結婚
翌日、陽の昇る頃に起こされ、俺は結婚式への準備を行う。カントリーハウスから連れてきた侍女と侍従に手伝ってもらい、新たに仕立てたタキシードに袖を通す。
準備ができると、俺はバルサバ辺境伯の家紋が入った馬車に乗り込む。俺は普段、派手な馬車を使わないが、この時ばかりは違う。王家が所有する式場に、どの家が入るのかを明確にする必要もある。それが、王都に住む人たちにアピールにもなる。
控え室の中に入ると、マーカスとナサニエルが正装で待っていた。
「お、いよいよだな」
「立派になったね。ジジは残念ながらこれなかったけど、しっかり伝えとくよ」
マーカスとナサニエルが俺の姿を見て、声をかけてくれた。
ジジことジゼルは、ナサニエルの妻だ。先日、出産を無事に終えて現在は療養中だ。乳飲子を連れて王都までの長旅は無理だろう。
「祖父君、叔父上。来ていただいてありがとうございます。ジゼル様のお加減はどうですか?」
「母児ともに順調だよ。次はランドくんの番かな?」
ナサニエルの言葉に心拍数が上がる。
俺も年頃の男だ。薄れてきているとはいえ、前世の経験もある。リクシアを意識しなかった、といえば嘘になる。
郷に入っては郷に従え。
この世界では、いわゆる貴族の婚前交渉は御法度である。
今日、この儀式が終われば「婚前」ではなくなるのだ。
「孫の顔を見るが楽しみだわ」
テレサもそう言うもんだから、余計に意識をしてしまう。
「・・・善処します」
悶々とした気持ちを抱えたまま、リクシアの準備が整ったとマリアナが俺たちを呼びにきた。
俺は3人と別れ、リクシアの待つ部屋に向かい、3人は先に式場へと向かう。
「ラトランド様。おめでとうございます」
道中でマリアナが声をかけてくる。彼女から俺に直接声をかけるのは珍しい。
「ありがとう」
「長年、お嬢様にお仕えしながら、力が及ばないこともあり、お嬢様には苦しい思いをさせてしまいました。ですが、ラトランド様と出会ってお嬢様は明るくなられました。ラトランド様とお嬢様の出会いに感謝しております」
マリアナが足を止めて頭を下げた。まさか、マリアナにここまで感謝されるとは思ってもなかった。
「マリアナもリアを支えてくれてありがとう。君のおかげで、今日、僕は彼女の横に立てる」
「もったいないお言葉にございます。では、お嬢様のところまでご案内いたします」
その後、俺とマリアナは会話することなくリクシアの待つ部屋まで移動する。
マリアナが立ち止まり、扉を3回ノックする。中から返事があり、マリアナが扉を開ける。
中には女神がいた。
「ランド様、いかがですか?」
俺が黙ってしまうと、リクシアが少し不安そうに声をかけてきた。
「女神かと思った」
俺が率直な感想を述べると、リクシアは嬉しそうに頬に手を当てる。
「ランド様はお上手なんですから。ランド様もお姫様を守る騎士のようです」
俺とリクシアはお互いに褒めちぎる。
「リクシア様、ラトランド様。お時間がありますので」
マリアナの声にハッとする。いつもならそこまで時間がかからないドレスだが、リクシアが着ているドレスは少し特殊だ。
「リア、行こうか」
「はい」
俺が左手を出すと、リクシアが右手を絡ませる。
案内役の侍女に連れられて、儀式を行う部屋に向かう。
俺はリクシアに合わせてゆっくりと歩き、リクシアの後ろをマリアナが続く。
儀式を行う部屋の前には騎士が2人。俺たちの姿を見ると、小さく頷く。ここまで案内してくれた侍女が恭しく頭を下げた。
「ラトランド様、リクシア様、おめでとうございます。いってらっしゃいませ」
「ありがとう」
俺は侍女に礼を言うと、侍女はその場を去った。
「失礼ですが、この女性は?」
騎士の1人がマリアナを警戒する。ただ、高圧的ではないことは印象がいい。
「彼女はマリアナ、私の侍女です。今回のドレスは裾が長くなっておりますので、整えるために私たちと一緒に入場することになっております」
マリアナは平民だ。普通なら彼女は一緒に入ることはできない。だから、この世界では一般的ではない、後ろと裾が長いドレスを作った。メラニーもこの世界では斬新で難しいアイディアに付き合い、素晴らしいドレスを作ってくれた。
完成したあと、マリアナに「裾を持ってほしい」と伝えると、泣いて喜んでくれた。幼い頃からリクシアと共にした彼女は、リクシアの晴れ姿を見ることはないと思っていた。リクシアもドレスを選ぶ時に残念そうにしていたから、ちょっと頭を使ってみたが、2人して涙する姿に俺ももらい泣きしそうになった。
「もちろん、我々が何かすることは毛頭ありません。ですが、万が一の時には貴方がたが国王陛下たちを守るんでしょう?」
俺が挑発的にそういうと、騎士たちは渋々という態度でコンコン、とドアをノックする。そこは小窓になっていて、中と連絡が取れるようになっていた。
「これから、結婚の儀を始めたいと思います」
男性の声を合図に、目の前の扉が開かれる。
部屋の中は高い天井やアーチが生み出す開放感と崇高さ、ステンドグラスを通る柔らかな光、そして静寂が神秘的な空気を作り出していた。歴史を刻んだ装飾が厳粛な雰囲気を醸し出し、訪れる人に深い安らぎと内省の時間を与える。そこには、単なる建築物を超えた神聖な包容力が満ちていた。
俺たちは多くの参列者に見守られながら、ゆっくりと正面の祭壇に向かう。
動きにくいロングドレスは一般的ではないが、一方で背中のラインは非常に美しく見える。リクシアの後ろ姿を見た参列者から簡単な声が漏れた。
