第10話 サキュバス星人とサキュバス姉さん
急に現れた宇宙人に対して警戒をするのは当然だと思うのだが、姿が見えるようになってから警戒しても遅いように感じていた。彼が本気でこの女たちを殺そうと思えば簡単に出来たのではないかと思うのだが、彼女たちはその事に全く気付いていないようだ。
明らかな敵意を向けている彼女たちとは対照的にサキュバス星人は落ち着いた様子で真っすぐに工藤珠希の事を見つめていた。
「自分、ちょっと失敗しちゃいましたかね?」
「うおっ、日本語を喋った」
突然現れたサキュバス星人が流暢な日本語を話していることに驚いた女はこれが素なのだろうという反応を見せていた。それに気付いたのかすぐに口調を戻していたのだが、仲間の人達も何かひそひそと話をしていたのであった。
「見た目も言葉遣いも普通の人間に見えるんですが、あなたはこの星を侵略しに来た宇宙人ですか?」
「ちょっといきなり何言ってるんですか。そんな事を聞いても素直に答えるはずがないでしょ素の自分を出してしまったからって取り繕おうとしても失敗してますよ。そうじゃなくて、もっと当たり障りのないことから聞いて距離を詰めていきましょうよ」
「そうですよ。いつもそんな感じじゃないじゃないですか。驚いて変な声を出したのが恥ずかしいって思ってるのかもしれないですけど、さっきの驚いた感じの声って結構頻繁に聞いてますよ。昨日の夜だってトイレから戻ってくるときに廊下に置いてある人形に驚いてたじゃないですか。その前だって」
「わかったわかった。もうわかったからそれ以上言わないで。確かに急すぎる質問だとは思うけど、何か答えてくれそうだよ。ここは大人しく聞こうよ」
「そうですね。何か言ってくれそうな感じですし、大人しくしてましょう」
「我々はこの星を侵略しようとは思ってないですよ。侵略をするのだったらもっと大規模な軍を率いてやって来ると思いますし。何より、この星にはイザーちゃんがいらっしゃるので我々程度の軍事力では何も出来ずに敗北するのが目に見えてますからね。皆さんはイザーちゃんの強さをご存知ですよね?」
「ご存知って、当然知ってるわよ。零楼館に関わりのない私たちでもイザーちゃんの偉大さはイヤって程思い知らされてるからね。でも、宇宙人であるあなたたち迄イザーちゃんの偉大さをご存知だなんて、どういうことなの?」
「話せば長くなるんですが、我々の星が滅亡寸前まで追い込まれた事件がありまして、その時に突然現れたイザーちゃんが我々の敵を圧倒的な力で制圧してくれたんです。今ではその勢力とも仲良くすることが出来るようになったのですが、あの時にイザーちゃんが現れてくれなければ今の我々は存在していなかったと思いますね」
「宇宙にも影響を与えるイザーちゃんって凄いわね。私達一般サキュバスも知らない秘密がまだまだありそうね」
「我々の方がサキュバス界では主流のはずなんですけど、今ではすっかりイザーちゃんとうまなちゃんの勢力が主流になってますからね。どうにかして我々一般サキュバスも零楼館に仲間入りできないですかね」
「それが出来れば一番なんだけど、そのためにも珠希さんにイザーちゃんとうまなちゃんのことを聞かないといけないですよ」
「それはわかってるんだけど、こうして宇宙人の話も聞けるチャンスなんだし、いったいどっちを優先すればいいのよ」
「あの、私達が別れてお二人に話を伺えばいいのではないでしょうか?」
「あなた、普段は目立たないのにこういう時には物凄く優秀ね。いつもは胸が大きいだけで他には何のとりえもない目立たない旨の大きな置物みたいなのに、みんなが困っている時は誰もが思いつかなかったような的確な一言で私たちを導いてくれるのね。胸が大きいだけではないという事なのね」
「いや、私の胸って特別大きい方じゃないと思いますよ。最近の若い人に比べたら普通だと思いますし」
「他の人間と比べても仕方ないのよ。私たちは古い世代のサキュバスなんだからその仲間内で比べるのよ。まったく、これだから自覚のない巨乳は困るわ」
工藤珠希もサキュバス星人もこの人たちにあまり関わらない方がいいのではないかと思い始めていた。サキュバス星人にいたっては再び姿を消して逃げようとしていたのだが、姿を消した瞬間に工藤珠希がその腕を掴んで離さなかったので逃げることは出来なかった。
観念して再び姿を現した時にはサキュバスのお姉さんたちに体をがっしりつとかまれて逃げ出すことも出来なくなっていたのだ。
「イザーちゃんのお話を聞かせてもらってもいいかしら。あなたのお話がきっかけで今以上にイザーちゃんのことを知ることが出来ると思うし、それをきっかけにして私たちと零楼館がお近付きになれるかもしれないものね」
「話と言いましても、私も直接この目で見たわけではないので歴史の授業で習った事を話すことになりますよ」
「ちょっと待って、歴史の授業で習ったってどれだけ偉大な人物なのよ。イザーちゃん凄すぎるわ」
「私たちの住むサキュバス星も神聖サキュバス帝国もイザーちゃんの加護のもとに成り立っていますからね。一部の人はイザーちゃんがやってくる前からその名前だったと言ってるんですけど、今ではそれも確かめようがないくらい昔の話ですからね」
「そんなに昔の話なの?」
「今からイザーちゃんに助けられたのって、四千万年前の話ですからね。神聖サキュバス帝国四千万年の歴史ってやつですよ」
四千万年と言う話が本当なのか嘘なのか判断がしにくいが、このサキュバス星人は冗談を言っているような感じには見えなかった。
もしかしたら、真顔でふざけたことを言うタイプなのかもしれないが、どんな反応をすればいいのかわからなくて工藤珠希も一般サキュバス達も固まってしまっていたのだった。