殿下
ケビン視点です。
王族はこの世で最も偉大で、王都に住む貴族がそれに続き、住む地域が辺境になればなるほど、地位が低くなればなるほど、尊さは消失する。王族は偉大であるがゆえに意見が尊重され、偉大であるがゆえに努力を怠らない。
ハーツ公爵家は代々我が王国の財務を担いう、歴史ある家だ。ハーツ公爵家令嬢のリクシアは申し分ない家柄に、美貌まで備えた婚約者に、俺は満足していた。
ただ、付き合うにつれてリクシアのことを疎ましく思うようになった。王子である俺に苦言を呈することが多くなってきたからだ。
俺はリクシアを婚約者から下ろすことを決意し、計画を実行した。それが卒業パーティでの婚約破棄だ。
編入してきたユーリを見たときからこの計画を考えた。彼女はもともと平民であり、肩書きも男爵令嬢。俺の言葉を否定することはなく、見た目もリクシアほどではないが美しい。また、俺と同じくクラスに入るほどの秀才であれば、肩書きなどどうとでもなるだろう。
側近のマルセルは必死な様子で止めようとしたが、強行した。ユーリを手に入れようとする俺への嫉妬だろう。
そして、ユーリは俺との婚約を受け入れた。
「父上、マルセルが俺から離れるというのは本当ですか?」
ユーリが新たに俺の婚約者となり、ベルランド伯爵家に養子が決まったのち、側近だったマルセルが自ら辞退することを知り、俺は父の元に駆けた。
「ケビン。公式の場では国王と呼べ。それにいきなり飛び込んでくるのは礼儀がなっとらん。お前はこれまで何を学んできたというのか」
父が怒りを見せ、俺も冷静になる。
「失礼いたしました。突然の報告に驚愕のあまり、礼儀を忘れてしまったようです」
「まぁよい。マルセルの件だが、その通りだ。彼の意思は固く、了承した」
「しかし、マルセルは僕の側近であり、その可否は僕が決めるべきでは?」
「なぜお前に人事権があると思うのだ?そもそもマルセルを選んだのもワシだ。後任は追って指示する。以上だ」
父は有無を言わせず、俺を退室させた。
俺は不満に思いながらも、言い返すことはしない。俺が唯一尊敬する父の言葉だからだ。
その苛立ちは、リクシアに向かった。俺は彼女を、「引きこもり辺境伯」と言われる元同級生のラトランドのもとへ送った。
この話を父にする時、不機嫌になるかと思いきや、存外あっさりと認められた。なぜ、あっさりと認められたのかは疑問に思うものの、リクシアの顔を見ることが少なくなった喜びが大きかった。
それから1ヶ月後、ユーリは王宮に入った。もともと半年後という話だったため、俺はたいそう喜んだが、会うとこは叶わなかった。俺に対するマナーが不安とのことだった。気にしないと伝えたが、彼女は頑なに拒んだ。
その後、ウィリアム・ムーアが側近として俺の元に就いた。ウィリアムは基本的に俺に対して物を申さず、少し苦労していた仕事もうまく回るようになったことから、俺は満足していた。
仕事、といえば俺は少し違和感を感じていた。
俺は文官たちとうまく付き合えていると思っていたのだが、最近はあまり関係が構築できていない。
実務上の支障はなく、あえて気づかないふりをしていたが、貴族との交流も順調とは言い難い。ハーツ公爵家と疎遠になることは想定内だが、それ以外の貴族とも疎遠になっている。
もっとも、ベルランド伯爵とは頻繁に話をするようになったし、これから本格的に社交界へ顔を出せば解消されるだろう。
半年後、俺の前に姿を見せたユーリは、まるで別人のようだった。弾ける笑顔や天真爛漫な態度はなくなり、天使のような微笑みと落ち着いた雰囲気を保っていた。
平静を装ったが、本音を言えば、胸の奥がひどくざらついた。俺が好んだユーリの姿とは、あまりにも異なっていたからだ。
王妃教育を受けたユーリは落ち着いて、優雅で、まるでリクシアと対峙しているようだった。もっとも、リクシアとユーリでは産まれが違う。やはりリクシアの方が洗練はされていた。会話も打てば響いたリクシアとは違って、ユーリとの会話は限定的だった。
