親縁
3人の登場人物視点の物語です。1話完結式です。
卒業パーティから帰る馬車の中で、私はこれまでのことを思い返す。
公爵家の一人娘。それが私の立場。結婚相手は産まれた時からほぼ決まっていたようなものだった。
7歳の時にケビン殿下と初顔合わせを行った。成長とともに責務の重さを理解したが、この時は純粋に着飾れるうれしさだけだった。
初めてお会いしたケビン殿下は見目麗しく、同い年とは思えないくらい紳士であった。この方が私の婚約者、結婚相手となるのだと思うと、誇らしい気持ちになったのを覚えている。
王妃教育としてマナーや文化、言語を学ぶ。
最初は一緒に講義を受けていた殿下も、徐々に手を抜くことが増えた。
また、殿下は下位貴族や領民を見下す言動を繰り返していた。
王族ということもあり、講師たちはあまり強く指摘をしなかったが、私は何度か考えを改めるように進言した。
その頃から私と殿下の関係は徐々に崩れていった。
それでも、学園入学して1年間はお互いを取り繕うことはできていた。
完全に崩れたのは、2学年になってユーリ・マクスウェル男爵令嬢が編入してきてからだ。
殿下はユーリに忠信するようになった。平民出身だというユーリは、第一王子という肩書きに惑わされることなく、むしろ身を引いていた。殿下は知ってか知らずか、ユーリの気を引こうと躍起になった。
自分とユーリを守るため、私は殿下に進言した。
「殿下には私という婚約者がおります。無闇と女性に近づかれてはあらぬ誤解を招いてしまいます」
「ユーリの世話は陛下直々に任されている。それともリアは、貴族界に入ってきたばかりのユーリを放っておけ、というのか?」
「そうではありません。クロフォード様や他の方もおられる中、殿下が全て世話を焼く必要はないのでは?」
「なんだ。嫉妬か。女の嫉妬は見苦しいぞ」
私の言葉は殿下には届かず、それどころか、私自身を拒否されてしまった。
その後の学園生活は苦痛であった。殿下が私に振り向くことはなく、学園での勉強に王宮では王妃になるために厳しいマナー教育が行われた。
両親には相談しなかった。要らぬ心配をかけさせたくなかったからだ。
なんとか3年間を乗り過ごし、卒業パーティで殿下に突きつけられた婚約破棄。
それを聞いて、正直安心した。ようやく、解放されるのか、と。
ユーリとの関係は悪くなく、一介のクラスメイトととして接していた。ただ、殿下に肩を抱かれ、迷惑そうに眉を顰めて私を見るユーリを慮る気持ちは、この時はなかった。
私は婚約破棄を受け入れ、パーティを中座して馬車に乗り込んだ。
過去を振り返っている間に、馬車は公爵家に着いた。
玄関では侍女のマリーが慌てた様子で出迎えてくれた。マリーは相当早く帰宅した私に何も聞かずに部屋に案内してくれた。そこで卒業パーティで起こったことを話した。
「ごめんなさいね。マリー、王宮で働けなくなってしまって」
話し終えた私は笑顔でわざと明るい声でマリーに言うが、マリーは今にも泣きそうな顔をしている。
「そんなことはどうでもいいです。リクシア様と婚約を破棄する殿下なんて、この国の行先が心配です。リクシア様は泥舟にならなくてよかったですね」
あまりに不敬な言い方に私も苦笑いしてしまう。
「お父様とお母様に報告しないといけないわ。化粧を落として、別のドレスに着替えましょう」
「かしこまりました」
マリーはテキパキと仕事をしてくれる。
卒業パーティは学園で卒業生と教師のみで行われるが、同時に王宮でも親のためのパーティが行われる。両親はそちらに出席していた。婚約破棄の騒動については、すでに伝わっているだろう。
しばらくして両親が帰ってきたと連絡が入る。伝えてくれた侍従おほぼ入れ違いに両親が私の部屋に入ってきた。
「リア!!」
お母様が私を抱きしめてくれた。私もそっとお母様の背中に手を回す。
「ごめんなさい。婚約破棄をされてしまいました」
お母様にそう伝えると、初めて涙を流した。
公爵家に嫁いだお母様は、子宝に恵まれず、唯一の子が女児だったことで針の筵だった。お父様からの愛があったことが救いだが、お母様が責任を感じていたのは知っている。
これはまた王妃教育の中で講師が口を滑らせた。
「貴女のお母様は貴女を王妃にして、ようやく公爵家の女性の責務を果たすことができるのです」
その言葉を聞いて、私は殿下の婚約者に選ばれたことを人一倍喜んだお母様の姿を思い出した。殿下からの愛が冷めていく中、厳しい生活に耐えることができたのは、ひとえにお母様の望みを叶えるためだった。
だが、その願いは絶たれた。私はお母様の役に立つことはできなかった。それがただ悔しかった。
「何を言っているのです。むしろ、私の方こそごめんなさい。リアが何も言わないから甘えてしまって。無理にでも聞けばよかったのに」
お母様も涙ぐみながら言う。
「リア。国王陛下には抗議をした」
お父様が厳しい口調で言う。私はお母様の背中から手を離した。
「だが、王族として一度口に出したことを簡単に覆すことはできん。わかるな?」
「はい」
