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鳳来

マキシリアムとの会合の翌朝、俺たちは帰路につく。


「エリー。みんなをしっかり護衛してくれよ」


「あぁ。兄さんも気をつけて」


往路で1週間も時間をかけている以上、復路でも同じ時間をかけるわけにはいかない。ダニエルに負担がかかっているころだろう。


「全く、誰に似たのか。昨日も2人で王都に出かけるでもなく、即座に帰宅ですか」


「お義母さま。私は大丈夫です。それに、私はもうハーツ公爵令嬢ではなく、バルサバ辺境伯夫人としての一歩を踏み出しました。王都での仕事もありますが、まずは領地で働きたいと思っております」


「なんて素敵な嫁でしょう。ランドにはもったいないくらいです」


リクシアとの婚約話が持ち上がった時には誰よりも反対していたのはテレサだが、すっかりリクシアに入れ込んでいる。ただ、リクシアを見てるとそれも理解できるので、俺は苦笑しかできない。


「リア、慌ただしくてすまない。埋め合わせは必ずする」


「ランド様。お気になさらず。ケビン殿下の視察の準備がありますから」


笑顔でそう言われると、俺も何も言えない。必ず、何か贈り物でもしようと思いつつ、俺は3人に先駆けて領地に向かって馬を駆けた。


休憩も挟みながら途中の街で2泊し、3日の昼前にカントリーハウスに到着する。


「お帰りなさいませ」


カントリーハウスではフェルナンドが出迎えてくれた。


「長いこと留守にしてすまない。変わったことはなかったかい?」


「いえ。アルジー様がご存命の時は1週間以上、遠征で不在の時もありましたので。ただ、ダニエルには少し堪えたようです」


「そうか。苦労をかけてしまったな」


俺は苦笑いを浮かべて執務室に入る。そこにはやつれたダニエルが机に向かっていた。


「なんの書類だ?まぁいいから机に置いといてくれ」


ダニエルはこちらを見向きもせずに俺に言う。よほど疲れているらしい。


「ダン。それが親友かつ雇い主への言い方か?」


俺の声を聞き、ダニエルが顔を上げる。その瞬間、ダニエルの顔に光が戻った。


「ランド!帰ってきたのか!積もる話はあるが、早く手伝ってくれ!」


ダニエルが嬉しそうに言った直後、俺の隣の人物と目が合ったらしい。その表情は固まってしまった。


「ダン。お前はまだラトランド様にそのような言葉を使っているのか?普段からきちんとしておかないと、こういう時に困るんだと言っておろうが」


フェルナンドがダニエルに苦言を呈する。


フェルナンドの言っていることはもっともだが、今回に関しては俺が留守にしていたのも原因の一つだ。


「フェル、ダンを責めないでやって。砕けた口調でいいと言ったのは僕だから」


「ラトランド様もお甘いです。しっかりと教育をしないといけません」


フェルナンドも少し呆れているようだが、公式の場ではないので変えるつもりはない。


「とりあえず、着替えたら手伝うよ」


俺はさっさと執務室から離脱し、軽く体を拭いて着替えてから、約束通りにダニエルの元に戻る。わずかな時間しか経っていないが、すでにフェルナンドの姿はなかったので、彼も彼で忙しいのだろう。


「ダン。お疲れさま。まずは報告を頼む」


「わかった」


俺は留守の間の出来事をダニエルから聞く。


この間は概ね平和に過ごせていたようだ。だが、3ヶ月後に迫った視察の調整が佳境に入っている。直近で行うべきは視察先の選定だ。立候補制にしたが、概ね全ての領地から資料が送られてきている。


