袂別
俺が頭を上げると、ケビンの眉間に皺が寄っていた。
「ランド、俺と友人にならないか?」
今夜のケビンの発言には驚きの連続である。もともとケビンは辺境出身である俺のことを毛嫌いし、バルサバ領に足を運ぶことすら嫌がっていたのではなかったか。
「数年前の俺は肩書きが全てだった。父である国王陛下が最も偉く、公爵らがそれに続き、さらに王都で働く者が偉いと、王都から離れれば離れるほど、地位は下がると、そう思っていた」
ケビンはワインを飲み干し、新たにグラスにワインを注ぐ。
「だが、学園を卒業し、本格的に仕事を始めるとうまくいかない。苛立ちと共にこちらにきてみれば、辺境出身であるランドがうまく領地を取りまとめている。この視察で俺との違いを感じないほど、俺は馬鹿ではないつもりだ」
ケビンの言いたいことはわかってきた。
「リクシアとユーリの関係を羨ましいと思った。そして、ラトランドとウィリアムとの関係も。彼とは何年もの付き合いだが、愛称で呼んだことはなかった。だが、ラトランドはウィリアムのことをウィルと呼んでいた」
バルサバ領にきた直後から俺はウィリアムのことをウィルと呼んでいた。ケビンはそれに気づいていた。
「思い返すと、俺には学生の時も今も、愛称で呼ぶのは家族くらいだ。前の側近だったマルセルですら愛称で呼んでいない。それなのにランドはわずかな付き合いであるウィリアムを愛称で呼び、平民とも関係を保っている。そこで、俺は自分との違いを考えた」
自己反省ができる姿勢は、クリスティが言うように決して仕事面で能力が低いわけではないのだろう。
「俺も学生の頃から仕事をしてきたつもりだが、リクシアに任せていたことも多い。しかも、書類上の仕事だ。実際に領民や貴族と関わってきたランドと、大きな違いがあると実感した」
ケビンは懺悔のように淡々と語る。
「水に流すことはできないかもしれないが、俺はランドと友人として、あるいは先輩として付き合いたい。どうか、支えてほしい」
真剣な目線で俺を見つめる。俺はケビンの言葉に驚きを隠せない。短期間で真逆の考えになっている。
俺はキッパリと答えた。
「お断りします」
ケビンの目が開く。
「勘違いしないで頂きたいのは、ケビン殿下の家臣として、この国の一領主として敵対するつもりはありません。まず、この前提の上でお聞きください」
俺はワインを傾ける。ケビンが胸の内を晒したのだ。俺も晒してしまう覚悟を決めるために。
「ケビン殿下から父を侮辱され、思わず殿下に手を出してしまったこと。そのせいで退学になって、家族や家臣たちに迷惑をかけてしまうかもしれない恐怖。おそらく、殿下も少しはわかるのではありませんか?リアとの婚約を破棄した今なら」
「あ、ああ」
ケビンはわずかに反応するのみだったが、俺の言葉の意味はわかるだろう。
自分の立場が危うくなるかもしれない恐怖。
だからこそ焦ってリクシアを取り戻そうとしたし、逆に俺のやり方を取り入れようとした。
「結果的に父の力を借りて僕は学園に復帰しました。父に感謝し、卒業後は改めて領地で父を助けると意気込んでいたところで、父の急逝。僕の絶望感は、殿下には想像できないでしょう」
「父上の急逝は俺とは関係ないだろう?」
「もちろん、それ以外にもあります。リアを公衆の面前で辱めた殿下を受け入れることはできません。しかも社交界デビュー後から殿下はリアを取り戻そうとしていました。つい1週間前も。そんな殿下がいきなり『心を入れ替えた』と言われて、受け入れられるほど人間はできておりません」
変わり身の速さはケビンのいい点だと思うのだが、流石に速すぎて罠を疑うレベルだ。
だが、罠でなかったとしても俺の気持ちは変わらない。
俺は残ったワインを飲み干す。
「重ね重ね申し上げますが、いち臣下としてこの国を支えていく所存です。それだけは誓います」
俺はそう言って立ち上がり、唖然とする殿下に向けて言う。
「僕が殿下に『友人』として接するなら、婚約者とはよく話し合った方がいいですよ、と言いますね」
俺はそれだけ言うと頭を下げ、退室した。
やや酒が入っていたとはいえ、強い言葉を使ってしまったと反省するが、あの場はケビンと2人だけ。しかも、私的な場であるとケビンが言って、人払いもしていたのだ。影とやらがいるのかもしれないが、逆に証言をしてくれる。
俺は自室に帰ったが、興奮してなかなか眠りにつくことはできなかった。
結局、あまり深く眠ることなく朝を迎える。顔を洗い、従者に手伝ってもらって燕尾服を着る。そして、同じくアフタヌーンドレスを見に纏ったリクシアをエスコートし、玄関へと向かう。
「あまり寝てないようね」
すでに準備ができていたテレサと朝の挨拶を交わした後にそう言われ、俺は昨日のケビンとのやりとりを聞かれていたのではないかと内心、驚きを隠せない。
「まだ殿下が領地を出るまで、王宮に帰るまでは安心できませんが、とりあえずやれることは無事にやり切ったと安心したら、逆に寝れなくなってしまいました。そんなに酷い顔ですか?」
「そんな気がしただけ。側から見たらいつも通りの顔だわ」
テレサがそういうが、彼女は本音を隠す貴族の女性だ。チラリとリクシアの横顔を伺うが、小さく頷いたので、俺の顔は上手く誤魔化せてるだろう。
「ケビン殿下が来られました」
