第48話 お目覚めのイザー
目を覚ましたイザーは酷く混乱していた。
何があったのか覚えてはいないようだけれど、ぶたれた頬を押さえながら周りを見回していた。
心配そうに見つめている工藤珠希に笑顔を返してはいるのだけれど、頬が痛むのかいつもよりもぎこちない笑顔を見せるだけで精一杯のようだった。
「おはよう。気分はどうかな?」
いつの間にかイザーの背後に回り込んでいた工藤太郎が声をかけたのだが、イザーは驚いた猫のように飛び上がってから警戒態勢をとっていた。
「うぉ、びっくりした。いきなり後ろから話しかけないでよ。って言うか、なんでそんなに気配を消すのが上手になってるのよ?」
「気配を消さないとイザーちゃんを出し抜けないって思ってるからね。これくらいしないと俺の行動を全部読まれちゃうと思ったんだ」
「全部読むなんて出来ないよ。そもそも、私が太郎ちゃんの行動を読み切ったことなんて無いでしょ。勝負してる時だって考えるよりも先に体が動いてるくらいだし」
工藤太郎に敵意が無いという事がわかってイザーは警戒心を解いていた。表情は少し硬いままではあるが、工藤太郎に対して何かをしようという様子は見られない。
二人のやり取りをハラハラしながら見ていた工藤珠希も落ち着いてきた二人の様子にホッと一息ついていたところ、ペタコン博士が割り込んできた。
「イザーちゃんに渡したプレゼントはどうだったかな?」
「どうだったかなって、いきなりあんなの送られてきても困るんだけど。悪意も敵意も殺意も無いのに完全に私を殺しにかかってたよね。あんな方法で人を殺すことが出来るとは思わなかったよ」
「そこじゃなくて、イザーちゃんが今までちょっとだけ関わってきた星のその後の歴史についてはどう感じたかな?」
「どう感じたって聞かれてもね。上手くいくこともあれば、そうじゃないこともあるんだって思ったけど。でも、それって私が原因って事でもないよね?」
「イザーちゃんが助けてくれなければとっくに滅んでいた星ばっかりだし、助けてくれたことに対して感謝はしてる人も多いよ。あたしだってイザーちゃんが助けてくれたことでこうして太郎ちゃんと出会うきっかけを貰えたんだしね。でも、中途半端に希望を見せられたことによってより深い絶望を味わう事になった人がいることも事実なんだよね」
「それこそ私に関係ない話だと思うけど。最後まで責任をとれないんだったら中途半端に手を出すなって言われたこともあるんだけど、助けた人たちはみんな感謝してくれてたよ。何も努力をしないで怠けていた人たちまで救う義務は無いと思うんだけど。ペタコン博士みたいに努力を積み重ねてる人はちゃんと救われているわけだし、努力をしないで怠けていたことを私のせいにされるってのは違うんじゃないかな」
「あたしもその考えに賛成だよ。でも、そう思ってない人たちもいるってことをわかって欲しいだけさ。それと、あたしたちが積み重ねてきた歴史を、積み重ねることは出来ても崩れてしまった歴史も全部イザーちゃんに知って欲しい、そう思ったのは私だけじゃないんだよね」
「歴史を知ることは大事なことだと思うけど、それを伝えるために地球まで来たの?」
「違うよ。地球に来たのは太郎ちゃんについていこうって思ったからってのと、イザーちゃんとうまなちゃんと仲良くしたいって思ったからなんだ」
「仲良くしたい人にあんなことしちゃダメだよ」
「それは反省してます。でも、アレをするのは仲良くなってからの方が辛いと思ったんだ。あたしとしてもお願いはちゃんと叶えてあげたいってのもあったし、うまなちゃんにも許可は貰ってたからね」
すぐ近くにいた栗宮院うまなをイザーは睨んでいた。
ゆっくりと距離をとろうとする栗宮院うまなの腕を掴んだイザーは優しい表情を浮かべて真っすぐに顔を見つめていた。
視線を逸らす栗宮院うまなに向かって鼻がくっつきそうなくらい接近したイザーは小さな声で何か囁いていた。
何を言っていたかはわからないけれど、栗宮院うまなは目に涙を溜めていた。今にも零れ落ちそうな涙ではあったが、ギリギリのところで耐えているのか零れ落ちる事は無かった。
「うまなちゃんも何か考えがあっての事だと思うんだけど、さすがに今回のはやりすぎだと思うな。私だってか弱い乙女なんだから傷付くことだってあるんだよ」
か弱い乙女という言葉がこれほど似合わない女子もいないだろう。誰もがそう思っていたのだけれど、それを口に出すほど命知らずではなかった。
サキュバスに限らず全ての生き物の中で強さに順位を付けると上位三名には選ばれるほど強いのでとてもか弱いとは言えないと思うし、年齢不詳のサキュバスという事を考慮すると乙女と言っていいのかもわからなくなっている。
ただ、本人が乙女だと言っているのだから認めないわけにはいかないだろう。
「そういうわけだから、珠希ちゃんに似合うおパンツは水色の可愛らしいおパンツって事でいいよね?」
「それとこれとは話が別じゃないかな。水色の可愛らしいおパンツもいいとは思うんだけど、やっぱり珠希ちゃんにはピンクで大人っぽいおパンツの方が似合うと思うよ。イザーちゃんはちょっと深く考えすぎてるところがあると思うんだけど、私はペタコン博士にイザーちゃんに刺激を与える許可を出しただけであそこまでやっていいとは言ってないから。そんなに勝ち誇ったような顔をされても困るんだよね」
「そんなに強気に出ちゃっていいのかな。私が本気を出したらうまなちゃんがどうなっちゃうんだろうね。前みたいに幼児化しちゃうかもしれないよ」
「ちょっと、それはやめてよね。私の黒歴史がまた増えちゃうじゃない」
幼児化をしていた栗宮院うまなは可愛らしいと評判になっていたのだけれど、幼児特有の悪意のないイタズラがあまりにも酷かったという事もあって一週間と経たずに元に戻されていた。
その時に記録された映像は栗宮院うまなの消せない過去としてたびたび食事中に上映されていたのであった。