「よし。視察先の選定からやろうか」


俺は資料を大まかに目を通す。視察先に選ぶ領地のいくつかは大まかに決めており、あとは日程との相談となる。


視察は2週間。領地の端から端まで行くとなると、それだけで4-5日はかかる。護衛などの準備を考えると、遠くに行くのは2箇所か、せいぜい3箇所までだ。


「とりあえず、バスカブル家は決定だな」


俺は真っ先に叔父の家を決定する。国内有数の小麦の産地であり、ここからわずか1日で移動できるバスカブル家を視察しない選択はない。


その後、領都から遠い場所の候補地をいくつか挙げ、またその周囲の資料も目を通す。


どの家もしっかりとした資料を作り込んでおり、全てを決める前に日が暮れてしまった。


1週間ほどすると、リクシアらが帰還した。


「ただいま帰りました。ランド様」


「おかえり。無事で何よりだよ。母上もご無事で何よりです。エリー、任務ご苦労様」


「ただいま、ランド。ダニエル、ランドの子守をありがとう」


「他の騎士たちもいたし、楽なもんだったよ」


「それはよかった。それよりも子守りとはなんですか。母上」


お互いに軽い口調で挨拶を交わす。


翌日から早速リクシアにも仕事に復帰してもらった。


それと同時に、ダニエルをはじめ、俺たちが不在の間に奮闘してくれた文官たちに順番に休みを取るように指示する。視察に関連した仕事は、ここからが本番だ。その前に少しでも休んでもらおうと考えた。


「では、これから視察先の選定を行う。まず、すべての家に感謝する。送付されてきた資料は須く完璧で、読むのが楽しかった。一方で、落選した家が悪かったわけではない。より一層精進してほしい」


俺が選定のために集めた貴族たちの前で開会の挨拶を述べる。


呼ばれた家から代表者が登壇し、アピールをする。概ね、事前に想定していた家への視察で問題ないことを確認し、発表する。


「これで終わります。視察先に選ばれた家は準備をお願いします。また、選ばれなかった、あるいは応募しなかった家にも何かしらの役割を持っていただきますので、よろしくお願いします。バルサバ領全体で、第一王子殿下、および婚約者であるマクフェイル男爵令嬢の視察を成功させましょう」


俺はそう言って締め括った。


その後、参加してくれた家の代表に労いの言葉をかけつつ、今後の取り立てを約束する。こうすることで王家の覚えが良くなる機会が失われても、領主の覚えが良くなっていることをアピールする。


「ふぅ。疲れた」


俺は執務室に帰り、ソファに沈む。会議が始まった頃は朝日として輝いていた太陽は、会議同様、仕事を終えてその姿は見えず、夕焼けとして名残を残すのみとなっている。


「お疲れ様でした」


リクシアが紅茶を淹れてくれる。彼女も一緒に会議に参加していたので疲れているはずだが、微塵も感じない。


「リアもお疲れ。一緒に休憩しよう」


リアは礼を言って俺の隣に腰掛ける。


ダニエルも会議に参加していたが、文官との調整のため、今は執務室にはいない。


「せっかく夫婦になったのに2人の時間が取れなくてすまない」


「気にしなくて結構です。私はこうやってランド様の隣にいるだけで幸せですから」


殊勲なことを言ってくれるが、心の中では寂しいだろう。というか、俺が寂しい。


「あと3ヶ月。これが終わったら2人でゆっくりしよう」


「ええ。楽しみにしています」


二人は微笑む。


俺はゆっくりとリアの唇に近づく。


「お待たせしました」


ダニエルが扉を開けて入ってくる。俺たちは慌てて身体を離した。


「ランド様、リア様。会議お疲れ様でした・・・って、お邪魔でしたか?」


ニヤニヤしている彼の顔を見るに、おそらく確信犯だろう。


「い、いえ!ダンもお疲れ様!紅茶を淹れるわね」


リアが立ち上がり、いそいそと紅茶を淹れる。


俺はジト目でダニエルを見つめる。


「ランド様、流石に執務室ではちょっと・・・」


ダニエルが申し訳なさそうに言う。確かにダニエルの言い分にも一理あるが、俺だってリアとの時間が少ないのだ。謝ってやらない。


しばらく休憩したのち、3人は仕事に戻った。


3ヶ月はあっという間に過ぎた。概ね視察先は決まっていたとはいえ、本決まりになってから王宮の文官とのやりとりが多くなった。


王宮とバルサバ領までは距離があり、どうしてもタイムラグが生じてしまう。そこで、俺は定期的にタウンハウスとカントリーハウスを行き来して文官との情報のやり取りをする。