「リアがケビン殿下とやり直したい気持ちがあるなら、関係を戻すことはやぶさかではない」
「いえ。随分前から殿下とは距離がありましたから、殿下が私を選んでくださらなかった。それが全てです」
苦しそうに私に尋ねてくださったお父様に、キッパリと返事をする。その返事を聞いて、お父様の表情は緩んだ。
「そうか。ひとまず休みなさい」
「はい。ご心配をおかけしました」
私が頭を下げると、お父様は頭を優しく撫でてくれた。
マリーと共に寝衣に着替え、部屋の明かりを消す。
心身ともに疲れているはずだが、目を瞑ると今日の出来事が浮かんできて、深い眠りにつくことはできなかった。
それから、私は眠りの浅い日々が続き、食欲も減退してしまった。
そんな私の姿を見て、マリーは心配してくれる。また、お母様が憔悴しているのがわかる。おそらく、お茶会で色々なことを言われているのだろう。私も社交に精を出さないとと思うが、両親からは無理しなくていいと言われ、余計にもどかしさを感じる。
周りに心配をかけたくなく、また身体が弱るのを感じるため、なんとかスプーンを口に持っていくが、受け付けない。
親しい友人たちが見舞いに来たいとありがたい言葉をくれるのだが、今の自分では余計に心配をかけてしまうだろう。丁重にお断りの手紙を書く。
そんな日々を過ごすこと1ヶ月。お父様とお母様が部屋にやってきた。いつもは顔を見るだけだが、今日は話があるらしい。
「リアに婚約の打診がきた」
「まぁ、どなたからですか」
お父様の話は予想外だった。とはいえ、期待はできない。第一王子から婚約破棄された令嬢を欲しいと思えるのは、何か理由のある人に違いない。
「ラトランド・バルサバ辺境伯令息だ。もっとも、彼の父であるアルジー辺境伯は亡くなってて、辺境伯を継ぐのは時間の問題だが」
お父様の口から出た名前は、これも予想外のものだった。
ラトランド様は1年だけだが同じクラスでご一緒した方。ケビン殿下とちょっとした確執があって、当時婚約者だった私はあまり会話をしたことはないが、悪い印象はない。
でも、お母様は違うようだった。顔を顰めたお母様は、今のラトランド様のことを教えてくれた。
「社交界では『引きこもり辺境伯』のあだ名がついているわ。領地経営はうまくいっているようですが、後見人の前バスカブル侯爵の手腕が大きいとか。しかも、騎士育成を生業にしてるなんて。粗暴にきまってます。私は反対です」
「フィア。何回も言ったが、ラトランド殿が社交に出てこないのは、まだデビューしてないからだ。実際、リアも友人との茶会は出てるが、大きなパーティには出席していない」
「それはそうですが・・・」
「それに、騎士の育成は重要だ。確かにアルジー殿は武骨だが、礼を失する人間ではなかった。そうだろう?」
「お父様はこの婚約に賛成なのですか?」
ラトランド様の噂については私も耳にしたことがある。お父様がそれを知らないはずはない。婚約をしてほしくないなら、お母様の意見に賛成するはず。
「悪くない話だとは思っている」
お父様はため息混じりに答えた。
「実はこの話は、ケビン殿下発案なんだ。ただ、国王陛下も賛同されている」
「国王陛下も・・・。となると、受けないわけにはいけませんね」
「いえ、ケビン殿下からリアへの仕打ちを考えたら、お断りするべきです」
お母様の強い言葉が出るが、私の心は決まった。
「その婚約、お受けいたします」
「リア!」
「お母様、落ち着いてください。国王陛下の賛同だけで受けるわけではありません」
「リア・・・」
お母様が落ち着いたのを見計らって、私は理由を話す。
「まず、ラトランド様はわずかな期間とはいえ、学園で面識があります。その時は努力を怠らない印象があります。領地経営に未熟な面はあるかもしれませんが、決して怠惰な生活をしているとは思えません」
ラトランド様に対する率直な意見を述べる。そもそも、成人していない段から完璧な領地経営など、できるはずもない。
「また、王宮に通っている間、国王陛下、皇后陛下ともによくしていただきました。そんな陛下が、私に大きな不利になるような婚約を持ってくるとは思えません。それに王都にいるより、新しい地で新しい未来を切り拓きたいのです」
私がそういうと、2人は少し寂しそうな顔をした。
「王妃教育も考えものだな。成人したての娘に家のことを考えさせるなど」
お父様がかぶりをふる。
「帝国との緊張が走ったと噂になっただろう?国王陛下が仰るには、あれを収めたのがラトランド殿という話だ」
「そんなの、信じられません・・・」
「だが、国王陛下に虚偽の申告をするほど、バスカブル前侯爵は耄碌してないはずだ」
お母様の疑念も尤もだけど、私の意思は変わらない。
それを伝えると、2人は部屋を出た。
私は行く末が決まり、少し前向きな気持ちになる。
「そうと決まればしっかりと食べなくっちゃ。こんな姿ではラトランド様に嫌われてしまうわ」
マリーの不安そうな顔を吹き飛ばすように、私は笑顔で言った。
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