第11話 イザーの伝説とサキュバスのお姉さん
サキュバス星人は地球人に比べてはるかに長命だという事を考慮しても四千万年と言う時間は長すぎると感じていた。
神聖サキュバス帝国四千万年の歴史においてイザーは頻繁に登場していた。何か重大な事件があった時は当然として、何もないただの平日にもふらっと遊びに来る間隔で登場しているので、神聖サキュバス帝国に暮らす人たちにおいてイザーの存在は遠い親戚よりも近い存在として受け入れられていたのだ。
時間も空間も世界線も己の意志で自由に超越することが出来るイザーだからこそできる芸当なのだが、それを理解しているはずの一般サキュバス達もにわかには信じられない出来事なのは言うまでもなかった。
工藤珠希は心のどこかでこの人たちの冗談に付き合うのはどうなのだろうと思ってしまっているのだが、今までも実際に自分の目でそのような場面を目撃していたこともあって一概に嘘だとは言い切れずにいたのだ。
「助けられたって言うけど、いったい何が起こったの?」
「四千万年前に私たちの住むサキュバス星に巨大な隕石が落下したんです。その影響で我々の祖先は絶滅すると思われたのですが、巨大隕石の落下時に発生した衝撃波が届く直前に同じ強さの衝撃波を発生させて相殺したのがイザーちゃんだそうです。当初はそのようなことが出来るはずが無いと思われていたのですが、その後に何度かやってきた隕石衝突の危機にもイザーちゃんはそれを実践して我々の事を守ってくれたのです」
「それは信じられないって言いたいけど、イザーちゃんなら実際にやってくれそうだよね。でも、そんなことが出来るんだったらさ、隕石が衝突する前にどうにか出来たんじゃないのかな?」
「その疑問は当然だと思います。我々も何度となくその事をイザーちゃんに尋ねたのですが、巨大隕石がサキュバス星に落下するのは避けることが出来ないという事らしいです。未然に落下を防いだとしても、それとは別の隕石が落ちてくるだけだという事ですし、それが単数とは限らないという話でした。仮に、複数の隕石が落下してきたとしたら、イザーちゃんでも瞬時に同じ強さの衝撃波を返すことなど出来ないという事みたいです。なので、対処できる範囲で隕石を落下させることでより大きな被害を防いでいるという話みたいです」
「でも、サキュバス星に隕石が落ちているのは変わりないみたいだし、大変なことになってるんじゃないの?」
「落下地点は大変なことになってますよ。それこそ、人が住めないような環境になることもありますからね。でも、不思議なものでして、隕石が落下する場所って神聖サキュバス帝国に敵対している国だったり悪魔の居城だったりするんですよ。一部の陰謀論者は、イザーちゃんが相手をするのが面倒なところに隕石を落下させてるんじゃないかって話もあるみたいなんですけど、さすがにイザーちゃんでも隕石を狙って落下させるなんて出来るはずが無いって事で笑い話にしかならないんですよ」
工藤珠希もサキュバス星人も知らない話ではあるが、遠い昔にイザーが隕石を落下させて遊んでいたのを一般サキュバスの一部の者が目撃していたのだ。その時は拳大の大きさの者だったので対象の命を奪って地形を少し変化させた程度で済んだのだが、本気を出したイザーであれば文明が滅ぶほどの巨大な隕石を狙った場所に落とすことも可能ではないかと思っていた。一般サキュバスの一部はサキュバス星人の話を聞いても笑えずにいたのはその事を考えていたからなのだ。
「何度となく訪れていた神聖サキュバス帝国滅亡の危機でしたが、イザーちゃんがやってきてくれることでその危機を見事に回避することが出来ていたのでした。今はイザーちゃんのお友達の方も手伝ってくれたので銀河系においても脅威と呼べそうな存在はいなくなりました。イザーちゃんのお友達の方は珠希さんと同じ普通の人間のようにも見えたのですが、イザーちゃんと同じくらい強力な力をお持ちのようで凄まじい活躍だったそうです。その場面を見たいと思っていたのですが、来週にはその時の映像が送られてくるようなので楽しみなんですよ」
「いやいや、イザーちゃんと同じくらい強い人間がいるなんてありえないでしょ。私たち全員の力を合わせてもイザーちゃんの力の一割にも満たないっていうのに、ただの人間がそんなに強いなんておかしいよ。そんなに強い力を持っている人間だったら、この世界を支配しようと考えるんじゃないかしら。人間って力を持ったら他人を支配したくなるモノなんでしょ」
「お姉さま、それは私たちサキュバスも大して変わらないと思います。お姉さまだってイザーちゃんに出会う前までは自分の力を誇示してやりたい放題だったじゃないですか」
「ちょっとちょっと、今はそういう昔の話は良いのよ。それに、私の場合は力を誇示してたんじゃなくてみんなにわからせていただけよ。私が一番だってのはイザーちゃんに出会わなければ間違いじゃなかったんだから。強い者が弱い者を導くのは自然なことでしょ」
「でも、お姉さまはもう一番じゃないですし」
「そんな事はわかっているのよ。でも、あの時は確かに一番だったんだもん」