さらに半年が過ぎた。ユーリと共に過ごしたプライベートな時間はあまりなく、リクシアとは常に一緒に行っていたダンスレッスンでも、熟練度の差から一緒に行うことも少なかった。
いつのまにか、俺の中でリクシアを恋しく思っていた。
まもなく社交の場として正式に表舞台に出る。恒例のダンスは諸事情により行わない方針となったが、平民出のユーリのためだろうという噂が広がっていたし、それは事実だった。
同時に、俺の肩身も狭くなっている。貴族や文官たちとの距離感が掴みにくく、やりにくい。側近であるウィリアムも一貫して距離を保ってくる。
そして迎えたパーティ当日。俺はユーリをエスコートして会場に向かう。ユーリは緊張している様子だが、リクシアはそういう姿を見せたことがなく、俺はどのように接していいかわからなくなる。
パーティが始まり、貴族が俺たちの元に挨拶に来る。俺は適当に話を合わせるが、ユーリは話しかけられたことのみを返しているため、会話が広がらない。俺はなんとか間を取り持って場を繋ぐ。
一通りの挨拶を終えると、ユーリは父母と共に控室に下がった。俺は肩の荷が降りたと共に、これまでに感じたことのない疲労感を感じる。
ふと会場を見渡すと、ランドとリクシアの姿を見つけた。
「リア、どうだ。辺境の暮らしは。何もなくて不便だろう?その上、『引きこもり』が辺境伯の爵位を受けるなど、国王議会は何をしているのか」
「ケビン殿下。お久しゅうございます。殿下の質問に答える前に、私の婚約者のラトランド様にお声をおかけください。加えて、私を愛称で呼んでよいのは家族か、ごく限られた親しい友人だけです」
俺はリクシアに声をかけたが、リクシアは内容に異論を唱える。そのことに懐かしさを覚えて会話を続けようとするが、なかなか俺主導の話が続かない。次第に周囲の空気が悪くなるのも感じ、いつのまにか俺が辺境に視察に行く流れができてしまった。
始めは面倒だと思っていたが、考えようによってはリクシアを王都に返すいい機会だと捉える。
あれほど自分から離れてほしいと感じたリクシアの存在を自ら求めることに驚く。ただ、リクシアを連れ戻せば俺の評価も戻るだろうという算段もあった。肝心のハーツ公爵家がラトランドの肩を持ったのは想定外だが、リクシアの本心はわからない。
俺はリクシアに手紙を書いた。リクシアは毎回、丁寧に返事をくれる。内容は俺にとっては良くないことだったが、返事をくれることから俺は受け入れられたのだと喜んだ。
しばらくして、俺は父の執務室に呼ばれた。執務室に呼ばれることは珍しいと思ったら、リクシアへの手紙に対する抗議だった。ハーツ公爵家とバルサバ辺境伯、両者から抗議が来ているという。
「ハーツ公爵はともかく、ラトランドからの抗議は無視していいでしょう?」
「何を言っている。王太子でもないお前と辺境伯。どっちが大事だと思ってるんだ。それに、お前は婚約者がいるだろうが」
俺の意見は真っ向から否定された。
王太子でないのは俺やユーリを父が認めないからなのだが、流石にその言葉は飲み込む。
苛立ちは押し殺し、リクシアを王都に戻す口実を探し始めた。
しかし、まてどくらせど視察の日程が決まらない。痺れを切らした俺はウィリアムを急かした。
「殿下、視察というのは、殿下の気分ひとつで動くものではありません」
ウィリアムに馬鹿にされたように言われ、俺は腹が立ったが、その気配を察してか、ウィリアムはそそくさを執務室を出ていった。
ヤキモキしている間に、ラトランドとリクシアが結婚するという報告を受けた。
有力貴族の結婚式は王都で行い、その全てに王族が立ち会うことになっている。
俺はラトランドとリクシアが結ばれ、完全に手の届かないところにいってしまうのを間近で見届けなければならなかった。
隣にいるユーリは笑顔で祝福している。
ユーリは元平民とは思えないほど、王妃教育が順調に進んでいる。ただ、父がユーリとの結婚を認めないのは、俺と同じく物足りなさを感じているからだろう。この場でもリクシアなら優雅に微笑むに止めるはずだ。
