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矜持

ケビンが倒れた直後、アンソニーの声が響く。


「勝者!ラトランド辺境伯!」


アンソニーが勝ち名乗りを上げた直後、訓練場は見守った騎士たちの大歓声に包まれた。


「大丈夫ですか?殿下」


俺は殿下に手を差し出す。敗者に手を差し出す行為は屈辱的だが、俺は別に構わないと感じた。この時、俺はケビンに対して怒りを覚えているのだと自覚した。


流石にケビンは俺の手を取らず、自力で身体を起こした。鳩尾に蹴りを受けたはずだが、吐瀉せずに耐えている。流石だ。


「剣で勝負しないとは・・・卑怯者め」


そういわれるだろうな、とは思っていたので、俺は肩をすくめながら答える。


「ここは魔物や帝国軍との緊張を保つ辺境の地、バルサバです。騎士としての矜持は持ちますが、武人としては生き残ることが大前提。特に魔物には騎士の矜持は通用しません。あるのは生きるか、死ぬかのみ。あらゆる手段を使って生き残り、それが叶わぬ時、初めて騎士としての矜持を持つのです」


「しかし・・・模擬戦だろう・・・」


「ええ。ですから、僕は殿下にお伺いしました。バルサバ流でよろしいか、と」


殿下は目を見開く。ようやく、その意味を理解したようだ。ケビンの顔が歪むが、体力的にも精神的にも俺に攻撃できる状態ではない。


「ケビン殿下。対戦、ありがとうございました。アンソニー、殿下を控え室に」


「かしこまりました」


アンソニーに支えられ、下がるケビン。


すれ違いざまに俺に声をかける。


「俺に何をしてほしい?」


「いえ、殿下にしてほしいことなど恐れ多い」


「構わん。約束を守らないなど、王族の片隅にもおけん」


ケビンの言葉に、今度は俺が目を開く。俺の中ではリクシア関連で評価が下がっていたケビンを王族として見てなかったが、改めなければならない。ケビンも王族としての矜持を持っていたのだ。


「わかりました。視察が終わるまでに必ずお答えいたします」


俺はそう言って深々と頭を下げた。


訓練場を出て着替えたのち、俺はウィリアムに余計なことをしてすまないと頭を下げた。


「いえ。こちらこそ殿下が勝手な真似をして、ご迷惑をおかけしました。僕の言葉がどこまで通じるかはわかりませんが、決して悪いようにはしないと努力します」


「そうしてくれると助かる」


その後、俺は訓練所での出来事を知ったテレサにこっぴどく叱られた。だが、俺は間違ったことはしていないと胸を張り、テレサを呆れさせた。


テレサは殿下の元に頭を下げにいった。解放された俺は執務室に戻り、ふぅと息を吐いた。


「お疲れ」


ダニエルがすかさず紅茶を淹れてくれる。


「ランド様。何があったのですか?」


同じ部屋にいたリクシアが俺に問いかける。リクシアはテレサやユーリとお茶会を開いており、詳しい事情は聞かされてないようだ。


俺はケビンがリクシアを求めていたことは触れずに事のあらましを説明した。だが、聡明なリクシアのことだから、勘づいてはいるだろう。それは俺が話し終わったあと、感謝の言葉を述べたことからもわかる。


「ちなみに、リアの方はどうだった?」


「私の方はユーリと楽しくお話ができました。お義母様も好感を持って接しておられたように思います。学生時代のときもそうですが、聡明な女性です。出自以外は王妃として申し分ないと思いますが、やはりその点で苦労も多いと言ってました」


「まぁ、そうだろうな」


俺は頷きながら相槌を打つ。


リクシアはユーリのことを優秀だと褒めたが、いくら優秀でも出自だけはどうしようもない。比較されるのは当然だし、妬みも公爵家出身のリクシアの比ではないだろう。


「しかし、よくその環境で明るく振る舞えるな。俺なら暴れ出しそうだ。殿下からの寵愛も大きいわけでないんだろう?」


「残念ながらそうです。週1回、短時間だけお茶を共にする程度のようです。第一王子としての仕事が忙しいんだとか。まぁ、それは大半を私がやっていたせいでもあるんですが」