正面に着いてすぐに脇にある扉が開き、装飾が添えられた法衣をまとった国王陛下が現れる。格式ある貴族同士の結婚では国王が立ち会い、直系の王族が参列することになっている。
全員が立ち上がり、頭を伏せる。
「頭を上げよ」
全員が頭を上げる。
「バルサバ辺境伯、ラトランド・バルサバとハーツ公爵家長女、リクシア・ハーツとの結婚の儀を行う。バルサバ辺境伯。其方はリクシア・ハーツとの永遠の愛を誓うか」
「はい。誓います」
俺は国王陛下の目をまっすぐに見つめて、力強く応えた。国王陛下は軽く頷き、今度はリクシアに同じことを問う。
「リクシア・ハーツ嬢。其方はバルサバ辺境伯との永遠の愛を誓うか」
「はい。誓います」
リクシアが、俺と同じく力強く応える。
俺はリクシアの応えを聞いて、身震いした。
「では、互いに誓いを交わそう」
国王陛下の声と共に、2人が向き合う。マリアナがドレスの裾を整えてくれる。
俺は胸ポケットから紫色のパンジーを取り出し、リクシアに渡す。リクシアは手に持っていた百合を俺の胸ポケットに入れる。それぞれ、家紋の花をお互いに渡すことで、縁を繋ぐことを意味する。
「これで2人は夫婦になった。皆のもの、祝福の拍手を!」
参列者から大きな拍手が湧き起こる。
「バルサバ辺境伯家とハーツ公爵家の益々の発展を祈願すると共に、我が王国への貢献を期待している」
そう言って国王陛下は別室へと帰っていった。
俺たちはお互いに結婚誓約書にサインしたのち、再び拍手とともに参列者の間を歩く。
参列者の中にケビンがいた。彼は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
ケビンの右隣にいる女性が、ユーリ嬢だろう。目を輝かせて俺たちを見ている。純粋に楽しんでいるようだ。左隣にいるのは、皇后陛下だ。彼女もまた、慈しみを持った目線を、特にリクシアに投げかけている。
2人とリクシアの関係が良好だったことが窺える。
皇后陛下のさらに左隣に座ってる男の子がセドリック殿下だろう。神妙な面持ちで背筋を伸ばして座っている。その表情は、無だ。
俺は視界の端に参列者を捉えながら、会場を後にする。
辺境伯家の馬車にリクシアをエスコートし、そのままタウンハウスに帰る。結婚の儀を終えたリクシアが帰るのは公爵家ではなく、辺境伯家だ。
それを実感し、嬉しさと責任感を感じる。
「改めてランド様。このような私を拾っていただき、感謝いたします。よろしくお願いします」
「こちらこそ、王都を離れ、辺境の地に住むことを決断してくれてありがとう。必ず、幸せにします」
最後の言葉は恥ずかしくて顔から火が出そうだったが、思い切って言葉にした。リクシアも少し顔を赤くしている。前に座るマリアナは、俯いていた。
『おかえりなさいませ』
タウンハウスに帰ると、従者たちが並んで待っていてくれた。
「初めまして、リクシア様。この屋敷を任されているサリバン・ウィットです。以後、お見知り置きを」
「ハーツ公爵家より参りました、リクシア・バルサバです。ウィット男爵。新成人の晩餐会の時にお会いして以来ですね。両親もよろしくと言っておりました。これからよろしくお願いします」
「私のことはお気軽にサリバン、とお呼びください。では、お二人の部屋にご案内いたします」
俺たちは夫婦で使う部屋に案内された。入り口は別々だが、中では1部屋挟んで繋がっており、その部屋は寝室になっている。
お互いに別れて部屋に入る。俺が昨日まで使っていた部屋とは異なるが、数少ない荷物は部屋に移動されていた。
俺は着ていたタキシードを脱ぎ、平服に着替える。従者に用意させた濡れタオルで体を拭く。この家に1つの浴槽は、今はリクシアが使っている。
着替えていると、再び玄関が騒がしくなった。テレサとエリックが帰ってきたのだろう。
俺は急いで支度を済ませると、玄関に2人を迎える。
「おかえりなさい。母上、エリー」
「ただいま。リアは部屋かい?」
「はい。今は湯浴みをしているかと」
「じゃあ、私はあとで入らせてもらおうかしら」
そう言ってテレサは自室に戻る。
「兄さん。かっこよかったよ」
「そうかい?エリーも来てくれてありがとう」
「兄さんはしばらく王都にいるんだよね?」
「うん、1週間くらいは王都にいるつもりだよ。向こうに着くのは同じくらいじゃないかな。母上とリアの護衛、頼んだよ?」
「もちろん」
そういうと、エリックも自室に帰っていった。
俺も自室に帰り、椅子に座って今日のことを考える。
リクシアを救うために婚姻生活をつつがなく送ると思いついたときは単なる手段であったが、今は立派な目的であり、達成された。
ゲームであればしばらくしてケビンとユーリの婚約が発表され、そこで終わる。だが、俺たちの生活は、当然だがまだまだ続く。そのとき、俺の隣にリクシアがいないことは、すでに考えられなくなっている。
ここからがスタートだ。
俺は改めてリクシアと結婚した事実を噛み締める。
その後は昼食を各々でとり、夕食で一同が会することとなった。
改めてリクシアが挨拶し、テレサが自身の実質的な社交界の引退を宣言、役割をリクシアに移すことを表明した。リクシアはやや驚いた様子だったが、素直に受け入れた。
和やかに夕食が終わり、夜の時間がやってくる。
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