会談
リクシアとの結婚式を無事に終え、初夜も経験した翌朝。俺は隣で穏やかに眠るリクシアを横目に出かける準備をする。
ベッドから降りて寝室から出るまで、リクシアは瞬ぎひとつしなかった。長旅に加え、結婚式、初夜と無理をさせてしまったかもしれない。
昨夜の余韻が胸の奥に残り、ふっと熱が芽生えたが理性で落ち着かせて部屋を出る。
部屋の外ではマリアナが待っていた。
「俺は出かけるけど、リアはゆっくりと寝かしてやってほしい。母上も何も言わないと思う」
「かしこまりました」
マリアナは少しホッとした様子を見せた。
俺はサリバンに紅茶を淹れてもらい、そのまま出かける。向かった先は、ハーツ公爵家の経営するレストランだ。
「お待ちしておりました。ラトランド様。マクフェイル様がお待ちです」
オーナーに案内された部屋の中には、男性がすでに座っていた。髭を蓄えた長身の彼が、マクフェイル男爵だろう。
彼は俺の姿を見て、すぐに立ち上がる。
「ラトランド辺境伯。お初にお目にかかります、マキシリアム・マクフェイルと申します。マッカラム侯爵家に仕えております。この度は辺境伯が就任及びハーツ公爵令嬢とのご結婚おめでとうございます」
マキシリアムは優雅に挨拶をこなす。見た目も麗しく、若い頃はモテたであろうことが想像される。
「こちらこそ、ご足労いただいて感謝しております」
俺も手を胸に当てて騎士の敬礼をする。
挨拶が終わると、2人が席に着く。
「マクフェイル男爵、ワインはいかがですか?」
「いただきましょう」
俺はオーナーに注文を告げると、マキシリアム・マクフェイルという人物を観察する。
ダンディなマキシリアムは、人の良さそうな笑顔を浮かべている。その笑顔は人を、特に女性を魅了することだろう。彼は何人の女性と関係を持ったのか。想像すらできない。
「この店のことは噂には聞いていましたが、こういう形で食事ができるとは思いませんでした。我が家は決して裕福とは言えませんので」
マキシリアムが穏やかな口調で話しかける。
この一言でここの料金は俺が持つことが決まった。もともと俺が誘った食事なので、俺が代金を支払うことは決めていたが、こちらに支払いを促す意図が透けて見えた。
「ご謙遜を。マッカラム侯爵領言えば、畜産で有名ですよね。遠い我が領には流石に入ってきませんが、この店や王家の食卓にも使われていると伺っています」
「我が家は使える身なので、使える金額はさほどでもないんですよ」
俺たちが腹の探り合いをしていると、料理とワインが運ばれてくる。料理の説明が終わった後、俺たちは軽くグラスを傾ける。
「ところで、辺境伯はなぜ私と会談を?」
「ユーリ嬢のことです」
マキシリアムの言い方を真っ直ぐに受け止め、投げ返す。マキシリアムはスッと目を細めるが、予想された内容だったのだろう、動揺は見られない。むしろ、俺とマキシリアムの共通点は彼女しかいない。
「ユーリに何か?」
「いえ。彼女自身には何も。ただ、今後の話をしたいと思いまして」
「今後も何も、彼女はすでに養子に出しており、私とは関係ありませんが」
マキシリアムが警戒感を強める。
ハーツ公爵家から見れば、マクフェイル男爵家は一人娘を王妃の座から引き摺り下ろし、尚且つ貶めた家だ。その一人娘の夫との会談で、「今後」という言葉が出た。警戒感が強くなるのは当然だ。
「勘違いして頂きたくないのですが、バルサバ家はマクフェイル男爵家と対立するつもりは一切ありませんし、ハーツ公爵家も同様です。また、ユーリ嬢に危害を加えるつもりは、こちらに不利益がない限りは一切ないとお伝えしておきます」
俺は誠意を込めてマキシリアムに伝えるが、彼の警戒心は強い。
いくら俺が若造であろうと、辺境伯という地位は強い。しかも、公爵家の庇護もある。
一方のマクフェイル家は侯爵家に仕える一家でしかない。理由さえ作れれば潰すのは簡単だ。
もっとも、よほどじゃない限り、無関係の一派に属する家を潰すなど、爵位の差を持ってしても立場が悪くなるだろうが。
「もし、何かしらの理由でユーリ嬢がケビン殿下との婚約が解消された場合、ユーリ嬢が頼るのは養子先のベルランド家ではなく、マクスウェル家なのでは?」
「なぜそう思う?」
「彼女は平民から貴族になった女性です。養子という制度に慣れているわけではありません。彼女にとって、父親はマキシリアム殿1人ではないかと」
俺がそういうと、マキシリアムは言葉に詰まる。
「ちなみにこの店は公爵家が運営し、中で働く店員はよく教育を受けています。僕が言っても信じてもらえないでしょうが、公平で守秘義務を完全に理解していることを保証します」
少しでもマキシリアムの警戒心を解ければいい。それに、本題は現状を憂う発言を取ることではない。
「僕を信じていただくためにはっきりと申し上げます。仮にユーリ嬢とケビン殿下の婚約が、何かしらの理由で解消された場合、我がバルサバ領に御招きする準備がある、とお伝えします」
マキシリアムが明らかに動揺し、目を見開く。マキシリアムからすると、まさかの提案だったのだろう。
沈黙が続き、先に言葉を発したのはマキシリアムだった。
「わかりました。お話ししましょう」
マキシリアムはユーリを取り巻く環境について話し出した。それは、これまで噂されていたユーリの出自とは大きく異なるものだった。
そもそも、マキシリアムは妻を大切にし、愛人を作ることもなかった。子宝に恵まれ、3人の男児をもうけた。彼らも独り立ちし、子育てに一息ついた頃、ユーリの存在を知る。
両親を事故で亡くしたユーリは孤児院で育つ。彼女は非常に優秀で、10歳にして孤児院の経営を手伝っていたという。その才能が孤児として埋もれてしまうにはもったいないと感じた院長がマキシリアムに相談し、彼はユーリを養子として育てることにした。
