決闘
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「ケビンは馬鹿か?」
「なっ!?」
俺のあまりにも酷い言い草に、ケビンは目を丸くする。
「前も言ったが、リアのことを愛称で呼べるのは、家族だけだ。お前はリアの家族じゃない。リクシア辺境伯夫人だ。そこから訂正してもらおう」
「お前!不敬だぞ!」
「だから、非公式かどうか確認したじゃないか。非公式、つまり同級生として振る舞えってことだろう?」
「そんな屁理屈を!」
「殿下。ラトランド様のおっしゃる通りです」
ウィリアムが俺の肩を持ってくれる。
「ウィリアムまでそんなことを言うのか?」
「いえ、私は当然のことを言ったまで。あと、この場を乱すようなことは、事前におっしゃってくださいともうしたはずです」
「ウィル、もういいよ。この際だから、全てわせてもらう」
俺がウィリアムのことを愛称何回も会う間に、愛称で呼び合うくらいの親密度はある。どうやら、ケビンはそこまで話をしてないようだし、それにも気づいていないようだ。
「そして、お前への返答だが、リアはバルサバ辺境伯、つまり俺の妻になった。簡単に王都に返すはずがないし、リアもそのつもりはない。ハーツ公爵家も『嫁ぎ先に尽くすように育ててきた』と仰っている」
俺はいつぞやの晩餐会でのハーツ公爵の発言を引用する。ケビンは覚えてないのか、眉を顰めている。
「バルサバ辺境伯の妻であるリクシア・バルサバの帰る場所は、ここです。殿下」
俺は指を下に刺したのち、慇懃無礼に頭を下げた。
「そこまで言うなら、俺と勝負しろ」
「勝負?」
ケビンが言い出した謎の言葉に、思わず素で返事をする。
「そうだ。明日は騎士団の視察だろう?余興として俺とお前の勝負をしたらどうだ?辺境伯様の実力を知らない騎士も多いだろう?」
「それは、お互いにメリットはないのでは?」
俺は冷静になる。俺が負ければ騎士団の士気は下がるし、第一王子を倒せば、それはそれで問題だ。
「お前が負けたらリクシアを解放しろ」
あくまでもケビンの中では俺がリクシアを囲い込んでいると言いたいらしい。現実はそうではなく、リクシアから何度も説明されているはずだが、納得はしてないようだ。
「ケビン殿下。バルサバ領にはリアを連れ戻すために来られたんですか?」
「当然だろう。そうでなければ、この地に来る意味はない」
「わかりました。お食事の時間になればお呼びいたします。どうか、部屋でお休みください」
俺がそういうと、ケビンの護衛が半分無理やりサロンからケビンを連れ出す。
俺は大きくため息をついた。なんとも言えない雰囲気が漂う。
「申し訳ありません」
ウィリアムが頭を下げる。
「さっきも言ったけど、君が謝ることではないよ。ウィル。ただ、話ぶりから分かってはいたけど、こうもはっきり言われると流石に肩が落ちるね」
ケビンはケビンで何かしらの仕事をしていたのだろうが、俺とウィリアム、いや、それ以外の人たちだって1年前から準備していたのだ。その仕事がほとんど意味をなさないとわかれば、誰だって肩を落とす。
「視察をやめるか?」
ダニエルが紅茶を3人分、淹れて俺の隣に座る。その姿にウィリアムが目を丸くする。当然だが、普通の執事は主人の隣に座らない。しかも、許可なく。
「ダン。俺は気にしないが、ウィルの前だ。取り繕えよ」
「まぁ、いいじゃないか。俺も少し疲れたんだ」
こういう会話も、普通はしない。
「あー、ウィル。ダンは俺の執事だが、元々は王都のセラフィ子爵家の三男だ。俺の同級生で気心知れた仲だ」
「な、なるほど」
ウィリアムの出身であるムーア侯爵家も、領地を持たない代わりに王家に使える由緒正しい一家だ。同級生とはいえ、軽口を叩くなど、考えられないのだろう。
「とにかく、ウィルもゆっくりしてくれ。食事は持っていかせるから」
