第41話 イザーの敗北
雲の厚さが先ほどよりも増し、空が近くなってきているように感じ始めた時には生徒だけではなく野生のサキュバスやサキュバス星人たちも空に向かって警戒をしていた。
校舎裏のこの狭い場所だけではなく屋上や校舎の外壁にくっついて空を見上げているのであった。どうやって壁に張り付いているのかはわからないが、そんな事は誰も気に留めていないようなので工藤珠希も気にしないようにすることにした。
イザーが空に向かって真っすぐに腕を伸ばすと、その両手のひらに集められていた強力なエネルギーを一気に放出していた。
分厚い雲を貫いて青空が見えていたのはほんの一瞬の事で、イザーの放ったエネルギーが遠くまで行ってしまうと雲の中にぽっかりと空いた穴が塞がると同時に巨大な竜巻が発生してしまっていた。
全てを飲み込んでしまうのではないかと思うくらい勢いが強くなっていく竜巻から逃げようとするものは誰もおらず、生徒も教職員も外部からやってきた者たちも皆イザーの行動を黙って見つめていた。
イザーは右に左にと安定せず動いている竜巻にゆっくりと歩み寄ると、そっとその中心に向かって手を入れていた。
すると、地面から空へと伸びていた竜巻を持ち上げているのではないかと思ってしまうような感じで自分の手のひらへ乗せ、そのまま竜巻の勢いを強いものへと変えて空を覆っている分厚い雲を吸い込み始めていた。
あれだけ分厚く空を覆っていた雲を吸収したイザーの竜巻はその動きを止め、イザーの手に残っているのは宝石のように輝きつつも奥が完全に透けて見えている氷の塊であった。
そんな物をいったい何に使うのだろうと思ってみんなが注目していたところ、イザーはその氷の塊を先ほどのエネルギーと同じように天に向かって勢いよく投げ飛ばしていた。
自然と氷の行方を目で追っていたところ、空に小さな黒い影が浮いているのが目に入ってきた。
見守っている人たちの多くがアレはなんの影だろうと思って見ていたところ、イザーの投げ飛ばした氷が直撃したのか真っすぐにこちらに向かっていた影が不規則な形で左右に揺れながら少しずつ大きな影になっていった。
「直撃はしなかったみたいだけど、少しはダメージを与えられたかも。何が出てくるかわからないんでみんな気を付けてね。珠希ちゃんのことは死んでも守るから安心していいけどね」
みんなイザーの強さを知っているからこそ、イザーの言葉の意味を重く受け止めていた。
工藤珠希を守るために誰よりも強いイザーが死ぬかもしれない。そんな事を言ってしまうような相手が攻めてきているのだというのは、周りで見ている者たちにとって、とてつもない緊張感を与えるとともにどうしようもない絶望感を与えることになってしまっていた。
ただ、イザーが言っていることは冗談なのだろうと感じていた工藤珠希だけは他の人達と感じ方が違ったようで、あれだけあった分厚い雲が一切なくなって晴天になっている事に驚きを覚えていたのだ。
みんなには見えている左右に揺れながら落ちてきている小さな影を工藤珠希だけが認識していないというのもあったのだろうが、工藤珠希は皆と同じように空を見てはいるのだが青い空の美しさに感動を覚えているという違いがあった。
イザーは胸の前で両手を重ねると少しずつ手と手の感覚を広げていった。
手と手の間に出来た空間に少しずつエネルギーを貯めていると、電気を帯びているような小さな球体が誕生して時々青白い光を発生させていた。イザーはそれに向かってさらにエネルギーを注ぎ込むと工藤珠希にも聞こえるようにバチバチという音が鳴っていた。
ソフトボールくらいの大きさになった球体を天に向かって打ち出そうとした瞬間、空から真っすぐに伸びてきた光の柱がイザーの全身を包み込みこんでいた。
イザーは抵抗する間もなくそのまま膝から崩れ落ち、ゆっくりと前のめりに倒れ込んでしまった。
イザーが気を失って倒れ込んだのを見ても工藤珠希は何が起こったのか理解出来なかったのだが、周りで見ていたサキュバスやレジスタンスの連中もイザーがやられてしまう事など想像もしたことが無かったので、目の前で起きたことが現実の出来事なのか理解することが出来ずにいた。
誰もがあっけにとられ逃げ出すことも出来ずにイザーを見たまま固まっていたのだが、いつの間にか自分たちが影に包まれていると気付いた時には恐る恐る視線を上へと向けていったのだ。
先ほどまで何もなかった空に浮かんでいる謎の物体が作り出した影が自分たちを覆っている事に気付いたけれど、イザーを一瞬で気絶させることが出来るような相手に対して逃げ出すことも抵抗することも意味が無いという事を感じ、自分たちがこれからどうなるのか黙って見ていることしか出来ないのであった。
宙に浮かんでいる物体からイザーを包み込んでいたのと同じ光の柱が誰もいない場所へと真っすぐに伸びてきていた。
自分に向かってきたらイザーと同じように気を失ってしまうのではないかと考えた工藤珠希であったが、幸か不幸かその光の柱は誰もいない場所から動くことはなかった。
サイレンにも似た音が鳴り響くと同時に宙に浮いている物体の一部が開くと、そこから何かが物凄い勢いで落下してきた。
それを見ていた全員が無駄とは思いつつも戦闘態勢をとっていた。
戦うことが出来ない工藤珠希も見様見真似で戦闘態勢をとっていたのだ。




