの傷を癒したのかな?」
「いや」
「君は、太郎ちゃんにいったい何をしたの?」
「何もしていない。俺は何もしていないんだ」
工藤太郎の復活を喜ぶ多くの者とは異なり、クリーキーも喜んではいるもののとても複雑な表情で悩んでいるようだった。
「何もしてないのに太郎ちゃんは元に戻った。俺にだって出来ることはあったんだよ。本当に暗黒街の闇医者として治そうという気持ちはあったんだ。でも、俺が何かしようとした時には、太郎ちゃんは全て治った状態で立ってたんだよ」
何となくそうではないかと思っていたイザーではあったが、そうなると工藤太郎があれだけ瀕死になっていたのが急に治ったことの理由がわからない。
クリーキーは本当に何もしていないのだろうという事が薄々感じ取れていたのだけれど、どうして工藤太郎が復活したのかという事の説明がつかないのだ。
「気になることがあるようだから教えてあげよう。ただし、あっちにいるみんなには教えないっていう条件があるんだけどね」
音もなく現れた野城君に対して一瞬だけ警戒姿勢をとってしまったイザーではあったが、声をかけてきたのが野城君だという事に気付くと普段と同じように接していた。
「野城君は何でも知ってるみたいだけど、太郎ちゃんがどうしてあんな風に戻ったのか知っているって事?」
「もちろん、完全無欠で天下無敵の太郎ちゃんがイザーちゃんにやられかけた理由も復活した理由もここに戻ってきた理由も全部知ってるよ。クリーキー君が何もしてないって事も知ってるからね」
何もしていなかったという事は自分自身が一番よくわかっているし、見ていた人達が誰もそれに気付いていないという事も理解していた。ただ、世界最強のサキュバスであるイザーですら気が付いていなかったという事に驚いていたくらいなのだ。
それなのに、どう見ても普通の人間である野城君がわかっていたという事が、クリーキーの気持ちをより深くかき乱すことになっていた。普通の人間にしか見えない野城君ではあったが、全てを見通す力があるのではないかと思うようになっていた。
そして、その理解はこの場にいる全員も共通して持っているモノであった。
「太郎ちゃんの頭に刺したあの薬が効いたってのが理由なんだよね。あの薬の凄いところは色々あるんだけど、あの薬の効能が太郎ちゃんにとって一番幸運な結果をもたらすことになったんだよ。その効能ってのがどこにでもあるようなごく普通なモノで、本来持っている免疫力を高めるっていう本当にありふれたものだったんだ。ただ、その免疫力を高めるって言うのが大事で、本当に死にかけていた太郎ちゃんの体がギリギリのバランスで命を繋いでいたんだけれど、そのバランスが免疫力を高めたことによって生存寄りに傾いたってわけなんだよ。そこからは太郎ちゃんが本来持っている強力な再生能力で今に至るってことかな」
「つまり、あの薬がそこまで効果的だったって事なの?」
「あの薬が特別って事ではなくて、生きるか死ぬか本当にギリギリのバランスだった所に太郎ちゃんの再生能力を高めてあげられたってのが重要なんだよ。あの薬じゃなくて他の薬でも良かったって事だね」
「もしかしてだけど、脳に直接打ち込む必要もなかったって事?」
「それは必要なことだったんだよ。あの場所以外だと薬の効果があらわれるよりも先にバランスが悪い方向に崩れてしまうって事だったんだ。重要なのはあの場所に打つことで薬の種類ではなかったって事だね。たくさんある中であの薬が一番早く適量を用意することが出来たってだけの話だよ」
二人の方をポンっと叩いた後に野城君は爽やかな顔を見せていた。
「さあ、君たち二人もあの歓喜の輪に加わってくるといい。原因はどうあれ、君たちも太郎ちゃんの復活を喜ぶべきだ」