本来なら文官がバルサバ領に来るのが筋ではあるのだが、俺が移動すれば1日で済む。1週間ごとに王都と領を往復し、順調に視察の計画は練られた。


王都での打ち合わせでは一度もケビンとユーリの顔を見ていない。ユーリはともかく、視察の要因となったケビンがいないのは解せない。


ケビンの思惑はどうあれ、国王としては同級生同士のやりとりなので多少の失敗は目を瞑ってくれそうだが、啖呵を切った手前、失態は犯したくない。


俺は王宮の文官との連絡役、ダニエルは領内の調整、テレサとリクシアは夫人たちとの社交。各々が役割を果たし、あっという間に3ヶ月が過ぎた。


王宮を出立したという早馬が到着したのが6日前。領内に入ったという早馬が到着したのが一昨日。ケビンとユーリの視察団は今日の午前中に到着する予定になっている。


俺は軍服、テレサとリクシアはドレスを身にまとっている。エリオットはケビンの護衛任務についているため不在だ。


「ケビン殿下、ユーリ男爵令嬢御一行が到着されました」


玄関の扉の向こうからダニエルの声が聞こえ、すぐに扉が開く。


ダニエルに連れられ、ケビン殿下とユーリ男爵令嬢が俺たちの前に歩いてくる。後ろにはアンソニー騎士団長と、エリオットを含む数名の騎士が続く。2人に付く侍従・侍女が数名、さらに見慣れない2人の騎士は王都から来た護衛だろう。


「ケビン殿下、ユーリ男爵令嬢。遠路はるばる、バルサバ領までようこそお越しくださいました。バルサバ領を治めます領主、ラトランド・バルサバにございます。バルサバ家及び我が家に連なる家及び領民は、お二人の来訪を心より歓迎いたします」


俺が口上を述べ、右手を胸に当てて頭を下げると、それに合わせてテレサやリクシアをはじめとする侍女を含めた女性陣はカテーシーを、執事たちは深々と頭を下げる。


「何を言ってるんだ。俺とランドの仲じゃないか。田舎にだって足を運ぶさ」


ケビンは馴れ馴れしく言葉を返す。


俺が頭を上げると、ユーリが顔を顰め、後ろの文官が慌てた表情を浮かべている。


「過分なご挨拶をいただき、誠にありがとうございます。みなさま、頭をお上げください」


ユーリがよく通る声で話したことにより、皆が頭を上げる。後ろの文官がホッとした表情をしている。


「ユーリ、俺とランドが話をしているのだ」


「殿下。お言葉ですが、我々(あなた)が許可を出さないと皆様は頭を上げることができません。特に女性がカーテシーを長く続けるのは難しいことをご理解ください」


「何度も言わせるな。俺は今、ランドと話してるんだ」


「失礼しました」


ケビンの言葉に、ユーリはスッと引き下がる。


俺はケビンの態度に、悪い意味で驚いていた。学生時代から自分が1番だと思っている節はあったが、より悪化しているように見える。


「ケビン殿下もユーリ嬢もお疲れのご様子。早速部屋に案内させましょう。ダン、頼んだよ」


「かしこまりました」


「おい、話は終わってないぞ」


「ケビン殿下。私はこの後、文官たちと打ち合わせがございますので、よろしければ殿下も是非。お茶と茶菓子を準備しておきます。非公式ですので気楽にご参加ください」


暗にこの場は公式だぞ、と伝える。ダニエルが先導したのもあって、ケビンは渋々この場を去る。侍従と護衛騎士たちがそれに従い、さらにサマンサとディクシーが後に続く。彼女たちにはユーリの護衛兼侍女としての役割を与えている。

誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


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