「ありがとうございます」
ウィリアムも頭を軽く下げ、部屋を出る。
「で、どうするんだ?」
「どうする、とは?」
「アレは学生時代から変わってないし、なんなら悪化してる。各所を視察したって意味がないどころか、関係が悪化するかもしれんぞ」
「あぁ。だけど、予定を大幅に短縮すると他所からなんと言われるか分からないし、準備してくれた家にも申し訳ない。視察は予定通りやるさ。本当の目的は、彼じゃないしな」
俺は少し冷めた紅茶を飲み干し、気合を入れる。
「流石にケビンも母上や視察先であからさまな態度は取らんだろう。俺が盾になってリアを守って、予定通り帰っていただくさ」
実際、その日の晩餐は滞りなく進んだ。流石にテレサの目の前でこの地を貶めることはなかった。
もっとも、リクシアと話をしたがっている姿を前面に出したため、テレサのケビンへの評価は下がっているのだが、当の本人は気づいていないようだ。ケビンばかり話をするので、俺は話題を振るという名目で、楽にユーリと話をすることができた。
翌朝、俺たちは騎士団の訓練場に足を運ぶ。
まず、騎士団長であるアンソニーが挨拶をして、騎士団の運用について説明する。
ケビンが食いついたのは、シフト制の説明をした時だった。
バルサバ家では文官武人問わず、登用人数を増やしている。それは一人当たりの負担を減らすためだ。もともと高給だった彼らの給料はやや下がったものの、未だに高給である上に、余暇を取れるようになり、概ね好評である。
人件費は高騰しているが、幸い、領民が増えて税収は上がっている。もともと蓄えがあったことや道路を整備することで人の出入りも増えたことで通行費も確保できていることから、若干の赤字ですんでいる。
しかし、この働き方は王国内では特殊である。ともすれば楽をするための制度と言い換えられる。そして、ケビンもそういう考えの1人だった。
「騎士の仕事は領民、ひいては王国を守ることだろう。仕事をしていない時間が長くなるとは、給料泥棒ではないか」
「シフト制を導入してからは以前より給料は下げています。殿下のおっしゃる通りではありますが、これまではその給料を使う時間はなく、万が一命を落とせば無駄になってしまいます」
「だからと言って、遊んでいいわけではあるまい」
「もちろん、日々の鍛錬は欠かしませんし、むしろ余暇が増えたことで仕事へのモチベーションが上がっています。それにシフトがない日、非番と我々は呼んでいますが、非番でも緊急要請に応じる義務はあります」
「その分、人数は増えているのだということだったが、質も下がっているのではないか?」
「先ほども申しましたように、モチベーションが上がって、訓練の質は上がっております。また、実地に出るまでは研修生としてかなり安い給料での生活になります。寮などの生活は保証されていますが、先ほどのような自由はありません。従って皆、最短での卒業を目指しており、結果的に質が落ちるということはないです」
「だがな・・・」
ケビンがさらに反論しようとしたところで、俺は声をかけた。これ以上の問答は無意味でしかない。
「ケビン殿下。論より証拠。今から騎士の訓練を見学されてはいかがですか?」
「なるほど。それでここの騎士たちの練度がわかるか。俺は王宮の騎士にも精通しているから、誤魔化しは効かないぞ」
俺はあたかも思いつきのように言っているが、きちんと予定に組み込まれている。やはり、ケビンは予定を把握していないようだ。
俺とアンソニー、ケビン、ウィリアムは揃って騎士団の前に並ぶ。
「みなのもの。今日はケビン第一殿下が来訪されている。普段以上に訓練に励むように」
『はっ!!』
アンソニーが号令をかけると、違わぬ姿勢で敬礼をする。その後、素振りから始まり、乱取り、そして集団戦へと移行する。
