婚約
翌日、早速ハーツ公爵家より返事が来た。明日に拝謁していただけるという。事前に手紙を送っていたとはいえ、スムーズに日程を進めてくれる。ハーツ公爵家に感謝した。
当日、俺は侍従に身支度を手伝ってもらい、公爵家の屋敷に向かう。
公爵家に着くとすぐに応接室に案内された。
待つことしばし、ハーツ公爵家当主、クリスティンが姿を現した。心なしか、やつれているようにも見える。
「この度はわざわざお時間をいただき、誠にありがとうございます」
俺は立ち上がって最敬礼を行う。
「いえいえ。こちらこそラトランド殿にご足労くださって感謝いたします」
クリスティンはどうぞ、俺に椅子を勧めてくる。言葉通り、俺は浅くソファに腰をかける。
クリスティンの執事が俺と彼に紅茶を用意してくれる。
俺は紅茶を口にする。まずは公爵が飲んだのを確認してから。毒など疑っていない。ただ、これも貴族の礼儀なのだ。
そういった、一定の知識はあるものの、駆け引きなどの実践経験はない。だからこそ、率直に言った。
「私は1年間という短い期間ではありますが、リクシア嬢と一緒の教室で学びました。何度かお声をかけていただいたのですが、思慮深い方だったという印象が残っております。正直、噂になるようなことをしたとは思えないのです。ただ、いかんせん『引きこもり辺境伯』ですので、王都の噂には疎く、直接話をお伺いしたいと参りました」
俺は緊張もあって早口に捲し立てる。マーカスもダニエルもいない、本当の意味での勝負は、今回が初めてだ。
公爵の後ろに控える執事の眉がぴくりと動いた。
クリスティンは、ふーっと息を吐いて紅茶を少し口に含んだ。
「ラトランドくんのその姿勢は、貴族の間では異常と言えるだろう。特に私のような目上のものに対するときは、な」
俺は「間違ったか?」「でも、これしかないから仕方ない」という葛藤で、心穏やかではない。背中にはじんわりと冷や汗をかいている。
「だが、私は君の姿勢は嫌いではない。特に婚約という人生の大きな帰路が決まるところだ。しかも自分の意思ではない上に、国王陛下の名前もあったろう。気がはやる気持ちもわかる」
どうやら、許されたらしい。俺はほっと胸を撫で下ろす。
「私も君の姿勢に応じて真摯に応えよう」
クリスティンは深呼吸のあと、静かに、だが力強く言った。
「リアは断じて、噂にあるようなことは行っていない」
俺はその言い方だけでクリスティンが嘘をついていないと思った。
「父親だから嘘をついていると思われるかもしれないが、リアの父である前にこの国の貴族だ。仮に次期王妃として、公爵令嬢として相応しくない行為をしたら、私はこの国を取る」
クリスティンの言葉は本心であろう。
王家との繋がりは切れたとしても、適切な対応を取れば公爵家としての地位は安泰なはずだ。
「私はリアと学校や友人たちに聞いてみたが、リアは決して卑劣な態度を取っていなかった。ただ、件の男爵令嬢とケビン殿下の距離が近いと感じていたのは間違いないらしく、適切な距離を置くように、これは主にケビン殿下にも伝えたそうだ。しかし、それは受け入れられず、むしろ、このような結果を招いてしまった」
「ケビン殿下や国王陛下には訴えられなかったのですか?」
「ケビン殿下には取り次いでもらえなかったが、国王陛下にはこの事実をお伝えした。国王陛下、そして王妃殿下さえも私の言うことを信じてくれた。だが、ケビン殿下の言葉を取り消すつもりはないとのことだ」
「どうしてですか?」
「君にはわからないかもしれないが、高位になればなるほど、貴族の言葉は重いのだよ。特に多くの人が集まっているような場所では。それが王族となればなおさら。それに、私は娘の名誉を回復したいのであって、今更ケビン殿下の元に送りたいとは思わん」
最後の言葉は父親としての怒りを感じた。
「わ、わかりました。ところで、なぜ早々に僕と婚約なんでしょう。先ほども申した通り、僕は『引きこもり辺境伯』です。国王陛下からのご命令ですか?」
俺は慌てて話題を変えると、ハーツ公爵の怒りがスッと寝り、今度は笑いが部屋に広がった。
「君は私の目が節穴に見えるのかな?バルサバ領は順調に経営ができている。多くの人はバスカブル辺境伯代理が行ってると思っている。しかし、実際はラトランド殿、君が経営しているのだろう?」
「えっと、まぁ、周りの人たちがうまくやってくれてるので」
「謙遜しなさんな。数年前の帝国と一触即発になったのを、見事に解決したそうじゃないか。陛下が教えてくれた時はひっくり返るかと思ったよ。不敬ながら、私を弄んでいるのかとも思ったくらいだ」
「あれは現場の騎士たちが優秀だっただけで、僕が全部やったわけでは・・・」
「仮にそうだとしても、学園を中退してわずか数ヶ月のラトランドくんが、騎士を動かしているという事実がすごいんだ」
俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「私としてはリアをこのままの状態で社交界に残したくはない。かといって、足元を見るような輩にはやりたくない。陛下とも相談し、ラトランド殿なら、というわけだ。全く顔を知らない間柄でもないしな。そもそも、君のことを評価していないと次期辺境伯というだけで面会はせんよ」
ハーツ公爵の俺への評価が思いの外高く、少し照れてしまう。
だが、ここからが一番大事なことだ。
