謁見
翌日、俺は侍従に身支度を手伝ってもらい、国王陛下との謁見の準備を進めた。普段は1人でもどうにかなるのだが、謁見の場でみっともない寝癖を疲労するわけにはいかない。
俺と祖父はサリバン家で最も立派な馬車に乗って王宮に向かう。
身分の確認を行ったのち、城内の一室に案内された。豪華な部屋は控室らしい。俺たちのために侍女までついていた。
俺は終始そわそわしていたが、侍女が淹れてくれたお茶を飲むと、少し気持ちが落ち着いてきた。流石王宮。茶葉も一級品である。
しばらくして、執事の案内で玉座の間へと移動した。
いよいよ国王陛下との謁見である。
「国王陛下の御成!」
近衛兵と思しき騎士がドン、と槍を着いて国王が姿を見せることを伝える。俺とマーカスはその場でかしづいた。
「顔をあげよ」
国王陛下の言葉と共に、2人は立ち上がる。
陛下は玉座の間に鎮座しているが、それでもオーラを感じて大きく見える。
「ほう、お主がアルジーの倅か。話は聞いていたが、会うのは初めてだな」
国王陛下が俺の顔をみてつぶやく。
「お初にお目にかかります。バルサバ辺境伯長男、ラトランドと申します」
俺は右手を胸に当て、最敬礼を示す。
「アルジーが亡くなって大変だと聞く。奥方は息災か?」
「ご心配をおかけしております。母は一時期落ち込んでおりましたが、今はバルサバ領を安定させるべく、婚約者のいない私に変わって社交を行っています」
国王は満足そうに頷いた。
「儂はアルジーの1学年上でな。剣では負けなしだったのだが、アルジーにだけは勝てなんだ。それからよく話をする間柄だった。そういえば、夜中に飛び込んできたことがあったな。隣国が攻めてきたのかと慌てて飛び起きたのを覚えておる。それが最後の会話だったな」
国王が語ったことを聞いて、俺は過去の出来事を思い出した。
俺が在学中、第一王子であるケビンを殴って謹慎中のことだ。わざわざ王都まで来た父が夜中にタウンハウスを飛び出した翌日に謹慎が解けたので、父が何かしたのだろうと思っていた。まさか国王に直談判してるとは思わなかった。
「その節はご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした」
俺は顔を赤くしながら頭を下げる。
「気に止む必要はない。あれはケビンに非がある。さて、本題に入ろう」
国王が軽く咳払いをする。
玉座の間の空気がひりつき、自然と背筋が伸びる。
「バスカブル辺境伯代理とその孫ラトランド。この度はよく働いてくれた」
謁見の間が静かなことも相まって、よく声が通る。決して大声ではないが、腹に響く声だ。
「先日、エライモセ帝国から謝罪の言葉をもらった。偵察や奇襲などの意図はなく、ただ訓練をしていただけだだが、誤解を招いた、とのことだ。エライモセ帝国とはここしばらく、均衡を保っていたが、久しぶりの有事になり得ただろう」
『ありがたきお言葉にございます』
俺とマーカスが揃って頭を下げる。
「ラトランドよ。お主の父、アルジーが急逝し、辺境伯を継ぐべく、マーカスに師事していると聞く。この度は勉強になっただろう」
「国王陛下、発言を宜しいでしょうか」
マーカスが陛下の言葉が終わるのを待って声をかける。
「良いぞ」
「実は今回の件は全てラトランドが指示したことでございます」
「・・・マーカスよ。孫に花を持たせたいのはわかるが、流石にそれは言い過ぎではないのか?」
「いえ。確かに私は軍議には参加しましたが、一言も発しておりませぬ。初動もその後の対応も、全てラトランド1人で行いました」
「それは本当か?」
陛下が訝しげに俺を見る。
「あ、あの。後ろに祖父がいたからこそできたことで、それに騎士団長や現場の騎士たちが正確な報告と意見を出してくれたからであって・・・」
「謙遜は良い。マーカスの言葉は本当のようだな。バルサバ領は我が国にとっても重要な地域だ。アルジーが急逝し、どうなることかと思ったが、安心なようじゃな」
陛下からの過分な評価に、俺は身を縮こませる。だが、その言葉には勇気をもらったし、期待を受けて背筋が伸びる。
「身に余る光栄でございます。先ほども申しました通り、今回の件は祖父をはじめ、様々な支えがあったかこそだと考えております。陛下からのお言葉は領地を代表して僕が承ります。これからも精進いたします」
俺は再び、最敬礼をする。
その後、今回の件は国民の不安を掻き立て、さらに穏便に済ませたいエライモセ帝国を刺激することにもなりかねないため、箝口令まではいかないが、大っぴらにすることもしないことを確認された。
もともと、俺は自分の力をひけらかしたいわけでもないので同意した。
祖父にはそれでいいのか?と訊ねられたが、俺はそれでいいと思っている。