リクシアの能力の高さは、ケビンの仕事を肩代わりしたせいでもあるのか。


「彼女はどうやら、マクスウェル男爵への恩義を強く感じている様子です」


「そうか」


このことも納得できる。孤児だったユーリを拾い上げたのはマキシリアムだ。恩義を感じるのは当然だろう。実際、マキシリアムとの会談でもそれを示唆することを言ったようだ。


一方、今はベルランド伯爵家の養子になっているが、これは王家との釣り合いを取るためだから、そこまで愛着を感じていない可能性はある。


「しかし、わずかな時間だったのによく話を聞いてきたな」


俺はリクシアに感心するが、当のリクシアは被りを振った。


「いえ。私やお義母様は話を振るだけで、大半はユーリが話をしました。正直、そこまで話をしていいのか、とこちらが戸惑うほどで」


「なるほど」


どうやら、ユーリは俺以上に社交界の駆け引きは不慣れなようだ。元々は平民、貴族界に入ったとはいえ男爵家だし、社交よりは実務を期待されてのことだ。本格的な社交など、王妃教育が始まってからだろう。


そこまで考えると、ふとした疑問が頭をよぎった。


「ん?そういえばベルランド家ではそういうことを教育してないのか?」


「さぁ・・・。ベルランド家でのことはあまり多くは語りませんでした。ベルランド家に養子として入ったあと、早々に王宮へ入りましたから、語ることもないのでしょう」


「そういうものか」


俺は思案しながら腕を組む。案外、ユーリを崩すのはその辺りが鍵になるのかもしれない。


「ランド、そろそろ時間だぞ」


ダニエルが教えてくれる。ふと外を見ると太陽は随分と頂点から回ってしまっている。


「お、もうそんな時間か。ありがとう、リア。お互い、身支度を整えて後で会おう」


「はい。こちらこそ、ありがとうございました」


それぞれは部屋に帰り、湯浴みをして身支度を整える。今晩はバルサバ領全体でのケビンとユーリの訪問を祝う会が開かれる。主催者としてみっともない姿は見せられない。


晩餐会での殿下は昼のダメージが回復したのか、精力的に交流を図っていた。ただ、俺に対しては相変わらず不躾だったが、バルサバ家に連なる家を敵に回すほど、あからさまな態度ではなかった。


一方、ユーリは少し気疲れがあるようだ。ケビンが気を遣ってる様子は、ない。


「ユーリ嬢、少しお付き合いいただけますか?」


「あ、はい」


リクシアがユーリを連れて部屋を出る。休憩室に向かったのだろう。ケビンは少し怪訝な様子だったが、リクシアに強くはいえない様子だ。


宴はつつがなく進み、お開きとなった。


翌朝から1週間かけて各地を回った。


母の実家であるバスカブル家では義伯母も赤子と一緒に顔を見せてくれた。義伯母からこっそり子どもをせっつかれ、リクシアは顔を赤くしていた。


俺たちも子宝はある程度望んでいるが、なかなか恵まれない。最近は忙しかったので、それもあるだろう。


1週間後、俺たちは屋敷に帰ってきた。それぞれがゆっくり過ごし、いよいよ視察も最終日となった。最終日は屋敷のある街を案内する予定だ。


「待たせたな」


ケビンとユーリが揃ってエントランスに現れる。ケビンもユーリも平民というにはやや派手な服装をしている。


街への視察に向かう時は装飾のない服装で向かうのが一般的だ。護衛はつくものの、土地の形状や店の中だと数は限られる。また、大勢で歩いて領民に威圧感を与えるのも良くはない。


「さ、行こうか」


ケビンが先頭に立って外に出ようとする。ユーリは申し訳なさそうにケビンの隣を歩く。


「すいません。もう少し落ち着いた服を用意してたのですが・・・」


ウィリアムが小声で謝罪を述べる。


「いや、どうせ殿下を護衛するために人員を割いている。視察のことに関しては領民に公表していないが、薄々感じていることだろうから、逆に目立ってくれた方がいいのかもしれない」