執事の一言で場に緊張感が走る。これまで順調に来てても、最後に失敗したら意味がない。特に俺の場合は昨日のこともある。
ダニエルを先頭に、ケビン、ユーリ、ウィリアムらが続く。俺とケビンが向かい合わせに立つ。
「バルサバ辺境伯。この度は大義であった。非常に有意義な視察になった。また、リクシア辺境伯夫人、テレサ前辺境伯夫人をはじめ、各地を治る貴族とその家族、及び彼らを支える使用人、そして領民の皆様に深く御礼申し上げる」
ケビンが堂々と口上を述べる。
ここに来たときは軽い口調で、挨拶も何もあったものではなかったが、それとの対比に俺は驚きを隠せない。
リクシアが軽く俺の手をさする。
それで俺は我に返った。
「ケビン殿下、ならびにユーリ伯爵令嬢には、遠路はるばる辺境の地までご光臨賜り、恐懼の至りに存じます。拙きもてなしゆえ行き届かぬ点も多々あったかと存じますが、寛大なる御心をもってお汲み取りくださいますよう伏してお願い申し上げます。帰途におかれましては、往路同様、我が領の騎士を護衛につけております。加えて、愚弟エリオットを従者の一人としてお仕えさせますゆえ、御入用の折にはお役立てくだされば幸甚に存じます。この度のご臨幸、まことにありがとうございました」
俺が感謝の言葉を述べると、リクシア、テレサをはじめ、使用人も含めて、男性は手を胸に当て、女性はカテーシーを行う。
「頭を上げよ」
わずか1週間前はその言葉を言わずにユーリにフォローされていたが、今度はケビン自らその言葉を発する。
「貴殿らの歓待を感謝する」
その言葉を聞き、俺たちはスッと道を開ける。ケビンたちが堂々と玄関を通り、馬車へと乗り込んでいく。もちろん、ユーリのエスコートも忘れない。そのユーリの顔も、少し困惑気味だ。
「行ってまいります」
「ああ。よろしく頼む」
エリオットが俺たちに小さな声で挨拶をして、馬車に乗り込んだ。
「ランド様、何かあったんですか?」
「ん?」
小声で声をかけてきたのはウィリアムだった。
「昨日の夜中、ケビン殿下がいきなり僕の部屋に来て『最後の口上を考えろ』なんて仰るから、驚きました。今までこんなことはなかったのに」
タイミングとしては昨夜、俺がケビンを拒絶したからだろうとは思うのだが、多くを語る時間はない。いつか王都に行って、ウィリアムと2人で会う機会でもあれば話そうと思う。
「でも、いいことじゃないか?最初に来た時は正直言ってどうか、と思ったよ」
「そうですね」
ウィリアムは笑顔で小さく頷くと、急いでケビンたちを追う。
荷物はすでに荷台の中。アントニーを始めとする精鋭たちは馬に乗っていつでも出発できる状態だ。
「いざ!」
アントニーの掛け声と共に、一向を乗せた馬車は屋敷を出発した。
その後ろ姿が見えなくなると、一同は大きく息を吐いた。
「みんな、お疲れさま。完全には終わってないが、とりあえずこの場所でやれることは終わりだ。みんなのおかげで無事に視察を終えることができた。感謝する」
俺がそういうと、使用人から拍手が湧き起こる。俺は彼らを抑え、各々の仕事に戻らせる。
「ところで、ケビン殿下の態度の変わりようはなんだったんでしょうか。殿下とは長い付き合いですが、信じられません」
正装からモーニングガウンに着替えた俺たちは、後回しにしていた朝食を摂っていた。その場でリクシアがケビンの態度の変化について聞いてきた。
「まぁ、ちょっとね」
俺は昨日のケビンとのやりとりをかいつまんでリクシアに説明した。
「まぁ。思い切りましたね」
「僕もそう思うよ。酒の勢いもあったかもしれない。でも、学園のことを差し引いても、ここに来たときや視察中の殿下の対応を考えると、とてもじゃないけど友人として殿下と接することはできないし、今でもそう思うよ」
俺は決してケビンと対立することを明らかにしたわけじゃなく、臣下として王国を支えるとも明言した。間違ってはないはずだ。
「いいのではないでしょうか。殿下にとって、初めて他人から拒絶されたのでしょうし、いい薬になったと思います」
「そうだといいんだけどね」
俺は先ほどのケビンの態度を思い出した。あまりの変化に中身が入れ替わったのではないか、と思うくらいの変化だった。
あの態度で第一王子として仕事を続ければきっと、いい君主となるだろう。
それまでに関わることもあるだろうし、その時にケビンが望めば友人としての関係を築ければいいと思う。
「ところで、リア。視察が無事に終わってお疲れ様でした。リアのおかげで無事に終わったよ」
「いえ。ランド様が先頭に立って指揮してくださったからですわ」
リクシアがにっこりと微笑む。その笑顔は控えめに言って最高だ。
「視察も終わったし、ちょっと休暇を取ろうかと思ってね。身内のところで申し訳ないけど、甥の顔もゆっくりと見たいし、お祖父様のところに行くのはどうだい?」
「ま、素敵なご提案ですね。もちろん、ご一緒します」
リクシアは極上の笑顔で俺の提案を受け入れてくれた。それは、バルサバ領に来たときよりも美しい笑顔だった。
誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。
ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。




