家族
テレサの言葉を聞いて、エリオットは背筋を伸ばした。
「ハーツ公爵様はエドモンドさんを『昔、騎士団にいた』とおっしゃいました。また、『年老いた』とも。どちらも現役を退いた旨の発言ですが、エドモンドさんは今も鍛錬を続けておられるのですね?」
「エリオット様、私のことはエドモンド、とお呼びください。話を戻しますと、確かに私は昔の癖で鍛錬を行なっております。ですが、私とエリオット様では体力も体格も大きな差がありましょう」
「その鍛錬は引退後の趣味などではありません。今もなお現役で、しかもハーツ公爵を単独で護衛できるほどの腕前とお見受けします。そのような方とお手合わせするだけでも光栄です」
「ほう」
エドモンドの目つきが変わる。
「面白い。エリオットくんの言う通り、エドは僕の護衛だよ。少々芝居がかった真似をしてしまった。すまないね」
クリスティンがあっさりネタバラシをする。
「しかし、エディの実力を一目で当てるとは、噂に聞きし、というところか。テレサ夫人。優秀なご子息をお持ちだ。彼らと縁を繋げたことは、ハーツ公爵家にとっても幸運だった」
「そう言っていただけると光栄です。アルジーも喜んでいますわ」
テレサが微笑んだ。
その後、7人の会食は和やかな空気のまま、食後の紅茶で締めくくられた。
「ハーツ公爵」
俺は帰り際、声をかけた。
「少しだけ、お時間を頂いてよろしいでしょうか」
「ん?」
クリスティンは少し驚いたようだったが、頷いてくれた。
「母上、エリオット。少しだけハーツ公爵と話をして帰ります」
「え?」
テレサが困惑の表情を見せる。いくら婚約者の実家とはいえ、あまりに夜遅くまで入り浸るのはよくないことだからだ。
「帰りは責任を持ってお送りしますのでご安心ください」
クリスティンの言葉に、テレサは渋々頭を縦に振る。
「愚息が失礼して申し訳ありません」
頭を深々と下げるテレサを見ると、申し訳なく思う。だが、お互いに離れて暮らすクリスティンと俺。今から話すことは文通のやり取りだけでは到底できない話だ。
「いや、物おじせず意見を述べるとは大したものだ」
皮肉混じりのクリスティンの言葉を、俺は刻みつける。
エリオットとテレサを先に返し、俺はハーツ公爵家と共に再び屋敷の中に入る。フェリシアとリクシアは自室へと戻る。
ヴィンセントは話を聞きたそうにしていたが、クリスティンが自室に帰らせた。
サロンに通された俺たちはソファに座り、エドモンドさんが新たに準備してくれたワインで喉を潤す。
「ランドくんは酒が強いのかね」
「限界まで飲んだことはないですが、それなりに飲めると思います。父もよく酒を飲んでました」
たわいもない会話をしている間に、チーズやナッツが卓上に並ぶ。一通り出揃って、落ち着いた頃を見計らって、クリスティンが本題に切り込んだ。
「それで、ラトランド辺境伯の話は?僕と夜通し飲みたかった、というわけではないんだろう?」
冗談を言いながら、目は真剣そのもの。
俺を爵位で呼ぶあたり、概ね検討はついているのかもしれない。
「リクシア嬢からケビン殿下のことに関して伺いました」
「うむ」
「その上で、閣下に確認なのですが、ユーリ男爵令嬢はもともと、ケビン殿下に懇意にしてたわけではないのですね?」
「少なくとも、こちらの調査ではそうだ。彼女の実父であるマクフェイル男爵とも話をしたが、ユーリ嬢はリアがいる相手に、リアの目の前で迫られて困っていたそうだ。だが、公衆の面前で行われた婚約破棄とユーリ嬢との婚約は、爵位の差もあって断ることができなかったと言っている」
「なるほど。では、ユーリ男爵令嬢は今、どのようにお過ごしになっていますか?」
「僕の立場上、直接話をする機会はほとんどないが、城で働く侍女たちが悪いように言っているのは耳にする。ただ、ユーリ自身は与えられた役割を全うしようとしている、と近しい人間からは聞くな」
「ケビン殿下とユーリ嬢の関係は?」
「よくもなく悪くもなく、というところか。定期的なお茶会は行なっているようだが、お互いに忙しい時期だからな。リアならすでに王妃教育も終わってるだろうし、多少の余裕があっただろうが。ユーリ嬢も優秀だが、次期王妃として教育を受けてきたリアと比べるのは酷だな」
「ハーツ公爵は、セドリック殿下が立太子する可能性があるとお考えですか」
俺が本題に切り込むと、ピシリと部屋の空気が凍った。
「冗談ではないのだな?」
沈黙を慎重に破るようにクリスティンが言う。俺は頷いた。
クリスティンがチラリとエドモンドを見る。彼も小さく頷く。この部屋には3人しかいないが、周囲で耳を立てる者がいないことを確認する。
「セドリック殿下が立太子する可能性は、ないわけではない。ただ、可能性としては低いと考える」
「なぜですか?」
「まず、ケビン殿下とセドリック殿下の間には5歳の差がある。その年月の差を埋められるほど、ケビン殿下の能力は低くない」
「先日のパーティでは、少なくとも対外的には聡明とは思えませんでしたが」