やはりなんとしてでもリクシアを王都に返さなければならない。王族たる俺が望むのだ。辺境伯か何か知らないが、ラトランドが抵抗するはずもない。
いよいよ視察の日になった。途中からバルサバ領所属の騎士が護衛してくれることになったが、そのほとんどが爵位の低い次男以下で、ほとほとまいった。
「ケビン殿下、ユーリ男爵令嬢。遠路はるばる、バルサバ領までようこそお越しくださいました。バルサバ領を治めます領主、ラトランド・バルサバにございます。バルサバ家及び我が家に連なる家及び領民は、お二人の来訪を心より歓迎いたします」
「何を言ってるんだ。俺とランドの仲じゃないか。田舎にだって足を運ぶさ」
俺は敢えて口調を崩したが、不穏な空気を感じる。
ユーリが俺の会話を遮り、それを機に話が進むことに苛立ちを覚える。卒業パーティから、細かいところで自分の思い通りになっていないことが多い。
その後、ラトランドにリクシアを王都に返すように言ったが、けんもほろろに断られてしまった。しかも側近であるウィリアムも敵にまわる四面楚歌の状況。
そうなるならば、と決闘を申し込んだ。ラトランドは配下の騎士たちの前で決闘を断るわけにもいかず、思惑通り、リクシアを賭けた決闘が始まった。
結果は敗北してしまった。学生の頃は負けたことがなく、卒業後も訓練を絶やさず、俺の腕は上がっているはずだった。
しかし、現実は無様に膝をついている。
なんとか相手の手を借りずに立ち上がり、褒美を尋ねるとラトランドは驚いたような表情をした。約束を破るほど、俺は落ちぶれてはいないのだが、彼の目にはそう映っていたらしい。
その後も諦めずにリクシアと近づくために注視していた。ただ、リクシアとユーリが一緒になることが多く、なかなか近づけない。また、1人になってもラトランドやウィリアムが邪魔をしてくる。
腹立たしく思いながらも、彼らを観察し続けているとわかったことがある。
まず、ラトランドは身分に関係なく人と接している。平民を信頼し、彼らもまた、領主であるラトランドを信頼している様子が見てとれた。また、貴族たちも笑顔で接しており、その笑顔は作られたものではない。何より、リクシアがラトランドを信頼している様子が窺える。
俺の周りを思い返しても、あれほど自然に笑う人間はいなかった。ウィリアムでさえ、常に真顔。マルセルとも、愛称で呼び合ったことは一度もない。リクシアを「リア」と呼んでいたのは俺だけで、彼女は終始「殿下」だった。
今ではそのリクシアも、ウィリアムまでもが、ラトランドと愛称で呼び合っている。それが何より、俺とラトランドの違いを物語っていた。
また、みんなの笑顔も俺と会話する時は張り付けたようだった。立場の問題もあるのかもしれないが、特にリクシアとユーリの笑顔は、俺の前で見せるものとは似てはなる物だ。
その差を目の当たりにし、ようやく自分とラトランドの違いを理解した。
王都に帰る前夜、俺はラトランドを呼んで、友として付き合ってほしいと頼んだ。
彼からの返事は、はっきりとした拒絶だった。
その理由は明白だ。自分を振り返った時、なんで愚かなことをしたのかと顔が赤くなるが、この拒絶で吹っ切れた。
「バルサバ辺境伯。この度は大義であった。非常に有意義な視察になった。また、リクシア辺境伯夫人、テレサ前辺境伯をはじめ、各地を治る貴族とその家族、及び彼らを支える使用人、そして領民の皆様に深く御礼申し上げる」
去り際、俺が堂々と口上を述べると、周囲の目が丸くなるのを感じた。それが、普通のことすらできてなかった俺に対する評価なのだ。
ユーリを認めない両親も周りの貴族も腹立たしかったが、それは俺がアピールをしていなかったからだ。
「婚約者とはよく話し合った方がいいですよ」
まずは友人としてくれた言葉を行動に起こそう。
そして、俺はユーリを認めさせるために、自分が国王として相応しくなるために努力しようと決意した。
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