第13話 ユニコーンに嫌われる女
多少は不愉快な気持ちもあったのだけれど、それ以上に知ることの恐ろしさを想像してしまうと何も出来なくなった工藤珠希であった。
周りの人たちが自分を見ている目が哀れみにも近いものに変化した時、工藤珠希はこの話を聞かなかったことにしていた。そうするしか自分の心を守ることが出来なかったのだ。
「確認だけさせてもらうんだけど、今からボクが学校に行っても問題無いって事でいいんだよね?」
「そうなんだけど、もう一つだけ質問をさせてもらってもいいかな?」
「遅刻しちゃいそうだから手短にお願いします」
「じゃあ、嘘偽りなく答えてほしいんだけど、珠希ちゃんが今穿いているおパンツって何色?」
「答えるわけないでしょ」
サキュバスのお姉さんの質問に答える事は無く工藤珠希はその場を立ち去った。
このまま歩いていては確実に遅刻してしまうと思いは知っていこうかと思っていたところ、サキュバスのお姉さんに腕を掴まれてしまった。
「ごめんごめん、どうしても答えてほしかったんだけど無理だったみたいだね。そのスカートを無理やりめくって確認するってのは私たちの流儀に反するものだから質問したんだけど、どうしても答えてはもらえないのかな?」
「そんな質問に答える気はないです。いったい何の意味があってそんな質問をするんですか?」
「意味ね。確かにどうしてそんな事を聞くのかと言われると答えに困ってしまうかもしれないな。ただ、一つだけ確実なことがあるんだけど、それは、私たちの知的好奇心を満たすためにそう質問させていただいたという事だね」
「わかりましたから。それでいいんでその手を離してください。このままだったら本当に遅刻してしまうんですよ」
「それはわかっているよ。だからこそこうして珠希ちゃんのことを引き留めているんだよ。今のままだったら君は確実に遅刻してしまうだろうね。ただ、それを回避する方法がいくつかあるんだけど、その中でもより確実性の高いものを今から実行しようと思っているのさ。信用してくれと言っても君は信用してくれないと思うんだけど、ここは一つその考えを改めて私たちを信用してくれないかな?」
この状況で信用をしろと言われて即答する事など出来ないだろう。ましてや、あんな質問をしてきた相手の事なんて信用できるはずがない。
そう思っていたはずなのに、どこか不思議とこのサキュバスのお姉さんのいう事は信用出来るのではないかと若干心が揺れていた工藤珠希であった。
その理由は自分でもわからないのだが、少しくらいなら信用してみても問題ないのではないかと言う考えが工藤珠希の中で生まれていたのだ。
「信用したら遅刻しないって事ですか?」
「そういう事。あとちょっとここで待っててくれたらいいからね。そろそろ学生寮の子たちが校舎に向かう頃だと思うんだけど、授業開始まではもう少しだけ余裕はあるみたいだよ。でも、ここから歩いて向かうにはちょっと時間が足りないかもね。授業には間に合うとは思うんだけど、朝のホームルームには確実に間に合わないよ。さあ、珠希ちゃんはこんな時どうするのかな?」
「歩いて間に合わないんだったら走るしかないですよ。ボクはあんまり走るの好きじゃないから嫌なんだけど、遅刻するよりはましだと思うし」
「走るのはイヤだよね。私も出来ることなら走りたくないんだけど、今はそうも言ってられないからね。珠希ちゃんが遅刻しそうな原因を作ったのは私たちだし、そうなってしまった責任はちゃんととるから安心してね。ほら、このピンチを切り抜けるための切り札がやってきたよ」
サキュバスのお姉さんが道路に向かって腕を伸ばすと、その先には一台の馬車が止まっていた。
映画やアニメで見たようなことのある、誰もが想像するような馬車がそこには止まっていた。
「あの、これっていったい?」
「さあ、今すぐにでもこれに乗って学校まで行くんだ。そうすれば遅刻することもないよ。この道は学校まで一直線だし大丈夫。迷っている暇なんて無いんだから今すぐ乗ってちょうだい」
「でも、こんな目立つ馬車になんて乗りたくないんですけど」
「贅沢言わないの。遅刻するよりもいいでしょ。それに、珠希ちゃんのことをみんなにアピールするチャンスだよ。ほら、向こうを歩いている小学生もみんなこの馬車を見てるよ」
「あ、そうだ、ボクは昨日お小遣いを貰ったばっかりだからお金があったんだ。今月は特に欲しい物もないしタクシーに乗って学校に行こうかな。たまにはそんな贅沢をしたって問題無いよね。そうだ、そうしよう。タクシーで行けば遅刻にならないと思うな」
「そんな無駄遣いは良くないです。ダメダメ。遅刻しないためにもこの馬車に乗って乗って。ほら、早くしないと本当に遅刻しちゃうよ」
「いや、でもボクは出来ることなら目立ちたくないな。あんまり目立つのは好きじゃないから」
「そんなに目立つものじゃないから大丈夫だって。それに、この時間帯はこの辺を走ってるタクシーなんていないんだよ。お金があったって今の珠希ちゃんはこの馬車に乗らないと遅刻しちゃうんだからね」
心なしか先ほどよりも馬車の装飾が増えているように思える。
先ほどまでは形も普通の箱型だったような気がしたのだが、今では丸みを帯びてカボチャのようにも見えてきた。
そのまま黙って見ていると、確実にカボチャの馬車に変形しているのだ。それを見ていた他の学校の生徒たちはスマホで撮影をし始めていたのでますます馬車に乗るのが嫌になってきた工藤珠希は本気でタクシーを探していた。
だが、サキュバスのお姉さんの言った通りでこの時間帯は空車のタクシーは一台も走っていなかった。
「ちなみになんだけど、珠希ちゃんはユニコーンに嫌われたりしないよね?」
「ユニコーンに嫌われるってどういうことですか?」
「わからないならそれでいいや。見た感じこのユニコーンたちも珠希ちゃんのことを受け入れているから大丈夫みたいだね。ほら、本当に遅刻しちゃうことになるからさっさと乗りなさい」
「そんなに押さないでください。わかったから、乗るから押さないで。そんなに押されたら転んじゃうって」
なぜか馬車の扉を開けているサキュバス星人と背中を押してくるサキュバス達に誘導されて工藤珠希は馬車に乗り込んでいた。
外から丸見えの馬車に一人で乗るのが恥ずかしいのか工藤珠希はサキュバスの手を掴もうとしたのだが、その手は空を切るだけで何も掴むことは出来なかった。
「一人で乗るのは恥ずかしいから、せめて一緒に乗ってください」
「ごめんなさい。私たちって、ユニコーンの馬車に乗ることは出来ないんだ」
みんなが笑顔で見送る中、工藤珠希を乗せた馬車は零楼館高校へと真っすぐに向かって行った。
道中、多くの人が馬車にスマホを向けていたのだが、工藤珠希はずっと下を向いていたので顔は見られていないだろう。
かなりきわどいタイミングではあったが、工藤珠希が遅刻をするという事態は回避することが出来たのだった。