「確かにそうだ。だが、すでに領地を治めているランドと卒業して1年程度のケビン殿下では経験の差がある。それに執務能力が低いわけではない」
思い返してみると、ケビンも学園での成績は常にトップクラスを維持しており、学力は確かだった。
「ユーリ嬢も勤勉だ。出自の問題を除けば、王妃として遜色ない令嬢となるだろう。もっとも、その出自の問題が前面に出ればケビン殿下の婚約者問題が再燃し、その頃には婚約者が確定しているセドリック殿下が立太子する可能性がある、と言うわけだ」
「なるほど」
クリスティンの言葉に納得する。
小説内ではケビンとユーリが結ばれてハッピーエンドで終わったが、現実はそう甘くはない。物語は終わっても、人の人生は続くのだ。
「ランドくんはセドリック殿下を王太子にしたいのか?」
今度はクリスティンが俺に問う。
「それを考えていました。ただ、あまり国と対立するのも混乱を起こしてしまいます。そこを思案していました」
「では聞くが、なぜセドリック殿下を推す必要がある?国王陛下の判断に委ねるのでいいのでは?」
改めてクリスティンが訊ねる。最初に聞いた時よりは軽い口調だ。
「決まってるじゃないですか」
俺もクリスティンに合わせて口調を軽くする。
「リクシア嬢をこっぴどく振った人を支持できるわけないでしょう?」
俺がそういうと、クリスティンは豪快に笑い、ワイングラスを傾けた。
翌日、俺たちは帰路に着いた。テレサとリクシアはエリオットをはじめとする護衛と侍女に任せ、俺はひと足先に領地に帰る。
不在中の出来事をダニエルから報告してもらい、情報を共有した。
テレサとリクシアがカントリーハウスに帰ってくるとほぼ同時に、俺とリクシアの結婚を認める旨の手紙が国王陛下の名前で届いた。そこには約半年後に王都で結婚の儀を行うことが記載されていた。
メラニーに正装とドレスを仕立ててもらう算段を整える。さらに視察の調整も必要になる。通常業務に加え、これらのことを並行して行なわねばらならず、半年という期間はあっという間に過ぎ去った。
ただ、以前のように根をつめるのではなく、適度に休むようにしたおかげで、体調はいい。
「毎度のことながら、留守を頼んだぞ」
「気をつけてな。こっちのことは任せとけ」
俺はダニエルの力強い言葉を背に、結婚式を行うため、王都に向かう。
テレサやリクシアはとうの昔に王都に着いている。おそらく、旧友との交流を温めているのだろう。特にリクシアは王都に行く機会も減るので尚更だ。
俺はというと、旧友を深める相手もいないので、あいも変わらず1日で王都まで走破するという強行軍である。
何回も馬でかけると慣れるもんで、徐々に早く着くようになった。今回は早朝に出たのもあるが、夕食どきにはタウンハウスに到着できた。
湯浴みを済ませ、身支度を整えて食堂に行くと、テレサとエリオットが待っていた。
「遅くなって申し訳ありません」
俺が頭を下げる。
「3人で過ごす最後の夕食です。みんなで一緒に食べましょう」
テレサの言葉を合図に、食事が運ばれてくる。
そういえば、カントリーハウスでは常にリクシアがいる。リクシアも家族ではあるが、婚約者の立場。
リクシアが来るまではこうやって3人で食事をしていたなと思うと、涙腺が緩くなる。
「ランド。私は貴方に感謝しています」
想い出に花を咲かせていると、突然、テレサが俺に感謝を伝えてきた。
「何のことでしょう?」
「ランドは覚えていないかもしれませんが、アルジーが亡くなった時、私は取り乱していましたね」
あまり思い出したくない出来事ではあるが、確かに突然の出来事でテレサだけでなく、屋敷中が混乱していたように思う。
「その時、ランドは私に『社交に出て、バルサバ家の立場を守ってください』と。アルジーを失い、バルサバ家を失うかもしれないと思った時、私は自暴自棄になりかけましたが、ランドのその言葉が支えになりました」
俺自身、そんなことを言ったかどうかすら定かではない。俺も慌てていた。ともすれば、今は記憶も朧げな前世の経験が功を奏したのかもしれない。
「アルジーもランド同様、社交は不得手でしたから、私はその分、前に出て臨んでいました。一応、立場は保ってきたつもりです。これからは、リアに役割を引き継ぎます」
「え?お母様は引退されるのですか?」
俺よりも先にエリオットが驚きの声を上げる。
「完全には引退しませんけど、一線からは身を引こうと思っています」
テレサは静かに言った。
彼女は彼女なりのけじめをつけたいのだろう。確かに、現在の辺境伯の肩書を持つのはアルジーではなく、俺だ。結婚をすれば辺境伯夫人の肩書はリクシアのものになる。
「わかりました。リアとバルサバ領を支えていきます」
俺はテレサに頭を下げる。
「きちんと見てますからね。エリーもいい人を早く見つけるのですよ」
エリオットはテレサの言葉に苦笑で返した。
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