貴族界は血のつながりを重要視する。そこでユーリの出自は平民の養子より敢えて愛人の子と偽ることにした。
ユーリは噂に違わず優秀で、領地のことをすぐに吸収していった。学力は十分に学園に入れる水準だったが、令嬢としての教育を受けていない点が課題となった。本人は真面目に取り組み、順調に身につけていったものの、もともと平民であったこともあり、入学は1年見送られることになった。
学園では無難に過ごしている、と報告されていた。それゆえに、ケビン殿下の突然の求婚は、マクフェイル家にとって寝耳に水だったという。
能力が高かったユーリを養子にしたマキシリアムだが、王族や高位貴族に取り入ろうという気持ちは全くなかった。後継を補佐するか、あるいは優秀な平民と結婚できる立場を作ったくらいのつもりだった。
マキシリアムはまず、ユーリと会った。ユーリは確かにケビンとの会話をしていたが、それはあくまでクラスメイトとしてであり、決して男女の間柄にないことを確認した。そして、その日のうちにハーツ公爵家に面会を申し込んだ。
数日ののち、ハーツ公爵家から招待状が届いた。招待状の姿をしていたが、その正体は召喚命令に近しいもの。マキシリアムは戦々恐々としながら、それでもユーリを守るために戦うつもりで、妻とともにハーツ公爵家へと出向いた。
幸い、ハーツ公爵もマクフェイル男爵家と同様の考えをしており、ユーリがケビン殿下を誑かせたら訳ではない、という認識で一致した。お互いに交流のない家であるが、お互いに決して遺恨は残さないと言われた時は泣いて詫びた。
そして、ユーリは正式な婚約者としての誘いを受けた。男爵家に断るという選択肢はなかった。だが、マキシリアムは男爵家を潰してもいいという気持ちでユーリに断ってもいいと伝えた。
「私が断って、家が潰れるのは嫌です」
ユーリは毅然と答え、ベルランド伯爵家の養子になったのち、王宮に召し上げられた。
その後、お互いに暮らしている距離が離れていることから、ごく稀な手紙のやりとりのみであった。
「手紙には元気であることを書いてあるのですが、もともと令嬢としての教育が行き届いてません。元平民ですので致し方ないと我々は考えていますが、王宮となると、その言い訳が通じているかどうか。ケビン殿下が支えてくださっているといいのですが・・・」
マキシリアムが話し合える頃には、食事もずいぶん進んでいた。
「あくまで、僕も直接ユーリ嬢と対話したわけではありませんが、彼女の取り巻く環境はお世辞にもいいものとは言えません」
「やはりそうですか」
俺の言葉を聞き、マキシリアムは肩を落とす。
「先ほどの提案ですが、具体的な話をしてもいいですか?もちろん、この話を聞いたからと言って、必ず賛同しないといけないとか、そういうことではないことを誓います」
「伺いましょう」
マキシリアムが頷く。
「我々はこれまで、騎士育成と国境整備を中心にした産業を行ってきました」
「ええ。存じ上げています。マクフェイル領にも警備に来ていただいて、感謝しています」
「ですが、それだけでは平和が続いている以上、バルサバ領は衰退してしまいます。かといって、当然ですが、わざわざ戦争を仕掛けるわけにもいきません。そこで、我が領では学校を運営することにしました」
「学校、ですか?しかし、すでに王都には学園がありますが」
「貴族だけの学校ではなく、平民のための学校です」
「平民のための学校?何の意味が?」
この国の貴族は国民が教育を受けないことに疑問を持たない。全体を見渡す必要のある貴族のみが教育を受け、平民は家業のことのみを考えればいいという考え方が一般的だ。特に地方、いわゆる第一産業を家業としている家は、強くこの考えを持っている。
マクフェイル家も酪農が盛んであり、俺の考え方に疑問を持つのももっともだ。
「平民が皆、平等に教育を受けることで、格差が少なくなります。選べる職業も増えるかもしれません」
マキシリアムはピンときてない様子だ。
「話を変えましょう。マクフェイル領は農業が盛んだと伺っております。例えば王都から来た商人に、大切に育てた家畜を買い叩かれた、なんて話を耳にしたことはないですか?」
「・・・ある。不当に安く買い叩かれている畜産農家を見つけて、今は私が窓口となって全てを取り仕切っています」
「おそらく、その家の方々は字が読めなかったり、計算が苦手だったりしませんか?」
「おっしゃる通りです。たまたま視察していた時、家畜の出来と身なりにギャップがありました。そこで取引の契約書の有無を聞いたのですが、ひどいものでした。それからは我が家で適正価格と適正な相手を見極めて取引しています」
うんざりした表情を見せたあと、マキシリアムは何かに気づいたようだ。
「そういった格差をなくすためにも、平民はの教育は必要です。専門的な知識はなくとも、文字の読み書きと計算ができれば、不幸な事例は激減するでしょう。僕は、領主の責務とはただ守るだけでなく、未来を作ることだと思っています。その一端を、ユーリ嬢にお手伝いいただければ、と思っています」
マキシリアムは言葉を探すようにグラスを回した。
「辺境伯の仰りたいことは理解しました。ですが、私の一存で決めれることではなく、ましてやユーリは第一王子殿下の婚約者です。十分に話し合いをする必要があります」
「ええ。もちろんです。万が一の保険と思っていただいて結構です」
俺がそういうと、マキシリアムは神妙な顔で頷いた。
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