王家の家紋は入っていないものの、見慣れない豪華な馬車が領主の屋敷に入り、時期でもないのに配下の貴族が両者の屋敷に集まる。王都からの道中の情報も入ってくるだろう。


これだけで具体的に誰とは分からずとも、やんごとなき貴族が来訪していることは想像できる。俺の顔は割れてるし、ケビンが多少派手な装飾をつけていても大差はないだろう。


「とにかく、ウィルは仕事をしてくれ。俺も少々の腕が立つから」


「ありがとうございます」


俺はリクシアをエスコートして馬車に向かう。進行方向に向かってケビンとユーリが座っており、向かい合う形で俺とリクシアが腰をかけた。


「遅かったな」


「少しだけ事務連絡を」


「そうか。で、どこに連れて行ってくれるんだ?」


「まずはこの街の中心に向かいます」


俺がそういうと、馬車はゆっくりと動き出す。


車内は特に会話もなく、目的地に到着した。


「お待ちしておりました」


出迎えてくれたのはレイバンだ。


「ここは?」


ケビンの問いに俺が応える。


「ここはバルサバ家が管理する馬車の預かり場です。彼はここの管理を任せているレイバンです」


「ケビン殿下、ユーリ様。お初にお目にかかります、レイバンと申します」


恭しく頭を下げるが、その動きは全くの素人だ。


その様子に気づいたのはユーリだった。


「レイバン様。失礼ですが、家をお尋ねしても?」


「はい。私は平民ですので、家名はないのです」


ケビンとユーリは驚いた表情をする。


「馬車を平民に預けるのか」


「預けるといっても、実際に馬の世話や馬車を管理するのは別の職員がやります。僕たちの屋敷でも馬の管理は平民にお願いしてますし、王宮でも基本的に平民だと思いますが」


「確かにそうだが、王宮の中だろう?ここは変な輩が来るんじゃないか?」


「そのあたりも含めて、まずは見学といきましょう。レイバン、頼むよ」


「はい。かしこまりました」


レイバンは馬車を預かる広場、馬を世話する厩舎、御者が休める食堂兼宿の順に説明していく。


職員にはいつも通り職務をこなすように通達している。さすがに緊張の色が見られたが、粗相せず、普段通りの働きを見せてくれた。


「これで全てになります」


受付でもある事務所の2階にある応接室に案内され、今はケビンとユーリがソファに腰掛けている。


「ラトランド様はどうしてこのような設備を作ろうと思われたのですか?」


ユーリが俺に聞いてくる。ケビンは興味がなさそうに紅茶をすする。


「もともとは屋敷に集まる貴族のためです。バルサバ家に連なる家は合議制を取ることが多く、定期的に領都(ここ)に集まります。馬車を収容できるタウンハウスがあればいいですが、そうでない場合は通行の邪魔になっていました。そこで、領主の名の下に統合したという経緯です」


「末端と平民の放っておけばいいだろう?」


ケビンがぶっきらぼうに聞く。


「王家からしたら吹けば飛ぶような家ですが、バルサバ家からすれば大切な一家です。それに、通行の問題は貴族に留まりません。将来的に商人などの平民も使うようになれば、という打算もありましたし、実際にそのようになっています」


「だが、レイバンは平民だろう?貴族と話ができる平民なんているのか?」


「殿下のご指摘はごもっともです。今日はだいぶ言葉遣いを正しましたが、元々はおおよそ、貴族に対するものではありませんでした。しかし、ここを利用する貴族はもともと平民との距離は近く、問題にはなっていません」


俺はケビンに丁寧に応える。ケビンは何か言いたげではあったが、実際にうまく運営できているところをみると何もいえない。


「素晴らしい施設だと思います。職員さんも滞りなく働いておられました」


「そう言っていただけると幸いです」


ユーリの言葉に自然と頬が緩んだ。真剣に見てくれているのが伝わる。

誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。

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