第40話 悪い力が近付いてくる
栗宮院うまなとイザーの動きが止まったと同時に空を見上げていた。
その動きにつられて工藤珠希も空を見上げているのだが、分厚い雲に覆われているせいか何を見ているのかわからなかった。
視力はそこまでよくはないけれど、二人が何を見ているのかはわからなかった。
二人の戦いを見守っていた観衆の中で何かを見つけた人がいたのか一生懸命に空を指さしているのだが、多くの人達は彼女が何を指さしているのか見当もつかなかった。
空を見上げていると少しずつ雲の色が濃くなっていって今にも雨が降り出しそうな感じになっていた。
時々歓声が上がっているようなのだが、栗宮院うまなとイザーに動きはなく、いったい何に対して歓声が上がっているのかわからない工藤珠希は空と二人の様子を交互に何度も確認していたのである。
先に動いたのはイザーで、空を見上げたままゆっくりと校舎裏へと進んで行っていた。
栗宮院うまなはその動きを確認するように距離をあけたまま後をついているのだが、二人とも歩くスピードがゆっくりなので周りで見ていた人達も焦ることなく一緒に移動することが出来ていた。
雲は先ほどよりも暗く重い感じになって生暖かい風も吹き始めていた。
生徒のうち何人かは折りたたみ傘を鞄から出してはいたのだけれど、工藤珠希はそんな用意をしていないので雨が降らないことを祈っていたのだ。
「今日はこれくらいでやめにしてもいいかな?」
空を見上げたままイザーがそういうと、栗宮院うまなは全く間を開けずに答えていた。
「そうだね。今日はここまでにしておこうか。どっちが珠希ちゃんにふさわしいおパンツかは後で考えることにしようね」
「うまなちゃんは気付いているかな?」
「もちろん気付いているよ。イザーちゃんが空を見上げた時に何があるのかなって思って注目してみたら、何か凄いのが近付いてきてるのを感じ取ったからね」
「悪意は感じられないけど、私と同じくらい強い何かが近付いてきているね」
「今のところ悪いやつじゃないっぽいけど、イザーちゃんと同じくらい強いってのは私にもわかるよ。万が一のために、サキュバスだけじゃなくレジスタンスの人達にも応援を頼んでくるね」
「お願いするよ。私も準備だけはしておくから」
栗宮院うまなは周りにいた何人かの生徒に声をかけてから一緒に校舎へと走って行った。行き先は全員バラバラであったが目的は同じだったのだろう、全員が同じようなことを言いながら走っていったのである。
工藤珠希は栗宮院うまなにはついていかず、空を見上げたまま校舎の裏へと向かっているイザーの後をついていった。
同じようにイザーの後をついていく生徒はほとんどいなかったのだが、イザーが立ち止まって真っすぐに空を見上げるのを確認すると工藤珠希以外の生徒は皆校舎の方へと走っていったのだった。
「珠希ちゃんはさ、空からこっちに向かってるのが何かわかるかな?」
「え、全然わからないけど、雨が降りそうだなとは思うよ。雨って事じゃないよね?」
「うん、雨ではないね。確かに雨は降りそうだけど、そういう事を聞いてるわけじゃないんだよ。何か凄い悪い力が近付いてきている感じがするんだけど、珠希ちゃんはそういうの感じないかな?」
工藤珠希は先ほどよりも集中して空を見ていたのだけれど、感じ取れるのは今にも雨が降り出しそうだなという事だけであった。
何か強い力を感じる事は無かったし、悪い力というのも全く分からなかった。
そのまま黙って空を見上げているイザーに対して話しかけるのは良くないことのように思えたこともあって、工藤珠希も一緒に空を見上げてはいるのだけれど、イザーが感じているような力を感じ取ることは出来ずにいたのであった。
ジッと空を見上げているのだが、こうして黙って空を見ているとなぜだか昔の事を思い出してしまっていた。
初めて工藤太郎が家に来た時も雨が降りそうな曇り空であった。
あの時は今にも雨が降り出しそうなほど厚く黒い雲が空を覆っていたのだが、何かが雲を突き破ったかのように急に青空が現れて、結局のところ雨は降らずに雲もいつの間にか消え去っていたのだった。
どうして急にそんな事を思い出してしまったのか不思議に思った工藤珠希であったが、ずっと工藤太郎に会えていなかったし、ここ数日にいたっては通話すら出来ていなかったので寂しい気持ちになってしまっていたからなのかもしれないと考えていた。
工藤太郎に早く会いたい。そう願ってはいたものの、連絡が取れなくなって数日が経ってしまうと、工藤太郎の身に何か良くないことでもあったのではないかと思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
イザーが心配するほど悪い力が近付いているというのも工藤太郎の身に何か起こってしまったのではないかという不安が増す要素でもあった。
工藤太郎とビデオ通話をしたときに彼と一緒に映っていた下着姿の怪しい女が悪いやつの仲間であって、工藤太郎に対して酷いことをしていたり仲間を呼んで大変な目に遭わせていたのかもしれない。
そんな考えが工藤珠希の頭に浮かんでしまったのだが、工藤太郎がそんな罠に引っかかるとは思えなかったのだ。
誰よりも用心深く、誰よりも危機察知能力の高い工藤太郎がそんな見え見えの罠に引っかかるはずがない。
普段であればそう確信することが出来ていたのだろうが、ここ数日は連絡も取れずにいたという事もあって、普段よりもネガティブな感情が強く出てしまっていたのであった。