俺はいつも通り気合の入った訓練の様子に満足していたが、隣のケビンは退屈そうだ。そういう姿勢は、案外下の者から見られているのだが、それに気づいていないらしい。
「やめい!」
アンソニーが号令をかける。訓練を行なっていた騎士たちが整列をする。
「ケビン殿下。一言お声をかけていただきたい」
俺がケビンに声をかける。
ケビンは立ち上がり、にやっと笑った。俺は嫌な予感がしたものの、止めることはできない。
「みな、素晴らしい動きであった。私も王宮で訓練を行うが、本場の騎士たちの訓練を見て、体を動かしたくなった」
ケビンの発言の意図を瞬時に理解した。だが、彼の発言を止めるわけにはいかない。
「そこで、同級生でもあり、学園でわずかながら共に研鑽を積んだラトランド辺境伯に模擬戦を申し込む!」
予想通り、ケビンは俺を指差し、堂々と宣言する。騎士たちは当然のことに驚き、ざわついている。
俺はやれやれ、と思いながら横目にウィリアムを見ると、彼も苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をしていた。
「わかりました」
俺はケビンに答える。ケビンは再び、ニヤッと笑った。
お互いに支度部屋に行き、訓練着に着替える。
「只今より、ケビン第一王子殿下とラトランド辺境伯との模擬戦を始める!審判はアンソニーが務めさせていただく!騎士団長の名の下に、公平に裁定すると違う!」
アンソニーが宣言し、いよいよ仕合開始となった時、ケビンが声を上げた。
「せっかくだから、一つ賭けをしようじゃないか。負けた方が相手の言うことを聞くというのはどうだ!?」
ケビンが勝てば、間違いなくリクシアを引き取ろうとするだろう。学園での模擬戦では俺が勝ったことはないから、自分が負けることなど考えていないのだ。
今回もケビンの顔を立てようかと思っていたが、こうなれば話は変わる。
「わかりました。その代わり、僕もバルサバ流でいかせてもらってもいいですか?」
「何流でも構わん!勝つのは俺だ」
ケビンが自信満々に言う。
「では!両者見合って!」
俺は盾を構え、ケビンは木剣を握る。表情には自信が満ちているが、目の奥にほんのわずかな警戒が隠れているのがわかる。
俺は動じず、肩の力を抜き、息を整える。
「はじめ!」
アンソニーの合図と同時に、ケビンが一気に間合いを詰める。
どごっ!鈍い音が盾と剣の衝撃を伝え、振動が腕を貫く。
ケビンが俺に仕掛けるだけはある、重い一撃だ。学園にいる時とは違う。鍛錬を積んでいるというのは本当らしい。
「どうだ!」
ケビンは絶え間なく剣技を繰り出す。一撃一撃に緩急があり、攻めの技術は確かだ。しかし、俺は動きに一切の乱れを見せず、むしろ剣の軌道を見極める余裕さえある。
「お前は学園でも防戦一方だったよな!ここでも守ってばかりなのか!?」
ケビンが俺に攻撃を仕掛けながら得意げに叫ぶ。
だが、5分を超えてもケビンは俺にかすり傷一つつけることができない。学園の時は数分間耐えるのが精々だったが、俺もケビン同様、鍛錬を積んでいる。
徐々にケビンの息が上がり、剣先が乱れる。
カン!という乾いた音と共にケビンの剣が跳ね上がる。その隙に俺は後ろに下がる。
好機ととったか、ケビンが追撃の構えをとる。
スピードに乗った素晴らしい剣戟だ。だが、反撃されるとは露にも思っていない、一直線の剣戟。故に対処は簡単だ。
俺は左手の盾をケビンに投げつけ、一瞬だがケビンの視界を奪う。
その一瞬で勝負はついた。
俺はケビンとの距離を一気に詰めると、彼の鳩尾めがけて膝蹴り繰り出す。ケビンのスピードに加えて俺のスピードも加わり、重たい一撃になる。
ケビンはウッ!という呻き声と共に倒れ込んだ。
騎士たちの息が詰まり、一瞬の沈黙が訓練場を包む。
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