第12話 昔から見ていたという事実いうのは
サキュバスのお姉さんとサキュバス星人に囲まれたごく普通の人間である工藤珠希は今すぐにでも帰りたいと思っていた。
このまま学校に行っても良いことはなさそうだし、いったん家に帰ってから出直して見るのもありなのではないかと思っていた。
だが、サキュバスに完全に行く手を塞がれたこの状態では前に進むことも後ろに戻ることも出来ず、ただただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「それで質問なんだけど、まだ聞きたいことがあるから聞いてもいいかな?」
先ほどまでとはうって変わって恥ずかしそうにしているサキュバスのお姉さんがもじもじしながら工藤珠希に話しかけてきた。
ビックリして変な声を聞かれたという事がそれほど恥ずかしいものだとは思えないのだが、サキュバスのお姉さんはとても恥ずかしそうに目を伏せながらチラチラと工藤珠希を見ていたのだ。
「あのね、サキュバス星人とかイザーちゃんとかうまなちゃんとかそういうのはどうでもいいの。私たちが聞きたいのは、珠希ちゃんのことなの。珠希ちゃんって好きな人がいると思うんだけど、その人以外の人から好意を寄せられたとしたら、どう思うのかな?」
「え、どう思うって言われても。それよりも、ボクに好きな人がいるってどうしてそう思ったんですか?」
「どうしてって、私たちは小さい時からずっと珠希ちゃんのことを観察させてもらってたからね。うまなちゃんとイザーちゃんが珠希ちゃんを見つけるよりもずっと前から私たちは珠希ちゃんのことを知っていたんだよ。もちろん、太郎君の事もね」
自分の事を小さい時から知っているという言葉が本当なのか嘘なのか判断は出来ないが、時々誰かに見られていたような気配を感じていたことはあった。そんな時に工藤太郎が一緒にいると、工藤太郎も視線を感じたのか周囲を警戒するように見まわしていたという事が何度もあったのだ。
人に見られてまずいようなことは一度もしたことはないのだけれど、どんな場面を見られていたのかわからないのは何となく気恥しいと思ってしまった。
「大丈夫。珠希ちゃんは私たちが見てる時も見てない時もおかしなことはしてなかったから。珠希ちゃんを見ていたうまなちゃんとイザーちゃんはちょっとここでは言えないようなことをしていた時もあったけど、それは珠希ちゃんとは関係ない話だから気にしないでね。珠希ちゃんに対して直接何かしたって事でもないし、そういうのは気にしないのが一番だから」
「いや、そんな風に言われたら気にするでしょ。ボクが何か変なことをしてたってのよりもボクを見てたうまなちゃんとイザーちゃんが何をしてたのかって事の方が気になるし。でも、聞くと後悔しそうな気もするから何も聞かないことにするよ。出来ることならあの二人が何かしてたなんて聞きたくなかったな」
「ちょっと待ってください。俺はイザーちゃんが何をしてたのか聞きたいんですけど。俺たちのイザーちゃんがどんな事をしてたのか気になります。変な意味で興味があるんじゃなくて、純粋な気持ちでイザーちゃんがこの星でどんなことをしてたのかが気になるんです。いやらしい気持なんかじゃなくて、素直に興味があるだけなんです」
「そんな真っすぐな目で見つめられると困るんだけど。子供みたいに純粋な目で見てくるのはやめてちょうだい。私の抑えているサキュバスの本能が目を覚ましてしまうじゃない。誰か、このサキュバス星人さんにイザーちゃんが珠希ちゃんを見ながらナニをしていたのか教えてあげて。って、そんなにたくさん来なくてもいいのよ。誰か二三人で良いから教えてきなさい」
この場に不釣り合いとしか思えないような小さな子供が二人やってきてサキュバス星人の手を引いて少し離れた駐車場に移動していった。
明らかにこちらを意識して内緒話をしているというのが遠くから見てもわかるのだが、わざとらしくリアクションをしているサキュバス星人の行動に少しだけ腹を立ててしまった工藤珠希である。普段であればそこまで気にするようなことでもないのだろうが、自分に関することで栗宮院うまなとイザーが絡んでいるとなると、気にしないように知るはずなのにどうしても気になってしまうモノである。
「じゃあ、あっちはあっちこっちはこっちで話を進めようか」
「ちょっと待ってください。そんなすぐに気持ちを切り替えることなんて出来ないですよ。ボクに関わることが話されてるのに気にならないわけが無いですよ」
「でも、本当に気にしない方がいいと思うんだ。今更で申し訳ないんだけど、珠希ちゃんの中のうまなちゃんとイザーちゃんのイメージをあんまり壊したくないんだよね。今の珠希ちゃんがどう思っているのかはわからないけれど、あの話を聞いたら珠希ちゃんは間違いなくあの二人と距離をとろうとしちゃうんじゃないかな。そうなると、私たちがイザーちゃんに消されちゃうと思う」
「そんな風に言われたら余計に気になっちゃうじゃないですか。いったい二人が何をしていたって言うんですか?」
「部外者の俺が言うのもなんだけど、事実は人を不幸にするだけだと思うよ。不幸になるのは君一人じゃないってのだけは言えるんだけど、たぶん俺たちもサキュバス星もこの世から消えてしまうんじゃないかな。それくらい闇の深い話だよ」
「え、急にどうしたんですか? さっきまであんなに楽しそうにしてたのに、テンションの落差ヤバくないですか。それに、なんでそんなかわいそうな子供を見るような目でボクを見つめてくるんですか?」
思わず周りを見回した工藤珠希であったが、自分を見ている全てのサキュバスがサキュバス星人と同じ目をしていることに気付いた時、これ以上何があったのか聞くのをやめることにしたのだ。
その判断は正しかったと無理やりにでも納得することしか出来なかった工藤珠希であった。