「ところで、肝心なリクシア嬢はなんと?」
俺がそう聞くと、ハーツ公爵は目線を下げる。
「リアはだいぶショックを受けていて、部屋から出てこないんだ。あんなことがあってもリアを慕ってくれる友人たちが遊びにも来てくれるんだが・・・」
ハーツ公爵の怒りを感じ、俺はすぐに言葉を紡ぐ。
「わかりました。この婚約をお受けいたします。辺境の地でありますが、リクシア嬢が楽に過ごせるように努めさせていただきます」
「そうか。ありがとう」
「ただし、いくつかお願いがございます」
「なんだ?」
「まず、リクシア嬢には私のところへ安心して来てほしいこと。また、婚約という形ではありますが、もし、リクシア嬢が王都に帰りたいとき、あるいは添い遂げたい男性が現れたとき、遠慮なく僕に言ってほしいと、お伝えください」
「なっ!それでは君は損するばかりではないか!」
俺は声を荒げるハーツ公爵を制す。
「この婚約は政略結婚です。しかし、これまで第一王子殿下の婚約者として、次期王妃として努力してこられた上に、このような仕打ちを受けたリクシア嬢が、辺境の地でも同じような努力をする必要はありません。頑張ってきた分、ちょっと長い休暇を取るつもりできていただければと思います」
「ラトランド殿・・・」
ハーツ公爵が言葉に詰まる。
公爵家と繋がる上、美人で優秀なリクシア嬢が妻として働いてくれればどれほど助かるだろうか。
しかし、それでは物語と一緒だ。俺はあの結末を避けたいのだ。
「これで借りは返せましたか?」
俺の言葉に、ハーツ公爵は満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだとも」
翌日、領地へ帰ることにした。
帰り際、俺の態度の真意をサリバンに告げると、涙を流してしまった。彼なりにずっと気を張っていたのだろう。罪悪感を感じながら、領地に帰還する。
そして、再び、家族会議を開き、ハーツ公爵の言葉を伝えた。
テレサとエリオットまだ納得してないようだったが、マーカスから「ハーツ公爵の言葉を信じないのか?」と言われると、渋々納得したようだった。
「何かあっても、僕は必ず兄上の味方ですから」
騎士養成学校の春休みが終わるエリオットは、嬉しい言葉を残して家を離れた。
俺は屋敷の者と重役に声をかけ、リクシアと婚約することを伝えた。
重役はもちろん、屋敷で働く人間もバルサバ領に属する貴族出身の者が多い。当然、彼女の噂を知っている。一部から反発はあったが、実際にリクシアと会ったのもクリスティンと話をしたのも俺だけだ。
「リクシア嬢は俺の婚約者だ。それに公爵令嬢でもある。重々承知するように」
あまり強権は使いたくなかったが、これに関しては実際に彼女を見てもらわないと仕方ない。
突貫工事で公爵令嬢を迎える準備をする。部屋を作り、屋敷で働く人間のマナーも見直す。リクシア付きの従者は彼女と共に来るらしく、準備は必要ないようだ。
慌ただしく1ヶ月が過ぎた。いよいよ、リクシアが我が屋敷にやってくる。
俺は一張羅を来て出迎える。
「緊張してるのか?」
俺と一緒に出迎えるダニエルが隣で笑う。
「そらな。一応、俺の婚約者になる人を迎えるんだ。緊張もする」
先日、公爵家に伺った時はリクシアに会えなかった。俺の記憶の中のリクシアは学年でも一番じゃないか、という美人であった。そんな美しい女性と暮らすのだ。緊張だってする。
「ハーツ公爵家の馬車が到着されました」
使用人の言葉を聞いて、俺は玄関の扉を明け、リクシアを迎えるために外に出る。
御者のエスコートともにリクシアが降りてきた。
俺は彼女の姿を見て、胸が締め付けられる。美しいが、疲れを隠しきれていない。
「ハーツ公爵家長女、リクシアと申します」
リクシアはその疲れを感じさせない素晴らしいカーテシーをみせる。
「お久しぶりです。リクシア様。楽にしてください。ラトランド・バルサバです。今は爵位がありませんが、いずれ辺境伯を継ぐ予定です」
リクシアに向かって、笑顔で応対する。
「こちらはダニエルです。覚えておられますか?」
「お顔は何度か拝見しましたのを覚えております。学園でラトランド様とお話しなさってましたか?」
「ダニエル・セラフィです。セラフィ子爵家三男ですが、今はラトランド様の執事として、未来の辺境伯を支えるべく研鑽しております。リクシア様の記憶にあることはありがたいのですが、できればその記憶はなくしていただきたいです」
ダニエルが頭を下げる。リクシアがクスッと笑った。
リクシアに笑顔が出て俺は胸を撫でおろす。
「私も紹介します。こちらは幼少期から私に仕えてくれているマリアナです」
そばに控える小柄な女性が軽く頭を下げる。
「マリアナは平民出身なので苗字はありません。しかし、私の大切な侍女であり、1番の親友です。よろしくお願いします」
「もちろん。よろしくお願いします」
マリアナは頭を下げたが、その目線は俺を試すようだった。
平民が貴族の、それも領地を治る者に負ける目線ではないが、俺はマリアナの目線を正面から受けつつ、にこりと笑ってみせた。
「立ち話が長くなってしまいました。お部屋に案内しましょう。長旅でお疲れでしょうからしばらくのんびりしてください。夕食になればお呼びします」
俺がそう言って、屋敷の中に案内する。
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