第18話 イザーと野生のサキュバス達
野生のサキュバスと零楼館のサキュバスが関わる時は基本的に争いごとが起きた時なのでイザーがやってきたことに対して野生のサキュバス達に動揺が走っていた。
これだけの人数がいたとしても絶対にかなわない相手。イザーとはそれほどの戦闘能力に差があるのだが、今回は両者の間で争いごとが起こる気配はなかった。
「君たちが珠希ちゃんにカボチャの馬車を貸した人たちかな?」
「そうですけど、何か悪い点でもありましたか?」
サキュバスのお姉さんはなるべくイザーの気を悪くしないようにと気を配ったのだが、カボチャの馬車を貸したことに関しては良いことをしたと思っているので少し複雑な気持であった。このまま野生のサキュバスと零楼館の抗争になったとしたら、明らかにこちらには非が無いと思うのだ。圧倒的な戦力差を考えると野生のサキュバスに勝ち目は全くないのだが、そんな理不尽なことで滅ぼされるのはごめんだと考えながらもイザーに逆らうことは出来ないというあきらめの心境に達していた。
「悪い点なんて何もないよ。凄く良いことをしてくれたと思うよ。私は長く生きてきたんだけどさ、カボチャの馬車の実物を見たのが初めてだったんだよ。ほら、昔の話で出てくるのが実際に見ることが出来るなんて思わないでしょ。あんなに可愛い馬車を作れるなんて凄いなって思ったんだよね。それに、何と言ってもあの馬車に珠希ちゃんを乗せてくれてるってのが良いじゃないですか。あのお話のカボチャの馬車って王子様が見惚れるくらい可愛らしいお姫様が乗ってたと思うんだけど、それってまさに珠希ちゃんの姿だよね。普通に制服を着てたのでちょっとアレってもうこともあったんだけど、ドレスじゃなくて制服姿だったってのは“逆に”珠希ちゃんの清純さをアピールする材料として申し分ないよね。私は野生のサキュバスってそういう感覚もってないんじゃないかと思ってたんだけど、良いものをより良くするって気持ちがあるって知れて嬉しかったよ。私たちとあなたたちって遠い昔に枝分かれしちゃってはいるんだけど、もとをただせば同じサキュバスだもんね。こうして分かり合える時が来るなんて夢にも思っていなかったんだけど、やっぱり君たちも珠希ちゃんのことを可愛いって思うのかな?」
イザーの恐ろしさしか知らない野生のサキュバス達。目の前で工藤珠希とカボチャの馬車について熱く語るイザーの姿を見た野生のサキュバス達はさらに動揺を強くしてしまった。
こんな風に一気に早口でまくし立てるような人だとは思っていなかったイザーの一面に驚いていたのは事実だが、それ以上に自分たちはそこまで深い意味を込めていなかった事に対してイザーが自分なりの解釈を当てはめて理解しているという事に対してどういうことなのか理解出来ずにいたのだ。
「そんなわけで、君たち野生のサキュバスに対して私が独断で何か賞を差し上げようと思うんだけど、副賞としてお願いを一つ聞いてあげるよ。ただし、私の出来る範囲で決めてくれると嬉しいな」
「あの、それってみんなで一つって事ですよね?」
「そういう事になるんだけど、どうしてもみんなの意見をまとめることが出来ないって時に限って、いくつか意見を出してくれてもいいからね。その全てを叶えてあげることは出来ないと思うけど、素晴らしい行いをしてくれたあなたたちに対して私は全力で答えるつもりではあるからね。さあ、少し考える時間をあげるのでみんなで答えを出すんだよ」
思わぬ展開に野生のサキュバス達はどうしたものかと考えていた。
ただ、全員の願いは最初から一つにまとまって入るのだ。問題は、その願いを叶えてもらえるかどうかというところにある。こんなに大それた願い事などは一蹴されてしまい一族が滅亡するきっかけになる可能性もあるのだけれど、今のイザー相手であればその願いも通るのではないかと思い始めていた。
それほどに今のイザーは優しく穏やかな顔をしているように見えていたのだ。
今ならどんなことでも言って大丈夫だろうという意見。さすがにそれは度を越してしまっているから様子を見ようという二つの意見に分かれていた。
野生のサキュバス達の願いは一つなのだが、それをこのタイミングで言っても良いのかという悩みが生まれていたのだ。
それでも、サキュバスのお姉さんはみんなを代表してイザーに願いを言ってみることにしたのだ。自分の命一つで願いを伝えることが出来ればそれでいい。そんな心持であった。
「あの、どんな事を言っても怒ったりしませんか?」
「余程の事ではない限り怒ったりはしないよ。でも、珠希ちゃんをくれとかはダメだからね。珠希ちゃんはサキュバス全員の希望であるけれど、今は私たちの大切な仲間だから」
「それはわかってます。若干それに近いかもしれないです。でも、珠希ちゃんをどうこうして欲しいってのとは違いますからね」
「ダメだったらダメでハッキリ言うからさ、軽い気持ちで言ってちょうだいよ。その方が私としてもスパッと答えられると思うからね」
「それでは、怒らないで聞いてください」
「うん、怒ったりなんてしないよ」
「あの、私たちは、前からずっと考えていた事なんですけど、出来ればでいいんです。出来ればで」
「何かな?」
「本当に無理は承知で言うだけ言っちゃおうって思ってます」
「どんなお願いなのかな?」
「本当に出来ればでいいんです。無理は百も承知です。なので、もしもイザーさんの気分を害してしまうようなことがあれば、私の命でみんなを見逃してください」
「命なんて奪わないよ。それに、そんなに思いつめるようなことでもないと思うけどな。ほら、もっと気軽に言っていいよ。それと、私の事はイザーさんじゃなくてイザーちゃんって呼んでくれてもいいんだからね」
笑顔を見せてくれるイザーに願いをちゃんと伝えようと思ってはいるサキュバスのお姉さんではあったが、極度の緊張からか喉が完全に乾いてしまって言葉を上手く発することが出来ずにいた。
サキュバスの一人が水を持ってきてくれたので一息ついて、身も心も落ち着かせてから真っすぐにイザーを見つめて口を開いた。
「私達野生のサキュバスを零楼館の傘下に入れてください。それが私たちの望みです」