タウンハウスに戻り、一泊すると俺たちは領地に帰った。タウンハウスはすでに馴染みの使用人たちが働いており、その合間をサリバンが駆け巡っていた。初めて会うはずの使用人たちとのコミュニケーションは取れているようであり、俺はサリバンの仕事を評価した。
今後はタウンハウスを元通りにするための人材も来る予定だが、彼ならうまくやれるだろう。ただ、1人では抱え切れるはずもないので、ローニーを派遣することに決めていた。
「これがタウンハウスの状況だったわけですが、何か言うことはありますか?」
俺は領地に帰ってから、すぐにマリス侯爵とヒックス子爵を呼び寄せ、タウンハウスの状況について話をした。辺境伯の家の名を堕としたと言うと、ヒックス子爵は恐縮していたが、マリス侯爵は尊大な態度を続けていた。
「ラトランド様。私はヒックス子爵に任せ、彼がサリバンを指名したまでです。責任はヒックス子爵にあります」
「ふむ。では、ヒックス子爵。どう責任取るつもりだ?」
「・・・サリバンと縁を切り、平民とします」
ヒックス子爵は苦渋の表情を見せた。
もともと貴族の中でも末席の子爵家。さらにその三男になれば、貴族として生き残ることは相当に成果を挙げないと難しい。平民として生きる道は想定されていただろう。
結果としては同じだが、普通に平民として生きることと失敗の結果を受けて平民になることでは意味合いが違う。しかも、今回はあわよくば家族として生き残れる道もあった。
子爵はそれをサリバンに十分に意識させる努力は怠ったのかもしれないが、自ら息子の将来を閉じるような選択をした。責任は果たしたと言っていいだろう。
「わかりました。ヒックス子爵の言葉を受け入れます。マリス侯爵は責任はないというのですね?」
「ええ。私はヒックス子爵に人選をお願いしたのみです」
「わかりました。では、請求書案を作成して、後日会議で決定しますので、届き次第支払ってください」
「なっ!?」
「これは現状復帰のためにかかった費用です。あと、マリス侯爵を我が家の重役から外します。これは後日、最終決定されますので」
「横暴だ!お前は何か責任を取ったのか!?」
俺ははぁ、とため息をつく。とうとう、俺のことを『お前』呼ばわりだ。
「まず、タウンハウスの使用頻度は非常に低いです。なので普段はローニー夫妻に任せていました。彼らは非常に優秀で、常にタウンハウスを綺麗に保っていました。そして、人手が必要な時のみ、馴染みの公爵家にお願いして人材を派遣してもらってました。今回は公爵家に僕が頭を下げ、快く人材を派遣してもらいました。公爵家に借りを作ったのです。これが責任と言わずして、なんだと思いますか?」
これは嘘ではない。国王陛下との謁見ののち、俺は実際に公爵家を訪れ、頭を下げている。公爵は特に気にする様子もなかったが、万が一の時は無理なお願いも聞かなければならない。
それは杞憂に終わるだろうとは思っている。だが、マリス侯爵にそれがわかるはずもない。彼はその事実を知って勢いが削がれている。
「そして、自ら任された仕事を傘下の家に押し付け、自らは責任を逃れようとする。そのようなものとは信頼して仕事ができないと判断した」
マリスはまだ、何か言いたそうだったが、俺はもう話すことはないとばかりに視線を外す。
「そうそう。タウンハウスの管理は貴族でないといけないという決まりはない」
俺はヒックス子爵に視線をチラリと向け、笑顔を見せる。
彼はキョトンとしていたが、すぐに俺の言葉の意味を理解した。そして、頭を深々と下げ、いまだに喚くマリス侯爵と共に俺の視界から去っていった。
彼らと入れ替わりにマーカスが部屋に入ってきた。
「終わったか?」
「ええ」
「今度こそ、本当にワシの出番はなかったな」
この部屋の隣にマーカスは待機していたが、2人の前に姿を現すことはなかった。
「もう、俺が常についておく必要はないな」
「まだ、不安な面はありますよ」
「お前は学園に入る前から家の手伝いをしていたのだろう?アルジーから聞いている。それに、この数ヶ月の様子を見てて、大丈夫だと判断した。ワシは辺境伯代理だからな。屋敷内にはいるし、会議には参加するから安心せい」
ガッハッハとマーカスは豪快に笑う。つられて俺も控えめに笑った。
1ヶ月後に開かれた定例会議では俺がタウンハウスの状況と経過を報告し、マリス侯爵を重役から外すこと、代わりにグレン侯爵を据えることを提案し、また請求書案に関しても議題として挙げた。俺の出した案は過半数の賛成のもと、可決された。
最後までマリス侯爵は異を唱えていたが、マーカスが「これ以上騒ぐと国王陛下に報告する義務があるぞ」という脅しをかけ、とうとうマリス侯爵は口を閉じた。
こうして、一連の騒動は幕を閉じた。
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