第43話 何も無い
工藤太郎の身に何かあったのだろうというのは、この場にいる全員の共通認識であった。
実際に何があったのかの説明はまだないのだが、ペタコン博士の様子を見ていると何か良くないことがあったのだという事は容易に想像できていた。
死んだとしても生き返ることが出来る。
そんな特殊な環境下にいるので人の死についてそこまで深刻に受け止める事は無かったのだが、誰よりも強いサキュバスであるイザーとほぼ互角に戦うことが出来る工藤太郎が死んだという事件は誰の心にも深く強く傷を与えていたのだ。
「太郎ちゃんって、イザーちゃんが投げた氷が直撃したの?」
「そんな事は無いと思うよ。寝室は私が使う時間じゃなかったから確認はしてなかったけど、あの程度の氷が直撃しても太郎ちゃんは何ともないんじゃないかな?」
あの大きさの氷が猛スピードでぶつかってきたとしてダメージが無いという事があり得るのだろうか。
工藤太郎やイザーであればありえない話ではないのかもしれないけれど、普通の人間であれば直撃でなくかすっただけだったとしても命に支障をきたしてしまう可能性もあるのだろう。
自分の身に置き換えた工藤珠希は、かすらなかったとしても命は無かったのではないかと考えてしまっていた。
「じゃあ、太郎ちゃんが死んだ原因っていったい何なの?」
「そんなモノは知らないね。そもそも、太郎ちゃんを殺すことが出来るなんて現実であり得るのだろうか?」
先ほどまでとてももの悲しげに宇宙船を眺めていたペタコン博士はいったい何だったんだろう。
あの姿は確実に亡くなった工藤太郎の事を思って泣いていたのだと思っていたのだが、実際はそうではなかったという事実が色々と出てきて集団でパニックが起きてしまいそうな雰囲気になってしまっていた。
「でも、ペタコン博士は太郎ちゃんが死んだみたいな感じで宇宙船を見てましたよね?」
「アレは太郎ちゃんのことを考えて泣いてたわけじゃないよ。そもそも、太郎ちゃんがあたしよりも先に死ぬなんて思ってないし、そうだったとしたら地球だけじゃなく宇宙全体にひっそりと浮かんでいる星々も消滅しちゃってるんじゃないかな。それくらいに凄い影響力のある力なんだと思うよ」
「そんな話をどこかで聞いたとことがあったような気がする。どうしてそんな事を考えてしまうのかと思ったけど、太郎が死ぬことでソレだけ広い範囲にいる人たちに悪い影響を与えてしまうかもしれない。そういう事だよね?」
「違うよ。そういうのとも違うって言うか、そういう事ではないんだよね。あたしと太郎ちゃんの中で決めたたった一つのルールのせいで太郎ちゃんは今ここにやって来ることが出来ないんだよ」
ジッと空を見上げるペタコン博士は相変わらず寂しそうな顔で宇宙船を眺めているのだが、工藤太郎が死んでいないというのであればペタコン博士の表情の理由がさっぱり見当もつかなかった。
「どうしてそんなに悲しい顔をしているの?」
「だって、太郎ちゃんはあたしと一緒に寝てくれないって言うんだよ。何年も一緒に旅をするような仲になったっていうのにさ、寝室とお風呂は使う時間を明確に分けようって言いだしたんだよね。地球の感覚で言うと、午前中は太郎ちゃんが寝室を独占して使用して午後からはあたしが使用するって感じになるのかも。たまには一緒に寝てくれてもいいんじゃないかなって言ってみたりもしたんだけどさ、太郎ちゃんはそんなあたしの気持ちなんてお構いなしに決めたルールをしっかりと守り抜いたよ。少しくらいルールを忘れてくれてもいいんじゃないかなって思ってたら、ちょっと悲しい気持ちになったってだけの話だよ」
「という事は、太郎ちゃんは生きてるって事なんですね?」
「それはそうでしょ。太郎ちゃんを殺すことが出来るに存在なんてそこで気を失ってるイザーちゃんくらいだと思うよ。寿命で死ぬようなこともないだろうし、どうやったら太郎ちゃんを殺すことが出来るのか知りたいくらいだね」
誰もが工藤太郎は強いだけではなく運も良く体も丈夫だという事は理解していた。
当然忘れることなく理解していたのだが、ペタコン博士の表情と重い空気感にあてらえたみんなはその事をすっかり忘れてしまっていた。
下着姿の女性が悲しい顔で工藤太郎が乗っている宇宙船を見ている。そんな光景を目の当たりにすれば、誰だって工藤太郎の身に何かとんでもないことが起こってしまったと考えても無理はないだろう。
工藤太郎が本気で死んでしまったと思い込んでいた人の多さに衝撃を覚えることになるのだが、工藤珠希も明らかにおかしな感じではあったと気付いていたにもかかわらずにペタコン博士の講堂を見て勘違いをしてしまったのだ。
「宇宙船があんな感じになっちゃったし、このままあたしも地球のお世話になるしかないよね」
「あなたがこの星で生きていく事に関しては、たぶんだけど、イザーちゃんとうまなちゃんが何とかしてくれると思うよ。それよりも、何年も一緒に旅していたって、どういう意味なんだろうね?」
優しく吹いていた風と雲一つない晴天が工藤珠希の気持ちを落ち着けようとしているようなのであった。




